04話.[当たり前なんだ]

 梅雨というわけでもないのに今日も雨だった。

 だから校舎内がなんかどんよりとしている気がする。

 湿度が高いからなのか床はきゅっきゅと鳴るし、他の子は髪の毛が暴走しているとかで嫌そうにしていたし。


「園田、ちょっといいか?」

「うん」


 最近は牧野くんより濱田くんの方が対応しやすい。

 なんか怒らせてしまったみたいだから、あれ以来、自分から行くのはやめている。      

 なにが原因で相手を不快にさせるのか分からないからね。


「今週の日曜日、一緒にどこか行かないか?」

「え、私と?」

「あ、少し足りなかったな、できれば栗原も連れてきてくれるとありがたいんだが。分かってるぞ、自分でなんとかするみたいな言い方をしておきながら結局頼るのかって言いたいのは。ただ、このままだと進むことも戻ることもできないからな、頼む! きっかけがほしいんだ」


 朱美ちゃん次第だけどということで一応約束をしておく。

 特になにかがあるわけでもないからこちらはフリーだ。

 今日はまだこちらに来てくれていないから携帯を使った結果、私がいるなら行くと言ってくれた。

 それだけで濱田くんは凄く喜んでいた、こちらに何回もありがとうと言ってくれたのは純粋に嬉しかったかな。

 さて、問題なのはこれを愛梨ちゃんに言うかどうかだ。

 他の友達と盛り上がっているのを邪魔してまで言うことではないか?

 

「あ、ちょっとごめん、わたし抜けるわ」

「はいよー」

「どうせ嫁のところに行くんでしょー」

「そういう感じっ、また後でっ」


 おっと、視線があからさますぎたか。

 こういう中途半端なことをする方が怒られるから失敗だったな。


「こら、言いたいことがあるならはっきり言いな」

「悪い川奈、日曜日に園田と栗原を誘って遊びに行くことにしたんだ、決してお前の嫁を取るためにじゃないから安心してくれ」


 代わりに説明してくれたことにより平和的に解決。


「へえ、積極的に動くんだ」

「まあ、栗原は嫌だろうけどな。ただ、気になってからずっとさ、なにもしないで終わるのだけは嫌だって考えているんだ。1日1日と時間が経過していく毎に焦っててな」

「分からなくもないかな、頑張って」

「おう、ありがとな」


 彼の幸せを願うと朱美ちゃんが複雑な気持ちになるから難しい。

 だからって諦めろなんて言えないし、こっちもこっちで複雑だった。

 それに途中から気づいたことがある、濱田くんといるとき、牧野くんがこっちを睨んでくるのだ。

 私が妄想するようなことはないだろうから、やっぱりお節介みたいなことをするこちらが許せないかもしれない。


「ねえ、それって私も行ったら駄目なの?」

「川奈もか? 別にいいぞ、どういう風になるか分からないから園田の相手をしてやってほしい。俺のせいで無理やり日曜日に出かけることになったもんだしな」

「了解、それなら行くわ」


 そもそも朱美ちゃんにその気はない。

 それを分かっているのは私たちだけ、彼はそれを聞いたわけではない。

 言うべきだろうか、それとも、黙っておくべきなのか?

 だってこれからすることは言い方をかなり悪くすると無駄なことだ。

 同性が好きな子を振り向かせるのはかなり大変だろう。

 でも、彼はなにもしないままは嫌だと口にした。

 で、最近の露骨な態度も分かっているわけで。


「大丈夫だ園田」

「え?」

「可能性はかなり低いどころか、ないって言いたいんだろ? それでも、できることはやりてえんだ、自己満足、栗原に迷惑をかけると分かっていてもな。終わったら謝るよ、何度でも、沢山な」


 それならこちらは応援もせずに見守ることする。

 中途半端よりかは振り切ってしまった方がいい。

 友達の朱美ちゃん、やばいやつ相手にも優しい濱田くん。

 どちらの事情も知っているからこそできないこともあるのだ。




 日曜日、私たちは水族館に行くことになった。

 意外にも朱美ちゃんは濱田くんとふたりきりで行動しようとしてくれているため、こちらは愛梨ちゃんと一緒にそれを追うことに専念できた。


「うぅ、入場料がそこそこ高いなあ……」


 このお金があれば大きめな本とグッズが買えてしまう。

 だがしかし! こういうときに空気の読めない人間ではないのだ。

 中に入ると小さな喋り声は聞こえてくるものの比較的静かな空間で。


「佳子、なんかこれ見てると食べたくならない?」

「ならないよー」

「なんかさ、入場料をそこそこ払っているんだからどこかで食べれてもいいと思うんだけどね」


 なんだその斬新な水族館は。

 流石に先程まで泳いでいた魚を確保して目の前で捌かれても複雑でしかない。食べさせてもらっているのだから可哀相だなんてことは言うつもりもないが、そういうのは求めてないかな、うん。


「それより朱美が意外だよね、佳子を呼んだ意味ないじゃん」

「愛梨ちゃんがいてくれて良かったよ、流石、私のお嫁さんだね」

「違う、わたしにとって佳子が嫁なんだって。ほら行くよ」


 そう焦らなくてもお昼になったらお土産ショップで集合ということになっているんだ、向こうがそういうつもりなんだからこっちも少しは彼女とゆっくりしたかった。

 その後も彼女は水槽内を見る度に焼いたら美味しそうだとか、煮たら美味しそうだとか空気を壊すようなことばかりを口にしていた。

 こっちが可愛いねーなんて呟いているときにそんなことを横から口にされたら複雑だ、なんというか余韻を楽しめないというか、そんな感じで。


「お、ここ一際薄暗いな」

「だねー」


 先程からふたりとは完全に別行動中だった。

 だからここでゆっくりしていてもなんにも問題ない。

 薄暗いのをいいことに勝手に手なんかも握っちゃったりもした。

 が、彼女はまるで気づいていないような態度でスルー中。


「お腹空いたな、佳子はどう?」

「むぅ」

「分かってるよ。ただ、不意打ちは卑怯じゃない?」

「不意打ちがしたかったわけじゃないよ」

「これは十分それに該当すると思うけどね」


 違う、同性同士で手を繋ぐことなんて異性と繋ぐよりも気軽にできることなんだ。それにいまさら遠慮するような仲でもない、恐らく彼女だってそういう風に考えてくれているはず。だってその証拠に、拒んできてはいないのだから。普通、嫌だったら手に触れた瞬間にぱって払うと思うんだ。


「そんなにわたしと仲良くしたいんだ」

「……最近は朱美ちゃんや他の子とばっかりだもん」

「それはごめん。でも、私が1番大切だと思っているのは佳子だよ」

「嘘つき、私なんておまけでしょ」

「じゃあ、これで信じてくれる?」


 人だって近くにいるのにこんなところで抱きしめてくるなんて。

 だけど、これはもう信じるしかない。


「わ、分かったからもういいよ」

「駄目、また不信になられたら嫌だから」

「ひ、人が……」

「ふふ、佳子が望んだことでしょ?」


 同性同士でこれだけ濃密にハグをするかと聞かれたら……。


「あんたたちなにやっているのよ」

「お、濱田は?」

「向こうで魚を見ているわ――じゃなくて、人の目を考えなさい」

「はーい」


 良かった、あのまま続けられたらどうにかなっていた。

 それにしても朱美ちゃんはよくここにいることに気づけたなと思う。

 まさか抱き合っている女たちがいるとみんなが口にしていただろうか?


「それよりどうなんよ?」

「べつにそんなに悪くないわよ。まあ、受け入れられないけどね」

「受け入れてやればいいのに」

「そんなこと言って、あんたこそ他者からの、しかも異性からの告白なんて受け入れられないでしょ」

「や、そんなの分からんでしょ」

「どうだか。佳子、来なさい」


 今度は朱美ちゃんと見て回ることになった。

 ここで初めて気づいたけど、なんか凄くいい匂いがする。

 お洒落しているんだろうな、いつもはしていないお化粧もしているみたいだし、一応、デートだってことを意識しているのかもしれない。

 結果は見えているから残酷なように見えるけど、濱田くんのことをちゃんと考えてあげているような気がした。


「濱田」

「お、園田も連れてきたのか」

「行くわよ」

「おう、って、川奈はいいのか?」

「大丈夫よ、ちゃんと付いてくるから」


 んー、こうなってくると彼に申し訳ない。

 けれどここであからさまにふたりきりにしようとしたら駄目だ、彼女が警戒して穏やかな空気が壊れてしまう。

 となればこちらはなるべく空気になることを徹することにした。


「ふたりとも、腹減ってないか?」

「お腹空いたの?」

「魚を見ているとちょっとな……」

「なによそれ」


 ああ、愛梨ちゃんみたいな思考をする人がこんなに近くにいるとは。

 逆に愛梨ちゃんとの方がお似合いなのではないんだろうか。


「いいわよ、出てご飯でも食べに行っても」

「いや、栗原がまだ見たいなら大丈夫だ」

「いいわよ、そんなに長時間いる場所でもないでしょ」

「それなら川奈と合流して出るか」


 外に出たらなんだかほっとした。

 やっぱりあれだな、明るい方が落ち着くのかもしれない。

 水族館で仮に照明が消えたらかなり怖いだろうなあ。


「悪いな、ファミレスぐらいしか思いつかなくて」

「気にしなくていいわ、堅苦しいお店は嫌だし」

「そうか」


 どうしようかな、なにを頼むべきだろうか。

 愛梨ちゃんはどうやら焼き肉定食を頼むらしい。

 それなら逆に和食、というのもなんだか微妙なところだ。


「佳子はこれを頼みなよ、それでちょっと交換すればいいでしょ」

「おぉ、これはバランスが素晴らしい」


 和と洋の組み合わせか。

 どちらも好きだからこれを頼むことにした。

 濱田くんが注文してくれて、くるまではゆっくりお喋り。

 きたら愛梨ちゃんと約束通り交換っこをしてゆったり食べる。


「そういえば園田、最近、牧野になにかしたのか?」

「分からないんだ、なんか睨まれるから近づかないようにしてるけど」

「「ふーん、それは面白そう」」

「面白くないよ……なんか嫌な気分にでもさせているんじゃないかって申し訳ない気持ちになるだけだし」


 なるべく刺激しないためには濱田くんにも近づかないのが1番だ。

 が、あの教室で貴重な友達ではあるから冷たくはできない。

 それにそもそも話しかけてくれたのに無視することなんてしない。


「そういえば牧野はわたしの絵を求めてきたよね?」

「うん、それで描いて渡したら愛梨ちゃんに怒られた」


 描けと言われたから端に二頭身の自分も描いた。

 かなりデフォルメチックにしてあるから気になりはしないだろう。

 そのかわりに愛梨ちゃんはリアルに描いてあるから喜んでいるかも。


「ふっ、牧野が気になるのは愛梨かもね」

「その可能性はないと思うけどな、俺は」

「なんでよ?」

「ま、あくまで俺の想像上ではだからな」


 私も朱美ちゃんと同じ意見だ。

 私が支えられてばかりだからいらつくんだろう。

 単純にそれでも愛梨ちゃんが近くにいてくれるから嫉妬みたいな感情もあるのかもしれない、なんであいつには近づくのに俺にはってね。

 だからって距離を置くことなんて絶対にしない。

 牧野くんに嫌われることと愛梨ちゃんに嫌われることを天秤にかけたらあまりに偏りすぎるから。

 ちょっと他の子といるだけでもこちらが嫉妬するぐらいだ、もう一緒にいられない毎日というのは嫌だった。


「1度、ちゃんと話をした方がいいぞ」

「うーん、怖いなあ」

「安心しろ、俺が一緒にいてやるから」


 それならまだマシか、彼は牧野くんの友達だし。

 月曜日に挑戦してみることにしよう、逃げてばかりもいられない。


「栗原、今日はありがとな」

「満足できた?」

「……正直に言えばもっと踏み込んだ関係になりたかったが無理そうだからな。諦めるよ、悪かった」

「べつに謝らなくていいわよ」


 大人だなこのふたりは。

 余計に言い訳をしたりせずに終わらせているところが。

 なかなかできることじゃない、私だったら無駄に気持ちはありがたかったけどとか重ねてしまいそう、自分を守るために動きそう。


「さて、出るか」

「そうね」


 お金を無理やり渡して自分の分は払わせてもらう。

 当たり前なんだ、誰かに払ってもらうのは良くないことだから。


「栗原、最後にふたりきりになりたいんだが」

「いいわよ、それで満足できるなら」

「おう。園田、川奈、今日はありがとな」

「うん、こっちこそ」

「そこそこ楽しかったぞー」

「そう言ってくれるとありがたいよ、それじゃあな」


 ふたりと別れて帰路に就く。

 手はもう繋いでいなかったが、そこまで寂しくはなかった。

 こうしていられるだけで安心できる相手といられるって嬉しいな。


「送ってくれてあんがとさん」

「はっ! いつの間にか愛梨ちゃんの家の前に来ている!?」


 別れるときってすぐにくるんだ。

 もうちょっとお喋りとかしておけば良かったと後悔。


「気づいてなかったの? ずっと離れないからてっきり家に来たいのかと思っていたけど。どうせなら上がっていく?」

「ううん、今日はいいや、愛梨ちゃんと十分過ごせたから満足してるし」

「そっか、それならじゃあね」

「うん、じゃあね!」


 う、こうして離れると一気に寂しさが。

 が、我慢だ我慢、また月曜日になったら会えるんだから気にするな私。

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