02話.[分からないなら]

 愛梨ちゃんと栗原さんが真面目に描く中、私はそんなふたりを男体化してお絵描きをしていた。

 最高に捗ったのは愛梨ちゃんがちょくちょく栗原さんに話しかけていたから。

 いいよね、そうやって一緒にいる子に話しかけるの。

 な、なんで来たんだよとか言いながらも、その内側では喜んでいたりとかさ。

 もっとも、愛梨ちゃんはちゃんと言うから見られないんけど。


「それ誰がモデルなの?」

「え、栗原さんと愛梨ちゃんだよ?」

「全然違うじゃない……」


 そりゃそうだ、あくまで男体化したら~という妄想だもん。

 でも、実は自分、百合もいけたりするわけで。

 そのまま素直になれない彼女と愛梨ちゃんを描いてもいいわけで。

 実際に描いてみた、ふたりがキスしているところを。


「ばっ、な、なんてものを描いているのよっ」

「いや、違うのが気になるのかなと思って」


 うるさくしたせいで真面目にやっていた愛梨ちゃんも来てしまった。


「へえ、佳子ってやっぱり描くの上手いね」

「うーん、それは分からないけどね」

「で、これ誰がモデル?」

「だから、愛梨ちゃんと栗原さんだよ」


 髪型も一緒なんだから分かると思うんだけど。

 沈黙が気になったから見ていたらばりっと栗原さんに破られてしまう。


「か、描くんじゃないわよこんなのっ」

「えぇ、期待しているようだったから描いたのに……」


 彼女は地団駄を踏みながら「期待なんかしてないわよ!」と明らかに怒ってしまっていた。別に恥ずかしがらなくていいのに、結局仲良くしていたら行き着く先はこれなんだから。

 しょうがない、それならこれからは男体化したふたりで描いておくことにしよう、また破られたら嫌だからね。

 私たちはそれから1時間ぐらい、絵を描いて遊んでいた。

 愛梨ちゃんが終わらせて帰るということだったので、片付けをちゃんとしてから美術室を出る。


「うひゃぁ、なんか生ぬるいなあ」

「わたしはこれぐらいの好きだけどね」

「私は嫌、早く冬になってほしいわ」


 正直な話、冬はそんなに好きじゃない。

 何故ならお布団から出られなくなるからだ!

 それとお風呂は必ず追い焚きをしてからじゃないと出られないし、外に出ると凍えそうになるのも嫌だった。

 なので1年中春に固定してほしい、出会いの季節というのも大きいし。


「私はこっちだから」

「じゃあね、気をつけろよー」

「じゃあね」

「ばいばーい」


 本当なら一緒に帰りたいんだろうな。

 でも、同じ方向じゃないならこんなものか。

 携帯とかあるんだし、いつでも声は聞けるからそんなでもないのかね?


「わっ、きゃ!?」

「佳子、さっきのどういうつもり?」


 どういうつもりと言われましても、栗原さんが望んでいるものだと思って気を利かせただけだ。あれが見たかったはずなんだ、絶対にそうだ。


「しかもあんな克明に描いてさ」

「ほら、モデルがそこにいたわけだしね」


 繰り返してきたことによって能力が上がっていたみたいだ。

 真剣に描いている彼女からこう言われれば自信もつく。


「わたしと朱美は離れて座っていたんですけどね」

「妄想力がすごいんです」

「やめろ、帰るよ」

「うん」


 あまりに調子に乗っていると嫌われるからやめておこう。

 あの技術はまたいつかのときのために取っておくことにする。

 とりあえずいまは男体化して描くだけ、それだけが私にできることだ。


「そういえば今度の調べ物、誰とやんの?」

「誰とやんのって言われても、あの教室だと愛梨ちゃんぐらいしか……」

「残念だけどわたし、他の子に誘われてるんだよね」


 それなら牧野くんか濱田くんを無理やり誘おうかな。

 あのふたりはなにかと話しかけてくれるから怖くない。

 というか、調べてレポート書いて提出するだけなのにどうして他人と組まなければならないのか分からないんだけど。

 ま、そこに文句を言ってもしょうがないから、あのふたりに頭を下げてお願いしてみようと決めたのだった。




「いいぜ、俺でいいなら」

「ありがとー!」


 牧野くんはやっぱり優しい。

 なにかと話しかけてくれるし、こうして願いを聞いてくれる。

 あ、この前、付いていったからかな? そういうことなら普段の積み重ねが大切ということになるけど。


「お礼は絵で返すねっ」

「ま、待て、それって変なのじゃないだろうな?」

「うん? 濱田くんと仲良くしているところを描いてあげるよ」

「な、仲良く……ま、まあ、そうか、とりあえず頑張ろうぜ」

「うんっ、よろしくね!」


 早速調べ物を開始。

 とはいえ、やっぱり特に協力しなくてもいいものだった。

 でも、こういうときに愛梨ちゃん以外の子と親睦を深めておくのも悪くないから、まあ悪くない時間と言えるんだけども。


「なあ、園田は川奈と仲がいいんだろ?」

「うん、中学生のときから一緒だからね」


 もうね、何回も部活動をやめたくなりましたよ。

 強制的にどこかの部活に入部しなければならないというルールがあったとはいえ、どうして私も厳しいバレー部なんかを選んだのか分からない。

 だけどそんなときに愛梨ちゃんが支えてくれて嬉しくて、怒られてぼろぼろになりながらも頑張って、もう2度とバレーなんかするかと誓ったけどいまにして思えば結構楽しい時間だったと思う。

 私からすれば運命的な出会いだった、あの子はどうか分からないけど。


「なんかさ、対等な関係って感じがしないんだよな」

「分かるっ、私はなんか支えられてばかりだしさ」

「だからよ、なにかしてやったらどうだ?」


 なにかか……そう言われてもなあ。

 コーヒーショップとかに行くのは栗原さんがしてくれるだろうし、絵を描いたって喜ばないだろう、ああもう本当になにもできないな。


「手伝ってやろうか?」

「え、ほんと? それなら牧野くんに手伝ってもらおうかな」

「おう、任せておけ」


 とりあえず目の前のこれだな。

 途中途中脱線しかけたものの、なんとか終えて提出することに成功。

 休み時間になったら牧野くんと話し合い。


「あ、そうだ、はいこれお礼」

「お、おいおい、なんで俺と濱田が抱き合ってんだよ……」

「え、肩組んでるだけじゃん、大袈裟だなあ」


 流石にそんな迷惑をかけるようなことはしない。

 って、あ、小さく描いた方、消すの忘れてしまっていたみたいだ。


「あはは、お礼だから」

「……それなら川奈を描いてくれよ」

「愛梨ちゃんを? いいよ」


 ささっと描いて手渡す、今度はどうやら満足できたようで一安心。

 愛梨ちゃんだけを描いたのに特に文句を言ってこなかったのを見るに、愛梨ちゃんだけで良かったんだろうな。


「おい、勝手に描いて手渡すな」

「あはは、牧野くんが望んだから」


 確かにそうか、かなりデフォルメしているけど勝手に描いたら駄目だよねと反省。個人利用ならともかくとして、配布したら駄目だってフリーソフトとかでも書かれているもんね。


「それなら自分のも渡しておけ、いいね?」

「え、いらないでしょ、牧野くんはそんなの」


 そんなに恥ずかしくて痛いことはできません。

 でも、そうするとこれを渡すことができなくなって彼にお礼ができなくなるから端に二頭身の私を描いておいた、謝っておけば問題ない!


「牧野、ちょっと佳子を借りていくから」

「おう、ご自由にどうぞ」


 連れて行かれたのは廊下だった。

 窓の向こうは灰色に染まっている。


「どういうこと!?」

「だって愛梨ちゃんが他の子と組んじゃったから」

「そうじゃなくて、どうしてわたしの絵を描いて渡したのっ」

「どうしてって、頼まれたからだけど」


 濱田くんと仲良くしているところを描いたやつでは嫌そうだったから。

 その後も興奮状態のままだった。

 分かるよ、確かに勝手にしたことは良くない。

 けど、牧野くんが組んでくれてありがたかったんだ。

 それならお礼はしないといけないわけで、私の画力で満足してくれるのならというやつだった。


「とにかく、勝手に描くのはやめて」

「まあ、愛梨ちゃんがそう言うなら」

「それにどうせなら…………で描いてよ」

「え? ごめん、雨のせいで大切なところが聞こえなかった」


 こんな難聴系主人公みたいなセリフを言うなんてと困惑中。

 が、彼女は「いいから戻るよ」と口にして歩き始めてしまった。

 これが最後の会話となった――みたいな展開にならないよね!?


「ま、待ってっ、待ちなさい!」

「ん?」

「愛梨ちゃんにお礼がしたいのっ、なにをすれば喜んでくれる!?」


 分からないなら本人に聞くのが1番だ。

 器用ではないから隠そうとしても多分ばれるから。


「ばーか、そんなの考えなくていいんだよ」

「えー、それじゃ一方通行じゃん」


 これまでと一緒になってしまう。

 少しは私を必要としてほしかった。


「じゃあずっとわたしといろ」

「愛梨ちゃんと? それは寧ろこっちが頼みたいことだけど」

「戻るよ、もう授業が始まる」

「はーい」


 ゆっくりと考えよう。

 幸い、まだ一緒にいてくれるようだからね。




「園田さん」


 にこにこと笑みを浮かべている先生に捕まった。

 なんとなく話が合わないからできるだけ避けたい私は、気づかなかったふりをして帰ろうとしたものの……できませんでした。


「お手伝いをしてくれたらこれをあげます」

「えっ、こ、これはっ!?」


 発売してからすぐ売り切れになってしまった本じゃないかっ。

 ネットでも売り切れのままで困っていたのに、この人できるっ!


「教師がこんな物を持ってきてはいけないんですけどね」


 先生は白々しく「鞄の中に入っていたのならしょうがないですよね」と口にして微笑んでいた。

 そうか、いままで気づかなかったけどつまりこの人は。


「腐ってやがるっ」

「はい、ドロドロですっ」


 と、とにかく、これのためなら手伝いだってなんだってやるよ。

 だって作者さんが全然このことについて話をしてくれないから諦めるしかないと思っていたんだ、だからこの誘惑には勝てない。


「え、先生も描いてるんですか?」

「はい、あくまで創作サイトにあげているだけですけど」

「すごいですね、見せてもらうことは……」

「駄目です、18歳未満は閲覧禁止ですから」


 いや、教師が18発禁ものを描いている方が駄目な気が。

 早く読みたいから手伝いのスピードを上げていく。

 それでも細かなミスをしないように丁寧にだ、いまの自分ならなんだってできるんじゃないかって気持ちになれた。


「お疲れ様でした、ありがとうございました」

「そういえば先生、これ、本当に貰っていいんですか?」


 通販とかでも全滅なのに手放したくないんじゃ……。


「大丈夫です、原本が家にありますから」

「は……」

「ふふ、帰るときは気をつけてくださいね」

「は、はい、ありがとうございました」


 得体のしれない感じが怖い。

 いいや、早く家に帰って読もう。

 流石にこれを学校で読むのは気が引ける。


「我慢できない……愛梨」

「ここ学校なんだけど……まあ、好きにすれば?」


 教室から出てすぐのところでふたりの喋り声が聞こえてきた。

 ふむ、逆側から帰ろう、栗原さんの我慢できない気持ちも分かるから。

 そういうときはもうね、勢いを利用してすっきりするしかない。

 なにを求めているのかは分からないけど、栗原さんにとっていまは愛梨ちゃんになにかをするのがいいんだろう。


「遅いんだよ馬鹿佳子!!」

「ぎゃっ!?」


 気づいたら目の前にいてタックルされていた。

 慌てて本をチェックしたが、折れているとかではなくて一安心。


「せっかく待っていたのになにそっちから帰ろうとしてんのよ!」

「いやあ、愛梨ちゃんといちゃらぶプレイ開始かと思って」

「そんなことしないわよっ、このお馬鹿!」


 なるほど、つまりこれは急いでいたようでそうじゃなかったと。

 申し訳をないことをした、わざわざ待っていてくれるとか可愛い。

 待てっ、やっぱり彼女はモデルとして最高なんだよなあっ。


「ちょっと描いていい?」

「はっ? ……すぐ終わるの?」

「うん、ささっと描くだけ」


 本当はいちゃいちゃしたかったけど友達が来てしまったことにより中断しなければならなくなった朱男は不機嫌に、でも、そこで親友であり彼氏でもある愛男がキスをして――的な感じでどうだろうか?


「ありがとう」

「ふんっ、いちいち待たせないでくれる?」

「ごめんね、帰ろっか」


 ここで愛梨ちゃんを独占しようとしないところが彼女の律儀さを物語っているわけだ。愛おしい、今度またあの子と絡んでいるところを描いてあげようじゃないか。


「でさ、今度新しい味が出るんだって」

「へえ、そうしたらまた行くわよ」

「だね、コンプリートしなければならないし」


 基本的に私はふたりの後ろを付いていくタイプだ。

 流石に歩きながら描けるような曲芸は披露できないため、そんな後ろ姿を見て盛り上がるだけに留めている。

 単純にそうしないと寂しいのもあるものの、ふたりが盛り上がっているのを邪魔したくないというのが強かった。

 これを見られるのなら多少の寂しさぐらいは我慢できる、誘ってくれただけマシだと考えられる余裕は私にもあるのだ。


「そういえばあんたんちのクラスの濱田がさ、なんか積極的に来るようになったんだよね、ふたりはなんでか知らないの?」

「わたしは知らないな、佳子はー?」

「知らないかなー」

「朱美、ちょっとストップ」

「だね」


 なんか距離を縮められているんですが、ふたりの目が怖いんですが!

 私に聞かれても知らないよ、というか答えられないもんっ。


「佳子、ちゃんと教えて」

「そうよ、隠さないで」

「し、知らないって。私、牧野くんとはいたけど濱田くんとは――」

「嘘つき、濱田の家に牧野と行ったって言ったじゃん。しかもそのうえで言えないことだってはぐらかしただろ」

「……う、嘘ついたことは謝るけど、言えないよ」


 やっぱりここでばらしてしまうのは違う。

 ギャルの方とかだったら情報共有とか簡単にしそうだけどさ。


「なるほどね、あんたの態度を見てたら分かったわ」

「つまり、濱田は朱美のことが気になってるってことか」

「そうね、そうとしか言いようがないわ」

「うぅ、私が言ったって言わないでよ?」

「分かっているわ、そんなことをしても意味がないし」

「だな。なるほどねー、濱田が朱美をねえ」


 なんかごちゃごちゃしてきて嫌だった。

 牧野くんも愛梨ちゃんの絵を求めたぐらいだし、なんかありそうだ。

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