伝染叫


 絹を引き裂くような音というより、巨大な耳鳴りのような、不快な音に近かった。

 続けて何かを思い切り叩き付けたような破裂音。祖母の車椅子を押していた橋槻麗々はその音に足を止めた。周囲を落ち着きなく見回しても、他の人間がそれに気が付いた様子は無い。

「リリちゃんどうしたの?」

 彼女の祖母が心配そうに孫を見上げる。そんな彼女も先程の音に気がついていない。耳が遠くなり始めているからかもしれない。

 祖母を心配させないため、麗々はなんでもないよと答えて彼女の乗る車椅子を先程より力強く押した。




 麗々が此処、色野町に引っ越してきたのは、高校に上がるタイミングだった。

 元々この町で一人暮らしをしていた祖母が一人で生活する事が困難になってきて、町内の老人ホームに入居する事が決まった。そんな祖母の持ち家が空いてしまうので、元々賃貸住まいだった橋槻家はこれを機にと移住を決意したのだ。

 一年程この町で過ごしたが、不満は無い。都心からはそこそこ距離はあるが、不便では無いし、町内にはバスも多く通っている。妹と共に入学した、緒流高校での生活も楽しい。けれど麗々には、一つだけ心に引っ掛かることがあった。

「ほんと……なんなんだろあの音……」

 祖母が世話になっている「いきいきホーム」に行く度、毎回聞こえる謎の音。

 元々おばあちゃん子だった麗々は、頻繁に祖母に会いに行っていたのだが、その度にあの不気味な音を聞くのだった。

 幼稚園や休日の遊園地なんかでよく聞く、興奮した子供の叫び声にそれは似ていた。そのすぐ後にパアンっという破裂音が続く。結構な音だというのに、麗々以外それを気にも止めていない様子だった。

 耳の遠い老人達は聞こえなくても、納得は出来る。だが、職員達も全く気に止めている様子が無い為、なんだか不気味でこの所の麗々の悩みの種となっていた。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「ん?」

 リビングのソファーに座ってぼんやりしていた麗々の頬を、双子の妹の羅々がつついた。

 どうやら元気の無い姉に何かあったのでは無いかと心配したらしい。

「おばあちゃん、元気無かった?大分歳だし仕方ないだろうけど……」

「あー……いや、そういうんじゃなくて……ねぇララちゃん」

 何、首を傾げた妹に、相談するか麗々は迷う。変な事を聞いて余計心配かけないかなと思ったからだ。

「……なぁに? 気になるんだけど」

「ララちゃんさ、おばあちゃんのお見舞い行った時、変な音聞いた事ない?」

「変な音?」

「んーちっちゃい子の悲鳴みたいなのと、ぱぁん! ってなんか……破裂するみたいな」

 羅々は暫く考え込んでいたが、首を横に振った。やっぱり、自分の気の所為なのか……と麗々が再び気落ちしかけた時、羅々が何か思い出したように手を叩いた。

「あーでも、私は実際聞いた事ないけどなんか、そういう噂は聞いたかも」

「噂?」

「お姉ちゃんさぁ怖い話ってダメだっけ?」

「えーっ駄目駄目! 絶対無理!」

「そっか……」

 じゃいいや、とリビングを出ようとした羅々の手を、麗々は咄嗟に捕まえた。

「やだ、やめてよ……! そんな中途半端で置いて行かないで……どうせなら全部話して……」

「どっちなんや! まあ、私も詳しい事知らないんだけどさ」

 羅々は麗々の隣に座ると、持っていたポテトチップスを開けてボリボリ食べ始めた。

 しかし、その呑気な雰囲気に気が抜けた麗々に、怖がりな彼女にとって最大級の爆弾を投下する。

「昔あった殺人事件の話なんだけど」




【サンプルここまで】

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