~第1章~  影月高校征服編!

第1話 始動!悪の組織部! ~Believe in your evil heart~

「これから世界征服を開始する!」


 放課後。

 私立影月かげつき高校、2-A教室にて。俺の幼馴染という名の腐れ縁、咎ノ宮とがのみや・ダッキがとち狂った事を高らかに宣言した。

 教室には、俺とダッキの二人しかいない。

 つまり、この言葉は俺に向けられた物になるわけだが……。


「とうとう狂ったか?」


 思った事をそのまま口に出してみる。

 しかし、俺の冷ややかな言葉と視線くらいではダッキは止まらない。止まってくれない。


「まずは部を発足しなければな。名称は……、そうだな、シンプルに『悪の組織部』で良いだろう。最終目標は勿論、世界征服だ。となると、やはり問題はシンボルマークか。何か案はあるかな、副部長?」


「おい待て。今、俺を副部長っつったか」


 ダッキが妙な事を言い出すのは、実は初めてでは無い。というか、三日に一度は突拍子も無い事を言い放つ。

 その度に俺、倫道りんどう・マサヨシは面倒事に巻き込まれてきたのだ。

 思い起こすのは、小学生時代と中学生時代の悪行の数々。

 小学生の時は……。


「カエルの解剖などツマラン! 人体解剖をするぞ! そこの友達も恋人もいなさそうな根暗陰キャオタク男子!我が知識の礎にしてくれよ……あ、待て! 何故全力で逃げる!?」


 決死の形相で涙やら鼻水やらをドバドバと垂れ流しながら逃走している彼を取り押さえて、宥めるのは大変だった。ダッキのバカに倫理とか道徳とかなんか人の命の尊さとかを教えて理解させるのは、もっと大変だった。

 中学生の時は……、ある意味もっと酷かった。

 中1のスキー教室で、夜、旅館でクラス皆で露天風呂に入っている時。

 コイツは、あろうことか


「ここの壁が気に入らんな」


 と言って、男女を隔てる壁をぶち抜きやがったのだ。……バッチリ見えました、男からも、女からも。

 トラウマになった生徒も数人おり、後処理に何故か俺が駆り出されたんだった。

 いや、ほんと。思い出したくもない思い出の数々だわ。

 その騒動に、必ずと言っていいほどに巻き込まれるのが、俺だ。

 腐れ縁、ここに極まれり。

 そんな、あらゆるトラブルの元凶のコイツは、外見だけはやたらと整っている。柔らかな夕焼けに照らされて、普段見るよりも尚赤く染まっている長い赤髪。薄い紫色の大きな瞳は紫水晶アメジストのようで、陶磁器のような白い肌によく映えている。

 黙ってさえいれば充分に美人の容姿なんだ。黙ってさえいれば。

 ……胸、無いけど。


「なにやら良からぬ事を考えていそうな表情であったが、まぁ、よい。確かに我は汝を副部長と言ったぞ。そうだ、部下には副部長と書いて“ボス”と呼ばせよう。我は部長と書いて“ラスボス”だ。ふふふ、これは我ながら名案だな」


「いや、部下とかいないから。というか、そんな頭のおかしい部の肩書なんぞいらんわ」


 なにぃっ!? と、オーバーリアクションで驚くダッキバカ。いい加減、コイツのバカに付き合わされるのもウンザリだ。


「あのな、ダッキ。俺達も、もう高校二年生だ。お前も変な事ばっかり言ってないで、そろそろ進路とか将来の夢とかそういう感じのヴィジョンをだな……」


 自分でも説教臭いとは思うが、言うべき事はしっかり口に出して言わないといけない。


「ふむ、成程。汝の言う事にも、一理ある」


「お?」


 珍しく、ダッキが俺の話を聞いてくれた。明日は嵐か?


「この影月高校では、部の設立には最低でも六人の部員が必要となる。我と汝だけでは、あと四人も足りない。懸念はもっともだ」


「おい、違う。そうじゃない」


 一瞬でも、わかってくれたのかと期待した俺の方こそバカだった。


「部員、つまり部下。要するに戦力の確保は、世界征服を目指す我らにとって最重要課題だ。しかし! 我に何の考えも無いと思うか? 既に幹部級の部員は集め終えている!」


 おい待て。既に集め終わってるってなに?

 こんな頭のおかしい戯言に付き合う変人が四人もいたって事か?


「出でよ! 我が悪の組織部が誇る四天王! “風林火山”よ!」


 ダッキが大声でそう叫ぶと、明らかに登場するタイミングを窺っていたであろう人影が、ドアの擦りガラスの向こう側に現れる。

 そうして。勢い良くドアが開け放たれ、一人の女生徒が教室に入ってきた。


「やぁやぁやぁ! 呼ばれて飛び出て! ジャンジャ、ジャンジャ、ジャンジャジャ~ン! ご紹介にあずかりました“風林火山”の林担当、静かなること林の如くの辜林こばやし・スピカと申しまーす! 寡黙でメガネで、ちょっぴりシャイな1年D組の生徒でございます! どうぞよしなに!」


 ビシィッ! と敬礼のようなポーズをするスピカと名乗る少女。

 キンキンと高い声を早口でまくし立てる、丸くぶ厚いメガネを掛けたそいつにツッコミたい事は、たくさんあった。

 どこがどう寡黙だ。どこがどうシャイだ。自己紹介の内容が、メガネしか合ってないぞ。

 だが、それよりも。

 俺は、この特徴的な声に聞き覚えがあった。


「……あんた、お昼の放送とかで喋ってなかったっけ? てことは、放送部なんじゃないのか?」


 そう。

 毎日の昼休みの放送や、体育祭などの全校行事なんかで。この特徴的な声には聞き覚えがあった。

 名前までは知らなかったが、甲高い声や大きい丸メガネ、足元まであるやたらと長い黒髪を左右それぞれ三つ編みにしている外見などは覚えている。

 制服のセーラー服のリボンは、確かに一年生を示す黄色だった。


「おや! おやおやおや! 副部長殿は手前の事をご存知で? これは嬉しや、あな嬉しや! 確かに確かに仰る通り、手前はつい先日まで放送部部長を務めておりましたとも! もっとも、今の手前は悪の組織部四天王にヘッドハンティングされた身! “風林火山”の林、宣伝・洗脳・プロパガンダを担う“広報係”でございますが!」


「いや、後半のセリフがえらい不穏なんだが」


 他所の部長をヘッドハンティングってどういう事だ。洗脳とかプロパガンダとか何する気だ。

 というかコイツ、感嘆符ビックリマーク無しに喋れないのかよ。


「む? 他の三人はどうしたのだ、スピカ君」


 ダッキが眉を寄せて、スピカに尋ねる。確かに、さっき四人いると言っていたのに、スピカ一人しか教室には入ってきていない。


「はいはいはい、部長殿の疑問も至極当然! 本来であれば、四人同時に登場する手はずでございましたからね! まぁ、なにぶん自由な方々ですので! 各々、好き勝手に過ごされているかと!」


「やれやれ。我らには、まず団結が必要のようだな」


 肩をすくめて、溜め息を吐くダッキ。芝居がかった仕草も、コイツがすると妙に様になる。美人は得だ。

 ……ほんと、黙って何もしなければなぁ。あと、胸があればなぁ。

 俺がそんな、本人には絶対に聞かせられない事を考えていると。

 スピカが、ポンと手を打った。


「あぁ、そうそう! まず、部長殿にご報告するのをうっかり失念しておりましたぞ! 例の、悪の組織部設立を生徒会に申し立てる件でございますが!」


 マジでそんな頭悪い事態が動いていたのかよ……、と、こめかみを抑える俺をよそにスピカの報告が続く。


「悪の組織部設立の申し立ては! 見事! 却下されました! いやはや、残念無念ですな!」


 冷たい風を伴った、一瞬の静寂が訪れる。

 スピカの言葉を聞いたダッキは、無表情かつ無言でスピカの背後に回り。両肩に手を置き。


「はぁ? なんでだ、スピカ君。何故、却下されたのだ?」


 美しく微笑みながら。

 ギリギリギリィと、音が聞こえそうなくらい強く、それはもう強く両手を握り締めた。


「ギャアアアアアアアア! 痛い痛い痛い!? 手前、頑張りましたぞ! 超頑張りましたぞ!? アテナイの扇動家クレオンも真っ青の素晴らしいスピーチでございました! しかし分からず屋の生徒会長が、『いや、常識で考えてそんな部を認められる訳ないでしょう』という素気無い一言で却下したのですぞ! 全ては憎っくき生徒会長のせいでギャアアア!」


「えぇい、言い訳は許さん! 任務失敗の報告など認めん! 認めんぞ!」


 ギャアギャア騒ぐ、うるさい二人。

 しばらくして。俺の、生徒会長のファインプレーへの、心の中での惜しみない称賛が終わりかけた頃。

 スピカへの制裁をようやく止めて、しばしダッキが腕組みをして考え込んだ。

 スピカは涙目で肩を押さえている。よっぽど痛かったんだろう。

 そうして、ダッキが呟いた言葉は。


「……戦争か」


 物騒極まりないものだった。

 ……お家、帰りたいなぁ。

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