【文学フリマ東京11/22 本文サンプル】ホラー短編集『彼岸から』
@kawawatari
ぬいぐるみ
「別れた男にぬいぐるみ送って来る気持ちってさ……その、ど、どういう感じだと思う?」
友人にそう切り出されて、彼は目を丸くして息を飲み、その後返事に困ってしまった。
須藤和樹はその日、大学の学食で友人の有村剛と昼飯を食べていた。隅の方に縮こまって、二人がけのテーブル席で食事をするのはいつもの事だ。
和樹は自分でも自覚があるくらい地味な男だった。高校時代に聞いた友人と呼べる同級生からの総評は、居ても居なくても変わらないが、まあ居たら遊ぶ、といったもの。容姿も可もなく不可もなくといったレベル。どこにでもいそうな癖のないミディアムカットの黒髪に、印象に残りそうにない顔。ファッションは大体そこら辺のデパートで買った適当な服を身に付けている。当然女性にモテる筈もない。唯一趣味と呼べるのはアニメの観賞と簡単なゲームをプレイすること、電子機器を弄ることくらいである。所謂オタク系男子にもなりきれず、かといって日常が充実したあかぬけた男とは程遠い。
そんな彼に大学生活内で唯一出来た友人が、今共に昼飯を食べている剛だった。
剛は典型的なオタク男子だ。小太りな体型に、名前負けした気弱な態度、着てくるのは大体チェック柄の襟付きシャツ。持っているリュックにはアニメの美少女キャラクターの缶バッジやキーホルダーが付いている。
和樹と仲良くなったきっかけもアイドル声優、かはらみこが歌うミコのみこみこ恋予報というアイドルソングCDの限定版に付いているキーホルダーを和樹がペンケースに付けていたという事から話が弾んだ、というものだった。
剛は彼女の追っかけらしく、「ミコにゃん尊い〜……大天使……」等と人前で堂々と言っている。そんな剛には、当然彼女等今までいた事が無いと思い込んでいた。
「え……剛お前、彼女とか……居たの……?」
「い、いや昔、その、少しだけ……付き合ってたって言うか……付き合ってたの……かな……」
なんとも煮え切らない返事である。
お互いの間に気まずい沈黙が流れた。和樹は学食のアジフライを複雑な気持ちと共に咀嚼し、なんとか飲み込んで話を続けようと努力する。
「で、何? その彼女が、ぬいぐるみ送って来たの?」
「うん……ぬいぐるみっていうか、マスコットっていうか……」
「今の住所教えたのか?」
剛の地元は今の大学から大分遠いので、親元を離れて一人暮らしをしている。最寄り駅から徒歩十分程離れたワンルームマンションで、和樹も何度かお邪魔した事があった。
「……いや、全然……っていうか自然消滅みたいな感じだったし」
「マジか。つか宅配とかなら受け取らなければ? 気持ち悪ぃし」
「……宅配、じゃなくてさ……三日置きくらいに郵便受けにそのまま入ってるんだよね……」
「げっなんだよそれ」
一気に事件の匂いがする展開になって来たので、流石に和樹もこのまま放置出来ないやつだと理解した。
「え? つか、なら何で元カノがそのぬいぐるみ入れてったってわかんの?」
「……趣味だったんだよ、裁縫……昔、彼女の家に行った時おんなじ様なの沢山作ってたし」
っていうか、おんなじだったと思う……と付け足して剛は俯いてしまった。普段から埋まり気味の首を更に縮めて、まるで危険を感じ取った亀のようである。
「……その、ぬいぐるみどうした?」
「始めは捨ててた。でも最近彼女かなって気付いて、いくつかとっといてある」
「警察とか行った?」
「まだ……」
証拠も無いしさ……と言って剛は更に縮こまる。埒があかなさそうだな、と和樹が察したのはこの時だった。
「で、俺に相談するって事は?」
「……和樹、何日か予定空いて無い? ぶっちゃけ怖いから泊まりに来て……」
趣味の事以外受け身で、饒舌ではない剛の本心をさっさと聞き出すのは和樹にとっていつもの事だった。うじうじと続く話にいつまでも付き合っているには昼休みは短過ぎる。
残った白飯を掻き込んで、一応予定を確認する。アルバイトの後ならば、特に予定も無い。和樹には悲しいかな、彼女が居た事もない上、大学の友人も剛だけだ。
「晩飯奢れよ」
「ありがとう和樹っマジ神!」
【サンプルここまで】
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