04作品目

Rinora

01話.[恥ずかしがり屋]

 消えたい消えたい消えたい消えたい。


「消えたい……」


 なんで私は教室であんなことを叫んでしまったのか。

 いまなら言える、あんなこと馬鹿がすることだと。

 自分のせいで立場を悪くしていくだけなんだと。


「消えるなっ、佳子にはまだ生きてもらわなければ困るからっ」


 園田佳子よしこ15歳。

 確かにここで尽きるわけにはいかない。

 これからも沢山妄想していかなければならないんだからね。


「でも、クラスの男子で妄想は気持ち悪いねー」

「ぐはぅぇえ!?」


 そう、つい妄想が漏れてしまったんだ。

 いけないと考えていても止まらなかった。

 でも、しょうがない、だっていい雰囲気を出してたんだもん。


「安心しろよ園田っ」

「え、牧野……くん?」


 先程、牧野くんは受け! なんて叫んでしまったからまさか来るとは思わなくて固まる羽目になった。

 

「園田はいっつも安定してやばいから!」

「ぐっはぁ!?」


 こんな感じで、やばいやつ認定はされているけど不思議と話しかけてくれるという謎の優しさがより私を苦しめているのは言うまでもなく。


「佳子、せめて口に出すのはやめな」

「はい……」


 そうだ、調子に乗っているとひっそりとやっている人たちにも迷惑をかけることになってしまう。それは良くない、ルールというのを守らなければならないんだ、周りを不快な気持ちにさせたら駄目なんだから。

 リュックに荷物をしまって帰る準備を済ます。


愛梨あいりちゃん帰ろ」

「悪い、わたしはまだ残らなければならないんだよ」

「あ、そうなんだ、それなら帰るときは気をつけてね」


 こっちも本屋に行きたかったからちょうどいいかも。

 さ、流石に趣味全開のところを見られるのは恥ずかしいから。

 けれど本屋では気にならない、売り物なんだから手に取ってもらうまでが前提なんだから。


「お願いします」


 店員さんが男性だろうが関係ない、ささっと会計を済まして外へ。

 いい天気だからコンビニでチキンを買って外で食べたりなんかして。


「ん~……はぁ」


 こういう時間が好きだ。

 誰にも見られず、自分の好きなことをしていられる時間。

 学校はもちろん好きだけど、こういう自由な感じには敵わない。


「ちょっとあんた」

「ふぁい?」


 横を見たらいつの間にか小さい女の子が。

 でも、大袈裟に驚いたり、ベタな反応をしたりはしない。

 こういうときに大切なのは落ち着くことだ、よく見れば自分と同じ制服を着ているのだから小中学生ではないことは分かるから。


「横、いい?」

「はい、どうぞ」


 こちらはどうせもう食べ終わった後だから問題ない。

 食べているところを見られるのは恥ずかしいからいまで助かった。


「このコンビニのチキン、好きなのよ」

「美味しいですよね、ちょっとピリ辛なのもいいです」

「あとはあれね、小腹を満たすにはちょうどいい大きさなのよ」


 彼女は「あまりに大きいと晩ご飯が食べられなくなるし」と呟く。

 まあ、私の場合はこのタイミングでお弁当とかを食べたとしても食べられるから心配もないんだけど。太っているわけではないのに昔から食べることが好きでよく胃に叩き込んでいるのが私だった。


「それにしても珍しいわね、園田がひとりでいるなんて」

「え、私のこと知っているんですか?」

「同級生だからね、それにやばいやつで有名だし」


 やばいやつですみません。

 いや、これでも一応抑えようとはしているんだ。

 でもね、駄目なんだ、何故なら近くに若い男の子たちが多いから。

 それにね、この年代の子たちって何故かスキンシップが激しかったりするの。ペタペタ同性に触れる、そんなところを見せられたら妄想してくれと言っているようなものだろう。

 

「なら、敬語じゃなくてもいいのかな?」

「うん、べつに敬語じゃなくてもいいよ」


 この子を男性化させたら凄く可愛い男の子になりそう。

 それで格好いい高身長の男の子がお姫様抱っこしちゃったりして、恥ずかしくなってどんどん口数が減っていくシチュエーションとか!


「えへへ……もしそうなら側で見たいなあ」

「ちょ、あんたその顔はやめなさい」

「あ、ごめん」


 さてと、そろそろお母様のお手伝いをするために帰らないと。

 あんまり寄り道をしていたりすると趣味の本、全部捨てられる。

 それだけはあってはならないっ、仮に学校でひとりになったとしてもそちらの方が優先されるのだ!


「それじゃあね、話せて楽しかった」

「うん、じゃあね園田」


 結局あの子の名前は分からないままだけどいずれ分かるでしょと未来の私に任せておく。大体、仮に知ることができてもあの子は来てくれないような気がするのだ、やばいやつとふたりきりで行動したりはクラスメイトだってしないし。


「ただいまー」

「おかえり」


 いい子ではないから下心がありまくりだった。

 家事を手伝うことで軍資金が増えるとなれば、誰だってやるよね?

 しかも毎回その日に手渡しでくれるから最高だ、母は楽できるし、私はすぐにではないけど趣味全開で楽しめるからいいと悪くない契約だ。


「はい、お金」

「えっ、お、多くないですかっ?」

「それでいい服を買ってきなさい、いまのままじゃださすぎるわ」


 えぇ!? ずっと昔から大切に着てきた服たちなのに。

 母も確かに言っていたんだ、使えなくなるまで使いなさいと。

 それは道具などの物だけに留まらず、衣服たちにも適用かと思っていたのに違かったのだろうか? 差別は良くないぞっ。


「ま、まあいい、近くに安価で買えるファッションセンターがあるし」


 残りは趣味に回せば最高じゃないか。

 だってこれは私が労働したことによる対価であって、もう私のお金なんだからどう使おうが関係ないんだから。


「あ、趣味に使うのは500円までにしなさい」

「え」


 そんなんじゃ本も買えないよ。

 母が男性だったら絶対俺様系だと思う。

 でも、なんだかんだ心配してくれて、世話焼きで。

 それで弱々な男の子を支えて、支えられていい関係に、なんて。


「せ、せめて1000円にしてください」

「それなら750円」


 良かった、750円なら本は買える。

 逆らって0円になるのが怖いからそこで納得しておいたのだった。


 


「佳子おはよ」

「あ、おはよー」


 今日も愛梨ちゃんは元気そうだ。

 教室に移動したらみんなに挨拶をして席に座る。

 それよりもだ、750円じゃ無理でした。

 消費税が10パーセントに上がったせいで欲しい本が買えない。

 家に帰ったら土下座をしよう、そうしないと生きていけないから。


「園田、おはよ」

「あ、昨日の、おはよー」


 栗原朱美あけみさん、どうやら隣のクラスのようだ。

 けどなんだろう、このこちらを見るときの静かな感じは。

 そんなに見たってなにもあげられないんだけどね。


「あんた、お昼はどこで食べるの?」

「色々なところで食べるよ、教室とか階段とか外とか」

「なら一緒に食べよ、あんたの教室に行くから」

「それはいいけど」


 実は私のファンだったりしてねっ。

 それはないだろうけど、友達が増えるのはいいことだ。

 同じような趣味だったらもっといいけど、カップリングとかで言い争いになるのも嫌だからそうじゃなくてもいいかな。


「園田?」

「あ、栗原さんは腐女子なの?」

「え? 違うけど、単純にあんたに興味があるだけ」


 やばいやつなのに? いやまあ拒んだりはしないけれどもさ。

 とりあえず最初の目的であるトイレを済まして教室へ。


「なんで佳子の席に座ってるんだって聞いてるんだ」

「べつにいいでしょ、園田だって怒らないよ」


 って、なんか言い争いが起きちゃってるよ!

 慌ててふたりの間に移動して問題ないことを伝えた。

 愛梨ちゃんは「ふん」と機嫌が悪そうなまま戻っていった。


「どうしたの? 私の席に座って」

「いや、あんたがいつもどういう風に授業を受けているか気になっただけだよ、で、どのように受けているの?」

「ごめんなさいっ」


 教室内の男の子を勝手に描いて盛り上がっています。

 なんなら頭の中もごちゃごちゃにして鼻血すら出しそうで。

 もちろん、全ての時間をそれに費やしているわけではないけど。


「栗原さんが男の子なら良かったのになぁ」

「なんで?」

「だってツンデレそうだから、男の子のツンデレとかいいじゃん?」


 て、照れてねーしとか言いながら顔を真っ赤にしちゃったりとか、どうしても気になる男の子に素直になれないとかさ。

 まあ、こんなこと想像しても仕方がないんだけど。


「私、素直だからそんな態度は見せられないかな」

「へえ、そうなんだ」


 そういえば気になるとかって真顔で言ってきたもんねと。

 気にしてくれるのはありがたいものの、なんにもできやしない。

 妄想ノートを手渡す? いや、そんなことをしたらボロクソに言われそうだから怖いな、それに不快にさせるかもしれないし。

 とまあこのように人を楽しませる能力というのがないのだ。


「いまはあんたのことが気になるからこうしているだけ」

「それじゃあ興味失くなっちゃったらしてくれなくなっちゃうの?」

「そうね、興味が失くなったらそういうことになるわね」


 うーん、これは長続きしないなあ。

 他の人には悪いけど、所詮、ただの腐女子だし。


「あんまり心配しなくてもいいわ。それに、仮に私が去ることになってもあんたには実害はないでしょ?」


 でも、自分の側にいてくれていた子がある日突然にいてくれなくなったら気になってしまう、なんだかんだ言っても誰かといられる毎日というのを望んでいるからだ。

 趣味に逃げればそりゃ気にはならないだろう。が、だからっていつだってそれに浸っていられるわけではないのだ。

 必ず現実はこちらに突きつけてくる、逃避したところでひとりなんだということをね。そうなったら必ず耐えられなくなって、家や部屋にこもることになるかもしれない、それだけはなんだか嫌だった。


「予鈴ね、教室に戻るわ」

「く、栗原さんっ」

「なに?」


 どういう理由でかは分からないけどせっかく興味を持ってくれたんだから頑張らないと。


「あ、どうせならずっといてほしいなって」

「はは、それはあんた次第かな」

「だよねっ、それじゃあまた後でっ」

「うん、また後でね」


 でも、頑張るといってもなにをすればいいのかが分からない。

 授業を頑張ったところで自分が得するだけだし、妄想を頑張ったところで自分が得するだけだし、荷物持ちとかをしたところで栗原さんのパシリになるだけだし、なんかどれも違うんだよね。

 また、自然体でいるのだとしても興味を持ってもらえるようなことには繋がらない気がする、彼女がどこをどう気にして近くに来てくれているのかが全く分かっていないからだ。


「起立、礼、お願いします」


 授業が始まったからとりあえずそっちに集中。

 終わったらまた考える、愛梨ちゃんや他の子が来たら対応する、また集中と続けていたものの、肝心なことについては全く捗らなかった。


「ごめん、待った?」

「ううん、大丈夫だよ」


 ちょっと静かなところで食べたいから階段に座って食べることに。

 やっぱりそうだ、彼女は食べるときも静かな感じがする。


「ん? なに?」

「いや、栗原さんはなんかお上品だなって」

「そう? そんなこと初めて言われたけど」


 はしたない顔なんか絶対にしないんだろうな。

 そうやって無意識にしちゃっているから私はやばいやつ認定されているわけで、少しは真似した方がいいのかもしれない。


「そういえばさっき愛梨ちゃんが言ってたんだけどさ、駅前に新しいコーヒーショップができた――」

「まじっ? 今日の放課後に行くわよ園田!」


 え、いや、あんまりお小遣いを使っていられないうえにコーヒーが好きじゃないから勘弁してもらいたいんだけど……。


「うぇ、苦い……」


 が、結局こうして行くことになってしまった。

 いやまあ、こうして少しずつ彼女について知ることができるのはいいんだけどさ、なんか楽しそうだし、一緒にいるだけで嬉しいし。


「はぁ、やっと県内にも出来たのねここ」

「そんなに嬉しいの?」

「嬉しいわよ、これまでこの県だけ狙ったかのようになかったのよ?」


 確かに他と比べたら少し田舎っぽいからなあとコーヒーを飲みながら内で呟いた。

 学校の裏は山だし、コンビニとかもちょっと歩かないとないし。

 それでも本屋さんだけは都合良く家の近くに存在してくれているからすっごく助かっているんだ! 都会ならそうはいかないからラッキー。


「それなら私はここができて嬉しいと感じている栗原さんを知れて嬉しいかな、誰かのそういうところを知ることができるって幸せだよね」


 下手をすれば関わらないまま終わることだってあるから。

 本当に近づいてきてくれる理由は分からないけど、どうせこれから一緒にいるのなら相手を知る努力をしたい。

 もちろん分からないことばかりだ、いまだってなにをしていいのかが全く理解できていないし。

 ただ、だからって分からないから無理で終わらせるのはもったいないと思うんだ。ま、まあ、趣味が合えばもっと良かったりもするんだけどそこはまあ贅沢は言わないってことで。


「……ばかじゃないの?」

「あ、ほらっ、ツンデレっ」

「違うから、いいからもう少し静かにして」

「うんっ」


 焦らなくてもいい、焦ると大体いいことがない。

 大切なことが何故か頭の中から抜け落ちてしまうから。

 そもそもこうして愛梨ちゃん以外の友達と遊びに来られただけで遥かなる進歩だ、褒めていい、自分にご褒美をあげたっていいぐらいだ。

 衝突だってするかもしれない、けど、その度に仲直りして前に進めると考えている。


「そういえばあいつとどんな関係なの?」

「愛梨ちゃん? 中学生のときに同じ部活動だったんだ」


 同じクラスには3年間なれなかったから高校で一緒になれたときは物凄く嬉しかった。

 あの子はいつも支えてくれた、相談とかにも乗ってくれていたし、一緒に遊びに行ったりなんかもしてくれた。

 友達同士ならそれぐらい当たり前でしょって感じだけど、私にとってはかなり嬉しかったし、楽しかったんだ。


「だからこれからも一緒にいられたらいいなって思ってるよ」

「ふーん」


 そういえば愛梨ちゃんはなんでいてくれているんだろう。

 喧嘩だって何回もしたのに、どうしてまだ一緒にいられているのか。

 しかもなにができたわけじゃない、こちらは支えられているだけで。

 こういうことに気づけたから栗原さんが来てくれたのは嬉しいかな。


「コーヒーは苦かったけどありがとね」

「うん」


 もう支払いは終えているから外へ。

 外は明るくも暗くもなく曖昧な感じだった。

 栗原さんと歩く放課後の帰り道というのも悪くない。

 今度はお腹を空かせているときにチキンを買って食べてもいいかも。

 放課後は愛梨ちゃんと一緒に帰れないことが多いから寂しくなくて済むのも大きかった。


「園田」

「うん?」

「私、こっちだから」

「あ、そうなんだ、それじゃあね!」


 今度コーヒーショップに行くことになったら甘いやつにしよう。

 急に遊びに行くことになってもいいように、お金も浪費せずしっかり貯めておかなければならなさそうだ。

 やっぱり趣味全開だけでは生きられないなと苦笑する。


「なんでよ」

「え?」


 考え事をしていたのにその声ははっきり聞こえた。

 聞き返すような感じになったのは理由が分からなかったから。

 同時に出てくるのは失礼なことをしてしまったかなという不安。


「なんでもないわ、さようなら」

「うん……それじゃあね」


 振り返ったときに見えた彼女の顔はいつものそれだった。

 黙っているからというのもあるけど静かな感じ。

 ああいう落ち着いた雰囲気ってどうすれば纏えるんだろう。

 でも、コーヒーショップができたという話をしたときは凄く嬉しそうだったな、一緒にいるときにああやって明るい部分を見せてくれると相手をしているこちらとしては落ち着くもんだ。

 あのときも、お店の中にいるときも、そのどちらも楽しい時間だったはずなんだ、勘違いかもしれないけど栗原さんもってね。

 なのにいまのこれ、歩いていく彼女の背は寂しそうだった。


「分からないなあ……」


 これまで愛梨ちゃんに甘えるばかりだったからなんとも言えない。

 追いかけるのも違う気がする――って言い訳をしているのかも。

 だから私はいつもの癖で明日の私に任せたのだった。




「園田ー」

「あ、栗原さん」


 安心した、こうして来てくれることに。

 10分休みに教室を出てお喋りをしたり、お昼休みになったら一緒にお弁当を食べたり、そういう友達らしいことができていると思う。

 なんならここ数日でコンビニに行ったり、本屋に一緒に行ったりしているから順調に仲良くなれているぐらいだった。


「え、あんたそれ大丈夫なの?」

「うん、頻度が増えたら不味いけどね」


 そういうのもあって細かいことをなんでも話をしていた。

 仮に広められるのだとしてもなんにも弊害はないしね。

 だって大体の内容はお母様の話だから。


「ん、高校生にもなるとどうしてもお金を使っての遊びになるからね」

「そうだよね、鬼ごっことかをする歳じゃないし」


 調子に乗って本なんか買った場合にはあっという間に1ヶ月分のお小遣いが吹き飛んでしまう。で、そうと分かっていても毎日いい本が出てしまうから誘惑に負けてしまうんだよなあと。


「お金を使わない遊び、か」

「相手の家に行くとか?」


 親と遭遇したら気まずいけど楽しい時間が過ごせる気がする。

 なにより友達って感じがしていい、だって友達じゃないと相手の家になんてめったに上がらせてもらえないから。


「あと、校舎でお喋りとか」

「遊びって言わないでしょ、それじゃ」

「でも、栗原さんといられればいいけど」

「だからってずっとそれじゃつまらないでしょ」


 別にいいのに、多くは望むつもりないんだ。

 愛梨ちゃんのときみたいに、友達でいられる時間を1日ずつ伸ばしていければそれでいい。


「川奈と話がしたいんだけど」

「愛梨ちゃんと? うん、いまだったら教室にいると思うよ」

「あんたも来て、話しかけるのちょっと緊張するから」

「分かった」


 友達と会話している最中だったが気にせず話しかけさせてもらう。


「で? 栗原がわたしになんの用?」

「ちょっと話がしたくてね、園田のことについて」

「佳子のことについて?」


 愛梨ちゃんが聞き返したくなる気持ちも分かる。

 私のことを知ろうとしても腐女子ということしか出てこないけど。


「園田は腐女子なのよね?」

「本人に聞けばいいだろ、そうだよ」

「つまりそれはそういう意味で異性が気になるけど、恋愛対象が男子というわけではないのよね?」

「んー、そういうわけじゃないんじゃね?」


 考えこともなかったな。

 もし同性にも興味を抱けるのだとしたらバイということになるけど。

 愛梨ちゃんはノンケだろうな、栗原さんはどうなんだろ?


「園田、女子も無理やり男子化して楽しむの?」

「たまにあるよ? 栗原さんですぐに妄想したし」

「「無敵だな……」」


 愛梨ちゃんはあんまり照れないのがいい。

 それを照れさせるために頑張る男の子とかも必死でいい。

 つまり誰でも良くできるんだ、それぐらい都合のいい脳だった。


「あんたはどうなの?」

「わたし? 恋愛どころじゃないんだよね、佳子といてあげないと駄目だから。でも、栗原が半分担ってくれるということなら楽かな」

「あんまりあてにしないで、興味を失くしたらすぐに去るから」


 がーん、やっぱり長期間化は難しそうだ。

 それなら愛梨ちゃんと、としたいところだけど、せっかくこうして同じクラスになれたのに他ばかり優先しちゃうからなあ、下手をしたら来月になる前にひとりにという可能性もありえるぞ……。


「なかなか厳しいね、それならぐだぐだやっていないでいますぐ去ったらどう? 佳子に悲しんでほしくないし」


 こういうときに愛梨ちゃんは格好いいんだ。

 少なくとも私にはできないことをしてくれる。

 こういうことを言われたら期待してしまう、いつまでも一緒にいてくれるかもしれないって考えてしまうというのに。


「悪いけどそれはできない、だって興味があるから」

「ふーん」


 ひとりで悩んでいてもしょうがないことだ。

 というか、こちらがどれだけ積極的に悩もうと栗原さんが去ると決めればそれまでのこと、こちらに決定権はなにもない。


「とりあえず、この3人でなんかご飯でも食べに行こうぜ」

「私はべつにいいわよ」

「私も」

「よし、じゃあ放課後にな」


 栗原さんとも別れて席に。

 付いてきていた愛梨ちゃんが机に両手をバンッと置いた。


「なにかされたらすぐに言いなよ?」

「大丈夫だよ」

「そっか、ならいいんだ」


 よよよ、明後日発売の新巻は諦めなければならない。

 でも、これで私たち3人が仲良くなれるのならそれに越したことはないんだ。ふたりとの繋がりを強化しておかないと駄目だ、趣味に走っている場合じゃないんだと言い聞かせておく。

 もちろん、放課後になってからもずっとそう内で呟き続けていた。


「こら、前を見て歩きなさい」

「あ、ありがと……」


 うぅ、それでも最新巻を買えないのはかなりのショックだ。

 手伝いを頑張ってしても買えるのは10日後ぐらい、それまでずっとこのまま待てと? ……それならこのふたりで妄想していなければ耐えられなさそうだということで、ふたりをつぶさに観察し始めた。

 うん、席はどうやら栗原さんの隣を選んだようだ。

 それからふたりの間はそこそこ距離がない、なるほど、ジュースなども外側の栗原さんが率先して注ぎに行こうとしているみたいだな。

 愛梨ちゃんも気持ちのいい笑みを浮かべてお礼を言っていた、と。


「愛梨ちゃんは栗原さんのことどう思う?」

「いまはまだ好きになれないかな。でも、わたしはずっと佳子の友達を続けてきたんだ、栗原と仲良くなるなんて楽かもね」


 ダメージを負いつつも、なかなかに悪くない感想を聞けた。

 戻ってきた栗原さんは積極的に愛梨ちゃんに話しかけていく。

 こちらはひとり寂しくジュースを注いで、飲んでいくだけ。

 いいんだ、仲間外れだって、ふたりを見るための時間なんだから。

 

「へえ、愛梨もコーヒー好きなんだ」

「まあね、だから駅前の店にはもう何度も行ってるよ」

「開店したばっかりって話なのに、好きなのねえ」

「それは朱美もでしょ、今度一緒に行く?」

「うん、園田なんて苦いとしか言わないから分かってないし」

「おこちゃま舌だからね」


 あれからひとりで行ってみたんだけど、やっぱり苦かった。

 というか、こうして消えるものにお金を使うのもったいないという気持ちがあって、気持ち良く飲めなかったというのもある。

 私という人間はそういうものだ、趣味以外ではとことんケチになるから愛梨ちゃんに文句を言われることも多かった。

 だって飲食店なんかに行ったら漫画代がなくなるし。

 私にとってはそれが生き甲斐なんだ、そうしたばかりに最高の物語と出会えなかったなんてことになったらショックで寝込む自信がある。

 どこに重きを置いているかの違いだろう、責められる謂れはない。

 って、なにひとりで勝手に考えて言い訳しているんだ。


「でも、可愛いところもあるんだよ佳子は」

「私はよく分からないかな」


 本人も同意するしかない。

 可愛いなんて言われたことがない、気持ち悪いとはよく言われたよ。


「そりゃ関わっている時間が短すぎるだけだ、やばいやつってだけじゃないんだよ」

「なら簡単な例を挙げてよ」

「この子はわたし好みのいい匂いがする」

「なにそれ、あんたからしたらってだけじゃない」

「他にはちゃんと感謝と謝罪をできることだ」

「それぐらい人として常識じゃない」


 でも、人として常識的なことをできるのはいいところなのでは?

 自分でいいところだと考えている点は、内に思いきり不満を隠せるというところだ。表裏の差があっても崩れない、崩さない強さが自分にはあると思っていた。


「一緒にいてみれば分かるよ、そのためにいまここにいるんでしょ?」

「まあ、そうだけどさ。園田といてもなんかよく分からなくなるっていうか、他のことに時間を使った方がいいんじゃないかって考えちゃうときがあるんだよね」

「このたった数日でなに言ってんの? だから言っただろ、それならさっさと去れって、いまからでも遅くないけど?」


 そうだそうだ、流石にそんな言い方はない。

 だったら使えばいいじゃないか、他のことにでもさ。

 自分で近づいてきておいて文句を言われても困る、強制はしていないのだから。それが分からないような子だとは思わなかったけどな。


「言っておくけどね、佳子といるならかなりの覚悟がないと駄目だからね? 一緒にいるとこっちまで腐女子認定されるんだから」


 迷惑をかけてすみません、少しは自重します。


「ふぅ、まあいいや、愛梨がいてくれれば心強いし」

「というか寧ろ、栗原さんは愛梨ちゃん目当てだったりして」


 急に発言したからか私の周りだけ凄く静かになった。

 栗原さんは少し驚いたような顔をしている。

 愛梨ちゃんは……よく分からない感じだった。


「よく分かったわね」

「「え」」

「私、愛梨に興味があったのよ、あんたはただ利用しただけね」


 あるあるだよな~、こういうシチュエーション。

 で、私みたいな人間がそりゃそうだよねと落ち込んで終わる。

 そこで吹っ切れるか引きずるかはその人間次第、と。


「なるほど、それなら仲良くしたらいいよ」

「佳子、余計なこと――」

「なにが? べつに利用されたからって凹んだりしないよ」


 ジュースを注ぐために離席。

 こりゃ不味い、ますます愛梨ちゃんが離れていくのが現実的になってきてしまった。内はひやひやだよ、冷や汗すごいもん。

 嫌だー! それだけは絶対に嫌だ! 例え栗原さんと敵対することになったとしても側にいられる権利は絶対に勝ち取りたい!

 愛梨ちゃんと話せないと始まらない感じがするんだっ、今後のためにもこの繋がりは絶対に必要! 少なくとも私にとってはだけど!


「佳子、なに飲むの?」

「離れたくないっ」

「わっ、あ、危ねー……」


 謝罪をして離れる。

 唯一褒めてくれたところだから守らなければならない。


「で、佳子はなに飲むの?」

「コーラかな、愛梨ちゃんは?」

「わたしはミックスするぜ」

「そっか、ずっと好きだもんね」


 昔、炭酸にブラックコーヒーを混ぜて後悔したのを忘れてはいない。

 あれだけは最悪だった、なんとか残すことなく飲みきったけど。

 なんでも残すのだけは駄目だ、最低限の常識はあるみたいで安心する。

 だから愛梨ちゃんに面倒くさいやつ扱いみたいなことをされても一切傷つかないよ! 自信を持っておけばいいんだ!


「遅いわよ」

「ごめん」


 そうだよね、愛梨ちゃんが抜けちゃったら困るもんね。

 離れたくないけど、基本は栗原さんに譲っておこう。

 出しゃばると逆に愛梨ちゃんが離れていく、いまだって微妙だし。


「朱美が奥に行って」

「分かった」


 ふたりはずっと楽しそうだった。

 そもそも意図して黙らなくても黙ることしかできないみたいな。

 途中、あ、用事思い出したとか言って離脱したくなるぐらいにはだ。


「ふぅ、長居しすぎだなー」

「そうね、早く帰らないと流石に怒られそうだわ」

「帰るか」

「そうね」


 ちょ、おーい、こっちを全然見てくれないんですが。

 よよよ、そうか、ついに一緒に出かけてても認識されないようになったか。男の子3人組でひとりにだけ無視とか冷たくしているみたいな?

 でも、その子は分からないんだ、それなのに誘ってくれる理由が。

 というかさ、そもそも今日私がいた意味ってない気がする。

 だってそうじゃん、誘ってきたのは愛梨ちゃんなんだからさ。

 いや違うか、私がやっぱり断るべきだったのか。

 で、軍資金を無駄に消費したとか馬鹿じゃん、そうとしか言えない。


「佳子?」

「なに?」

「いや、またいま考えごとしてたでしょ」

「してないよ、ふたりが男の子になったらどんな感じかなって妄想していただけで」


 彼女はいい笑みを浮かべて「してるんじゃん」と言った。

 いまもそう、やはり私の能力は効き目があるようだ。

 長く一緒にいる彼女にだって気づかれないんだからね。


「栗原さんと仲良くね」

「それはまあね、嫌いになられるよりはいいし」

「うん、それじゃ」


 たまに相手をしてくれればそれでいい。

 こちらは手伝いをしてお金をまた稼いでおこう。

 またこうして誘ってきてくれたときのために。あ、仮に栗原さんもいたのだとしたらこちらからやめておくけどね。




 帰って家事をしようとしていたのに居残ることになってしまった。

 何故か先生はよく生徒を使いたがる、自分たちに関することだからと一見まともそうなことを言って騙すのだ。

 なので、終わった頃にはもう18時半だった。


「もう、使わないでくださいよ」

「みなさんも感謝すると思います」

「そう言っておけばいいわけではないですからね?」

「こうして誰かのために動くのはいいことだと思います」


 やめよ、これ以上言ったところで帰宅時間が遅くなるだけだ。

 故に挨拶をして学校から脱出、走ることはしないが歩き続ける。

 そうしていたら途中で牧野くんを発見した。

 

「お、園田か、まだ帰っていなかったんだな」

「うん、牧野くんも帰っていなかったんだね」


 なんか学校外で同級生と会ったりすると気恥ずかしいな。

 いまは妄想もしていないから不快にさせることはないはずだけど。


「そうだ、ちょっと付き合ってくれないか?」

「なにがしたいの?」

「友達のところに行くだけだ」


 思わず了承してしまった自分。

 ただ、一緒にいてなんになるの? と疑問が尽きない。


「遅えよ」

「悪い、今日は園田も連れてきたぞ」

「えぇ、まあいいけどさ、上がれよ」

「お邪魔します」


 そりゃえぇってなるよね、こっちもなってるもん。

 あれ、でもなんだろう、この感じはとテンションが上がっていった。

 私はこんなに近くで合法的に妄想できるではないかとね!


「園田、これ貸してやるよ」

「えぇ!? な、なんで濱田くんの家にこんなのが!?」

「勘違いするなよ、姉貴のだからな」


 び、びっくりした、初めて腐男子と遭遇したかと思ったよ。

 どうせなら読ませてもらうことにしたら、やばかった。

 自分の好みとすごい合っていたからだ。

 もう読んでいるだけできゅんきゅんとしてしまう。

 特に片方の子が強がっていたりしちゃうと最高!


「ああもうだめぇ……」

「……連れてきておいてなんだけど、園田はマイペースだな」

「ま、こいつはこうじゃないと調子が狂うだろ」

「あ、そういえば最近、川奈に別の女子が近づいているよな」

「そうそう、隣のクラスの栗原だろ? いいのかよ? 相棒取られるぜ?」


 いいのかよと聞かれてもそんなの愛梨ちゃんの自由ですし。


「いいんだよ、自由に楽しくいたい相手といてくれれば」

「そういうもんかね、俺だったら取られているみたいで嫌だけどな」


 嫌だよ! 嫌に決まっているけどしょうがない。

 あの子が選んでしていることだからね、なるべく邪魔しないよ。

 それでも来てくれたら凄く嬉しい、いや、だからこそかな?

 私のために時間を使ってくれているということが幸せなはずなんだ。


「あの、それで私はなんのためにここに?」

「ああ、ここにいる濱田が正にその栗原を狙っているんだよ」

「ええ!?」


 そうだったんだ、ということは繋いでほしいとかそういうのかな?

 でも、栗原さんは愛梨ちゃんに興味がある、ということはつまり異性にはあんまり興味を持てないんじゃないだろうか、ノンケそうだし。


「いきなり一緒にい始めたからさ」

「だからって特になにかをしてあげられないよ?」

「いや、そういうことをしてくれなくていいんだ。ただ、あの教室で一緒にいてくれればそれで」

「それなら大丈夫だよ、愛梨ちゃんがいるからさ」

「「川奈に頼めば良かったか……」」


 頼まなくても吸引力があるから恐らく大丈夫だ。

 恐らくその先はこの濱田君自体がするだろうからね。


「よし、園田はもう帰っていいぞっ」

「そんなあ……」

「なんてな、来てくれてありがとな」

「あ……尊い」


 こういう変化に弱い、なんで牧野くんを狙わないの?

 帰ろう、またお母様に怒られてしまうから。


「おかえり、愛梨ちゃんが来ているわよ」

「え……?」


 携帯をチェックしても連絡がきている様子はないのに。

 慌てて部屋に向かったら、


「あ、よっす」

「う、うん、よっす」


 床に寝転んで本を読んでいる愛梨ちゃんが。


「連絡してくれればいいのに、そうすれば早く帰ったよ?」

「佳子は先生に仕事を頼まれていたからさ、連絡したら邪魔になるかもしれないって思ったんだ。これまでずっとしていたとか偉いじゃん」

「あー、18時半には終わったんだけどね、濱田くんの家に――」

「は? どういうこと説明して」


 牧野くんと途中で出会って行くことになったことを説明する。

 隠すことではない、別に彼女からしてもどうでもいい情報だろう。


「そっちはどうだったの? 栗原さんと一緒に帰ったみたいだけど」

「ん? ああ、普通にお喋りして帰ってきただけ」

「そうなんだ、相性いいのかな?」

「まあ、悪くはないかもね」


 いいんだ、それでもいまだけはこちらを優先してくれているから。

 こういう細々とした時間を大切にしたいと思う、だから言いたいこともちゃんと言っておかなければならない。


「愛梨ちゃん、たまには私のところにも来てね」

「寧ろ行かなかった日の方がないだろー」

「ほら、これからは変わるかもしれないし」


 そんな日はきてほしくないけど。

 ただ、どんなに願ったってそういう日がくる可能性は0ではないわけで、それならばせめてと行動するのは悪くないはずで。


「濱田の家でなにしたの?」

「男の子同士の恋愛本を読んできゅんきゅんとしていましたっ」

「へ?」

「で、その後は濱田くんと牧野くんで妄想を――って、わぁ!? そんなに必死に掴んできてどうしたのっ?」


 揺すったってなんにも出てこないぞっ。


「なんにもなかったってこと?」

「当たり前だよ、それに濱田くんは――」


 いや、これは言ったら駄目でしょ。

 勝手に気持ちをばらしてしまうのは非常識的だ。


「濱田がなに!?」


 あ、だけどこれを切り抜けられる感じがしない!

 濱田くんもちょっと迂闊だよね、こういうリスクを考えなかったのかな? それとも、そういう話すらできないと思われていたならちょっと悲しいけど。


「ごめん、流石にこれは言えないよ」

「佳子に関係すること?」

「違うかな」

「ならいい。はぁ、心配して損した」


 彼女は高頻度でこうなるから気になったりはしなかった。

 同じ教室で学ぶ仲間だし、新たな情報を得ようとしただけだと思う。

 どうせなら仲がいい方がいいって言っていたからね。


「それより帰らなくていいの?」

「は? 追い出したいわけ?」

「ううん、愛梨ちゃんがいてくれるのなら嬉しいけどさ」


 もう19時過ぎているわけだから。

 家も比較的近いとはいえ、距離があるのは事実だから。

 危ない目に遭ってほしくないし、彼女の両親は心配性だからね。


「ね、佳子」

「うん?」

「わたしが離れたいって言ったら――」

「やだっ、それだけは絶対にやだ!」


 やっぱりこれは簡単に譲れないよ。

 仮に他者が彼女に興味を持っていても関係ない。


「ふっ、そっか、ならいい! また明日ね!」

「ぜ、絶対近くにいてよ?」

「安心しなっ、わたしは約束を守る女だからね!」


 ああ、その笑顔が私は好きなんだ。

 とんでもない安心感を得られる。

 隣にいられるためにならなんでもしたいと思える程にはだ。

 愛梨ちゃんはすぐに出ていってしまったけど、寂しくはなかった。




「園田、おはよ」

「あ、栗原さんおはよー」


 優しい、興味がないって言ってきたのに挨拶をしてくれる。

 なんなら私の席によく座っている、愛梨ちゃんも来てくれるから逆にそれがいい結果に繋がっているけど。


「あんた今日暇?」

「あー、お金を使うことだと困るかな」

「大丈夫、放課後にただ友達らしく話したいだけ」

「それならいいよー」


 仮にここでなにを言われても負けないよ私は。

 たまには強気な姿勢を貫くのも大切だと思うんだ。

 だから緊張なんてなかった、普通に授業を受けていただけ。


「お待たせ」

「うん」


 この席が好きなようだから譲る。

 こちらは立っている方が好都合でいい、最悪の場合は逃げられるし。


「園田って偉いよね」

「え……?」


 ゆ、揺さぶりか? 褒めておけば気を許すというわけではないぞっ。


「いや、今日休み時間に見てたんだけどさ、他の子の係の仕事とか手伝ってあげてて偉いなと」

「あー、大変そうだったからね、あれぐらい普通だよ」


 相方の子が風邪で休んでしまったそうだから。

 そういうときひとりでなんでもこなすって難しいんだ。

 私はひとりじゃなにもできなかったから分かる、いっつも愛梨ちゃんに支えられていたからね。

 だからこそ勝手に動いていた、褒めてもらえることではないけれども。


「この前はごめん、興味がないなんて言って」

「い、いや、寧ろ私に興味を持ってくれる人なんて稀有な存在だから」

「私、あんたに興味あるよ、だから近づいたんだよ」

「でも、愛梨ちゃんにって……」

「あー、ごめん、愛梨にもって感じかな」


 そりゃそうだ、あの子は魅力的だもん。

 けど、なんだろうな、やっぱり栗原さんの静かな感じは落ち着くな。


「謝らなくていいよ、愛梨ちゃんは魅力的だからね」

「うん、話していて楽しい相手でもあるから」

「なんか無理してない?」

「私が? してないわよ、いつも通りね」


 あ、なんかおかしいと感じていたのは喋り方が違かったからか。

 うん、確かにいつものように話している彼女だったら違和感はない。


「そういえば愛梨は?」

「今日は部活動かな、美術部なんだよ」

「へえ、それは初耳情報だ」

「絵が上手いんだよ、行ってみる?」


 うなずいたのでふたりで行ってみることに。

 あんまり部活中にお邪魔することってないから緊張していた。

 ノックをしてから美術室へ。


「あ……」


 大きいキャンパスに自分の描きたいように描いてる彼女の後ろ姿を見て、自然と言葉が漏れた。


「……ん? え、珍しいね、こっちに来るなんて」

「じゃ、邪魔してごめんね」

「べつに大丈夫だ! どうせ他の部人は来ないしね」


 確かに、なんだか寂しい空間だった。

 いまさら、先程の光景が格好いいではなく寂しいものに思えてくる。


「そうだ、佳子と朱美も描いてみる?」

「「え……」」

「たまにはこういうのも楽しいよ、それにふたりがいてくれた方がいいからね」


 彼女はまた作業に戻りながら「見られていると恥ずかしいけど」と呟いていた。

 意外と恥ずかしがり屋さんなところもあるのが彼女だった。

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