03話.[怒ってないって]

 相変わらず先生とのドロドロとした関係は続いていた。

 ただ、少しの変化も当然ある、朱美ちゃんが愛梨ちゃんとより一緒にいるようになったとかそういうの。積極的に濱田くんといないようにしていることは分かっていた。


「つまり朱美ちゃんはノンケじゃなかった!」

「のんけってなによ?」

「ああ、だから異性を愛する人じゃなかったってことかな」


 いざ実際説明しようとすると合っているのか分からなくなる。


「私、同性が好きだけど」

「そうなんだ」

「うん、愛梨とかいいわよね」

「それは同意せざるを得ない」


 でも、中にはいるんだよな、それはまだ異性のことを知らないだけだろってツッコんでくる人が。

 そりゃ今後は分からないけどさ、少なくともいまは同性だけが意識の中に入っているんだから放っておいてくれればいいよなって、と、多分だけどバイの自分はいつも考えている。


「ただ、愛梨といると分かるのよ、あんたのことを1番に考えていることがね。あんたはどうなの? 愛梨が1番大切?」

「まあ、そうかもね」


 家族を含めなければではあるが。


「ふたりでなんの話をしているんだー?」

「私、同性愛者なのよ」

「へえ、違和感はないけどね」


 それこそ彼女はどちらもいけると思ったんだけどな。

 聞いてみなければ分からないよなとひとつ学ぶ。

 男の子の中にも両方そういう対象として見られる人がいるだろうから、できれば聞いて回りたいんだけどその欲を私は抑えていた。

 単純に嫌な顔をされたくないのと、立場を悪くしたくないからだ。


「私があんたのことを好きだって言ったらどうする?」

「わたしを好きねえ」

「駄目なの?」

「悪いけど受け入れられないかな、もちろんこれが冗談だってことは分かっているけどさ。まだまだ佳子のことを見ておかなければならないんだ、恋なんかしている場合じゃない」


 驚くぐらいの即答だった。

 が、間接的にというかドストレートに振られたのに、朱美ちゃんが気にしている様子はない。私だったらできない芸当だった。


「じゃあもし佳子が求めたら?」

「それなら楽でいいね、この子はうろちょろするから近くにいてくれた方が楽に対応できていいし」

「ふっ、なるほどね、仲が良くて羨ましいわ」

「中学のときに同じ部活で頑張ってきた仲間だからね」


 こっちはなにもできなかったけど彼女がいたおかげで乗り越えられた。

 いてくれなかったら下手をすれば不登校になっていた可能性もある。

 ま、まあ、お母様がいるんだから登校していただろうけど、精神的な意味で言えば登校したくないと考えていたはずだ。部活には絶対に参加させられるから。教師なんか味方じゃないからね。

 だから何度も感謝したし、いまだって感謝している。

 そのためにお礼をしなければならないというのに、本人が具体的な物、ことを要求してこないから困っている、というのが現状だろうか。

 

「だから必ずチェックする、佳子に近づく人間を。悪いと判断したなら遠慮なく距離を取るように言うよ」

「それなら私はまだマシだった?」

「まあね。でも、佳子に悪さをするなら絶対に許さない」

「してもしょうがないでしょそんなの」

「ならいいっ、側にいることを許可してやるっ」


 愛梨ちゃんってなんかお父さんみたい。

 一緒にいると安心できる。たまに容赦なくメンタルを削ったりきたりもするけど、全部私が前に進むために必要なことをしてくれているわけだ。


「それより佳子、あんたそろそろコーヒー、砂糖なしでいけるわよね?」

「え、無理だよそんなの」


 なんでわざわざ苦味を求めるのかが分からない。

 甘い方がいいに決まっている、そりゃ体のことを考えれば過剰な摂取は良くないかもしれないけどさ。


「よし、それなら今日の放課後に行くわよっ」

「話聞いてた!?」

「愛梨、これは悪さをしているわけではないわよね?」

「だね、ちょっとはおこちゃま舌から進化しないと駄目だ」

「えぇ……」


 さっきまでせっかく格好良かったのに台無しだよ!

 いいよ、それならこちらにも手がある。

 私は百合ものもBLものもどちらもいける人間だ。

 どちらも読んでいたらきゅんきゅんしてくる、ということはだ。


「それを利用すれば苦いコーヒーなぞ怖くない!」

「いいから早く飲みなさいよ」


 放課後、私たちは決戦の地に来ていた。

 目の前にはテーブルがある、その上にはコーヒーが置かれている。

 左手で本を開いて――とはならず、取り上げられて駄目だった。


「仮にそれで飲めてもあんたのためにならないわ」

「だな」


 ええい、あまりに時間をかけるとお店の人の迷惑をかけるからいくしかない! 仮に飲んでも死ぬことはないんだから安心しろ!

 ごきゅ、ごきゅっと胃へと流していく。

 大丈夫だ、ふたりも黙って見てくれているから私は最後までできる!


「おぇぇ……」

「ふっ、ま、お疲れ様」

「佳子、甘いのあるぞ」

「飲むぅ……」


 やっぱり駄目だ、わざわざ苦いのを好む人の気持ちが分からない。

 あと、分からないままでいい、一生おこちゃま舌だと馬鹿にされても構わなかった。だって自分が美味しいと思えたものを食べたり飲んだりできているわけなんだから恥ずかしくないからだ。


「飲みきったからお金あげるわ」

「いいよ……私が飲んだんだから」

「律儀な女ね、そういうところは嫌いじゃないけど」


 これまで何度も払ってくれようとしたことがあったものの、その全てを断ってきたのが私だった、お金でしか繋がっていない関係だとか勘違いされたら嫌だから。


「あれ、園田じゃねえか」

「あ、濱田くん」


 どうやら牧野くんも来ているらしい。

 はっとして朱美ちゃんの方を見たらあからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。それには流石の私も苦笑い、もうちょっと隠す努力をした方がいいと思う。


「おい栗原、もう少し露骨な感じはやめてくれないか?」

「友達といたのに邪魔されたらこんな顔にもなるわよ」

「邪魔するつもりないって、悪かったな」

「ふん」


 逆にここまで強く対応できるのはすごいな。

 仮にその子のことが好きじゃなくても冷たくは対応できなさそうだ。


「ちょっと牧野くんたちのところに行ってくるね」

「「は?」」


 席が決まっているというわけでもないから問題ないと思いたい。


「やっほー」

「うわ、腐女子が来た」

「えへへ、そう言わないでよ」


 ここに来たのは牧野くんに聞きたいことがあったからだ。

 聞いておかないと落ち着かない、気になった以上仕方がない。


「牧野くんって愛梨ちゃんのこと――」

「どうも思ってねえよ、なんで急にそんなこと聞くんだ? それに、もし好きだって言ったらどうするんだ? 結局お前はなにもできないだろ?」

「それは……そうかもしれないね」

「そうかもじゃねえ、お前は川奈に支えてもらうばかりでなにもできねえ人間だ、精々妄想しておくのが精一杯だろうが」


 う、ここまでそれなと言いたくなることはないぞ。

 とことん正論だから黙るしかできない、多分弱点を突かれた人はみんな私みたいな対応をするしかできなくなるだろうな。


「おいおい、なにマジになってんだよ牧野」

「悪い濱田、俺がこいつに栗原が気になっているとか言ったせいで」

「別に気にすんなよ、川奈や園田と一緒にいる栗原を見て大体は分かったからな。それにこいつは多分、自分からばらしてはねえよ」

「なんでそんなこと分かるんだよ?」

「園田はそういうことするやつじゃないだろ、自分が仮に損することになっても誰かのために動けるやつだからな」


 え、なにこの濱田くんからの高評価は。

 それに私は誰かのために動けたことなんてない。

 手伝いはしたけど、押し付けがましい感じになっていただろうし。


「佳子、早く帰るわよ」

「あ、うん。邪魔しちゃってごめんねふたりとも」

「別にいいって、川奈や栗原と仲良くしろよ?」

「うん、ありがとう、それじゃあね!」


 牧野くんには明日また改めて謝ることにしよう。

 気軽に答えられるわけがないもんね、しかも本人はもう外に出ているとはいえ近くにいるんだから。考えなしだった、反省しなければならない。


「やけに濱田に信用されているじゃない」

「優しいんだよ」


 ああいうところを見せられると上手くいってほしいと願っちゃうんだよなって。でも、それを願うということは彼女に我慢しろと言うのと同じだから口にはできないけれども。


「佳子」

「なに?」

「今度の土曜日、愛梨に内緒で家に行ってもいい?」

「内緒にする必要ある?」

「あるわ、あんたのことが知りたいの」


 なんかちょっと嫌だったけど結局了承した。

 なんだかんだ言っても友達が多い方がいいのは確かだから。


「遅いよ」

「ごめん」

「まあいいよ、帰ろう」

「うん」


 横を歩く彼女を見たらちょっと引っかかったけどね。




 土曜日、約束通り朱美ちゃんだけがやって来た。

 ただ、愛梨ちゃんから連絡はきていたものの、今日は用事があるからと良くない嘘をついてしまったことをいま気にしている。


「へえ、そこまで過激ではないのね」

「うん……」


 年齢制限もあるからあくまで付き合うレベルに留められている。

 そりゃキスとかはあるけどそれ以上はない、あくまで健全で青春ストーリーものばかりだ、単純に過激なのはいらないというのもあった。


「あ、意外と面白いのもあるのね」

「うん」


 ん……これ、絶対にばれたら怒られる。

 濱田くんの家に行っただけであの反応だ、それになにより、愛梨ちゃんはずっと言っていた、嘘をつかれることが1番嫌だと。


「ねえ、やっぱり愛梨ちゃんを呼んでもいい?」

「なんで?」

「実は連絡がきててさ」

「駄目、呼ばなくていい」


 彼女的には愛梨ちゃんとはいつでもいられるでしょと言いたい様子。

 それにしたって彼女が愛梨ちゃんを独占していて困っているんだけど。


「今日はやめて、そういう約束でしょ?」

「それならせめて朱美ちゃんと遊んでるって言ってもいい?」

「まあ、それぐらいならいいよ」


 で、連絡した結果、


「あっそ、だって」

「そりゃそうでしょ、遊んでいるって連絡されても困るだけだし」


 月曜日に会うのが怖くなるような反応だった。

 と、とにかくこれで嘘をついているような状態ではなくなったのだから気にせず遊ぶことができる。……私も本でも読んで楽しもう。

 意外だったのは彼女がずっと私の趣味の本を読んでいたこと、こういうのを見たら引いたりしたりする人もいるから驚いた。


「ちょっと借りてってもいい?」

「いいよ、ゆっくりでいいからね」

「ありがと、意外と面白いのが多くていいなって」

「うん、そうなんだよね」


 ま、待て私、ここであまりに布教しすぎると駄目になる。

 まずは読んでもらって、ゆっくりそれで判断してもらうしかない。

 焦るな、愛梨ちゃんは受け入れてくれなかったけど彼女なら違うはず!


「これぐらい持っていく?」

「そんなに一気には無理よ、少しずつ借りさせてもらうわ」

「そっか、なら気に入ったのを持っていって」


 意味はないけど帰る朱美ちゃんに付いていくことにした。

 いや違う、愛梨ちゃんの家に行こうと決めていたからだ。

 

「それじゃあね、送ってくれてありがと」

「うん、また月曜日にね!」


 さて、問題なのはこれからだぞ。

 愛梨ちゃんの家は幸いここからすぐ近くだけど、果たして出てくれるかどうかが分からない。連絡しても……あんまり変わらない気がして。


「はーい、って、佳子か」

「あ、その……」

「べつに怒ってないよ、嘘をつくぐらい誰にでもあるでしょ」


 最初から正直に言っておけば良かった。

 なんで朱美ちゃんも内緒でなんて言ったんだろう。

 別になにを邪魔するというわけでもないのに。


「上がって」

「いいの……?」

「怒ってないって、上がんな」


 それならばと中に入らせてもらう。

 まだお昼頃だからゆっくりできるのも大きかった。

 あと、久しぶりに彼女の家に、そして部屋に入らせてもらった気がするので、しっかりと味わっておこうと決める。


「それにしてもわざわざ来るなんて思わなかったけどね」

「いやあ……なんか反応がさ」

「そりゃ、遊んでるって言われてもあっそってなるでしょ」


 そうかな、いつもなら『そうなんだ』って平和的な終わりなのに。


「じゃあ逆にわたしと朱美だけが秘密裏に遊んでいたとしてさ、やっぱり気が変わって連絡をした場合、佳子はどう思う?」

「そうなんだって思うけど、あっそとは言わないよ」

「ま、書き方が悪かったか、すまん」

「ううん、謝らなくてもいいけどさ」


 嘘をついたのは私の方なんだから。

 次は良くない嘘をついたりしないと決めた。


「さてと、佳子ちゃん」

「な、なに?」

「罰としてそこに正座しなさい」

「はい……」

「ふっ、いい子だな佳子は」


 なにをされるのかと身構えたら頭を撫でられただけだった。

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