恋に落ちるまで…

心月みこと

第1話

どんな人がタイプ?




 そう問われると理想のタイプを述べるしかない。




 けれど、僕の理想はどんな高層ビルよりも高くて遠い夢の話でしかないのだろう。




 つまり、理想の人は現れない。




 夢は眠っている間しか見れない。




 だから、本気の恋はしない。本気で人を愛さない。程よく付き合って自然に別れて行く。




 そして、数年後にはお酒のお供にでも出来ればそれでいい。








「おはよう」




 今日もいつもと変わらない日常の始まりだ。その合図とも言えるのはユキの挨拶だ。








 本を読みながら歩く生徒。横に並んで賑やかに歩く生徒。見れば見るほどに誰もが違った行動をとっているのに向かうべき場所だけは同じなんてのも変だと思う。けれどそれが学校というものだ。








 僕らはここへ学業を習うために訪れている。ただ、恋なんてうつつをぬかすのがほとんどというのが現状だ。




 どうせ、学生の恋なんて永遠に実ることのない不出来な果実なのに。








 そうと分かっているのに俺はまた手をあげて声にしてしまう。




「ユキ、おはよう」




「なんか余計な間が見受けられたけど?」




 横を取りすぎる生徒にヒソヒソと囁かれるのはいたしかたない。けれども、校門前で目立っていることにはいい加減気がついてもらいたい。




「今日も可愛いなと思ってたからだよ」




 適当に口にしたはずなのにユキは「ほんと?」といい、喜ぶ前の子どものように僕を見上げてきた。




 おもちゃを買ってもらった子どものようにに目を輝かせているユキを見ているとこっちが恥ずかしくなってくる。だから、口元を隠して少しだけ先を歩く。




 ピョンピョンと近づいてくるリズミカルな足音。それにハモるかのようにユキは照れたような控えめな笑い声を漏らしていた。








 校内に入れば生徒だけでなく教師とも鉢合わせるというのに、ユキはお構いなく僕に腕を絡ませてくる。




「周りに沢山の人がいるんだけど…」




 僕ら以外にもこういった関係になっている生徒は沢山いるだろうが、ここまでにオープンだと一目置かれてしまう。




 すれ違う生徒。通りすがる生徒。鉢合わせてしまった全ての生徒に白い目で見られるのは、息ができないくらいに苦しかった。けれど、ユキは小首を傾げて答える。




「見られちゃ不味い関係なの?」




「あ、い、いやそういいうわけじゃ…」




 ユキは周囲の視線など気にすることもなく口にした。




「イチャイチャは好きの魔法が解けるまでの特権なんですよ」








 俺の頭が一瞬フリーズしてしまった。




「は?何が言いたいの…というか、僕が言いたかったのは恥ずかしいからやめてくれって事なんだけど」




 話の論点が決してずれないように確実な言葉を選んで話した。すると、ユキはこれまでで一番力強く僕の腕を引き寄せた。




 胸部に腕が当たっているのだが、ユキの温かい視線が僕の中にある下心を取り除いているようだった。




 目を見られるとうるさく感じる程に胸が高鳴る。ユキの唇がそっと開いた。








「いいじゃん。今日の恥をおつまみにいつか一緒にお酒でも飲もうよ!」




「一緒は無理だね。俺の理想ってユキとはかけ離れてるし」




「ふーん。まあ、私の理想もあんたとは真逆だしー」




 腕を組んだままの僕とユキはいがみ合っていた。けれど、すぐに笑いへと変貌を遂げていった。








 初めてだった。僕の思想と同じことを口走る人を目にしたのは。僕自身が認められたみたいで単純に嬉しかった。でも、真意を口にすることは恥ずかしくて今の僕には出来ない。




 だからいつの日か、一緒にお酒でも飲めたのなら伝えてみようか。




 僕が恋に落ちた今日のことを…。

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恋に落ちるまで… 心月みこと @kameyama8986

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