第6話 雨雲の娘、コーカナダー
ミコトは水浴びをしてスッキリした後で、傍らでニコニコしているスジャータちゃんの視線に気づいて焦ってしまう。正直、すっかり忘れてた。
「あの、スジャータちゃん?」
「はい、なんでしょうか?」(ニコニコ)
「あのー、出にくいんだけど…俺」
「お坊さまがそのようなことを気にされるのですか?」
いや、ふつー気にするだろ。
「ああ、うん」
ミコトは前世でもモテない方ではなかった。しかし、硬派な方だった。誰がなんと言おうと硬派な方だった。言い換えるならこれまでガチで惚れる女と出会えたことがなかったし、そうじゃなければ意味がないと信じていた。
「それではわたしは先に家へと戻ります。他に住まいがないようでしたら、しばらくはわたしと共にすごしてはいかがでしょうか」
いやそれも問題だろ。
とはいえ今日はもう日暮れになっていた。受けた恩義は返さないと気持ちの悪いたちだったし、身を整えるとミコトはスジャータに言われるままに小屋へと向かった。独特の形をした低い蝋燭の灯りが僅かに部屋を照らすのみ。そしてそれも貴重なものなのか、麻で編まれた簡素な床に入るとすぐにスジャータに消されてしまった。もちろん別々の寝床だけど…
「あの、さ」
「どうかなさいましたか?」
「いや、その、スジャータちゃん、どうして俺にそこまでしてくれんの?」
「ふふ…責任、でしょうか」
「え?」
「私の現世での名はスジャータ。ですが本当の名はコーカナダーと言います。雨雲の娘コーカナダー。貴方、真椛尊をこの時代、この世界に連れてきた女神」
「はぁっ!?」
ミコトをとりまく景色が光輝き一変した。
(まぶしい)
ミコトはゆっくりと目を開ける。
ここは…雲の上?
さっきまでと同じスジャータが、しかし光輝く神々しい姿でミコトの前に現れていた。
(これ…異世界転生ものの冒頭によくあるヤツじゃん!?)
暴走族のヘッドにしてはミコトはそういうのもよく読んだ。ていうかシンジの影響だ。
(「ミコト。貴方を輪廻転生させこの世界、この時代に呼んだのは、このわたくしです」)
「はぁ?なんだってそんな」
(「貴方の身体は元の世界で滅びつつありました。そして、ガウタマ・シッダールタの魂は苦行の末にニルヴァーナを得て輪廻より解脱しました。もはやこの世にありません。しかし、誰かがこの世界を救わなければならないのです。そして選ばれたのがミコト、貴方なのです」)
「はぁ、よくわかんねーけど…じゃあ苦行ってのはガウタマ的には正しかったってこと?なんか逃げたとか言われてなかった?」
(「ガウタマの悟りは苦行そのものではなく、その先にありました。ミコト。苦行そのものに真理はないというのはガウタマと貴方とで同じです」)
ミコトはわかったようなわからないような表情をコーカナダーに向ける。
「あーまーいいか。もーなんでもいいや。んで?俺に世界を救えだって?なんでよ?どーやってよ?」
コーカナダーの両脇にさらに二柱の神々が現れる。
(「天上天下唯我独尊」)
コーカナダーが言う。
(「三界皆苦 吾当安此」)
これは向かって右側のコワモテの神さま。
(「全ての世界の者は苦しんでいる。われ、まさにこれを安らかにすべし」)
そして向かって左側の三面の神さま。
「それって、俺の特攻服の…」
マジかよ。
(「教えを広めるのだ。シャーキャ族のミコトよ」)
(「人々の心を安らげる教えを」)
ミコトの脳裏にまたヴィドゥーダバの笑顔が浮かんだ。そうか。あいつみたいに苦しんでるヤツらがいっぱいいるってのか。よくわかんねーけど、ダチを助けるってんならやるぜ。やめろって言われてもやんぜ?あいつだけじゃなくて、世界中の人々、人間だけじゃなくて動物も植物も、空も大地もウサギもピーマンもみんなみんなダチだと思えば…
目が覚めた。
いや、無理だろ。
スジャータはくーすか寝ていた。
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