かなんさん
「ねぇ、ゆきちゃんはかなんさんのこと知ってる?」
校庭を照らす日は既に傾き始めていて、設置された遊具の影を長く伸ばしていた。
急にそう切り出してきた友人の顔を、きょとんとした表情で見返した雪江は一瞬、どう答えるのが正解なのかと悩む。
小学五年生という中途半端な時期に転校してきた彼女は、数ヶ月経った今でも所謂余所者という見えない烙印を押されている。女子の間に存在する絆は、酷く軽くて脆い。
なので彼女も、弱冠十一歳で場の空気を読むという日本人特有の悪弊に苛まれていた。
「ええと……知らない、かな」
教えてくれると嬉しいな、そんなニュアンスを含んで切り返すと、友人はしたり顔でへぇ〜じゃあ教えてあげる! と答えた。どうやら、選んだ返答は正解だったらしい。
「あっちの川にある大きい橋はわかる?」
「うん」
「あの橋の近くにね、良く出るの。だから気を付けた方がいいよ。捕まったらね、さらわれちゃうって噂だから」
友人が語るには、かなんさんは橋の近くに出るおばけ……もとい不審者らしく、子どもに声を掛ける習性があるらしい。
返事をしたり、捕まえられるとさらわれてしまう、そんな陳腐な結末で話は終わった。聞いた感想といえば、心底どうでもいい、が正直な感情だ。
歳の割に、雪江は冷めているとよく言われる。元々は都内育ちで、父が転職してから転校ばかり経験してきたせいもあるかもしれないが、同年代の子どもが話す話題は内心低レベルだと馬鹿にしていた。なので、今日聞いた話にも「へぇ〜怖いね、私も気を付けるね」と心の籠らない返事をして、その数十分後噂の土手を抜けていた。母に日が暮れて来たら大人の目から死角になりやすい住宅街を抜けるな、と言われていたからだ。
土手を暫く歩いて、橋の近くに差し掛かった時だ。足元を見つめながら歩いていた雪江は、ふと顔を上げて……その場で立ち止まった。
橋の手前に、女が一人立っている。
【サンプルここまで】
【文学フリマ東京11/22 本文サンプル】ヒトコワアンソロジー『おそれびと』 @kawawatari
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