05話.[言いたいだけだ]
「牧野くん」
偶然放課後の廊下で見つけた。
窓の外を見つめる横顔は、なんだかつまらなさそうな感じ。
「牧野くんっ」
「……なんだようるせえな」
「それはごめん」
濱田くんはいないから自力で切り抜けるしかない。
やばいやつ扱いされている人間でもね、積極的に嫌われたいわけじゃないんだよ。特にクラスメイトとは仲良くしておきたい、それが仮に表面上だけのものであったとしても。
「私がなにか悪いことしちゃったかな?」
「してねえよ、変なこと気にしないで妄想でもしておけ」
「え、牧野くんでしていいの?」
「はぁ? はぁ……」
分かっている、いまのは私なりの冗談だ。
呆れたからなのかどうかは分からないものの、そこで初めて彼はこちらを見てくれた。かなり複雑そうな表情を浮かべてではあったが。
「濱田は駄目だったんだろ?」
「うん、そういうことになるね」
それでもなお頑張ろうとした濱田くんは素晴らしいと思う。
なんでもそうだ、私にはない強さを持っているわけ。
「同性が好きなんだってな」
「多分ね」
「それならお前は?」
「私? よく分からないかな」
異性から熱烈なアピールをされたら、そうしたらどうかは分からない。
けれど、そんなことを考えても無駄なんだ、1度もされたことがないからね。
だからこう答えるしかなかった、仮にはっきり同性愛者だったとしても将来どうなるのかは把握しようがないし。
「じゃあ川奈は?」
「分からないよ、どれだけ長く一緒にいてもね」
人間なんて単純だからビビッときてしまえばそれまでだ。
また、最初は全然そうじゃないとしても熱烈なアピールを前に段々と意識していくかもしれない、そういう可能性は0ではないと思う。
「なあ、また絵を描いてくれないか?」
「他の子の許可を取ってからになる――」
「園田だ、今度はそのまま描いてほしい」
うーむ、自分を描くのはなんだか恥ずかしいな。
それこそ美術部員である愛梨ちゃんに頼めばいいのに。
描きながら集めてどうするのと聞いてみたら、飾ると返してきた。
た、確かに絵なら飾るのが普通だけど、同級生のを集めていたらなんか複雑な気分になりそうだというのが正直な感想だ。
「は、はい」
「さんきゅ」
「で、でも、本当にそんなのどうするの?」
「だから飾るって。それより帰ろうぜ、雨が降ってきたら嫌だからな」
それはうん、彼の言う通りだな。
愛梨ちゃんは朱美ちゃんと既に帰っているから問題ないか。
「どうせなら俺の家に来るか? 特にやましいことはしてないって証明にもなるだろうし」
「う、疑ってはないけどさ」
「来いよ、この後、俺は暇なんだよな」
「まあ、ちょっとなら」
襲われるような人間ではないから安心して付いていくことに。
「おぉ、ここが牧野くんの家か」
「普通だろ?」
「でも、綺麗でいいね」
「そりゃ、汚いのは嫌だろ。先に2階に上がっててくれ」
とりあえず上がっておこう。
初見だからそこでたじたじになると身構えていた自分。
「はは、分かりやすいだろ?」
「うん」
名前が書かれた札がかけられていて簡単だった。
部屋の中も綺麗だった、というか私の部屋よりお洒落でいいかも。
「座れよ」
「うん」
異性の家に入ったのはこれで2回目だ。
なかなかしないことだから、ちょっと緊張している自分がいる。
しかもわざわざ私が描いた絵を丁寧に飾ろうとしちゃうからね、彼は。
「園田こそ美術部に入れば良かったんじゃないのか?」
「いやあ、テーマを決められちゃうと息苦しいからね」
「なるほどな、園田は部活とか苦手そうだな」
「実はこれでも中学のとき、バレー部だったんですよ」
「知ってる」
え、知ってるの? あ、近くに愛梨ちゃんがいたもんね。
大体の生徒はあの中学からいまの高校、公立校を志望するからおかしくはない。私は近いから、愛梨ちゃんが行くから、自分の学力でも行けそうだったからという理由だが、彼はどうなんだろうか。
「正座なんてしなくていい、もっと楽にしてくれ」
「これ癖なんだ、絵を描くときの」
「いまは描いてないだろ」
それならと緩い座り方にさせてもらった。
うーん、牧野くんが愛梨ちゃんのことを気になるって言ったらどうしよう。嘘をつくのが苦手だからすぐにばれるだろうし、そういう風にばらされるのが彼は嫌みたいだからより不仲になってしまうかもしれない。
だから頼む! ここでネタバラシをしないでくれと願い続けていた。
「園田は川奈のことが好きなのか?」
「好きだよ、家族を除けば1番に大切だもん」
「そうか」
やっぱりそうなのかな、少なくともここではやめてほしいんだけど。
誰かと不仲になるより、あの子と不仲になることの方が最悪だ。
あの子とかなり濃密な関係でいられればいい。
「そういえば園田は少年漫画とかは好まないのか?」
「普通に好きだよ? うぉー! って盛り上がれる内容ならね」
ただ、あまりにいちゃいちゃしたりする内容だと嫌だけど。
恋のイベントはたまにでいい、それよりも健全で爽やかな学校生活とかを描かれていたりすると良かった。部活動とかだったらよりいいかも。
「それならこれ読んでみろよ」
「お、スポーツものはいいよねっ、それじゃあお借りしますっ」
うん、読んでみた結果はどんどん次へ次へといきたくなる感じだった。
そのため、その日の内に結構な巻数を読了してしまった形になる。
「わっ、もうこんな時間か……」
気づいたら19時を越えてしまっているようだ。
し、しかしだな、いま凄くいいところなんだよなこれ。
「牧野く――あ、寝てる……」
そ、そうだ、いま出ていってしまったら鍵が開けっ放しになってしまって危ないからしょうがない、しょうがないから残っていてあげよう。
「はははっ、これ面白いなあ」
熱い部分も楽しい部分もたまにヒリヒリする部分も泣けるような部分もあって飽きない。多く巻を重ねているだけはあると思う、きっとそのどれかを、そのどれもを気に入った人が購入しているんだ。
すごいな、誰かを楽しませられる技術があるのが。
ただただ自己満足で描いている自分とは違う、ずっと努力してきた人には敵わないのだと教えられている。
「ん……」
「あ、おはよー」
「は!? って、そうか……園田を家に連れてきてたんだよな、悪い」
「ううん、こっちは本を読めて楽しかったから」
それでも、流石にそろそろ帰らないとな。
本を棚に戻して立ち上がる。
集中しすぎて変な体勢で読んでいたのか、体がバキバキだった。
「ん~……はぁ、ありがとね、それじゃもう帰るよ」
「待て待て、送ってくわ」
「え、そんなに遠くないよ?」
「危ないだろ、行こうぜ」
「あ、うん」
嫌われていると思ったけど、そうじゃないのかな。
男の子の心って分からないな、向こうにとってもそうかもだけど。
帰りはあんまり会話がなかった。
睨んでこないだけでマシだけどね、あとなんか今日は優しいし。
「ここが園田の家なのか?」
「うん、送ってくれてありがと」
「おう、それじゃあな」
「あ、ちょっと待っててっ」
これじゃあ私ばかりが得しているから不公平だ。
いらないかもしれないけど、大量に描いた紙を渡す。
「お、おいおい、これって……」
「うん、濱田くんや友達といるところを描いたの」
「えぇ、いらねぇ……」
「ま、まあまあ、さっきのも描いておいたから」
「さっきの? って、いつの間に……」
絵の中の彼は違う、窓の外を柔らかい笑みを浮かべて見つめている風に描いておいた、その向こうには私たち3人もいる。
「何気に自意識過剰だよな、自分まで描くなんて」
「いやいや、求めておいてなに言ってるんですか。実は私のことが気になっていたりしてね」
「そうだと言ったら?」
「ないない、牧野くんは愛梨ちゃん派でしょ」
「ノーコメント、それじゃあな」
素直じゃないなあ。
ま、叶う可能性が低いのに頑張れる人ばかりじゃないか。
いつまでも外にいてもしょうがないからすぐに家に入った。
私と先生のドロドロとした関係は続く。
まあどちらにとってもメリットが多いから悪いことではない。
「実はですね、最新作が完成したんです」
「おぉ、すごいですね!」
教師もちゃんとしながら漫画も描くなんてすごいな。
私にもそれぐらいのバイタリティがあればと思わずにはいられない。
ただただ平和な毎日を楽しむのもいいが、そろそろなにかやりたいことなんかを見つける必要がある気がする。
「少し恥ずかしいのですが、ここにコピーしたものがあります」
「なんとっ!?」
「これが今日のお礼です」
先生は「ちょっと偉そうですかね?」なんて言って恥ずかしそうな顔をしていたものの、これほど嬉しいことはない。
だってどんなファンより早く見られるということだ、それに私に渡せる内容だということは健全で爽やかな内容だろうし。
「ありがとうございます、頑張ります」
「ふふ、多分ですけど園田さんでも楽しめると思います」
「もういまからやばいですよ、早くこの仕事を終わらせます」
これぐらい普段から頑張ればいいのにと自分でもツッコミたくなるぐらいの早さだった。
「ぐふふ、どうせならここで読んでいこ」
家までなんて我慢できないよ。
にやにやしても放課後の教室でなら無問題。
おぉ、しかもこれ、読み進めていくとどんどん面白くなっていくぞ。
「ふへへ、絵も話作りも上手だなあ」
「へえ、面白いのか?」
「うんっ、それはもうすっごく!」
べつにこういう趣味なのはばればれだから急に牧野くんが来たりしても驚いたりはしない。
「よいしょっと」
「あれ、帰らないの?」
「おう、お前がいつまでも残っていそうだからな」
「大丈夫だよ、これ読んだら帰るし」
2周ぐらいはするかもしれないけど問題はないはずだ。
それにここら辺で不審者の話は聞いたことがないから余計にね。
それにしても急にどうしたんだろう、過保護気味になってるけど。
「やっほ」
「あ、まだいたんだ愛梨ちゃん」
「当たり前だろ、今日は部活禁止だし」
「へ? あ、そうなんだ」
テスト週間というわけではないのにあるんだそういうの。
いけないいけない、早く読んで帰らないと。
いや、これなら家でゆっくり読んだ方がいいと判断して丁寧に鞄にしまった。歩いて確認、歩いて確認と細かくチェックも忘れずにする。
「牧野、なんで最近は佳子といんの?」
「なんか見ていて心配になるんだよ、駄目なのか?」
「べつにそんなことを言うつもりはない、でも」
「ないぞそんな感情は」
「ならいいよ」
あからさまに態度に出す子ではないことを知っていた。
でも、どうなんだろう、愛梨ちゃんといられて嬉しい感じなのかな?
私に近づけばかなり高い可能性と彼女といられることになるからね。
「俺はこっちだから」
「じゃあなー」
「ばいばい」
がっつかないところも我慢しているだけなのかどうか分からない。
「こら、佳子も気安く仕事を引き受けない」
「ごめん」
駄目なんだ、報酬が私にとって嬉しいものすぎるから。
多分だけど彼女も欲しいものとかだったら引き受けると思う。
「この前さ、牧野の部屋に入ったって言ってたよね?」
「うん、なんか誘われてね」
最新巻まで読めたから満足している。
仮に途中で帰ることになっていたら気になって仕方がなかっただろう。
友達がいるといい点ってそういうところにもあると思う、自分だけじゃ気づけないまま終わる名作とかも多いだろうから。金銭的な問題もあるし。
「今日は佳子の部屋に行きたい」
「いいよ、それなら行こっか」
なにがあるというわけじゃないけど彼女といられるのならそれが1番。
彼女は一切遠慮なくベッドに寝転んだ。
こっちは床に座ってまた大事に最初から読んでいく。
素晴らしい、この短時間で2回読んでも楽しいんだから。
「構えよー」
「あ、ごめん」
が、流石にいま読むのは空気読めていなかったと考え直し反省。
「百合ものもいいんだぞー」
「うん、私もそう思うよ」
「なのにこの本棚には男×男ものしかない!」
「か、過激なのはないから読んでみたら――」
「嫌だっ」
こういうときにむっとして押し付けては駄目だ。
とりあえず紙を置いて彼女に近づく。
するとこっちの腕を掴んで引っ張ってきた。
「危ないって……」
「最近さ、他人とふたりきりでいすぎじゃない?」
「それは愛梨ちゃんだって……」
「まあいいや、昼寝しよ」
いまからお昼寝したら夜になっちゃうけど。
まあいいか、それで彼女が満足してくれるなら。
なにかと距離が近い彼女とそのままで目を閉じる。
「佳子、あんまり他のやつとふたりきりでいないで」
「だったら愛梨ちゃんが相手をしてくれればいいでしょ?」
「ああ言えばこう言う、可愛くなく育っちゃって」
違う、自分は他人と仲良さげにしておきながらこちらにだけ求めるのは不公平だと言いたいだけだった。
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