第5話 盗賊退治と違法薬物①

 手分けをして盗賊団の捜索を行うことにして、ウード達と分かれた。

 やはりキオネは不服らしく、去って行く彼らの背中を不機嫌そうに睨んでいた。

 そんな彼女を気にして声をかける。


「そういえばどうしてキオネはこんな場所に来てくれたんだ?」


 結果的には助かったのだが、ここはウード曰く旅人には用の無い場所のはずだ。

 だがキオネは質問に対して呆れたそぶりを見せて答えた。


「ここ、宿屋の裏手の通りよ」


「え、そうなの!?」


 そういえば先ほど『八つ足亭』へと事情聴取へ行った自警団員が異様に早く帰ってきた。

 キオネが指さす先には大きな建物があって、多分それが『八つ足亭』の裏側なのだろう。


「どうして厄介ごとに巻き込まれてるのよ。

 知らない街で人の少ない通りに入らないのは旅の鉄則よ。

 通りから1本外れただけで住む人間が全く変わるってこともあり得るのよ」


「それについては今後注意するよ」


 先に言っておいて欲しかったとは思ったものの口には出さず、次回以降同じ過ちを繰り返さないとだけ約束する。

 旅の鉄則、と言うくらいだからきっと常識なのだろう。


「で、どうして盗賊退治なんて安請け合いしたのよ」


 キオネの追求はテグミンの方へと向いた。

 彼女はそれに小さな胸を張って応じる。


「貴族は貴族の家系に生まれたから貴族なのではありません。

 行動が伴って初めて貴族たり得るのです。

 わたくしは貴族として、困っている領民は見過ごせません」


「あんたのところの領民じゃ無いでしょ」


 キオネは事実を突きつける。

 それでもテグミンは譲らなかった。


「わたくしを頼ってくれたのですから、答えるのが貴族の責務です」


「それを言うなら領内の盗賊退治は領主の責務でしょ。

 領主に対応するように言えば良いのよ。

 貴族の証は持ってるでしょ。カルキノス家の令嬢なら話も出来るわ」


 提案を受けて、テグミンはうつむいてかぶりを振る。


「その、貴族の証は盗まれてしまって――」


「不用心すぎる。

 肌身離さず身につけていれば盗まれたりしないはずよ」


 非難しているが、盗んだのはキオネだから貴族の証とやらがテグミンの手元に無いことは知っているはずだ。


「貴族の証って?」何のことを話しているのかと問いかける。


「銀製のナイフ。

 名前とか何処の家の生まれだとか刻まれてる、貴族の身分証明書よ」キオネが回答してくれた。


 それをテグミンは盗まれた。――キオネが盗んだわけだ。

 キオネはそれを売りさばいた。仮に持っていたとしても、今このタイミングで「はいどうぞ」と渡すのは考えられない。

 身分が証明できなければ領主は話を聞いてくれないだろう。

 結局、盗賊退治は領主の力を借りずに成し遂げるしか無いのだ。


「で、あんたは本気で手伝うつもりなの?」


 キオネの追求の矛先がこちらに及んだ。

 じとっとした濁った黒い目が向けられるが、毅然として立ち向かう。


「そのつもり。

 何も悪いことしてないのに処刑されるなんて見過ごせないよ」


 回答に対してキオネは異議を唱えた。


「善悪なんて所詮人間の決めた相対的な基準でしか無いのよ。

 大体ウードの服とか宝石とか見たでしょ。

 あいつは相当貯め込んでる。一月分の献上金くらい私財を切り崩して払えるはずよ。

 それを失うのが嫌だから、世間知らずのあんた達にダメ元で泣きついてみただけよ」


 キオネの言い分に打ち負かされそうになるも反論する。


「でも盗賊団のせいで街の人が困ってるのは事実だよね」


「だとしても私たちが手を貸す義務は無い。

 世の中困っていない人間なんて存在しないのよ。

 いちいち助けてたらきりが無いわ」


 彼女の言うことはきっと正しい。


「分かってる。

 でも何の縁かこうして関わってしまったんだから、放ってはおけないよ」


 キオネは不機嫌そうに「長生きできないわよ」と一蹴してさらに続ける。


「相手は盗賊よ。

 素人じゃない。プロの集団なの。

 捕まればどういう目に遭うかは相手だってよく分かってる。

 それを捉えようとすれば命がけで抵抗してくる。

 まだ自分の魔力も制御できないあんたがそれをなんとか出来るの?」


 明確な答えはない。

 必ず勝てる見込みなど存在しない。

 この間はたまたま騎士の隙をついて一発叩き込むことが出来た。

 でも今度も運良く行くとは限らない。

 それでもキオネの問いかけには頷いた。


「それでもやるよ」


 キオネは深く深くため息をついた。

 呆れられている。

 でも彼女はそう答えられると予想していたのか、何処か諦めているようでもあった。


「わたくしも戦います」


 テグミンが口を挟む。

 キオネはそちらに対しては冷たくあしらった。


「あんたは防御以外に何か出来るの?」


 問いかけにテグミンはかぶりを振った。


「いいえ。わたくしに使えるのは甲殻化のカニ魔法だけです。

 ですが防御に関しては絶対の自信があります。

 決して邪魔にはなりません。

 貴族は最前線で戦うからこそ貴族なのです。どうか戦わせてください」


 テグミンが頭を下げる先は自分だった。

 不安もあるが、テグミンの防御能力は確かに優秀だ。

 彼女の頼みを聞き入れて頷く。

 キオネの方も「バカは言っても聞かないから嫌い」と悪態をついたものの、反対はしないようだった。


「そうと決まれば盗賊団を探し出そう。

 さっき南口の外で襲撃があったって話があったよな。

 こういうときはまず現場に行って状況の確認を――」


 自分なりの見解を述べている途中でキオネが言葉を遮った。


「必要ない。

 北区のエビ養殖場よ」


          ◇    ◇    ◇


 キオネの案内で街の北側。運河から水路を引かれたエビの養殖場に向かった。

 小高い丘の上に建つ教会からそのエビ養殖場を見下ろす。

 水田のような養殖池がいくつも並んでいる。鳥よけののためか網が張られているが、池は見通せた。

 盗賊団が居るようには見えない。


「盗賊団は?」


「あそこ。養殖池の隣の倉庫。

 入り口に見張りがいるわね。確認できただけで中に2人。

 急いだ方が良いわね。水路に小舟が用意されてる。運河に出られたら追いかけられないわよ」


 キオネに指さされた建物を見る。

 石造りの大きな倉庫。

 入り口にエビ殻の鎧を着た男が1人。

 窓には幕が下ろされていて内側は確認できない。


「急ぐなら正面突破かな。

 いける、よね……?」


 確認するようにキオネへと問いかける。

 彼女はもう一度倉庫の入り口に立つ見張りへと視線を向けて答えた。


「強くはなさそうだけど、あんただって魔力の制御できないんだから油断しないように。

 付け焼き刃になるから嫌だったんだけど、行動の結果をイメージして魔力を行使しなさい。

 それで少しはマシになるわ」


「ありがと。気をつけてみる」


 アドバイスを受けて1度魔力の流れ。そしてカニ化した自分の動作をイメージする。

 なんだか行けそうな気がしてきた。

 倉庫の場所を確認。

 正面突破のためルートを策定し、頭に入れておく。


「わたくしも戦いますからね」


 テグミンが主張する。

 それに対してキオネは倉庫の向こう側を指し示す。


「裏口があるわ。

 小舟への退路を断った方が良いし、上手くいけばワタリが気を引いているうちに背後をとれるかも」


「そうですね。

 ではわたくしは裏口に回り込みます。

 キオネさんは?」


 テグミンに問いかけられ、キオネはバカバカしいと首を横に振った。


「ウードに連絡してくる。

 私はついて行っても邪魔にしかならないもの」


 誰かが行かなければならないのは確かだ。

 その役をキオネへと任せて、テグミンと段取りを決めると先ほど決めたルートを移動して倉庫へと向かう。


 真っ直ぐに倉庫へと歩み寄ると、見張りの男が手にした槍を構える。


「ここは領主様より認可を受けた市民用のエビ養殖池だ。

 領主様の許可を得ていない人間は立ち去れ」


「領主様は盗賊を雇っているのか?」


 挑発するように口にする。

 その瞬間、見張りの男の魔力が膨れ上がった。

 カニ魔法――いや、エビ魔法の発動の瞬間が見える。


 応じるように魔力を練って身体をカニ化させる。

 完全カニ化能力。

 高さ6メートルにも及ぶ身体は、男が繰り出した槍の一撃を難なくはじき返した。


「完全カニ化能力者!?

 まさか騎士か!?」


 男の言葉を無視して反撃。

 攻撃の軌道をイメージして魔力を制御。右のハサミをなぎ払うように繰り出した。


 その瞬間、男のエビ化した下半身が動く。エビの尾で地面を強く蹴り後退。

 ハサミの一撃が空を切った。


「敵襲!

 騎士の襲撃だ!」


 男が声を上げる。

 見張りの迅速な処理は失敗した。

 ならば後は突撃するだけだ。

 先ほどの攻撃を見る限り、槍の攻撃は全て甲殻ではじき返せる。


 だが見張りも戦って勝てる相手ではないと判断したのか、後ろ飛びで倉庫の扉を破って中へと逃げ込む。

 石造りの倉庫。今の自分なら壁を破壊できそうだ。だがこちらの甲殻も損傷するかも知れない。

 一度カニ化を解除し、破壊された扉から中へと入る。


「そこまでだ。観念しろ!」


 強気な言葉を口にして突入。

 先ほどの見張りの男。

 それと似た男が2人。きっと3人兄弟なのだろう。3人は中年の、痩せぎすな体型をした男で、それぞれが特徴的なひげを蓄えていた。


 その背後。

 3人兄弟とは別格の雰囲気をまとう2人。

 金属製の鎧を着た大男。

 そしてローブを纏い顔を隠した男。


 ローブの男がこちらを一瞥する。


「またヘマをしたのか。

 カルキノス家息女の暗殺失敗と言い、君たちは我々の役に立つ気があるのか?」


 ローブの男の言葉に、3人兄弟の中で一番背の高い男が応じる。


「い、いえ決してこやつは我々が呼び込んだのではなく――」


「御託は良い。

 挽回する機会は一度きりだ。

 何をすべきか分かるな。インジェ兄弟よ」


「はい! 必ずや郷のお役に立ちます!」


 逃げ腰だった3人兄弟だがローブの男を恐れているらしい。

 震えながらも前に出て、それぞれの武器を構えた。

 彼らを置いて、鎧の男とローブの男は裏口へと向かう。


「待て、逃げるな!

 暗殺ってどういうことだ!」男達の背中へと声を投げる。


「ここは通らせない!」


 3人兄弟が道を塞ぎ魔力を行使。

 一番背の低い男。恐らく3男であり先ほどの見張りは、下半身をエビ化させ槍を構える。


 中くらいの背丈の男。多分次男は、腕をハサミと化した。細いが身長の3倍はあろうかという長さで先端は鋭利。テナガエビ化の能力だろう。


 そして一番背の高い男。先ほどローブの男に対して応じていたから、この中では一番年上。長男だろう。

 彼の周りには魔力によってアーマーエビが召還される。

 大型犬ほどのサイズの甲殻を持ったエビが8尾。彼自身は鉄顎を引き抜き構えた。


 一歩室内に踏み込み、再度魔力を行使。

 カニ化した身体は倉庫ギリギリの高さだ。

 高さ方向の動きに制限はつくが、広さは十分。ハサミは存分に振り回すことが出来る。


『いくぞ! 覚悟しろ!

 うおおおおおおおおおおお!!』


 その場で90度転回。横向きになると前進し、ハサミを振りながら突撃。

 敵は散会して攻撃を回避。

 ハサミを大振りした隙へ目がけてアーマーエビが一斉に襲いかかり、左右に分かれた次男と三男が、それぞれ槍とエビの爪で攻撃してくる。


 こちらの関節部分を狙っている。

 まだカニ化能力について理解仕切っていないが、カニの関節が弱点であることは明らかだ。


 ――行動の結果をイメージ。魔力を行使!


 キオネのアドバイス通り、動きをイメージし魔力を行使。

 8本足。2本のハサミを持つ巨体は、イメージ通りにその場で立ち止まると転回。

 全ての攻撃を甲殻の面で受け止め、次の瞬間反撃に転じる。


『秘技! カニ工船!!』


 足に力を込めて転回を急停止。

 急停止の反動を使って、逆方向へと急速転回開始。ハサミを広げ、周囲を巻き込む回転攻撃を繰り出す。


 ハサミが絡め取ったアーマーエビの殻を砕き、次男の槍をへし折り、三男のエビの手を切り飛ばした。


 次男と三男は戦意喪失し、その場で魔力行使を止めて崩れ落ちる。


『後はお前だけだ』


「ひ、ひいっ!!」


 長男はアーマーエビを再召還。それをこちらへ向けて突撃させると、自身は倉庫の奥へと逃走を開始した。


『逃がすか!!』


 ハサミを振るい、アーマーエビを倒しながら逃げた長男を追いかけた。

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