“風林火山”、集結!~Call to apocalypse~

第2話の1 登場!悪山・ロコ!

 あの後。

 「生徒会室へ殴り込みに行くぞ! 我ら悪の組織部の素晴らしさを啓蒙するのだ!」と息巻いているダッキとスピカの両名ダブルバカと別れて、俺は男子トイレに来ていた。

 用を足し、綺麗に石けんで手を洗ってから、ついでに顔も洗う。


「ふぅ……」


 さっぱりして顔を上げると、水に濡れた見慣れた自分の顔が鏡に映っていた。

 ……自分の外見は、正直あまり好きじゃない。

 ふわふわとした柔らかい茶髪のくせっ毛も、高校2年生になったというのに未だに中学生に間違われる童顔も。身長だって低い。胸以外は完璧なスタイルのダッキと比べると、頭一つ分くらい違う。

 偶にクラスの女子達に可愛いとか言われるが、可愛いより格好いいと言われたいのだ。そういうお年頃なのだ。

 溜め息を一つ吐いて、ハンカチで手と顔を拭いてからトイレを出る。

 若干アンニュイな気持ちのまま廊下を歩き、理科実験室の前に差し掛かった時。


 ――実験室から放たれた閃光が、視界を埋め尽くした。


「……は?」


 口から漏れた呟きは、自分にすら聞こえることはなく。

 物凄い衝撃と冗談みたいな轟音に、吹き飛ばされた。


「どわあああああ!」


 ゴロゴロと廊下を転げ回り、壁に激突する。

 したたかに頭をぶつけ、意識が明滅する俺の耳に飛び込んできたのは。


「あっちゃー、失敗失敗。やっぱ普通の材料と普通の器具なんていう普通の環境じゃ、いくら普通じゃないアチシでも上手くいかないかぁ。……ん?」


 大爆発の現場にはそぐわない、どこかノンビリした女子の声だった。


「あらら、巻き込んじゃった? もしもーし、生きてるー? 歴代の内閣総理大臣全員言えるー?」


「変に難易度の高い意識確認してんじゃねぇぇぇ!」


 ガバッと、全力で跳ね起きる。

 そして、大して心配もしていないような視線の主を、思い切り睨みつけながら叫んだ。

 コイツの事は知っている。奇人変人揃いの影月高校の中でも、ダッキと並んでとびきりに傍迷惑な奴――。


テメェか、悪山あくやまァ! 毎度毎度、人を爆発事故に巻き込んでんじゃねぇよ! そういう迷惑なのはダッキだけで間に合ってんだよ!」


「おー、生きてるじゃーん。てか、マサ助じゃーん。元気ー?」


「元気じゃねぇよ! 死んだ爺ちゃんが川の向こうから必死で追い返そうとしてるのが見えたわ!」


 俺に紛う事なき臨死体験をさせた張本人――、悪山あくやま・ロコは少しも悪びれる様子も無かった。


「キッヒッヒ。そんな怒んないでよー。ほら、笑顔笑顔」


 両手の人差し指を口に当て、ニンマリと笑顔を作ってみせる、紫の髪の女。

 ショートカットだが、前髪だけを伸ばして右目を隠しているヘアースタイル。片方だけ覗いている左目は赤い瞳の三白眼。セーラー服の上に着ている白衣は、趣味の悪い柄の缶バッジやらストラップやらをゴチャゴチャと付けているせいで、白衣なのにサイケデリックな印象になっている。

 これが『黙って何もしなければ美少女なのにランキング』にダッキと並んで同率1位の残念女子、俺のクラスメイトの悪山・ロコの外見だ。


「どんな聖人君子でも、週一のペースで爆発に巻き込まれてたらブチ切れるわ……」


 その度に俺は、たんこぶやらかすり傷やらをこさえる羽目になるのだ。

 いや、毎回軽傷で済むのは自分でも大概どうかとは思うが。


「キッヒヒ、ごめんごめーん。ちょっと反物質を生成して対消滅エンジン作れるかなー、とか興味本位でやってたらなんか小規模な爆発しちゃってさー」


「興味本位で世界を丸ごと吹っ飛ばしかねない実験してんじゃねーよ!?」


 対消滅エンジンってなんだよ、SF物でも滅多に見ないわ! それ確か、1グラムで核爆弾並みの破壊力あるとかいうヤツだろ!?


「まぁ、アチシ天才だからねー。その辺の物でもなんか適当に、イイ感じに色々作れるからさー。マサ助も、なんか欲しい物とかあったらお詫びに作ってあげるよー? “全自動殺戮破壊家事万能メイドロボ”とか、どう?」


「前半部分が不穏過ぎるわっ!? 普通に“家事ができるメイドロボ”とかでいいだろ!?」


 ……つ、疲れる。ツッコミ疲れる……!

 コイツと話していると、いつもこうだ。根っからの悪人というわけではないが、とにかくぶっ飛び過ぎているのだ。更に質の悪いことに、そのぶっ飛んだ思考を実現できるだけの才能と実力に溢れている。

 自分で自分を「天才」と称しても、誰からも異論が出ないくらいの、「天才」であり「天災」なのだ。

 その辺り、ダッキとよく似ている。アイツもアイツで、才能と能力の塊だからなぁ……。


「あー。でも、とりま、お掃除ロボットとか作んないとダメかなぁ。実験室メチャクチャになったし」


 悪山は、ちょいっと自分の横を指さしてみせる。

 そこには。

 爆発で粉々になった教室があった。バラバラになった壁の破片に割れたガラス、壊れた机、ひしゃげた椅子。正しく爆心地グラウンド・ゼロの有り様だ。


「ひっでぇな、こりゃ……。お前、学校壊すのも大概にしとけよ? いくらこの高校でも、そのうち退学とかになるぞ?」


 悪山が教室を爆破するのは、これが一度目や二度目ではない。むしろ、今回は理科実験室一つの被害で済んでいるので、まだマシなほうだ。


「キヒヒヒ、心配ないなーい。被害を上回るだけの利益を提供してるからねー。マジで死傷者とか出さない限りは、問題ないだろうしー」


 俺が怪我してるのは、どうなんだ……。と、ツッコむのは止めておいた。言ったところで、絶対に聞く耳など持たないだろう。


「ん? ……んー、あー。ねぇねぇ、マサ助。巻き込みついでに、ちょいとお願いあんだけどさー」


「あん? なんだよ、改まって」


 ふと気がついたように自分の腕時計を確認した悪山が、また面倒そうなことを言い出す。

 嫌な予感しかしないが、それでも聞いてしまうのは、自分でも律儀だと思う。


「アチシ、この後ちょっと野暮用あってさー。この後ってーか、もうガッツリ遅れてんだけど。『問題委員会』の人らに、報告だけ入れといてくんない? 場所と、被害の程度だけ言っといてくれれば、多分むこうで処理してくれるからさー」


 『問題委員会』。正式名称、『問題児達の被害を最小限に留めるためにみんなで頑張る委員会』。

 影月高校の多くの生徒が所属している、まぁ、名前通りの活動をしている委員会だ。主にダッキと悪山の被害を抑えるために、毎日頑張っている。ちなみに、俺は入っていない。今以上に災害みたいな連中に関わってたりしたら、マジで身がもたん。しょっちゅう勧誘はされるけど。

 ただ、『問題委員会』も何事かあったのは勿論わかっているだろうが、それが何処でどの程度のものだったのかは、確かに一言伝えておいたほうがいいだろう。

 まぁ、それぐらいなら、お安い御用だ。


「別にいいけどさ。お前が研究と実験と爆破以外の用事してるなんて珍しいな」


「うん。マサ助、今度アチシをなんだと思ってるのか聞かせてね」


 極めて傍迷惑な変な女マッドサイエンティスト以外の印象など無いのだが。

 素直に言葉にするのは、流石に止めておこう。気遣いのできる人間、俺。偉い。


「んじゃ、まー、そーいうことでヨロシクー。


「おう、んじゃなー。……ん?」


……また、後で?

どういう事だろう? 用事があるんじゃないのか?

意味深な言葉に、首を捻る俺だけが取り残されたのだった……。

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