第6話 盗賊退治と違法薬物②
テグミンは倉庫の裏口へと回り込んでいた。
ノブを回しても開かなかったので、鉄顎を引き抜き振り下ろす。
建物自体は石造りだが扉は木製だ。既に正面入り口ではワタリが戦闘を始めている。グズグズしては居られなかった。
緩くなったドアノブを取り除き鍵を外すとようやく扉が開く。
「おっと、お嬢ちゃん。ここで何をしている」
扉が開いたところ、2人組の男と鉢合わせた。
1人は大柄で、傭兵めいた男。
もう1人はローブを身につけ、顔を隠した男。
一瞬体が強ばる。
それでもテグミンは勇気を出して一歩前へと歩み出す。
入り口を越えて倉庫内へ。後ろ手で扉を閉め、立ち塞がるようにして鉄顎を構える。
「盗賊団の一味ですね。
ここは通しません」
テグミンの心臓は高鳴っていた。
貴族として生まれたが、相続順位は一番下。
魔力こそカルキノス家息女にふさわしいものを有し、カニの耳まで持っていたが、授かった能力は甲殻化のみ。
戦えない貴族。
テグミン・フォン・カルキノスは陰でそう呼ばれていた。
それでも自分にも何か出来る。
そう信じて、今回違法薬物の調査を買って出たのだ。
護衛の騎士とは別れてしまったが、貴族として役目を果たしてみせる。
自分は貴族として、戦えることを証明してみせる。
テグミンは傭兵の大男に睨まれようと、決してその場から動こうとしなかった。
「バラバラにされたくなければさっさと失せろ」
傭兵が語気を強める。
対してテグミンは見上げるようにして傭兵をキッと睨み付けると、堂々と名乗りを上げた。
「わたくしはテグミン・フォン・カルキノス。
貴族である以上、盗賊団如きから逃げたりはしません!」
戦う勇気を奮い立たせ、構えた鉄顎を前に突き出す。
カニ魔力を練り身体を覆う。
膨大な量の魔力が渦巻いた。
それでも相手も傭兵。
しかも戦いになれているのか、テグミンの魔力量を見ても感嘆の声を上げさえすれど一歩も引こうとはしない。
さらにローブの男が静かに告げた。
「殺し損ねたカルキノス家の息女が向こうから来てくれたのは好都合だ。
始末しろ。
手短にな」
「仰せのままに」
傭兵は右腕にカニ魔力を込めるとそのまま突き出した。
瞬間、カニ魔力が行使され右腕が巨大なハサミと化した。
テグミンの身長すら越える巨大なハサミ。
それは刃のような非生物的な金属光沢を有していた。
身体ごと真っ二つに出来てしまうような一撃。
容赦なく繰り出されたその攻撃を、テグミンは両手で受けた。
「なっ――」
一撃で決するだろうと疑わなかった傭兵の顔が驚愕に歪む。
テグミンからあふれ出した魔力は自身の腕をカニの甲殻で覆い、一撃必殺かと思えた傭兵の一撃を完璧に受け止めていた。
甲殻ごと両断しようとハサミに力が加えられるが、テグミンはそれすらものともしない。
傭兵はついに音を上げて右腕を引き戻す。
ハサミは数カ所で刃こぼれを起こし、金属光沢にも陰りが見えていた。
それを見てローブの男が「ほう」と感嘆した。
「トラウデンの右腕を防ぐか。
インジェ兄弟が失敗したのも当然だな」
「感心している場合では無いかと。
郷も力添えを」
傭兵は助太刀を要請する。
されどローブの男は断った。
「バカを言うな。
切り札というのはとっておくものだ。
時間が惜しい。こいつの始末は後回しでいい。
道をあけろ」
言いつけると同時に、ローブの男はテグミン――の横。倉庫の石壁を指さした。
傭兵はその意図を理解すると、鋭くカニ化した右腕を突き出す。
分厚い石の壁がチョキンチョキンと切り刻まれ、瞬く間に人の通れる穴が出来上がる。
「さ、させません!」
行く手を阻もうと移動するテグミン。
そんな彼女へと傭兵のハサミが襲いかかった。
「ぐぅっ!!」
甲殻化によってダメージは無い。
だがハサミによって身体を拘束されてその場から動けない。
「攻撃方法も考えておくんだな」
傭兵は言い捨てて、ローブの男を先に倉庫の外へと出すとそれに続く。
テグミンはハサミから解放されたものの、走り去る男達を追えない。
追ったとしても戦えない。テグミンの能力では、小さな道を塞ぐことは出来ても、外に出てしまった相手に対しては足止めすら出来ない。
あまりにも無力だった。
「わたくしは――貴族なのに――」
何も出来ない。
結局自分は言われるとおり戦えない貴族だったのだ。
それでも、今為すべきことを為さねばならない。
逃げた男2人はどうしようもない。
だがまだ倉庫内に盗賊団が居るかも知れない。ワタリの様子も気になった。
テグミンは倉庫へと入り、正面入り口の方向へと向けて駆けだした。
◇ ◇ ◇
「待て!」
「待てと言われて待つ奴があるか!」
逃げたインジェ兄弟の長男を追いかける。
カニ化した身体は素早く、直ぐに追いついたのだが、相手は狭い通路へと飛び込んだ。
石造りの通路。
壊して通るには時間がかかる。その間に逃げられてしまう。
カニ化を解除。
生身になって通路へと入る。
通路は真っ直ぐ延び、両側に扉。相手は扉には入らずただただ通路の先へ進む。しかしその先は行き止まりだった。
「追い詰めたぞ!」
「それはどうかな!!」
逃げていた長男は通路の最奥へ行き着くと壁に背を向けた。
魔力がたぎり、伸ばした両腕から渦巻き始める。
――まずい。
そう判断したときには既に通路に深く入り込みすぎていた。
「喰らえ!!
ホワイトツインアタック!!」
両腕からそれぞれ1尾ずつアーマーエビが召還される。
それはアーマーを勢いよく切り離すと、その反動を使ってこちらへと撃ち出された。
弾丸のように、剥き身になったエビが飛来する。
狭い通路では回避できない。
そして狭すぎてカニ化することも出来ない。
どうすればいい。
考えられる時間はほんの僅か。
だが、確かに頭の中でキオネの教えが木霊する。
”行動の結果をイメージして魔力を行使しなさい”
行動の結果をイメージ。
完全にカニ化することは出来ない。
だが部分的なカニ化なら可能だ。
例えばテグミンの能力のように、必要な部分だけ甲殻で覆うことが出来れば良い。
全身をカニ化できる能力者なのだから、きっと部分的にカニ化することも可能なはずだ。
行動の結果をイメージ。
両腕を甲殻化――
両手を目の前で交差させて魔力を行使。
腕だけがカニの甲殻で覆われる。
勢いよく飛んできたエビだが、甲殻にぶつかるとそのまま落下していく。
「な、何だとっ!?」
「もらった!!」
攻撃を防がれ驚愕する長男。
その隙を逃さず通路を邁進。一気に距離を詰める。
「く、来るな!」
構えられる鉄顎。
こちらも鉄顎を引き抜き横薙ぎに振るう。
刃先が長男が苦し紛れに振り回していた鉄顎を弾き飛ばす。
武器を失い、戦意を喪失した彼はその場に崩れ落ちた。
一歩前へ踏み出す。
ウードに突き出す前に聞いておくことがあった。
「さっき逃げた男達は何者なんだ?
どうしてテグミンの命を狙ったりした」
質問に対して、彼は首を横に振るばかりだった。
さらに一歩近づいても、ろくに答えようとはしない。
「あ、ワタリさん。ご無事でしたか」
背後からテグミンの声。
それに、通路の向こう側からキオネもこちらにやって来ていた。
「そのエビ教徒をこっちに連れてきて」
言われるがままに長男を歩かせて倉庫の入り口へ。
既に自警団によって残り2人の兄弟は縛り上げられていた。長男も直ぐに後ろ手で縛りあげられ、どこかへ連行されていく。
「盗品は何処だ?」
護衛の自警団員を1人だけつけてウードが尋ねる。
キオネがこちらに視線を向けるのでかぶりを振る。
だがテグミンが心当たりがあるらしい。
その案内に従って、倉庫の奥の部屋へ。
「おお! 素晴らしいことだ!」
大机のある部屋に入るとウードは歓声を上げた。
机の上には商人から奪ったのであろう盗品の類いが並べられていた。
早速ウードは革袋を手元に寄せて中身を検める。
そこにはたくさんの銀貨と金貨が入っていた。
「うむ。これだけあれば領主様へ納められるな」
「それ本当にあんたが盗まれたお金なんでしょうね?
ここの市では金貨と銀貨を同じ袋に入れて領主に納めるの?」
キオネの指摘に商人はぎくりと表情を強ばらせた。
だが問題ないことだと言い張る。
「きっと盗賊連中が混ぜてしまったのだろう」
「そうかもね。
で、約束通り盗賊団は引っ捕らえたわよ。
もちろん報酬は頂けるんでしょうね?」
「何を言っている。
確かに助けて欲しいと頼みはしたが、報酬を払うとは言っていない」
ウードは報酬の支払いを一切するつもりが無いらしい。。
キオネはその反応を予測していたようで「ほら、ろくでもない人間だったでしょ」とすまし顔で言ってのけた。
それからウードに対して高圧的に言いつけた。
「良いの?
言ったとおり、こちらの方は貴族の身よ。
お忍びとは言え後々領主様には挨拶に出向くわ。
盗賊に盗まれた品物は一度領主様に預ける決まりよね。
領主様と面会した際に、こちらがこの街で起こった出来事をどう報告するかはあなた次第なのよ?」
質問。というより脅迫だった。
ウードは顔を真っ青にして、それから懇願するように頭を低くして返した。
「どうか領主様にはこの一件はご内密に」
「だからそれはあなた次第よ。
お金が払えないのは承知したわ。
でも物と人は出せるでしょう?
アクベンス領東部、ゴットフリードの街までクルマエビを出して貰えればそれでいいわ」
ウードは困ったような表情を浮かべ、決断しようとしなかった。
だがキオネが「別に嫌ならそれでも良いのよ」と口にすると、観念したのか小さく頷いた。
「大変結構。
出発は明朝よ。『八つ足亭』まで迎えを寄越して。
ここにある品物はどうぞお好きになさって」
キオネはそれだけ言って退室した。
こちらとしてもウードと話すことはもう無い。
キオネに続いて部屋の外へと出る。
「ゴットフリードはここからかなり東側ですね」
同じく部屋から出たテグミンが、キオネへと問うように口にした。
キオネはすました調子で肯定する。
「そうね。でもクルマエビなら半日で着くわ。
あんたはまだこのあたりで違法薬物とやらの調査したいんでしょ?」
テグミンは頷いた。
彼女の目的は違法薬物の調査。その薬物はカルキノス領エリオチェアの街へと、東から持ち込まれた。
テグミンとしてはこの宿場町を拠点にして、近くの街から調査をしたいのだろう。
だがキオネはそれを取り合おうとはしない。
「残念だけど、私には私の目的がある。
ここまでは行き先が一緒だからたまたま同行していただけよ。
1人でも調査はやり続けるつもりなんでしょ?」
テグミンはそれに対しても頷く。
この街まで一緒に来たこと。それにキオネが宿代や食事まで提供してきたのは、善意というか、テグミンの持ち物を盗んだ罪滅ぼしを無理にやらせた結果でしかない。
でもそんなのはあまりにかわいそうだ。
元はと言えばテグミンが1人になってしまった責任はこちらにある。
2人のやりとりに思わず口を挟んだ。
「もう少しだけでも調査に付き合ってあげられないかな。
さっき戦った人たち、テグミンの命を狙ってたみたいなんだ」
「テグミンの?
確かにアーマーエビの召還能力持っていたわね。
でも捕まえたでしょ」
「いや、別に2人居たんだ。
どうもそっちがエビ使いに命令してたみたいで」
キオネは「ああ」と思い出したように頷いた。
「エビ教徒の他に2人居たわね。
私の確認不足だったわ。悪かったわね。
ま、逃げられはしたけど、あんなのと戦って怪我せずに済んで良かったんじゃない?
戦うなら戦い方を考えるべきだとは思うけど」
キオネは説教するようにテグミンへと言いつけた。
彼女はしゅんとしたが、首をかしげて問う。
「あれ?
どうして知っているのです?」
「遠目で見えたのよ」
すました顔で言ってのけるキオネ。
テグミンはそれで納得したらしい。
しかし、男達がテグミンの命を狙っていたのは事実。逃げられたとあればまた狙われる危険もある。
「でもどうしてテグミンの命を狙ったんだろ。
選帝侯の家の生まれだから?」
「誘拐して身代金要求するならともかく、殺そうとするのなら別の理由でしょうね。
相続権上位の人間なら殺す価値もあるでしょうけど、この子は関係ないし」
テグミンは困ったような表情で「関係なくは無いですよ」と主張する。それから控えめに「最下位なのは事実ですが」と付け加えた。
「もしかしたら違法薬物の調査と関係あるかも」
キオネが口にする。
だが言ってから彼女は言わなければ良かったと顔をしかめる。
そんなキオネの様子など気づかず、テグミンは表情を明るくした。
「でしたらきっと、この倉庫に証拠品があるはずです!
調べるのを手伝って頂いてよろしいですか!?」
「もちろん」2つ返事で頷く。
「しょうがないわね」キオネも手伝いを了承した。
倉庫の構造は単純だった。
入り口から直ぐのところは出荷待ちの干しエビが積まれる。
そして左側には狭い通路と両脇に小さな部屋。
裏口から入って直ぐのところにはエビの餌や、加工前のエビ、小舟などが保管される。
そこから仕切りを越えて隣の区画へ。
漁具や網、それらの補修器具などが保管された倉庫だった。
手分けして積まれている荷物を物色する。
そして開始して直ぐに、テグミンが声を上げた。
「ああ! これです!」
机の上に置かれていた木箱。その中身をテグミンは指さす。
違法薬物が見つかったのだ。
どんな物だろうと確認に出向く。
「これってもしかして――」
「はい。最近カルキノス領に持ち込まれていた違法薬物です!」
箱いっぱいに入った違法薬物。
黄色っぽい色合い。ねじれた棒状の形をしていて、指先でつまめる程度の大きさ。
触ってみると手に油がつく。揚げた食べ物なのは間違いない。
そしてこの違法薬物に、強い見覚えがあった。
「やめられない、とまらない――」
「その通りです。
魔力を回復する効果があるのですが、一度口にすると依存性が強く、摂取が止められなくなってしまうのです」
「なるほど」
まさか異世界でかっぱえ○せんにお目にかかるとは思いもしなかった。
それも違法薬物という形で。
小麦粉とエビを使っているのは間違いない。
依存性が強いという部分については、それこそ麻薬のような成分が練り込まれているのだろう。
「ふうん。これがね。
そういえばエリオチェアの貧民街でこんなの食べてる輩が居たわね」
キオネはかっぱえび○んを1つ指先で摘まんで、鼻に近づけて匂いを嗅ぐと眉をひそめて箱に戻す。
「問題はどこからこれが持ち込まれたかですね。
ウードさんに聞いたら分かるでしょうか?」
「無理でしょ。
あいつは市の管理人であって、流通の管理は専門外よ」
「では流通の管理をしている人に聞く必要がありますね。
街の入り口で管理されていますよね?
あ、でもここにあると言うことは運河を使って持ち込まれた可能性が高いですね。
その場合は誰に問い合わせたら良いのでしょうか?」
テグミンの問いかけにキオネは答えなかった。
彼女はじっと、うんざりした様子でかっ○えびせんの入った箱を見つめている。
短い付き合いだが、なんとなくキオネが考えていることが分かった。
「なあキオネ。
もしかしてこの箱。どこから運ばれてきたのか心当たりある?」
図星をつかれたとキオネは顔をしかめる。
「え!?
そうなのですかキオネさん!
是非教えてください!」
テグミンに問い詰められてキオネは深くため息をついた。
それから観念したように、箱の側面を軽く叩く。
「この箱、糸エビの繊維から作った布地を運ぶための箱よ。
多分内側に――あったわね。繊維が残ってる。間違いないわ」
キオネは箱の隅に残っていた繊維を指先で摘まんでみせる。
それはかっぱえびせ○の油を吸っているが、確かに何らかの繊維の切れ端だった。
「糸エビの繊維ですと高級品ですね。
産地はかなり限定されたはずです」テグミンが述べる。
「へえ。蚕の糸みたいな物かな?
で、それって何処で作られているんだ?」
問いかけると、やはりキオネはうんざりした様子で、大きくため息をついてから答えた。
「このあたりで糸エビの産地と言ったらゴットフリードくらいね」
ゴットフリード。
その街の名前はつい今し方聞いたばかりだ。
「ってことは、これから向かう先……?」
キオネの顔を窺いつつ尋ねる。
キオネはうんざりした表情のままだ。
どうして彼女がこんなに嫌そうな顔をしているのか。それはこのままだとテグミンが一緒に着いてきてしまうからだ。
「なあキオネ。もちろん、テグミンも一緒に行ってもいいよな?」
問いかける。
彼女は一瞬だけ間を開けたが、結局はその問いかけに頷いた。
「着いてきたければ勝手にすれば良いわ」
「ありがとうございます。キオネさん、ワタリさん。
もう少しだけ、お二人の旅に同行させて貰いますね」
次の旅の目的地が決定した。
キオネは不本意そうだったが、3人でゴットフリードへ向かうことになったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます