06話.[離れちゃうかも]
いつの間にか私の周りには数人が集まるようになっていた。
もちろんそれが実力によるものだとは考えていない、愛梨ちゃんや朱美ちゃんがいてくれているからというのはちゃんと分かっている。
けれどなんだか凄く嬉しかった、ひとりぼっちにならなくていいことだけははっきりしているから。
女の子ふたりに男の子ふたり、傍から見たら凄くバランスのいい感じに見えるが、残念ながら私もいるから中途半端だった。
「牧野、今度のテストで勝負しようぜ」
「いいぜ、濱田には絶対に負けないけどな」
「そんなのやってみなければ分からないだろうが」
そうか、そろそろテストの時期か。
のんびり漫画を読んでいられる時間はとりあえずなくなるわけだ。
頑張らなければならない、と言っても、あんまり不安はないけれども。
「朱美、わたしたちも勝負するか」
「勝ったら?」
「佳子を自由にできる券をプレゼント」
「いいわよ、それなら勝つわ」
私が話に加わる前に終わってしまった。
自由にって、それってぼこぼこにしたいとかじゃないよね?
性的な意味でもそれはそれで問題って感じだけど。
大体、それって私に勝負を挑んで勝ったらなんじゃないの?
「俺らはどうしたらいいと思う?」
「そうね、なんでも言うこと聞く券を発券するとかね」
も、もしそうなったら神シチュエーションが見られるのでは!
嫌がる牧野くん、でも、券があるのもあって逆らえなくて最後まで――みたいな感じで。なんで自然と牧野くんがやられる側で妄想したんだろうかと不思議に思った。
「なるほど、それならお前らに頼みたいんだけど」
「無理だろそんなの、わたしは佳子にしか興味ないぞー」
「残念だけど私も同意見よ」
「「つれねえなあ……」」
「それなら私はいいよ? 死ねとか痛いのとか悲しいのとか性的な意味では嫌だけど」
なにか目標があった方が頑張れるというものだ。
そもそも愛梨ちゃんと朱美ちゃんの勝負がある時点で発券されるわけなんだからあんまり関係ない。
「そんなの求めねえよ」
「他人に酷いことできるわけねえだろ」
「それ以外でなら聞くよー、絵だって描いてあげるよ!」
「「うーん……」」
なんかここで渋られると虚しくなってくるんですが。
だって自惚れているのと一緒じゃんねこれ、やばい、恥ずかしくなってきたぞいまさらだけど。
「牧野、園田にしてほしいことってあるか?」
「濱田こそ園田にしてほしいことってあるか?」
「「うーん……」」
「な、ないなら無理しなくていいよ」
いたたまれなくなって教室を抜け出ました。
ベ、別にいいじゃん、その気はなくてもそういうことにしておけば。
一応こちらの顔を立ててさあ、表面上だけでもさあ……。
「うぅ……もう教室に戻れない」
「いや、戻ってこいよ」
「うひゃあ!? ま、牧野くんっ?」
独り言を聞かれたことによってチェックメイト、色々な意味で止めをさされた瞬間だった。
「本当になんでも聞いてくれるんだな?」
「あ、付き合うとかは無理だよ?」
「お前はやっぱり自意識過剰だな……」
「ご、ごめん」
それ以外でなら受け入れると答えておく。
さてさて、仮に彼が濱田くんに勝ったらなにを望んでくるのか。
「それなら先に言っておく、俺が勝ったら絵を描いてほしい」
「そんなのでいいの?」
「ああ、よろしく頼む」
「了解、それじゃあそういうことで」
ただ、この場合自分が勝ってしまったらどうなるんだろう。
いやまあ、みんなに勝てるだなんて考えていないけど、愛梨ちゃんVS朱美ちゃん、牧野くんVS濱田くんの中に自分も含めるべきなの?
それとも報酬を与える側として関与せずに自分だけで努力しておくだけに留めておくのがいいのか。
「濱田くんはどうするの?」
「牧野は絵を望むんだろ? それなら俺が勝った場合は俺の代わりに姉の犠牲になってもらう」
「な、なんか怖いんだけど」
戻って聞いてみたはいいものの怖そうな気配がぷんぷんとしている。
濱田くんはいい笑顔を浮かべて「安心しろっ」と言ってきた。
え、笑顔が胡散臭いぞ……そのせいで余計に不安が増した、それと中立の立場にいなければならないのに牧野くんを応援してしまった。
「愛梨ちゃんと朱美ちゃんは?」
「内緒、言ったらつまらないだろー」
「そうよ、勝ったら教えてあげるわ」
「そ、そりゃうん……」
こうなったらみんなに勝てるように努力をしよう。
圧倒的点数差をつければある程度は抑えてくれるだろうから。
そうと決まればと今日から早速始めることにした。
放課後に遅くまで残って勉強をしていると、初めて真面目な高校生活を送っているような気分になる。
ある程度のところで切り上げて帰るのもなんだか気分がいい。
そう、私という人間は単純なんだ、これぐらいで新鮮さを感じられる。
「ただいまー」
「今日も遅かったわね」
「テスト勉強をしてたんだ、そろそろだから」
「20位以内を目指しなさいよ」
「え」
これまで最高で50位ぐらいにしかなれなかったんだけど。
あのとき察したんだ、真面目にやりすぎても応えてくれるわけではないということを。
だからあれ以来私はある程度の力に抑えてやっている、何故かそうした方が似たような点数を軽く取れるからというのが大きかった。
「も、もしかしてそれが叶わなかったら……」
「趣味に使うお金を500円に戻すわ」
「そんなっ!? それじゃああんまりだ!」
「ふふ、20位を取ればいいのよ」
く、随分と勝手言ってくれるじゃないか。
それにそういう脅しみたいな方法は良くない。
逆の方がいいだろうに、20位をとれたら倍にとかさ。
もちろんそのために頑張ろうとしたら駄目だけども。
と、とにかく頑張るぞ、努力したところを見せればこの頑固なお母様もきっと納得してくれるはずだ。
できることは勉強勉強勉強、そして勉強だ。
誰かが来たら相手をするけど、決してメインにしたりはしない。
私にいまできることは己と、環境と、お母様と戦うだけ。
「私も一緒にやっていい?」
「いいよ」
側にいてくれるだけで助かる。
ただ教室でやるといっても誘惑はあるからだ。
例えば私レベルになると男の子の席を見るだけで妄想できてしまう。
そのスキルは普段であれば便利だが、いまはマイナスでしかない。
「佳子、今日泊まってもいい?」
「いいよ、それならある程度したら朱美ちゃんの家に行かないと」
「いまから行こ、あんたの家でやりたい」
「うん、それならそれでいいよ」
こうして誰かと勉強するというのも中々に新鮮な体験だ。
愛梨ちゃんは一緒にやりたがらないタイプだからなおさらそう。
「あ、これは愛梨に言ってあるから問題ないよ」
「そうなんだ、それなら安心できるかな」
またあっそって言われても困ってしまうから。
彼女の家を経由して自宅へ。
中に入ったらある程度の癒やしを求めるために飲み物とお菓子を用意して2階へ。
それでもそればかりになってしまわないようにできるだけ封印しておきたいと思う、簡単に言えば距離を空けておくということだ。
「よし、やりましょうか」
「そうだね」
20位以内ってすんごく大変だ。
だってみんなすべからく努力をしているだろうから。
あ、朱美ちゃんは今日もなんかいい匂いがする。
家に入ったときになにかをしたんだろうか? 強すぎて臭いというわけでもないから落ち着いて集中できた。
「ねえ、ここ教えて」
「それはこうだよ」
「ありがと、隣に行っていい? また聞くかもしれないから」
「うん、そもそも距離的に隣みたいなものだけど」
そういえば結局、彼女は愛梨ちゃんのことをどう思っているんだろう。
仮に興味があったとしたら、恐らく私は素直に応援できない。
他の子に嫌われても愛梨ちゃんにだけは好いていてほしいとナチュラルに考えてしまっているのだ。
だから言わないでほしい、やるのだとしても秘密裏に私がいない場所でふたりだけで向き合ってほしかった。
いつの間にか付き合っていたとかそういうパターンだったら受け入れられるよ、複雑なのは確かだろうけど。
「ふぅ、疲れたわ」
「だねぇ……」
復習をしながら、考え事をしながら、彼女のいい匂いを嗅ぎながら、それで疲れない方が無理というものだ。
ご飯前ではあったけどお菓子を食べてのんびりとする。
「ちょっと転んでもいい?」
「うん、それならこれを敷いて」
「べつに床直でいいのに」
「だめだよ、朱美ちゃんは女の子なんだから」
なんだかベッドを貸すのは恥ずかしかったから言えなかった。
だっていい匂いだし、それが仮に沁み込んだら……ドキドキする。
私は愛梨ちゃん派なんだ、他の子にドキドキしている場合じゃない。
「私には貸してくれないの?」
「あ、ベッド? べつにいいけど……」
「ふふ、それならベッドに寝るわ」
そ、それならその間にご飯を作ってもらって持ってこよう。
食べたらお風呂に入って、ふたりでゆっくりお喋りして。
……なんで愛梨ちゃんがいないんだろう、誘ったら怒るかな?
断られたらそれはそれで複雑だし、朱美ちゃんの機嫌を損ねることになったらそれはそれでねえ……。
「お母様、愛梨ちゃんも呼んでいいでしょうか」
「なに言っているのよ、後ろにいるじゃない」
「え? あ、ど、どうも」
「よ、たまには一緒に勉強をしたくて来たよ」
やったぁ……とは喜べない状況だった。
どう考えてもいまから彼女は部屋に向かってしまう。
そこにはベッドで寝転んでいる朱美ちゃんの存在があ!?
「先に部屋に行ってるよ」
「ちょ、ちょっと待とう!」
「駄目、先に行っているから」
……朱美ちゃんが勝手に寝転んだということにしておこう。
急遽予定を変更して3人分を用意してもらう。
出来たらまずはふたり分を運ぶ、と。
「あ、あの、そこに立たれているとご飯が置けないのでね?」
「あれはどういうことだ」
「つ、疲れたから寝てもらっているだけでね? うん、他意はないんですけどね、ええ」
さすがに無理があった。
どんどんと愛梨ちゃんの顔が怖くなっていく。
「あ、あの……とりあえずこれを置かせてください」
それでもどうせならできたばかりの温かいものを食べてほしい。
こちらが言うまでもなく起こしてくれたから助かったけど、彼女たちは食べている間、終始無言だった。
「で、なんで愛梨がいるわけ?」
「で、なんで朱美がベッドで寝ていたわけ?」
食べ終えた瞬間に始まるそれ。
ここでバトルをされても困るから普通のことを言っておくことに。
「あ、ふたりともお風呂に入ってね、早くしないとお母さんたちが入る時間が遅くなっちゃうから」
「なら3人で入るわよ」
うーむ、狭いぞ、あとギスギスしていて落ち着かない。
ただまあ、待たなくてもいいという点だけはいいかな。
ふたりより先に出ようとしてもなにも言われなかったし、本当はふたりとも怒っていないのかも。
ここをよく利用している愛梨ちゃんに任せておけば困らないので、私だけ先に部屋に戻らせてもらう。
「よく見てみるといっぱい買ったなあ」
家事を手伝い、お小遣いを貰い、好きなものを買う。
それがとても幸せだった、だから誰かのために動くことは辛くない。
また、趣味に触れられない時間でも友達がいるだけで落ち着くのだからいまの私は恵まれていると思う。
「言っておくけどね、ベッドの件は佳子が許可したんだから」
「どうせ無理やりでしょうが、佳子は簡単に許可したりしないし」
「私はちゃんといいってこの耳で聞きました。逆に聞くけどね、なんであんたが当たり前のようにいるのよ」
「たまには一緒にやるのもいいかなって思ったからだよ」
ああ……まだ口喧嘩は続いているようだった。
どうすればいいんだろう、どっちも求め、応えたことだから私が口を挟むと余計に拗れそうだ。
「まあまあ、とりあえずふたりともゆっくりしよ?」
「あんたのせいだから」「佳子のせいだから」
「わ、私のせいでいいから喧嘩しないで」
「はぁ、そうね、せっかく泊まりに来ているのに楽しくなくなるし」
「だな、佳子を困らせたいわけじゃないし」
良かった、本格的な喧嘩には発展しなさそうで。
「あ、ちょっと下に行ってくる、佳子母に話があるんだよ」
「分かった」
愛梨ちゃんが離脱してふたりきりに。
そうしたら一気に彼女が距離を縮めてきて、肩の肩が触れるぐらいの近いところに座った。
「ねえ、私じゃ駄目なの?」
「ごめん……」
「どうしても?」
「愛梨ちゃんが大切なんだ」
これだけは譲れない。
まさかこちらにアピールしてくるとは思わなかったけどやっぱり駄目だった、私は愛梨ちゃん一筋だったのだと分かった。
「むかつく、それなら私が勝ったらあんたを自由にするから」
「そ、それってどういう風に?」
「休日にあんたを借りるわ、愛梨も呼んでね」
「そんなの……」
「なんでも聞くんでしょ?」
確かにルールには反しないか。
でもなあ、そんなことをしたら愛梨ちゃんが離れちゃうかも。
中立の立場なんかではいられない、そんな風に弱い心の持ち主だった。
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