08話.[作戦だったこと]

 テスト1日目。

 わたしは普通に元気に登校することができた。

 勉強もしてきたから問題ない、不安は一切ない。

 今日は3教科、明日は2教科受けるだけで終わるから楽だ。

 だが、1教科が終わった後の休み時間毎に精神的ダメージを与えてこようとしていることだけはむかついた。

 あからさまに佳子にべたべたと触れて確認をしようとしているところを見ていたら思わず引き裂きたかったぐらい。

 ただまあ、そんなことをしたら印象を悪くすることは必至だからなんとか我慢したけどね、テスト時間中にずっと睨み続けていたぐらいでさ。

 

「へえ、案外我慢強いのね、私は邪魔してくるかと思ったわ」

「べつにそんなの自由だろ、佳子が嫌がっていないのならそれでいい」

「そう、そこなのよ、佳子が嫌がらない限りあんたにはなにもできないのよ、仮にその胸の内が大暴れしてようともね」


 ぐっ、何故ここまで可愛げのない女になってしまったのか。

 自然と手を握ってしまうところとかもさ。というか、佳子も少しは言ってほしいんだけどな。それとも、やはり想像通り朱美に心を奪われてしまったというのか?

 まあいい、たった3時間で終わったんだから勉強をしていこう。

 勝てば問題ないんだ、ただそれだけでこの状況はひっくり返る。


「佳子、もっと近寄りなさいよ」

「う、うん……」


 いまはあれもただの雑音だ。

 どこに行ったって音は聞こえるのだから気にしなくていい。


「ちょっと手を握っててもいい?」

「まあ……」

「ふふ、あんたは優しいわね」


 いいや、ここで去ったらわたしの負けだ。

 逆にこの状態で集中できるようになったら鋼のメンタルを得ることができる、なにもマイナスなことばかりではない。


「あれ、あんたもいたのね、空気すぎて気づかなかったわ」

「こっちは勉強中なんだよ、邪魔しないでくれる?」

「可愛げがないわね、そんなんだから取られるんじゃないの?」


 我慢だ、自由に言わせておけばいい。

 来週になったらわたしの勝ちが確定するのだから。

 2日目も健康面は問題なしだった。

 今日はたった2教科で終わる、教科が少ない分煽られることも減って試されることも減るわけで、勝てるとしか思えなかった。


「へえ、意外と耐性があるじゃない」

「そんな余裕ぶっていていいのか?」

「大丈夫よ、私はあんたに負けないから」


 わたしには自信しかなかった。

 こんなの所詮強がりだ、どうしようもなくなったときは自信満々な風に振る舞うことしかできなくなるのが人間だ。 


「最後にチャンスをあげるわ、一緒に過ごしたらどう?」

「は? それで負けていたらかなり恥ずかしいよ?」

「問題ないわ、私はあんたと違って寛容なの」


 彼女は勝手に佳子を置いて教室を出ていった。

 あれは絶対に教室ではひとりで寂しいからこっちに来ているだけだろ。


「愛梨ちゃん……」

「あいつが悪かったね、それでも来週で終わりだから」

「だ、だね、これでテストも終わったもんね」


 そうだ、これでとりあえずは佳子との時間を重ねていけばいい。

 落ち着いて待って、結果が出たらその日に決める。

 そうすれば朱美に対するダメージは絶大なものになる、何故ならあの子は自分で勝手にそうなった場合のそれを引き上げてしまったから。

 よくも煽り散らかしてくれたな、覚悟していろよ朱美。


「喫茶店にでも行こうよ、頑張りすぎて疲れた」

「うん」


 ずっと我慢してきた甘いものを解禁する。

 溜め込んでいると爆発するからある程度は発散させておかないと。


「とりあえず、お疲れ様」

「うん、お疲れ様」


 ああ、甘いものが凄く体に沁みる。

 頑張り続けてきて良かった、あとはなにも不安はない。


「早く結果が分かるといいね」

「だね」


 これ以上調子に乗らせるわけにはいかないから。

 あとはまあ、わたしの勝利が決まるからだ。




 私は何故か席から立てなくて座ったままだった。

 もう結果は分かっている、だからこんなことをしても意味ないことだ。

 合計点数と順位が張り出される学校ではないから答えはこの手の中に。


「ふっ、あんたの勝ちよ」

「あれだけ煽っておいて、ふざけてるのか?」

「私が50番台なのが嫌だった?」

「わたしがどれだけ真面目にやったのか分かってるのか!?」

「良かったじゃない、ちゃんと勝てたんだから」


 これ以上はさせたくない。

 いくら彼女から言い出してくれたことだとはいえ、責められるところをずっと見ていたくはないから。


「愛梨ちゃん、朱美ちゃんは私に教えてくれてたの」

「だったらもっとできるはずだろ!」

「自分のよりこっちをサポートしてくれてたの」


 答えを愛梨ちゃんに見せる。

 朱美ちゃんが50番台だったと分かったとき以上に驚いているような気がした。


「う、嘘でしょ……?」

「今日、誰よりも勝つためにずっと頑張ってきた。朱美ちゃんが丁寧に教えてくれていたというのもあるから絶対に取るしかないって考えながら」


 それだけじゃない、みんなに勝って愛梨ちゃんに告白するため。


「ごめん朱美ちゃん、利用するような形になっちゃって」

「ふっ、べつにいいのよ、あんたがやってくれたから愛梨のこんな顔が見られたんじゃない、私はこれだけで大満足だわ!」

「そっかっ、ありがとう!」

「それじゃ、後はひとりで頑張りなさい」

「うんっ、頑張るよ!」


 が、固まったままの彼女を抱きしめようとしたときだった。


「園田、勝負は俺が勝ったぜ」

「え、牧野くん?」

「約束、守ってくれるよな?」


 なっ!? 関わっているみんなに勝てていると思っていたのにこんなところに伏兵がいたなんて!


「わ、分かったよ、絵を描くんだよね?」

「そうだ、俺と園田――佳子が笑顔で並んでいるところを描いてくれ」

「うん、それならすぐできるよ」


 過激なものを要求されると思ったけどなんてことはない。

 どうせならと、自分たちのものとは他の紙に友達と楽しそうにしている彼も描いておいた。笑顔だ、それ以外はいらないとばかりの感じで。


「ありがとな、大切にする」

「うん、お願いね」


 よし、今度こそ決めないとと動いたときのこと。


「園田、牧野には負けたが付き合ってくれ!」


 連れて行かれたのは濱田くんの家。

 そこには前回いなかったお姉さんがいて据わった目をしていた。

 同じような趣味を持つ人だからできれば仲良くしたいが、できるか?

 ただ、なんてことはなかった、絵のモデルになってほしいというだけ。

 自分が描く方ばかりだったからかなり意外だったかな。


「ふぅ、疲れた」

「お疲れ」

「ありがとー」


 決めなければならない。

 愛梨ちゃんを柔らかく抱きしめて少しだけ心を落ち着かせる。


「愛梨ちゃんのことが好きなの、勝ったら告白しようと考えてずっと頑張ってたんだ」

「……それはわたしも同じだよ。でも、まさか佳子に負けるとは……」


 母が求める20位というのは達成した。

 それどころか10位以内というのもできてしまったのだ。

 ま、まあ、牧野くんの方が上だったんだけど。

 元々これは私が勝手に決めていたことだからもう我慢しない。


「付き合ってください」


 そういえば付き合ってくれるかも分からない段階で抱きしめるってすごい話だよなと依然として抱きしめながら考えていた。


「……わたしは佳子に負けたんだよ?」

「正直に言って、朱美ちゃんには本当に申し訳ないけどさ」

「……いいの?」

「逆だよ逆、私が聞いているの」


 だからあなたが選ぶ側だよ、と。

 少しでも楽になってくれればという願いしかなかった。


「わたしも佳子が好き」

「うん、ありがとう」

「でもね、だからこそ自分のことを疎かにしたのは納得いかない! そんなことしたって格好良くないぞ朱美!」

「うぐっ、私に突き刺さるかなあ……」


 だけどこれで良かったんだ。

 朱美ちゃんにはこれから何度もお礼をしていけばいい。


「というか佳子!」

「は、はいっ」

「なに手とか繋いでんの? 許さないからね!」


 ……実はそれも朱美ちゃんの作戦だったことは黙っておこう。

 許さないということなら愛梨ちゃんにもしっかり誠意を見せていけばいいのだ、なにも難しいことではなかった。

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