第2話 キオネと新天地への旅立ち
どれくらい走っただろうか。
追っ手を振り切るとカニ魔法を解除して、そのまま街の中を走り回ってたどり着いたのは街の地下水路だった。
暗闇の中を少女の掲げるランプの明かりを頼りに進んだ。
鼻がどうにかなりそうな悪臭のこみ上げる水路だが、こんな場所にも人が廃材で家とも呼べないようなすみかを作って暮らしていた。
「どうしてこんな場所に住んでるんだ?」
「皇帝が市街市民――ようするに街の外に人が住むことを禁止しているのよ。
でも貧民街にすら住めない人間は大勢居るわ。だからこうやって隠れて暮らしているの」
「それにしたってこんな――」
「残念だけど私もここの住人よ。借宿だけどね。
ここよ」
少女が水路脇の扉を示す。
鍵のついた扉のある、恐らくこの水路の中では良い立地の場所だろう。
鍵を開けて中へ入ると直ぐに少女は後ろ手で扉を閉める。
室内は広さ2畳程度。
木箱の上にしつらえられた綺麗に掃除された寝床、小さな机、それから整理された荷物がいくつか。それだけの部屋だった。
「私はキオネよ。
よろしく」
少女――キオネは、かぶっていたフードを外して一礼すると自己紹介する。
ランプの明かりに照らされてキラキラと光る、肩まである銀色の髪。
透き通るような白い肌。
黒い瞳は大きく少しばかり垂れ目気味で、光は無く濁って見えたが、髪と肌の色と対照的で良く映えていた。
少女だと思っていたのは背が低く見えていたからだが、こうして同じ部屋に立ってみると、若干小さめかも知れないが小柄と言うほどでも無い。
露出した指先は細く見えるものの、ローブに包まれた身体は痩せてはいない。
それに丈夫なローブ越しでも性別が分かる程度には、女性らしい体つきをしていた。
見た目もさることながら、優雅に一礼する振る舞いはとても地下水路に暮らしているとは思えない。
そんなキオネに見とれながらも、ぎこちなく一礼して返す。
「蟹江ワタリ。
ごめん、いまいち状況がつかめてなくて。
あの追っ手は何者だったんだ?」
「それも分からず逃げてたの?
あいつらは街の衛兵よ。オピリオって名乗ってたのは帝国騎士ね」
「なるほど。衛兵と帝国騎士か」
なるほどと言ってみたが、頭の中に何かが引っかかる。
衛兵と騎士。
衛兵は街の警備とかを行う雇われ兵士のことだろう。
騎士は帝国騎士というのだから、帝国に殉じるお偉い職業軍人なのだろう。
となると問題は、何故彼らに追われていたのか。
「ええと、君は――」
「キオネで良いわよ」
キオネがこちらの言葉を遮って告げる。
お言葉に合わせて、彼女のことは名前で呼ぶことにした。
「キオネはどうしてあいつらに追われていたんだ?」
問いかけに彼女はすました顔で答える。
「へまをしたのよ。
間抜けそうな貴族の荷物を盗んだら、護衛の騎士が居て、しかも衛兵達まで従えてた」
「ちょっと待って! 盗んだってどういうこと!?」
「目を離した隙に旅行カバンを頂戴して中身を売りさばいたのよ」
「泥棒したってこと!?」
「そう言ったつもりよ」
キオネはすました顔のまま、事もなげに言ってのける。
「その、人のものを盗むのは、良くないことだと思う」
「良い悪いなんて所詮人間の考えた相対的な価値観でしか無いわよ。
ここに住まないといけないような人間は多かれ少なかれ他人に迷惑をかけてる。
でもそうでもしないと生きていけないのよ」
「言いたいことは分かるけど……」
「私の顔見たでしょ」
キオネは言うと、右目を隠していた髪を手で払った。
目の下にはきっと消えることはない傷が横に走っている。
彼女にとってそれはあまり他人に見せたくはないものなのだろう。直ぐに髪を戻して隠してしまう。
「身寄りの無い、顔に傷のあるような女は、この国じゃあ泥棒でもしないと生きていけないのよ」
「僕は気にしないけど」
「あんたが気にしないから何だって言うのよ」
キオネはぴしゃりとそう言った。
それにはもう返す言葉も無く、ただ押し黙るしか無かった。
「で、ワタリは?
あんただって何かやらかしたんでしょ」
「それは――」
キオネは左目だけでこちらをじとっと見つめる。
その追求から逃れられず、犯した罪を告白する。
「加担するつもりは無かったんだけど、知らないうちにやらされていて――」
「前置きはいらないわ」
厳しく言いつけられた。
キオネの瞳を直視できず目をそらし、それから臆しながらも答える。
「密漁をしたんだ」
「密漁? こんな場所で何を密漁したのよ。領主のエビ牧場にでも手を出した?」
「いや、海でカニを――」
「カニ様を密漁したの!?」
これまで冷静だったキオネが目を見開き、あり得ないものを見るように、後ずさりさえして声を上げる。
「密漁してどうする気だったのよ!」
「え? そりゃあ売るんだよ。食用に」
「カニ様を食べるですって!?
信じられない。あってはならないことだわ!!」
キオネは突然目を閉じて2本指で印を切ると祈りの言葉を呟く。
それから言い捨てた。
「いい。この世界においてカニ様は神様なのよ。
食べるなんてもってのほかだわ」
「元いた国では食べるのは普通だったんだ。
何度か食べたこともある」
キオネはまたもや目を見開いて、一瞬呼吸を止めたものの、胸を押さえて呼吸を落ち着かせた。
「昔の私だったら卒倒してるわ。
でもまあ、そういうことならあんたのカニ魔力が異様に高いのも頷けるわ。
恐れ多いことだけれど、カニ様を食べたとなれば、魔力が増大しても不思議じゃない」
「無我夢中で使ったんだけど、あれって強かったのか?」
キオネは大きく頷いた。
「はっきり言うけどとんでもない強さよ。
完全カニ化能力ってだけでも凄いのに、魔力量だけなら帝国でもトップクラスに入るでしょうね。
そもそも弱かったら、いくら不意をついたとしても騎士相手には通用しないわ」
「そうなのか。
――あ。あの騎士、腕潰しちゃったけど大丈夫かな?」
「向こうも完全カニ化能力者だし、カニ化したハサミ潰したくらいじゃ大したことないわよ。
2,3日もすれば回復するでしょうね」
その回答を得られて、ほっと胸をなで下ろした。
咄嗟の出来事だったとは言え、相手だって人間だ。腕を切り落としたとなっては罪悪感から2度と立ち上がれなくなるところだった。
キオネは質問を続ける。
「で、あんたは結局何者なの?
海で密漁してたなら、どうしてエリオチェアに居るの?
海まで歩いて3日はかかる街よ」
「それなんだけど……」
一緒に追っ手から逃げた経験をしたからかも知れない。すっかりこのキオネという少女を信頼していた。
だから包み隠さずにこれまでの経緯を話した。
元々はカニが神様でも無く、カニ魔法も存在しない世界に居たこと。
日本という国に居て、大学という高等教育機関に属する学生だったこと。
休暇中、漁のバイトを受けたらそれが密漁漁船だったこと。
カニを密漁していたのがバレて、隣国の船に攻撃されたこと。
攻撃から逃れるために船から飛び降りたら、海では無くエリオチェアの街に落ちたこと。
その話を、キオネは口を挟まず「ふんふん」と相づちをとりながら最後まで聞いてくれた。
「なるほどね。
つまりワタリは別の世界からやってきて、私の上に落っこちてきたと」
「信じられはしないだろうけど」
自分でも説明していて馬鹿らしい話だと思った。
だがキオネは表情を変えずに、かぶりを振って応じる。
「信じるわ。
そうでもなければこっちの世界の常識を知らないことも、カニ魔力が異様に高いことも説明つかないし。
その格好もとてもカーニ帝国の人間には見えないわ。異民族だってそんな格好してないもの」
「これは漁のための服だから」
耐水仕様のつなぎにゴム製の長靴姿はキオネの目には奇異に映ったことだろう。
キオネは「替えが必要ね」なんて言いながら、異世界から飛ばされた件について結論を出す。
「カニ様を密漁したバチが当たったのかもね」
「そう言われると、なんとも言いがたい」
カニの密漁に加担した結果、カニ魔法の存在する世界に落とされた。
これがバチと言うのならそうかも知れない。
だとしたらどう償うことができるだろう。
自分はこの世界に来なければ、確実にオホーツク海で死んでいた。
もう一度生きるチャンスを与えられたのだ。
この機会をどう活かすべきだろうか。
短く思案して、1つの結論を導き出した。
「多分、カニ様とやらに救われてこの世界に来たんだと思う。
もう一度与えられた人生だから、今度こそきっと、罪を犯さず真っ当に生き抜くよ」
「殊勝な心がけだと思うわ」
キオネは意思表示について賛同してくれた。
真っ当に生きる。新しい目標を胸に、この新天地での人生をやり抜いていきたい。
だがそれにはいくつもの問題がある。
残念ながらこの世界について、世界の常識について、あまりにも知らなすぎる。
「そういうわけだからキオネ。
この国のこととか教えてもらってもいい?」
「ええもちろん。
ただ、長い話は後にした方が良いかもしれないわ。
この場所にもいつか衛兵達がやってくる。誰もかくまってはくれないわ。
厄介ごとを持ち込んだ人間は直ぐに突き出すのがここの掟よ」
「直ぐに出て行かないといけないのか」
「そういうこと。
待ってて。着替えを調達してくる」
「何から何までごめん。
頼んでも――って、盗んだりはしないよね?」
キオネは立ち上がると肩をすくめて見せた。
「盗まないわよ。
街中には入れないし、水路内で盗みを働けば住人達に殺されるわ」
そう言って彼女は部屋を後にして、ものの数分で衣服を一式抱えて戻ってきた。
「何から何まで悪いね」
「良いのよ。
話を聞く限りあんたエリオチェアでは追われるようなことしてないでしょ。
巻き込んだのは私の方だし、これくらいはさせて」
渡された衣服を受け取ると、キオネは「早く着替えて」と口にした。
彼女が部屋から出て行くそぶりを見せないので、背を向けて狭い部屋の隅で着替えを進める。
シャツとズボンにベルト。服の上にまとう裾の長いローブ。
靴はきっと長旅用なのだろう。丈夫な編み上げブーツだった。
それにかび臭いザックに、水筒や小さな布袋など、旅をするのに必要な装備がそろっていた。
「サイズは合ってるわね」
着替え終わるとキオネは品定めするようにこちらを見てそう告げた。
「うん。大丈夫。
でも地下でこんなによく手に入ったね」
「盗品市場があるのよ。
ちゃんと街中でも着ていられるのを見繕ったつもりよ」
盗品、という言葉には少し引っかかる。
そうでもなければ地下水路で衣服は手に入らないだろう。
売られるのも盗品ならば、購入のため支払われたキオネのお金も盗んだものだ。地下ではそうやって経済が回っているのだろう。
どうやら真っ当に生きる道は遠そうだ。
少なくとも今は、盗品に手を出さなければ着るものすらままならない。
「今はありがたく受けとらせてもらう。
でもいつかちゃんと自分のお金で服を買えるようになるよ」
「きっと遠い道のりね。
ちょっとどいて」
キオネに言われるがままその場から立ち退いて寝床へと腰掛ける。
彼女は並べてあった荷物から大きなザックを引っ張り出して、肩にかけていた小さなカバンからいくつか荷物を移すとそれを担いで、その上からカバンをかけ直す。
机の引き出しから物品を取り出してカバンへとしまい込むと、彼女の旅支度はそれで済んだようだ。
「さ、早くエリオチェアを離れましょう」
カバンの位置を整えて顔を上げたキオネ。
そんな彼女に悪くてつい謝ってしまう。
「ごめん。キオネまで街を出て行くことになって」
「別に気にしてないわ。
この町でやるべきことは済んだもの。ちょうど旅に出る頃合いだったのよ」
「ええと、ついて行って良いんだよね?」
キオネは首をかしげてから、大きく頷いて肯定する。
「そのつもりよ。
だってワタリはこの国のことも分からないし、カニ魔法だってきちんとした扱い方を知らないでしょう?
1人では旅をするのも、仕事を見つけるのも難しいわ。
しばらくは一緒に、流れ者同士仲良くやりましょう」
キオネが手を差し出す。
こっちの世界でも、握手の仕方は変わらないようだった。
しっかり手を握ると、キオネも握り返してくれる。
そのままなかなか離してくれない。
手から伝わるキオネの体温を感じて心臓の鼓動が早くなる。
何か言おうと口を開きかけたとき、キオネがぱっと手を離した。
「出発しましょう。
まずは東へ。一刻も早くカルキノス領を出るのよ」
キオネの言葉に頷き、部屋を出た彼女の後を追った。
地下水路から出た先は街を覆う壁の外側で、太陽の光に目を細める。
外から見ると要塞のような風貌の大都市エリオチェアを背後に東へ。
カニが神様としてあがめられ、カニ魔法の存在する異世界。
”真っ当に生きる”
その新しい人生の目標を胸に、カーニ帝国という新天地での旅が幕を上げた。
◇ ◇ ◇
街道沿いを歩きながら、キオネからこの国についていろいろ話を聞いた。
この異世界。とりわけカーニ帝国は、地球の文明で言えば中世くらいの技術水準で、政治的にも、宗教的にもそれに近いものがある。
カーニ帝国は皇帝と、所領を治める貴族や聖職者達によって統治されている。
エリオチェアの街はカルキノス家という太公家の所領。
ひとまずの目標は、このカルキノス領から外に出ることだった。
この世界には至る所にエビが住んでいた。
エビは多種多様で、川や池に住むエビも居れば、牧草地で放し飼いにされる、牛や豚のような扱いを受ける大きなエビも居る。
街道を歩いていると、幾度か荷車を引いたエビとすれ違った。
この世界における馬車の牽引力はエビだ。キオネ曰く、それをクルマエビと呼ぶらしい。
通り沿いに桃色に染まった木を見つけ、異世界にも桜はあるのかと駆け寄ったら、一斉に花だと思っていたものが飛び立った。
それもエビらしい。きっとサクラエビとでも呼ぶのだろう。
彼らは木で羽を休め、空を飛ぶのだ。
「知れば知るほど驚かされるばかりだ」
「私にはワタリの元いた世界の話の方が驚かされるわ。
古代生物の死骸を燃やして荷車を動かすだなんて」
「でも本当の話なんだ」
「信じてないとは言ってないわよ――何か聞こえた?」
キオネが突然顔色を変えて耳を澄ませる。
同じように押し黙って耳に意識を向けると、街道沿いにある林の中から女性の悲鳴が聞こえた。
「助けないと!」
「ちょっと待ちなさいよ!」
思わず走り出して林へと向かう。
キオネも待てとは言いつつもついてきてくれた。
林へと飛び込む。女性の声がはっきりと聞こえるようになった。
助けを求めるように叫び声を上げている。
茂みを越えると、少女が地面にうつ伏せになって頭を抱えている姿が目に入った。
大型犬ほどの大きさをした、厚い甲殻を持つエビが3匹、彼女へ群がるようにして襲いかかっていた。
「アーマーエビよ!」キオネが叫ぶ。
「今助ける!」
「無一文助けても良いこと無いわよ」
「でも襲われて困ってる! 助けないと!」
エビに体当たりを繰り返される少女を見て放っておけはしなかった。
日本ではごく普通の大学生だったが、今の自分には強力なカニ魔法がある。
自分の内側に居るカニを呼び覚ます。
身体の中からカニ魔力が溢れ、それは一瞬にしてカニの姿を形作った。
全高6メートル。濃緑色の甲殻に覆われた巨大なカニだ。
「待ちなさいって!」
キオネが目の前に立ち塞がる。
構えかけたハサミを止めて、彼女へと意思を伝える。
『どいてキオネ!
襲われてる子を放ってはおけないよ!』
「それは分かった。
でもあんたそのカニ制御できるの?
アーマーエビだけ狙って攻撃できるの?」
問われて、完全に動きを止めてしまう。
まだカニの身体の動かし方を把握しきれていない。
先ほどはオピリオ相手に、ただ考えなしにハサミを振り下ろしただけだ。
でも今は少女がエビに群がられている。
ハサミを振り下ろしたら、エビだけでは無く少女まで潰してしまう。
『ど、どうやったら制御できるの!?』
「経験を積むしか無い。
今のあんたには無理よ!」
「わたくしのことは気にしないで!
防御のカニ魔法があるので大丈夫です!」エビに襲われていた少女が叫ぶように言い放った。
「いや、大丈夫って言ったってこいつの魔力は――」
キオネが何か言いかけたが、少女の言葉を信じてハサミを振り上げた。
それを見たキオネは慌てて待避する。
少女をできるだけ傷つけないように。
構えたハサミを、槍のように真っ直ぐ突き出した。
ハサミがアーマーエビを捉える。
突き出した一撃は、一発でアーマーエビの甲殻を砕いて弾き飛ばした。
少女にもハサミが掠りはしたが、皮膚を覆うように現れたカニの甲殻によって彼女は守られていた。
攻撃を3度繰り返し、アーマーエビを一掃する。
襲撃していたエビが居なくなったのを見て、少女はよろよろと立ち上がった。
カニ魔法を解き、人の姿に戻って少女の元へと駆け寄る。
「ごめん。攻撃当たったけど大丈夫?」
「はい。全然大丈夫です」
少女は服についた土を払う。
確かに、服が汚れては居るものの彼女自身は全くの無傷のようだった。
「助けていただきありがとうございます。
今は何も渡せるものはないのですが、いつか必ずこの恩はお返しします」
少女はそう言って一礼すると、朗らかな笑みを向けた。
キオネよりも小柄。まさしく少女と呼んでしかるべきであろう年頃の女の子。
赤い髪を肩まで伸ばし横で1つ結んでいて、表情は柔らかく少女のあどけなさを残していた。
身につけた衣服は細やかな装飾がなされ、羽織っているマントは素人目にも質の良い高価なものだと言うことが分かる。
お金持ちの家の子供だろうか。
「恩を返す余裕があるなら護衛くらいつけなさいよ」
キオネが横から口を挟む。
その言葉に少女は「おっしゃる通りですね」と照れながら答えた。
返答をろくに聞きもせず、キオネは倒されたアーマーエビの残骸を靴の先でつついていた。
「――消えた。召還されたエビね」
キオネがつついていたアーマーエビの残骸が、空気に溶けるようにして光の粒となって消えていった。
その光景には目を見張ったのだが、キオネも少女もよくあることだといった風で、気に止める様子も無い。
「で、なんで一人旅なんかしてるのよ。
しかも旅するのに鉄顎も持ってないの?」
「鉄顎って?」
キオネが少女に問いかけたのだが、気になってしまって問いかける。
キオネはため息を1つつくと、ローブの内側に手を入れて”鉄顎”を取り出した。
それはカニ料理屋で見たことのある、カニの足を切るための調理用ハサミをそのまま大きくしたような代物だった。
「護身用の武器。旅には必須よ」
「なるほど」
カニ魔法が存在し、大きなエビが闊歩するこの世界では、旅の護身用武器はこの鉄顎なのだろう。
そんな風に一人で納得していると、少女が先ほどのキオネの質問に答える。
「いろいろありまして、鉄顎を失ってしまったんです。
護衛についてくれるはずの方も、事情があって来られなくなってしまいまして……」
「だとしたら準備を整え直すべきだったわ。
荷物も少ないし、それじゃあ長旅は不可能よ」
指摘されたことに少女はうつむき気味に「おっしゃるとおりです」と返したものの、真っ直ぐキオネの顔を見つめ直すと告げる。
「それでもわたくしには使命があるのです」
強い意思の籠もった視線。
それを受けてもキオネは冷ややかな目で少女を見つめる。
「それで死んだら元も子もないわよ。
というか、あれほど強力な防御魔法が使えるのにどうしてアーマーエビの相手してたのよ。
大体、なんで街道から外れてこんな場所に居るのよ」
今度の問いに、少女は何かを思い出したようにはっとして、それから顔を赤らめた。
「そ、そうでした! その――」
「済ませてらっしゃい」キオネが目をそらして告げる。
「はい。そうします!」
少女は慌てて奥の茂みへと入って行った。
何事か分からなくてキオネへと問う。
「どういうこと?」
「トイレよ」
キオネは端的に答えた。
悪いことを聞いてしまったと思うが、気を取り直して提案する。
「なあキオネ。
あの子困っていたみたいだし、助けてあげられないかな。
もし行き先が同じだったら、途中まででも一緒に――」
「本気で言ってる?」
言いかけた提案に対して、キオネは目を細めて強い口調で問いかける。
それに対して大きく頷いて見せた。
「放ってはおけないよ」
キオネは深くため息を吐いた。
それから口元を歪め、じとっとした視線をこちらに向けると問いかける。
「あの子がどうして、ろくな装備も持たず一人で旅してるのか分かってるの?」
「それは分からないけど。
――キオネは知ってるのか?」
問いかけると、キオネは渋い表情を浮かべる。
それから深く深くため息を吐いて、問いかけに対する答えを口にした。
「私があの子の荷物を盗んで、あんたが護衛につくはずの騎士をぶっ倒したからよ」
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