07話.[毎日やってきた]

「寝れないの?」

「べつに……」


 探してみたらベランダに彼女がいた。

 愛梨ちゃんはぐーすかぐーと人のベッドで寝ている。

 もう1時を越えており、こんなに夜遅くに起きたのは新鮮だった。


「あんたのせいなんだから……」

「愛梨ちゃんが気になっていたんじゃないの?」

「愛梨の様子を確かめるためよ。でも、駄目だったわ、愛梨があんたのことを心の底から大切にしているって分かっただけだった」


 私も最近は心から言ってくれていることだと信じている。

 傍からしたら露骨だったし、嘘をつくメリットがないからね。


「最悪よ」

「ごめん」

「私といられて嬉しいとか言ったくせに」

「それは本当だから、そういうところで嘘はつかないよ」


 それこそメリットがない。

 そりゃ最悪は愛梨ちゃんさえいればいいと考えていた自分だけど、友達でいられるのならそれに越したことはないからだ。


「責任、取りなさいよ」

「な、なにをすれば満足してくれる?」

「キス」

「え!?」


 凄く驚いていたらつまらなさそうな顔で「冗談に決まってるじゃない」と彼女は呟いた、そうだよねとこちらは少し安心。


「手を繋いでいい?」

「うん」


 やっぱり彼女は静って感じがする。

 普通にいるだけなのにどういう風にすればこう纏えるのか。


「あんたと私の絵を描いてよ」

「いいよ、どういう風にする?」

「抱きしめ合っているところ」

「うん、分かった」


 月明かりを利用して描くことにした。

 電気を点けると寝ている愛梨ちゃんの邪魔をしてしまうから。


「はい、なんか最近は私も人気だなって」

「誰かに求められたの?」

「牧野くんにね」

「へえ、あんたも罪作りな女ね」


 そういうのではないだろう。

 でも、濱田くんに牧野くんが勝てば絵を描くという約束をしている。

 そのときにどういった絵を求めてくるのかは分からない。


「上手いわね、逆にすっきりしないわ」

「えぇ……」

「いいわ、もう戻るわね」


 私はもうちょっとここでゆっくりしていこう。

 今日は月も綺麗だからちょうど良かった。

 ぼうっと眺めているだけで心が落ち着く。


「あれ、まだ起きてたの?」

「さっき朱美が叩き起こしてきたから」

「あはは、なんか朱美ちゃんっぽい」


 フェアじゃないとかって考えたんじゃないかな。

 それかもしくは、悠長にしているのが嫌なのか。


「佳子、ありがとう」

「なんで?」

「朱美にはっきり言ってくれたんでしょ? 嬉しいよ」

「それって期待しちゃうけど、いいの?」


 月明かりに照らされている彼女を見つめる。

 が、彼女はこちらの方を見てはいなかった。

 それどころか呑気に「月が綺麗だ」なんて呟いている。


「愛梨ちゃん」

「んー?」


 もう……意地悪なんだから。

 こっちだってこの曖昧な距離感に悩んでいる。

 これ以上踏み込むことなく維持しろと囁く自分と、踏み込め、遠慮するなと囁く自分がいるからだ。


「もう寝なくていいの?」


 でも、これはあくまで自分のことしか考えていないことになってしまうからやめておいた、だからありきたりなことを言って濁す。


「さっきまで寝てたからね、佳子こそ寝なければならないんじゃ?」

「私は大丈夫だよ」


 あんまり得意ではないけどぼうっとしているだけでいいんだから。


「テスト勉強、頑張ろうぜ」

「うん、そうだね」


 20位を取って趣味を続けられるようにする。

 朱美ちゃんだって気に入ってくれているんだから無駄ではない。

 お母様には負けないぞ、私はなにかのためなら頑張れるのだ。

 流石の私も2時になるまでには戻って寝た。

 愛梨ちゃんはその後もどうやらベランダに残っていたみたい。


「ん……」


 起床したら1階へ。

 顔を洗い、歯を磨いたらリビングに移動。


「おはよう」

「おはよー」


 母は厳しいけど佇まいが素晴らしい。

 将来はこんな風になれればいいけど果たして。


「愛梨ちゃんと朱美ちゃんは?」

「まだ寝てるよ」


 今日も学校だから起きてこないようなら起こさなければならない。

 なんだろうな、家族でもないのにまるで家族みたいなことをするのが新鮮で良かった。これで最低でも20位を取らなければならないということさえなければゆったりとできるというのに。 

 で、結果を言えばわざわざ起こすまでもなくふたりはそれぞれ下りてきた。かなり眠そうな顔をしていたり、髪がぼさぼさだったりしているところを見ると、なんだかみんなが知らないところを見られているということに優越感に浸れるというか、なんというか。

 母作の朝ご飯をしっかり食べてそこそこしてから学校へ。


「あんた何時に寝たの?」

「4時かな、ずっとベランダにいたよ」

「ただの馬鹿じゃない」

「朱美に勝てば馬鹿じゃなくなるでしょ」


 4時ってそれでよく普通に起きてこられたな。

 また朱美ちゃんに叩き起こされたのだろうか。

 そういう可能性は高いな、おでこが赤くなっているし。


「佳子、夜中はありがとね」

「ううん、あれぐらいしか私にはできないから」

「十分よ、あとはテスト勉強を頑張るわよ」

「うんっ、頑張る!」


 もし本当に20位が取れたら愛梨ちゃんに告白することに決めた。

 仮にそれで振られてもそれはテストが終わった後の自分に任せる。

 なんて、絶対に簡単に片付けられなくてガチ凹みするだろうけど。

 

「よう」

「あ、牧野くんおはよ」

「園田、あの約束忘れないでくれよ?」

「うん」


 どちらかと言えば濱田くんとの約束の方が気になる。

 あの子の代わりにお姉さんの犠牲になるってどういうことだろう。

 女装とかさせられていたのかな? もしそうなら少し見てみたい。

 とりあえずこっちも頑張らないと、それだけがいま大事なことだ。




 本格的にテスト週間が始まった。

 これにより当然だが部活動が禁止になったため放課後は暇になる。


「佳子、一緒にやっていこうよ」

「うん」


 家は駄目だ、また彼女の家なんかもっと駄目。

 必ず脱線するし、そもそも誰かとやるのが間違っている。

 ――と、思っているのにこうして一緒にしようとしているのは、こうでもしておかないと佳子に近づこうとする人間が多いからだ。

 少しだけ安心できた点は佳子が朱美にはっきり言ってくれたこと。

 が、逆に安心できなくなった点は、わたしが負けたときのことだ。

 なにを頼むか分からないから勝つしかない。

 朱美は前回の順位は28位だと口にしていた。

 それなら勝てる、いままでのやり方を貫いても問題ない。

 ただ、勝つと断言したあの子を侮ることは当然できないわけで。

 気づけば19時ぐらいまで集中していた。

 隣でやっていたはずの佳子は少し疲れたような顔で座っているだけ。


「ごめん、自分の世界に浸ってて」

「ううん、私の集中力がないだけだよ」


 そろそろ佳子のために帰らなければならない。

 それにあまりに1日で詰め込もうとするタイプではないのもあった。

 付き合ってくれた彼女を送って、わたしは帰宅。


「はぁ……」


 なんでわたしと佳子は同じ家で暮らせないのか。

 いやまあ姉妹だったらその先を望めないからこれはこれで悪くないのかもしれないけれども。


「おかえり」

「うん、なにか手伝おうか?」

「大丈夫だ、できたら呼ぶからゆっくりしていればいい」

「ありがと、それならちょっとベッドに転んでくる」


 テストが終わったら佳子に来てもらおう。

 中学生のときに買ってくれたブランケットを抱きしめる。

 でも、なんでこれを買ってくれたんだっけ?


「あ、寒いってずっと口にしていたからか」


 正直に言ってただただシンプルな、要はひざ掛けを買ってくれただけなのに凄く嬉しかったんだよなと思い出す。これがあの子のくれた初のプレゼントだったからというのは大きい。

 ただ、いまにして思えば関係がここまで続いたのは意外だった、だって意見が合わないことも多かったから

 部活に対する気持ちの違いだとか、物に対する気持ちの違いだとか、そういう細かいところが当然違って、その度にぶつかって。

 喧嘩をして1週間ぐらい話さなくなることも多かったぐらいだ。

 3年間一緒のクラスにはなれなかったからこそ思った、仮に佳子と関係が切れたぐらいでなんの問題もないって。


「だけど駄目だったんだよなあ」


 気づけばわたしも、向こうもお互いを求めていたということになる。

 そこがまた意外なんだ、中学でバレー部、高校で美術部を選んだ自分よりかはそこまでではないかもしれないけど。

 残念ながら性格が良くないから喧嘩した際には知るかあんなやつとかって悪口だって言っていた。変になよなよしているし、かと思えば無駄に強いところもあるし。

 うざいところや羨ましいところがあった、自分にはできないことを簡単にやってのける佳子を妬んでいたところもあるかもしれない。

 んー、つまりそういう衝突をしてきたからこそなのだろうか?


「できたぞ」

「あーい」


 まあいい、過去話をしてもしょうがない。

 わたしはただあの子の側にいられればいいのだ。

 わがままな人間でもあるからテストでも当然勝って権利を貰う。


「愛梨、最近佳子ちゃんを家に連れて来ないじゃないか」

「テスト週間だからね、終わったら連れてくるよ」

「そうなったらこの僕が得意な芸を披露しなければな」

「よ、余計なことをしなくていいから……」

「な、なんだと……」


 父に余計なことをさせないためにもしっかりしなければ。

 あの子のことを考えればわたしひとりで頑張るのが1番。

 が、先程も言ったがすぐに人が集まってくるから我慢してもらうしかなさそうだ。

 とことんわたしに付き合ってもらう、基本的にこちらも聞いてきたからあの子なら受け入れてくれるはずだ。


「ごちそうさまでした、美味しかったよ」

「お粗末さまでした。食器は洗うからお風呂に行ってくれ」

「うん、お願いね」


 佳子や朱美と一緒に入ったときは当たり前のようにベッドで寝かせていたことにいらいらしていた自分。けど、いまとなっては物凄くもったいないことをしたような気分になっていた。


「それにあのとき言われたんだよな」


 近い内に告白するって。

 朱美はそれを有言実行して、佳子はそれを断った。

 そこも意外だった、わたしはてっきり悩むかと思ったから。

 実際は違って、わたしが大切だと口にしてくれた佳子にお礼がしたかった。


「出て電話しよ」


 勉強も大切だが体調管理もしっかりしなければ。

 だからちゃんと拭いて、しっかり着込んでから部屋に移動する。

 そこではさらに布団をかぶってから通話開始。


「ちょっと朱美ちゃん……あ、ごめんね愛梨ちゃん、すぐ反応できなくてさ」

「ちょっと待て、もしかして朱美が来てるの?」


 2日連続で? この時間にいるってことは泊まりってこと?

 なりふり構わずにきたということだろうか、中途半端なことをしている場合じゃない、取れるなら取るぞと。


「うん、今日も泊まりたいんだって」

「そうなんだ」


 行きたい、そういう面で遅れを取りたくない。

 だが、わたしの口からはその先の言葉が出ることはなかった。

 というか、佳子が普通に通話できる状況ではなくなったから。


「愛梨、私は簡単には諦められないわ」


 ベッドに押さえつけられている佳子が見える。

 わざわざカメラ通話に切り替えて丁寧に現状を説明してくれていた。


「許さないっ」

「あんたはなにもできないよ、だってここにはいないんだから」


 私情を優先するのなら行くべきだ。

 でも、ここで行ったらそれこそ朱美の思惑通りになる気がする。

 こんなプライドがない方がいいのは分かっているが、あくまで目の前の勝負で勝つしかない。

 ……後悔している点は「期待しちゃうけどいいの?」と聞かれた際にスルーしてしまったことだ。

 テストで勝ってすると決めていたからそれしか見えていなかった。

 仮にあれのせいで隣にいてくれることがなくなったら?

 朱美は告白した身だ、情に訴え続ければどうなるのか分からない。


「結局あんたは甘えていただけなんじゃないの?」

「は?」

「いつでも佳子が自分を求めてくれる、側にいてくれるって」


 違う、かなり自惚れになってしまうが側にいてほしいって願ってきたのは佳子の方――って、こういう考えが嫌だったら?


「動く気もないやつのために遠慮するっておかしくない?」

「じ、自由にやればいいだろ、佳子は応えないと思うがな!」

「言質は取ったからね、それなら明日の朝まで自由にやらせてもらう」


 そこで通話が切れた。

 わたしはスマホを壊れないところに置いて布団にこもる。

 本当なら話しながら勉強でもしようとしていたのにやる気が失せた。

 佳子を疑いたくはないが仮にもしこれで朱美を受け入れるようなら。


「いいやべつに、テスト勉強を頑張ればいい」


 告白したって受け入れてくれるかどうかは分からないんだから。

 うじうじしていたってしょうがない、わたしにやれることをやるだけ――だと考がえようとしている自分を邪魔する自分がいる。

 簡単に諦められるか! 絶対に奪い返してやるからな! と。

 当然だ、好きなんだからそうなるのはなんらおかしくないことだ。


「お父さん!」

「な、なんだっ?」

「これから毎日遅くまで残って勉強してくるからよろしく!」

「ああ、分かっているよ」


 必ず心も奪い返してやるっ。




 本当にがむしゃらに頑張った。

 休憩も忘れずにして、佳子とのコミュニケーションも欠かさない。

 なんなら教室で会えるだけで頑張ろうと思えた、朱美になんらかのことをされた後ならなおさら。

 問題が起きたのはテスト前日。

 体調管理をしっかりしていたはずなのに風邪を引いてしまったのだ。

 テスト本番でなかったことは幸いだが、あまり喜んでもいられない。

 1日佳子に会えないというだけで不安に押し潰されそうになる。

 こういうときに限ってマイナス思考が捗るのも大きかった。

 でも、だからこそ放課後に彼女が来てくれたときはやばかった。

 大丈夫? と心配そうな顔で聞いてきてくれる彼女に。


「……行かないで」

「愛梨……ちゃん?」


 らしくないことを口にしてしまい恥ずかし死しそうだった。

 だけど言ってみたのは正解だったのかもしれない、結構遅くまで一緒にいてくれて嬉しかった。


「あ、そろそろ帰らないと、最後に勉強したいから」

「うん……気をつけて」

「明日、絶対に来てね、風邪を治して」

「うん、それは大丈夫、ありがとう」


 ここまできて負けるわけにはいかないんだ。

 そのために毎日やってきた。

 他のことで負けているのだとしてもこれで勝てば問題ない。

 そうしたら堂々と告白することができる。

 そうすれば朱美も流石になにもできなくなることだろう。

 簡単に諦めることなんかできるか、諦めるのは死ぬときだけでいい。

 

「わたし、絶対に朱美に勝つから」

「…………」


 な、なんでそこで黙る?

 い、いや、いいんだ、勝てばなにも問題はないっ。

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