第17話 傭兵と何でも屋②
翌日、キオネは朝から大きなあくびをして眠そうな様子だった。
寝不足かと問いかけると、ぼんやりと頷いて返す。
「んん。ちょっとね。
今日は1日教会にいるわ。
あんたは好きにしなさい。
昨日のこともあるし、怪しい奴が居ないか警戒するのよ」
眠たげにしながらも言うべきことは言う。
それでもやはり眠いのだろうか、目をこすって、のそのそと着替えを始める。
「眠いなら寝てもいいよ。
その間見張ってるから」
「必要ない。
今のところ近くで妙な動きはないわ」
そう言って、部屋から出て行くようにと手を振られる。
着替えをまじまじと見続けているわけにもいかず外に出て、ため息をついた。
結局追い出されてしまった。
キオネは僕のことをどう考えているのか。
少なくとも便利だとは思ってくれている。それに警戒するように言ってくれたり、心配もしてくれている。
だけどこちらがいかに真っ直ぐ気持ちを伝えようとも、それを真面目に受け取ったりはしない。
そういう性格だし、きっとそれはこの先も簡単には変わらない。
だとすれば今できることは?
まずは生活のほとんどをキオネに依存する環境を改善しなければ。
今の自分はヒモでしかない。ヒモが依存先へと好意を向けるのは、自分の生活を守るためだと思われても仕方がない。
この状況を脱する。
そのためにはこの世界での生活を知り、仕事を得て自ら金銭を稼がなくてはいけない。
「よし。今日こそちゃんと街を回って、仕事探しもしないと!」
気持ちを新たに、宿屋1階の食堂へ。
簡素な食事を済ませて街へと出る。
昨日キオネから受け取った公衆浴場の回数券を思い出し、近くの浴場を探す。
朝方は混むと言っていたが、混んでいるからこそ街の人の生活が分かる。
宿の近くに浴場を見つけ中へ。
確かに人でごった返していた。しかも皆急いでいるのだろう。もの凄い回転率の早さで風呂を済ませていく。
それに習って超高速で風呂を済ませ、タオルを持ってこないといけなかったというトラップにはまりながらも、確実にふっかけられただろう金額で購入して乗り切る。
公衆浴場の外に出てからなんだか無駄にお金を失った気がしてきた。
もしお金がなくなったら……。その時はもう、キオネに頭を下げるしかない。
何はともあれ仕事だ。
それも日雇いで即支払ってくれる仕事。
どんな仕事があるのか。自分にどんな仕事が出来るのか想像を巡らす。
シュルマのように、カニ魔法を有効活用した仕事なら強みを発揮できる。身元が分からなくても職を得られるかも知れない。
自分の能力は完全カニ化能力。
戦闘はもちろん、土木工事なんかでも能力を存分に発揮できる。
「となると、あとはそういった仕事を……。
何処で斡旋されればいいんだ?」
この世界における仕事の受け方が分からない。
まずは教会でキオネに――
いいや、それではダメだ。自立するのだ。真っ当な仕事に就くのは自分の目的だ。
キオネを頼るのは最後でなければいけない。
「よし!
まずは人の集まる場所を巡ってみよう!」
目先の目標を情報収集に絞り行動を開始。
街中を歩き回り、人の集まる場所はとりあえず覗いてみる。
午前中そうして街の中を回って、人々の生活について学ぶ。
洗濯屋の存在とか、街で生活するには銀貨より銅貨を持っていた方が便利だとか。
ともかく正午を知らせる鐘が鳴ると宿へ戻り、1階の食堂で食事にありつく。
しばらくその場で待ってみたがキオネは来ない。
余所で食べたのか、既に食べたのか定かではないが、ともかく来ないものは来ない。
彼女には彼女の目的があるのだ。
こちらも自分の目的を果たそう。
午後の行動計画をたてる。
人の集まるような場所はなんとなく把握できてきた。
あとは仕事を受けられる場所。こちらも分かってきた。
街の入り口付近の酒場では、いくつか仕事の募集がされていた。
これから行商に出る商人が護衛のため傭兵と価格交渉をするなど、信頼がそれほどない人間でも、戦闘能力――つまりは強いカニ魔法さえあれば雇って貰えるかも知れない。
そして仕事をいくつか勤め上げて信頼を築き上げていけば、ゆくゆくは定職にありつける可能性だってある。
そういうわけで早速行動に移す。
自分たちが街に入るとき使った門は、どちらかというと商人の交通量が多い。
商人の護衛となれば数日がかりなので一旦こちらは保留。
どうにも街の外で見た傭兵達は、街の東側に借宿を構えているらしい。
実戦訓練は夕方には終わるらしいので、日雇いの仕事もあるかもしれない。
東へと向かう通りを抜けて、東側正門を確認。確かに傭兵らしき人の数が多い。
後はこの周辺で酒場を探すだけ。
直ぐに酒場は見つかる。
昼過ぎだからか人は多くない。
しれっと通りかかった風を装って中へ。
注文もせずに酒場内を見て回る。
掲示板のような物があって、何やら紙が張り出されている。
僅か3つだが、きっと求人票だろう。
――で、なんて読むんだ?
言葉は分かっても字は読めない。
こんなことなら字の読み方を教わってくるのだった。
なんとか文字の形から意図を汲み取ろうと紙を睨んでいると、酒場の店主が声をかけてきた。
「傭兵希望か?」
「あ、はい。そうです。
でも字が読めなくて」
振り向いて答える。
店主はしゃがれた声で続けた。
「一つ奥の通りに広場がある。
そこへ行くと良い。マガトという名の傭兵が人を集めている」
「ありがとうございます!
ええと、お代は――」
店に勝手に入って注文もせず求人情報だけ教えて貰った。
支払いの必要があるのではないかと問いかけたが店主はかぶりを振る。
「酒場で情報を見たと言えば紹介料がうちに入る。
あんたが金を払う必要はないよ。
ともかくあんたは運が良い。
マガトはこのあたりじゃ信頼できる傭兵だよ」
もう一度礼を言って酒場を後にする。
店主が指さした方向の通りへと向かうと、確かに広場があった。
そのベンチに鎧を着た大男が居た。
鼻の頭に傷のある、40代くらいに見える屈強な男だった。
呼吸を整えてから、その傭兵の元へと出向き声をかける。
「すいません。マガトさんですか?
酒場で聞いて来ました。傭兵を集めているとか」
大男は顔を上げて応じた。
「いかにも、自分がマガトだ。
準備金は銀貨10枚。訓練期間中から遠征終了までの寝床と食事は提供する。
遠征期間は来週から皇帝選挙まで。報酬は金貨換算4枚の予定だが、働きによっては多く支払う。
これでいいか?」
問われて、逆に本当にそれでいいのかと首をかしげてしまう。
「ええと、能力とか見なくていいんですか?
強さとか確認せずに傭兵にしてしまうわけにはいかないですよね?」
問いに対して、マガトはこちらの顔を真っ直ぐに見据える。
「これまでに傭兵の経験は?」
「ないです」
素直に答える。マガトも「だろうな」と頷いた。
それから問いを重ねる。
「傭兵に必要なのは何か、分かるか?」
「強さ、ではないのですか?」
「違う」
マガトは明確に否定する。
それからそっと腕を上げて、広場の端の方で遊んでいる親子――母親と女の子を指さした。
「どちらでも良い。
1人殺すとしたら、ここからどれくらいの時間で行って帰ってこられる?」
その問いに言葉を失った。
親子はただ、広場で遊んでいるだけである。
どちらかの命を奪うだなんて、考えられることじゃない。
無言のまま首を横に振ると、マガトは問う。
「何故出来ない。
お前の能力は女子供を殺せないくらいに弱いのか?」
かぶりを振って返す。
「いいえ違います。
殺せないのは別の理由です」
マガトはその答えを分かっていたのだろう。
理解を示すように頷いて、再び問う。
「傭兵に必要なのは何か。本当にそれは強さか?」
無言のまま首を横に。
マガトは諭すように続ける。
「雇われて戦う以上、殺したくない相手を殺す必要も出てくる。雇われたからには主君の命令には従わなくてはならない。
特に今回の案件は遠征も含まれている。
雇い元はディロス辺境伯。大規模な戦闘も含まれるだろう。
直接殺しをしなかったとしても、大きな戦いに身を置けば誰かに恨まれることもある。
もしあの母親が鉄顎を持って襲いかかってきたとき、即座に殺す選択が出来るか?」
恨みをかって襲われたとしても、それでも咄嗟には殺すなんて選択は出来ないだろう。
「出来ません」と首を横に振った。
「それでいい。
その様子だとまだ生活に苦しんでいる訳でもないだろう」
「はい。
今は助けてくれる人が居て、その人のおかげで生活できています。
でも自分も何か出来ることはないかと考えたんです」
マガトは頷くと、笑いこそしないものの穏やかな表情で告げた。
「まずはその助けてくれる人を大切にするといい。
傭兵隊長をしている自分が言うのもなんだが、生き方は傭兵だけではない。
生きることに行き詰まっていないのなら、一度落ち着いて周りを見てみるのも1つの選択肢だ」
マガトの言葉に説得されるように、今の自分には傭兵として働く覚悟がないと自覚して、ゆっくりと頷いて見せた。
「どうしても悩むようなら夜あの酒場に来ると良い。
長く生きてる分、相談くらいには乗ってやれる。ただし1杯奢るのが条件だ」
「はい、ありがとうございます、マガトさん」
お礼を言って頭を下げる。
そして去り際に、どうしても1つだけ聞いておきたかったことを尋ねることにした。
「マガトさんは、誰かに命を狙われたとき、どうしますか?」
問いかけに、マガトは即答した。
「こちらに対して殺意を向けた相手は躊躇せず殺す。
相手が武器を持たなかろうが、殺意を持つ人間に対しては容赦しない。
それが傭兵として長く生きる秘訣だ」
「じゃあこれまでも……」
言いかけた言葉に対してマガトは頷いた。
「ああ、殺してきた。殺意を抱いている人間を生かしてはおけない。
これまで殺意を見せて、殺さなかったのはたった1人だけだ。
だがそのたった1人がいつか復讐しに来るのではないかと怯えながら生きている。
傭兵とはそういう生き方だ。
――いや、単に臆病なだけかも知れない」
人生の大半を傭兵として過ごしてきたであろう彼の言葉は重い。
それほどに戦いに。人から命を狙われる立場に身を置きながらも、いつか殺しに来るかも知れない誰かに怯えている。
そんな生活を、自分は許容できるだろうか。
残念なことに、その答えはNOだった。
もう一度頭を下げてマガトへと礼を言って、広場を離れ大きな通りへ。
戦うことなら出来るから傭兵くらいなんとかなるだろうと考えていたが、その見通しは甘かった。
戦ってお金を得る行為が、どういう結果を導くのか、全く想像していなかった。
だがそれでも傭兵となる人は後を絶たないだろう。
傭兵という仕事は生活に切羽詰まった人間に対する雇用を提供する場でもあるのだ。
一度宿に戻って仕切り直しかなあと通りを歩いて行くと、路地から声をかけられた。
「ワタリ、こっち」
「キオネ?」
路地から声をかけて来たのはキオネだった。
彼女が手招きしているので、足早に路地へと入る。
薄暗い、人気のない路地裏まで示されるがままついていった。
「こんな場所でどうした?」
「あの傭兵と何を話したの」
キオネは真剣な顔で、睨むようにこちらを見据えていた。
マガトとの会話を見られて居たらしい。
率直に答える。
「仕事を探そうとして、傭兵になろうかと考えたんだけど、あの人に――マガトさんっていう傭兵なんだけど――止めた方が良いって言われて諦めてきた。
そういうわけだから仕事探しは今のところ全然上手くいってない」
だがそれはキオネの求める答えではなかったらしい。
彼女はこちらの襟元を掴み、顔を寄せて尋ねた。
「私のことは何か話した?」
「いや――ああちょっとだけ。
今は生活を助けてくれる人がいるって」
「それだけ?」
「それだけ」
それで安心したのかキオネは手を離す。
だが表情はまだ真剣なままで、きつく言い含めるように告げた。
「他に何か話したことは?」
「他と言われても。
悩み相談に乗ってくれるって。
夜は東門の近くの酒場にいるからって」
「大変結構。
金輪際東地区には近寄らないように」
「いやでもキオネ――」
反論しようとしたが、キオネの濁った光のない黒い目で真っ直ぐに睨まれる。
「近寄らないように」
「分かった。そうする」
厳しい口調に対して反論できず了承する。
キオネの言うことはこれまでずっと正しかった。
今回だって、多分正しいのだろう。
◇ ◇ ◇
高級娼館『ヴィルゴ』。
シュルマはその入り口で、私兵から伝聞を受ける。
「シュルマ様。
都市議会議員ロイト様よりご連絡がありました」
伝聞を受けてシュルマはため息をつく。
そんな彼女の様子を案じてか下心からか、私兵は浮ついた声を投げる。
「シュルマ様は本日お休みとうかがっていますが――」
「娼館私兵は業務以外での娼婦との会話禁止」
シュルマはぴしゃりと言いつける。
私兵も規則をこれ以上破れないと口を結んだ。
だがシュルマはそんな彼に対して去り際に笑顔を見せて、柔らかな声で告げた。
「娼館はお休みよ。
こっちは別件。だから気にしないで。
もちろんこのことは秘密だからね」
私兵はその言葉に、黙ったまま頷くことしか出来なかった。
◇ ◇ ◇
自由都市デュック・ユルに存在する都市議会。
その議員であるロイトの私邸をシュルマは訪ねる。
時は夕暮れ時。雲行きが怪しくなり、小雨がぱらぱらと降り始めていた。
シュルマはロイトの身辺警護に就く衛兵に案内されて私邸内へ。
羽織っていたローブを脱ぐと衛兵に預け、食堂へと入る。
「ご指名頂きありがとうございます、ロイト様。
本日はどのようなご用件でしょうか?」
優雅に一礼しワンピースの裾を持ち上げるシュルマ。
1人、食事の席に着いていたロイトは、その仕草を見て鼻の下を伸ばすものの、咳払いすると衛兵と従者を下がらせた。
食堂内にはロイトとシュルマの2人きり。
シュルマはロイトの元へ歩み寄る。
彼は食事を目の前にしながら手をつけず、グラスにも口をつけようとしない。
はげ上がった頭には、いくつも脂汗が浮かんでいた。
シュルマは面倒な仕事が持ち込まれたのだろうと察する。
娼婦としてではなく、何でも屋として彼女は尋ねた。
「で、要件は?」
シュルマの問いかけに対してmロイトは震える手で懐から革袋を出し、その中から金貨を2枚取り出すと机の上に置いた。
「デュック・ユルに厄介ごとが持ち込まれた」
「昨日のエビ教徒の件?」
「それも関係する。
君も立ち会った――と言うより、仕事の邪魔をしたそうだな」
「そう言われても、やるなら事前に連絡必要でしょ?
そもそもヴィルゴに厄介ごとを持ち込むのは厳禁のはずだわ」
シュルマの言い分をロイトは認める。
「ああ。だからこそ、昨日の君の行いに対してはお咎めなしだ。
しかしあの方達は問題の速やかな対処を望んでいる。
若い男。完全カニ化能力者。――君の昨日の客だったそうだな」
「ワタリね。
何したのよあいつ」
問いに対してロイトは答えない。
代わりに机においた金貨を受け取るようにとシュルマの方へと滑らせた。
「そいつを始末しろとの依頼だ。
これは前金。残りは仕事完了後に支払う」
シュルマは金貨を受け取らない。
そんな彼女の態度はロイトをいらだたせた。
「報酬は金貨20だ。君も文句はないだろう。
それとも客に情が移ったのか?
今まで散々、殺しは請け負ってきただろう」
シュルマは顔をしかめて告げる。
「情が移ったわけじゃないわ。
ただ報酬の大半が後払いなのが気に食わないのと、完全カニ化能力者相手に金貨20は安すぎるってだけ」
「相手の能力に関係なく、無防備なところを狙って凍らせればそれで済む話だろう。
報酬の交渉は無しだ」
それでもシュルマが金貨を受け取らないのを見て、ロイトは仕方なく革袋から更に金貨を1枚取り出して重ねた。
たった1枚だけ増やされた前金を見てシュルマは「ドケチ」と口にしたが、結局受け取る。
「ワタリを始末すれば良いのね」
「そうだ。
だが気をつけろ。どうやらもう1人仲間が居るらしい。
顔は分からないが、女性だという報告だ」
「あー、把握してる。ちょろいもんよ。
明日は気持ちの良い朝を迎えられることを約束するわ」
「そうあることを願っているよ」
シュルマが身を翻し食堂を後にすると、ようやく肩の荷が下りたロイトは手にしたワイングラスをあおる。
シュルマはこの道の仕事も一流だ。彼女に任せておけば、男の始末などたやすいことだ。
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