ちり、と耳元で澄んだ音が鳴る。

「もしもし、お母さん? 加奈子だけど」

歩く度にちりちりと軽やかに転がるのは、スマホカバーから垂れ下がる金色の鈴だ。小指の先くらいの鈴がふたつ、人八紐によってストラップにされている。小さな板も一緒に括られ、そこには神社の名前が掘り刻まれていた。

「今日、彩夏と一緒にご飯食べて帰るから」

ちらりと隣へと視線を向ければ、にっと歯を見せながら笑う彩夏がいる。こうやって彼女と夕飯を食べて帰ることは、高校に入学してからよくあることだった。夕暮れの歩道をふたり並んで進んでいく。

「うん、うん。ごめんね」

電話越しに聞こえるお母さんの小言を聞き流し、どこでご飯食べようかな、なんて考える。彩夏が微かに「大丈夫?」と囁いているので、指でOKサインを作り微笑んで見せた。遅くならないようにしなさいね、という言葉を最後にツーという無機質な電子音が流れる。

「今日、どこで食べよっか?」

スマホを鞄に投げ入れながら聞けば、すぐに返事が返ってくる。

「長話出来るし、ファミレスでいいんじゃない?」

「じゃあ、駅前のところでいい?」

だらだらと歩きながら他愛ない会話を繰り返すのもいつものことだった。夏が間近に迫っているらしく、日差しは夕暮れにも関わらず焦がすような熱気を含んでいる。

額に汗を滲ませながら、たどり着いたファミレス。まだ夕飯時から外れていたので、すんなりとソファー席へ案内された。とりあえずフライドポテトとドリンクバーを注文するのは高校生の嗜みだろう。エアコンの涼しさに肩の力が抜ける。

他愛ない話を始めて一息ついた頃、ふいに彩夏が携帯を指差した。

「そういえば加奈子ってさ、今時珍しくスマホにストラップつけてるよね」

「え?」

突拍子もない質問にスマホを見やる。確かに今時ストラップをつける人間は減ってきているとは思うけれど、そんなに珍しいだろうか。

「しかもそれ、お守りの鈴じゃん。古風っていうか。もっとカワイイの、つければいいのに」

「あー、これ。うん、ちょっとね」

彩夏からは軽くつっこまれただけと分かっていたが、私はつい言葉を濁してしまった。

「なに? ちょっとねって……怪しいんだけど。誰かにもらったとか?」

身を乗り出して好奇の眼差しを向けてくる彩夏。彼女には悪いけれど、期待しているような大層なものじゃない。

「ううん、初詣の時に自分で買ったやつ。あー……本当に大したものじゃないんだ。なんていうの、持ってないと落ち着かないっていうか」

「え? 何か訳ありだった?」

しまった、という表情を浮かべた彼女へ咄嗟に手を振って訂正する。

「違う違う」

手を振って否定する。だって本当に大したことではないのだ。どうしたものかと頬を掻きつつ視線を巡らせていると、ふと窓の外が目についた。さっきも感じたことだけれど、今日は汗ばむ陽気で夏の気配がより強くなっていた気がする。……ならば、これは良いネタになるだろう。

「あのね、彩夏って怖い話とか平気?」

前置きをして尋ねる。彼女の表情がまた好奇の色に染まっていくのを見て、私は内緒話を告げるように囁いた。

「聞く? これを持ってる理由」

彩夏の目の前で、スマホの鈴をちりりと鳴らして見せる。彼女は小さく息を飲んでから、目を輝かせて頷いた。

「これは私が体験した、鈴にまつわるちょっとだけ怖い話なんだけど」

息を潜め、私は当時を思い起こしながら語り出したのだった。




【サンプルここまで】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る