第7話 みんなで食べよう!腹ごしらえはラーメンで!~Heavenly arts and hell's ark~

 一波乱あった終業式も終わり、全員、とりあえず帰宅することになった。式が途中で中断したせいで、時刻はまだお昼にもなっていない。

 そんな帰り道の途中で、「飯を食べに行くぞ!」とダッキが急に言いだした。


「明日は決戦になる! 一つ、共に食事をして鋭気を養おうではないか! 無論、ここは部長ラスボスたる我の奢りである! “天下☆絶品”のこってりラーメンなどはどうだ!」


 “奢り”という単語で、全員が一気に色めき立つ。


「はいはいはーい! 賛成でございます! 部長殿の奢りということでしたらば、手前は是非に! お高級なフランス料理のフルコースなどを食してみたく!」


 丸メガネを光らせながら、相変わらずの甲高い声でスピカが提案する。

 いや、この辺にそんな店ないだろ。


「んー。普通に駅前のファミレスでいーんじゃない? マサ助にドリンクバー全種類混ぜた液体飲んでもらおうよー」


「なんで俺がそんな罰ゲームせにゃならんのだ。ファーストフードのハンバーガー屋でいいんじゃね?」


 悪山の願いを即座に却下し、俺も希望を言ってみる。

 よくウチの生徒もたむろしている“ナクドマルド”ならここから近いし、最近、新商品も出たはずだ。


「この間、できた……。スイーツビュッフェに、行ってみたい……」


 ……ウーちゃん、まさかの甘党だった。

 人は見かけによらないと言うが、よらなすぎだろ。鬼瓦みたいな顔とプロレスラーみたいな体格なのだから、もっとこう、野生動物を頭から齧るくらいしてほしい。


「フッ、パーチーということならば任せたまえ! このボクが、腕によりをかけて! 野草の天ぷらを振る舞おうじゃないか!」


「いや、なんでだよ! 野草ってようは雑草だろ!?」


 さすがに聞き逃せなかった。思わず、禍風先輩にタメ口でツッコんでしまう。


「甘いぞ、副部長のキミよ! 雑草などという草はないのさ!」


 一番貴族みたいな見た目の人が、一番質素な事を言いながらビシィッと謎のポーズを決める。元・園芸部故のこだわりという奴なのだろうか……?


「ラーメ「フルコー「ファミ「ハンバー「スイー、「野草!」


 協調性の欠片も無い集団だった。バチバチと6人の間で火花が散る。

 ……こういう時にとる行動は、一つだけだ。

 誰からともなく、拳を振り上げる。


「ジャーン!」


「ケーン!」


「ポン!」


 ジャンケンこそ、人類が発明した最も公平で平等な勝負方法だと思う。

 それはともかく。

 出された手は、“風林火山”の4人がパー。俺がグー。ダッキがチョキだった。


「ん、あいこか。んじゃ、あーい、こーで」


「えいっ」


 ピシッと。右手でチョキを出したままのダッキが左手で、俺のグーにチョップしてきた。


「えいっ。えいっ。えいっ」


 ピシッ、ピシッ、ピシッ。

 痛くはない。軽く叩かれているだけだ。全く痛くはないんだけど……。


「えいっ。えいっ。えいっ。えいっ。えいっ」


 ピシピシと、俺のグーを叩いてくるダッキ。若干、涙目になっている気がしないでもない。

 何故だろう。ちょっぴり心が痛い。

 あと、“風林火山”の4人。俺を悪者みたいな目で見るのはやめなさい。


「……」


 渋々、握っていた手を開き、パーの形にしてやる。これで、ダッキがチョキ、他の全員がパーになった。

 すると。


「フハハハハ! 我の! ショォォォ利である!」


「おぉっ! 流石は部長殿ですな! いやぁ、ジャンケンまでお強いとは! 常勝不敗の生き様はまさしくロシア帝国不敗の大元帥スヴォーロフの如し! 手前は感服致しましたぞ!」


「フッ。お見事だね、部長のキミよ!」


 スピカと禍風先輩がダッキをおだてている。ただ2人共、可哀想な子を見る目でダッキを見るのはやめてあげなさい。


「……!」


「やるじゃ~ん」


 その横では、ウーちゃんと悪山が親指をこちらに立ててサムズアップいた。お前ら、その暖かい目はなんだ。やめろ、そんな目で俺を見るな。


「さぁ、行くぞ! いざ、“天下☆絶品”へ出陣である!」


 フハハハと笑いながら、ダッキが前を指差す。コイツ、どんだけラーメン食いたかったんだ?

 まぁ、それはともかく。

 全員でダラダラと喋りながら、通学路から少し外れた道を歩き。

 商店街の一角、“天下☆絶品”の店の前へとやって来た。古ぼけた木造の平屋建てに、赤い暖簾が掛かっている。


「そういや俺、“天下☆絶品”って食ったことないな。どんなラーメンがあるんだ?」


「む? 汝は“天☆絶”のラーメンを食したことがないのか? 無論、我のオススメはこってりラーメンではあるが……。まぁ、大抵の注文には答えてくれる店であるからな。好きな物を食すがいい!」


 横にいるダッキに聞いてみる。こってりラーメンってなんだろう? スープが濃厚ってことなんだろうか?

 いや、それより「大抵の注文に答える」ってどういうことだ?


「頼もう!」


 そんなことを考えている間に、ダッキが店の中に入り、“風林火山”の4人も続いていた。

 慌てて俺も店内に入ると。


「らっしゃーせー」


 気怠げな男性店員の声が出迎えてくれた。

 それほど広くない店内は、どうやら1階はカウンター席のみのようだ。階段横の貼り紙を見ると、テーブル席は2階にあるらしい。

 俺達の他に、お客さんはいないようだ。ポツンと置かれたラジオから、聞いたことのない懐メロが流れている。


「6名様っすねー。カウンターでもよろしいっすかー? 2階まで行くのダルいんでー」


「いや、思ってても言うなよ」


 初対面の店員さんに思わずツッコんでしまう。この店員さんも、一癖ありそうだ。


「構わんぞ。各々、着席して好きな物を頼むがいい!」


 ダッキに促されるままに、各自、席に着く。

 奥から、ダッキ、スピカ、悪山、禍風先輩、ウーちゃんときて、最後、一番手前が俺だ。


「んじゃ、注文は席にあるメモに書いてくださいねー。材料がありゃ、大抵のモン作れるんでー」


 なんかさらっと凄いことを言っている気がする、ダル男(命名:仮)さん。

 そう言われても、何食べようかな……。あんまり濃いのって気分じゃないんだよな。塩ラーメンとかでいいか。

 メモに塩ラーメンと書いて、カウンターに置く。どうやら、俺以外の全員も書き終えたようだ。


「うーっす、少々お待っさーい。出来上がったら、順番にお持ちしゃーす」


 6人分のメモを回収し、奥の厨房へと引っ込むダル男さん。

 他の連中は何を頼んだんだろう?


「なぁ、皆は何を 『ここで番組の途中ですが、臨時ニュースです』 ……あん?」


 ラジオが垂れ流していた古臭いメロディが、突如、緊迫したアナウンサーの声に切り替わる。


「今朝、ウメダシティで起こった銀行立てこもり事件ですが、犯人と警察は未だ膠着状態が続いており、現場では非常に緊張した空気が流れており……」


「ありゃ? ウメダシティってこの辺じゃーん。なんかニュースやってたー?」


「あぁ、今朝からなんか騒がしかったな。ヘリとか飛んでたし」


 悪山の疑問に、なんとなく相槌を打つ。ダッキの騒動ですっかり忘れていたが、確かに今朝は騒がしかった。


「この事件ならば、朝のTV番組で見ましたぞ! なんでも、犯人グループが【悪技アーク】の使い手で。人質をとっているせいで、警察も手をこまねいているとか!」


「ふん。【悪技アーク】に目覚めてまですることが、たかが銀行強盗とは。大した連中でもあるまい。じきに、【正技アーツ】の使い手に鎮圧されるのがオチだろうな!」


「……【正技アーツ】、ねぇ」


 【正技アーツ】と、【悪技アーク】。

 この2つの言葉が広く一般的になったのは、この国の元号が“霊和れいわ”に変わる数年前くらいからだったと思う。

 発端は、どこかの国の研究所から漏れ出たウイルスだったか。なんでも、「人類を新たなステージに引き上げる為」みたいな胡散臭い研究だったはずだ。

 このウイルスに感染した人間に素養があれば、ソイツは“超人”になる。

 “超人”になると言っても、発現する能力は様々だ。火や水を自在に操れるようになる者、姿形が変わる者、空を飛べるようになる者、etcなどなど.

 原理は不明。現代の科学では解明できない、謎の現象を引き起こせるようになる。

 当然、そんな代物が発覚した時には、世界中大パニックになった。けど結局、騒動は1年くらいで収まったな。

 何故か?

 このウイルスは、想像以上に、それ以上にからだ。

 ウイルスの感染力は、当初の研究者達の想定を遥かに上回ったものだった。漏洩に気がついた時には、すでに誇張無しに、世界中に広まってしまっていた。

 あらゆる検査やワクチンを潜り抜け、恐らくは今この時も、進化し続けている。止めようがないのだ。

 そしてこのウイルスは、

 よくフィクションの世界である、「選ばれなかった者は死ぬ」的な副作用は一切無し。超能力のような物が使えるようになるか、ならないか。それだけだ。

 だから、このウイルスの事を「神の福音」だの、「人類への救済」だの言う学者もTVによく出ていた。

 けれど、結果としてこのウイルスがもたらした物なんて、結局のところは犯罪者数の増加と、それを取り締まる側の負担が増えたくらいだろう。

 【正技アーツ】と【悪技アーク】の違いはただ一点。


「周りにどう使うかで呼び名が変わるってのも、変な感じするよな。同じウイルスで出た能力なんだろ?」


 そう。社会にとって有益ならば、正義の技。即ち、【正技アーツ】。

 有害ならば、悪い奴の技。だから、【悪技アーク】。


「汝の感覚もわからんではないが、なに。発酵と腐敗のようなものだ。人間など、自分本位の身勝手な生き物ということさ」


 俺の問いに、ダッキが知ったようなことを言う。【正技アーツ】と【悪技アーク】の定義は未だに曖昧で、名乗ったもん勝ちみたいな所がある。

 もっとも、件の銀行強盗のような、誰が見ても悪いことに使っているのは【悪技アーク】と呼ばれるが。


「まぁ、我ら『悪の組織部』の能力は皆、【悪技アーク】と呼ぶのだぞ! 間違っても【正技アーツ】と名乗るなど、許さんからな!」


「いや、俺らにそんな特別な能力無いから……」


 と、言いかけて。

 いや待て。コイツラなら、まさか、いやそんな……。

 俺に訪れた一抹の不安を裏付けるように、その場にいる他の5人がキョトンとした顔をする。


「……何を言っている? 我らは皆、【悪技アーク】使いであるぞ?」


 ……マジ?

 なに? この、一人ぼっちの疎外感。

 新たなる驚愕の事実に、元々あまり無かった食欲が更に減少していくのを感じる俺だった……。

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