クラスレクリエーション
高校入学から一ヶ月が経とうとしていた五月の初め。
俺たちは一年生全員参加のクラスレクリエーションとして、
週末の土日を全て使い、一泊二日で山登りを行う。
土曜日に登り一泊した後、日曜日に下山をする。
せっかくの週末を潰さなくても日帰りでいいじゃんといった意見が毎年出るらしいが、そんな奴らも最後には満喫して帰ってくるとくもちゃんが言っていた。
クラスでの仲を深めるためと行われているが、特に協力する要素はなくただ山を登り頂上の山小屋に泊まって降りるだけだ。
「全員ちゃんと並べよー。全員揃ったクラスから、クラス委員が報告に来てくれ」
くもちゃんが生徒の前に立ち、整列させている。
拡声器も無しによく聞こえる声で指示を出していく。
その指示を聞きながら、体育着を着てリュックを背負った生徒たちが並んでいく。
まだ、大人数の整列には慣れないが大勢がきれいに並んでいくのは何度見ていても気持ちいい。入学式の整列では感動していたほどだ。しかし、今の整列をみると少しがっかりしてしまう。
入学から時間が経つにつれ、慣れからなのか緊張感というものが徐々に無くなっていく。そうすると、整列するときにきれいに並ばなくなっていくのだ。
もう一度入学式のきれいな整列を見られるのはおそらく卒業までないのだろう。
まあ、今の並びながら近くの友達と駄弁っている緩い感じも好きなのだが。
しばらくすると、生徒全員の出席が確認できたらしく今回のレクリエーションの説明が始まった。
「はい、静かにー! 今回お世話になるこの山のガイドさんから注意説明があるから、よく聞くように」
そう言ってくもちゃんが真ん中から移動すると、変わるようにガイドさんが真ん中に立った。
3人のガイドさんたちの自己紹介と注意説明が終わると、それぞれが登る準備を始める。
白詠山は頂上までは順調にいけば3〜4時間ほどで着く山だ。
コンクリートなどで舗装されているわけではないが、ある程度の整備はされているので、ガイドが付きっきりでなくても安全に登ることができる。そのため、俺たちが登る時はまとまる必要がなくバラバラに登るらしい。友人と登りたい奴は一緒に登ってもいいし、別に一人でもいいというわけだ。
頂上までに三つの休憩所があり、一応そこで担当教師に報告をしながら上まで登っていくことになっている。
俺は当然のように楓と登るつもりで楓に声をかけた。
「ぼく頂上まで登る体力ないよ」
不安そうな表情で登る前から自信のかけらもない発言をしている。
山を登るために大きなつばがついた帽子や山登りのためのシューズなどを身につけている。この日のために買ったものだが、サイズ感がおかしい。
身長だけではなく顔や手足なども小さい楓が帽子をかぶると、大きなつばのせいで楓より身長の高い俺から見ると顔が見えない。帽子と話しているような変な気分だ。
「昔から体力ないもんな」
幼い頃から一緒にいたから知っていることなのだが、楓にはとにかく体力がない。さっきの発言もぶりっこの女子が自分をか弱く見せるために言うような発言だが、楓の場合はそうではないのだ。
周りにいる誰もが心配になる程体力がない。
全国男子の平均を100としたら楓はおそらく10ほど、よくて15ぐらいだろう。家事や勉強などなんでもできるように見えるが、運動に関してはからっきしだ。
「俺が一緒についていくから、置いてったりしないから大丈夫」
「もしもの時はおんぶして頂上まで運んでね」
「頑張ります!」
そんな可愛い笑顔でお願いされたら断るわけにはいかない。
最初っからおんぶして行ってもいいぐらいだ。
そんなことを考えていると、もう一人の美少女もやはり現れるのだった。
「あの、私もついて行ってもいい?」
後から声をかけられ振り向くと、いつ見てもきれいな雪瀬が立っていた。
普段はおろしているサラサラの黒髪を今日は一つにまとめている。
教室での雰囲気とは違った感じで、男子生徒の何人かの視線は雪瀬に向いている。
身につけている山登りのための帽子や靴は他人と見比べると本格的に見える。
「もしかして、雪瀬って山ガール?」
「そこまで、本格的ではないとは思うけど父親の趣味でね」
「そうなんだ、すごい似合ってる」
この前の私服もそうだが、ファッションに関してはすごくセンスがよくおしゃれだ。あまりファッションに関心がない俺が見てもわかるぐらいだから相当に。
何が言いたいかと言うと、めっちゃ可愛い。
俺が服装を褒めると顔を一瞬で真っ赤に染めて俯き、消えそうな声で呟いた。
「ありがと」
俯いたせいで、赤くなった顔が帽子で隠れてしまう。
それを横から見ていた楓が冷ややかな目でこちらを見てくる。
「日真のたらし」
「たらし!?」
人生で初めてそんなことを言われた。
今まで同年代の女子とは全く話してこなかった人生だ。女子との接し方や話し方などはどこかずれているのかもしれない。しかし、こっちに引っ越す時に父親に教わった、女子と話す時は最初に見た目を褒めろと言うのは間違いだったのか?
「雪瀬さん、日真ってたらしだよね?」
「うん」
楓の質問に小さくうなずく。
雪瀬まで俺のことをたらしだと思っているらしい。
まさか、俺ってたらしなのか!?
父親のアドバイスを恨んでいると俺たちのクラスの出発時間がきたようだ。
「お前らぁ! いくぞぉ!!」
明らかに山に登る時には聞かない掛け声をくもちゃんが上げると、数人の男子生徒がそれに続いて声を上げたかと思うと、全力で山へと突撃を始めた。
男子の何人かは競争を始めるとは思っていたが、まさか教師が先導していくとは思わなかった。
「頂上まで競争じゃーい!!」
誰よりも元気なくもちゃんを先頭に山へと消えて行った。
静かになった待機場所に残っていた生徒も自分たちのペースで登り始めた。
「俺らもいくか」
「よし! 頑張ろう!」
「そうね、頑張りましょう!」
自信なさげにしてた楓もくもちゃんに当てられてかやる気十分。
雪瀬に関しては俺の前を歩き始めている。
初めての大きな学校行事に胸を躍らせながら、俺たちは頂上へ向けて登り始めた。
頂上へ向けて出発してから一時間と少し、俺たちはおそらく全生徒の一番後ろにいた。普通のペースで登れば一時間程で一つ目の休憩所に着くはずだったのだが・・・。
「日真・・・はぁはぁ・・・・・・もう・・・限界・・・」
ここまでかなりゆっくりだったとはいえ、順調に登ってきた楓が限界が来たらしく膝をついてその場に座り込んだ。
「まだ一つ目の休憩所についてないんだぞ!? 頂上まではまだまだあるんだけど!?」
楓は全力を尽くしましたといった表情で座り込んでいるが、他の人に取ってはまだウォーミングアップみたいな区間のはずだが。
「ぼくを置いて先に行ってくれー」
「そんなアニメで死亡フラグ立てる奴みたいなことは言うんじゃない」
まだ冗談を言えるのは身体的には限界なのかもしれないが、精神的には余裕がありそうだ。
正直な話、楓がここら辺で限界が来るのは察していたのであまり問題はないのだが・・・・・・俺の前では想定外のことが起きていた。
「雨戸くん・・・私も・・・・・・ダメェ・・・・・・」
のろのろと登ってきた雪瀬が楓の隣で膝から崩れ落ちた。
地面に手をつき四つん這いになると荒い息をゆっくりと整えている。
「雪瀬、父親が山登りを趣味にしてるって言ってなかったか?」
出発前に確かに言っていた。
見た目から周りの俺たちよりも玄人感が出ていたのだが。
「父親の山登りなんてついて行った事ないわ。 この服はついていくつもりで買ってもらったけど前日の夜に嫌になって、結局いかなかったわ」
「なんでそんな誇らしげなんだ!?」
ドヤ顔で初めて山に来ました宣言をされてしまった。
楓の早期ギブアップは予想していたが、まさか雪瀬まで登れないとは・・・
本気で楓を担いで登っていくつもりだったのだが、雪瀬までこの有り様とは予想もしていなかった。
「二人とも登れそうか?」
「「無理」」
息ぴったりでギブアップ宣言されてしまった。
どうしたものかと頭をかきながら辺りを見回すと、第一休憩所まであと300メートルと書かれた看板が目に入った。
「あと、三百メートルらしいけどひとまずそこまで頑張らないか?」
二人とも辛そうな顔をしながらなんとか立ち上がる。
話すことも億劫なのか無言で歩き始めた。
そんな二人の後ろについていきながら、残りの300メートルを登っていく。
「つ、ついたぁ!!」
ようやく一つ目の休憩所にたどり着くと、まるで頂上に到達した時のような声を出しながら楓が倒れ込んだ。
「とうちゃーく!」
楓より数歩遅れて到着した雪瀬も同じように倒れ込む。
まだ全体の半分も登ってもいないと言うのに、謎の達成感に包まれていた。
「二人とも体力なさすぎない?」
「女子の平均はこんなもんでしょ」
「そうだそうだ」
女子の平均はそんなに低くないし、楓に関しては女子じゃないだろ。
倒れ込んで動けなくなっている二人を眺めていると、第一休憩所の担当教師が近づいてきた。
「あなたたち遅すぎじゃない? 学年で最後だし、一個前にきたグループと三十分近く離れてるんだけど」
「そんなにですか?」
「もうついてるチームは頂上についてるわよ」
そう言われ自分の左腕についた腕時計に目を落とした。
「うわ! もう12時じゃん」
出発したのが9時前後だったはずだから、3時間近くは立っている。
それならもう到着しているグループもあるだろうし、俺たちのグループは明らかに遅い。
「暗くなる夕方の6時までには着ければいいんだけど、もう少しペースを上げられないかしら?」
このままでは時間内に頂上に到達するのは難しいという現実を突きつけられ、俺の後ろで倒れ込んでいた二人は絶望の表情を浮かべている。
「ま、まぁ頑張ります」
「そうね、できるだけ急いでもらえると助かるわ。 時間もちょうどいいし昼ご飯の休憩をとってから行きなさい」
「わかりました」
俺たちの到着が確認できると、先生は山を降りて行った。
一緒に泊まるわけではなく、何かあったときのためにふもとで待機しているようだ。
俺が遅くてすみませんと謝りながら先生を見送って、二人の方を見るとリュックを背もたれに伸びていた。
二人とも同じ体制で寝転び、空を見上げていた。手足には力が入っておらずだらんとしている。
「昼ご飯食べにいくぞ」
「「はぁ〜い」」
やる気のない返事と共によろよろと手を上げるが、立ち上がる気配はない。
「動くきある?」
「「なぁ〜い」」
完全に休憩モードへと移行した二人を動かすのは困難だと判断し、俺は3人分の昼食を買いに休憩所の売店へ向かった。おにぎりやらパン等々を買っていたのだが、動きすぎで気持ち悪いと言って楓はあまり食べなかった。そのせいで二人前の昼ご飯を食べて山登りをすることになった。
体力が尽きかけている二人をなんとか鼓舞しながら、午後も登り続けた。
二つ目の休憩所も無事突破し、登っていく。
決してペースが上がることはなかったが、このままいけば7時ぐらいには着きそうだ。ペースが上がらない限り6時に着くことは不可能だと思う。
途中、雪瀬が急に動かなくなったり、疲れて寝始めた楓をおぶって登ったりとしわ寄せが全部俺にのしかかってきたが、最後の休憩所まで到達し後は頂上に登るだけとなった。
「後は頂上に登るだけだ」
「おー」
「zzz」
「おーい、寝るな楓」
気を抜くとすぐに寝る楓を揺すって起こす。
あたりはすでに日が沈み始め夕日でオレンジ色に染まっていた。
「もうここに泊まろうよ」
眠そうに目を擦りながらそんなことを言ってくる。
「それができるなら、俺もそうしたいよ」
一人で登ればなんともなかったが、この二人をつれて登るだけで倍疲れる。
俺の体力もすでに限界が近く、できるなら俺だってすぐに寝てしまいたい。
しかし、そんなわがままが許されるはずもなく登り切るしかないのだ。
「日が沈む前に登り切るぞー!」
俺は勢いよく腕を上げ、おー的な同意を求めた。
「・・・」
「・・・」
「二人とも登り切る気あるよな?」
大きな不安を残しながらも俺たちは頂上へ向けて再び登り始めるのだった。
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