第4話 苦行林へ

ヴィドゥーダバが言うには、俺は苦行林とかいうところで修行中だったらしい。忙しいだろうにわざわざ途中まで送ってくれた。


「本当に何も覚えてないのか、ガウタマ」


「ああ、なーんにも。俺は嘘はつけないから言っちゃうんだけど、この身体はガウタマだけど中身は真椛尊って日本人なんだ。なんかわりーな。ヴィドゥーダバにもガウタマにも」


しばらく間があく。


「信じる?俺のこと。俺自身信じられないんだけど」


馬を並べて進めながらミコトはヴィドゥーダバの顔をのぞいた。ミコトの馬は白馬、ヴィドゥーダバの馬は艶やかな栗毛馬である。


「神々の悪戯かもしれないな」


ヴィドゥーダバは神妙な顔をしている。こいつは本当にいいヤツだな。ミコトはこのシンジ似の王子様をますます好きになってしまった。


「オマエ、いいヤツだな。あ、王子様にオマエってのはねーか」


「いや、私はガウタマには及ばないよ。ガウタマ、いやミコトと呼ぶべきか?」


「どっちでもいーさー。この身体はガウタマってやつのもんで、俺もこれからガウタマとして生きていく訳だしなー。それより、どういう関係だったんだ?二人は。王子様が奴隷の子ってどういうことなんだよ」


ヴィドゥーダバは少し考えをまとめるようにしてから話し始める。


「どこから話せばいいか…かつて、カーシーがこの大地で最も力のあるものだった頃、君の国のカピラバストゥもまた極めて偉大な国のひとつだった。優れた作物を多量に生み出し、豊かで、優れた人材を多く出す名門の国だった。しかし今ではカーシーもカピラバストゥも衰えてしまい我がコーサラや憎きマガダに敵うような存在ではなくなってしまった。それが…君の国の者たちには分かっていないんだ。あるいは分かっていても認められないのかもしれない」


ヴィドゥーダバの表情は暗い。


「我が父パセーナディーはコーサラを真に偉大な国にした。そして、北部にある君の国カピラバストゥから后を遣すように求めた。政略結婚だろうね。しかし君の父上であるシュッドーダナ王は、いや、君の国の上層の人たちは成り上がりと我が父を蔑んで、カピラバストゥの姫だと偽り奴隷階級(シュードラ)の生まれである我が母マッリカーをコーサラに送ったんだ。それでできたのが僕なんだよ。おかけで僕の人生は…酷いものだった。学問のためと子どもの頃にカピラバストゥに送られてそれを知ったんだけど、君以外はみんな僕のことをバカにして散々だった。それを知った父上や兄上の扱いも変わってしまった。悔しくて学問や武芸に勤しみ僕は挽回を図っていた所に…君が現れたんだよ。ミコト」


馬の蹄の音が響く。ミコトの育ちもよくない。グレるやつはだいたい何かしら抱えていた。


「そっか…大変だったんだな」


上手い言葉が出てこない。ミコトがガウタマだったらどう言っただろう。しかしヴィドゥーダバにはそれだけで十分だったようだ。考えてやっと出てきた言葉をようやくミコトが口にする。


「奴隷とか、そういうの、良くないよな」


途端にヴィドゥーダバが笑い出した。


「お、おい、なんだよ?」


まだ少し笑いながらヴィドゥーダバがミコトの方を向く。


「いや、やっぱりガウタマはガウタマだ。以前と全く同じことを言っている。肌色のない北のアーリアの者たちがこの地を制してブラーフマナ・クシャトリア・ヴァイシャとして君臨し、肌色の濃い先住のドラヴィダの者たちをシュードラと落として千年近く、そのことに異を唱える者など誰もいなかったというのに。やはりガウタマと呼ばせてくれ。神々の悪戯で魂がミコトとなっても君は我が友ガウタマだよ。では僕はこの辺で失礼しよう。そろそろ君の目付役の五人が迎えに来るだろうしね」


ヴィドゥーダバはそう言って馬首を返す。ミコトはその背中に向けて声をかけた。


「肌の色?そんなんで差別するなんて空しいことに決まってんだろ」


ヴィドゥーダバは振り返ることなく笑いながらそのまま駆けて行ってしまった。しばらくして一旦止まり遠くで手を振るヴィドゥーダバにミコトも手を振り返す。


「あー、行っちゃったよ。バイクならいいんだけど馬はなー。ん、目付役って何だ?」


ほどなく、ミコトの行く手にその五人が姿を現した。

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