楓の夕飯
6日目
弁当対決最終日。
再び我が家のインターホンがなった。
昨日と違うのは時刻が既に夕方の6時を迎えていたことと、天気が悪く少し肌寒いこと。
「お邪魔します」
今日の雪瀬の私服も昨日とは違いとてもいい。
あまり女性のスタイルの話をするのは失礼で良くないとは思うが、雪瀬は同学年の女子と比べるとモデルのような綺麗な体型をしていると思う。
背丈は平均より高く背すじも綺麗に伸びている。胸もそれなりにあるわけで、そんな雪瀬がセーターを着ると目のやり場に困ってしまう。
「その服似合ってるな」
あまり意識しすぎるのも良くないが、反応しないのもよくないと思い。
俺は思ったことをそのまま伝えた。
「ありがと」
少し恥ずかしそうにしながら笑う姿は、始めて会ったときのイメージそのものだった。
今はかなり違うイメージになっているが。
「いい匂いね」
キッチンから玄関まで漂ってくる匂いにどこか期待を膨らませている様子。
普段は喧嘩腰の二人だが、今日は仲良くしてくれることを祈る。
「俺はずっとこの匂いを嗅がされてて、もう腹が限界だよ」
1時間ほど前から楓は調理を始めていた。
午前中に何を作るかを散々悩んだ結果、カレーを作ることに決めたようだ。
しかし、いつものカレーでは味気ないのでどうしようか悩み無水カレーというのを作るらしい。
俺は雪瀬と一緒に昨日夕食を食べたテーブルに座った。
盛り付けるものはそんなにないからと楓が全部準備してくれた。
俺たちの前にはスパイシーな香りを漂わせるカレーと付け合わせとしてサラダが置かれた。
「これが無水カレーなのね。見た目はそこまで違いがないように見えるけれど」
雪瀬が興味深そうに目の前のカレーを観察している。
「水を入れないだけで、そこまで作り方に違いはないから」
エプロンをつけキッチンに立っている楓が説明を始めた。
「玉ねぎとかの水分が多い野菜を使って水分をとっているから、野菜の旨味がたっぷりなんだって。 ぼくも始めて食べるから楽しみだよ」
作り方を簡単に紹介している楓はどこか楽しそうだ。
普段は少し仲が悪そうとはいえ俺以外の人に話をできるのが嬉しいみたいだ。
「それにしても」
カレーを見ていた雪瀬の視線が説明をしている楓に移る。
「井晴くんエプロン似合うわね」
「え?」
話が急に変わり楓が驚いている。
俺も雪瀬がそんなことを言うタイプだとは思っていなかった。
「なんか悔しいわ」
雪瀬は至って真剣に楓を見つめながら言っている。
決して茶化したりしているわけではないようだ。
「ちょ! あんまりじろじろ見られると」
楓が顔を赤く染めながらも体を捻り始めた。
「あら、ごめんなさい。決して変な意味はないわ。ただ可愛いと思っただけよ」
雪瀬がド直球に楓を褒め始める。
いや、楓は男だから褒めているのか?
昨日まで顔を合わせたら不機嫌オーラを出していたのに何か怪しい。
何かよからぬことを考えての行動かと睨んではいたのだが、俺は一つの考えに至る。
この子、もしかして天然なのか。
昨日までの常識のずれはもしや天然でやっていたのかもしれない。
「さ、冷めちゃう前に食べよ」
耐えきれなくなったのか、慌ててエプロンを脱ぎテーブルに座った。
俺のいただきますの合図の後一斉に食べ始める。
最初はメインのカレーから。
「おぉ!! 普段食べてるのより旨味が! 旨味がすごい気がする!」
正直、旨味とかよくわからないけれど普段作るカレーよりも美味しい気がする。
「何旨味って?」
楓に突っ込まれてしまった。
「なんかこう、野菜の旨味ぎゅっみたいな?」
「絶対よくわかってないのに言ってんじゃん」
「うまいのは本当だからいいだろ」
そんなイチャイチャトークを繰り広げている横で、雪瀬は無心にカレーと食べていた。
俺たちが見ているのにも気づかずにただただカレーをスプーンで口に運ぶ。
今日の雪瀬なんかおかしいぞ。
「雪瀬さんはどう? おいし?」
楓が感想を求めると我に帰ったようにこっちを見た。
「美味しすぎて夢中になっていたわ」
「そこまでじゃないと思うけど・・・」
「いや、これは天才よ!!」
謎の大絶賛。
そこまで雪瀬の口に合うものだったのか。
「今度作り方を教えてもらえないかしら」
「別にいいけど」
「それじゃまたいつか教わるためにお邪魔するわ」
「いつでもどうぞ」
今日の二人の雰囲気はすごくいい。
昨日までの険悪な空気は全く感じられない。
なんか仲良くなるきっかけでもあったのかな。
「雨戸くんも冷めないうちに食べたら?」
そう促され俺も止まっていた手を動かした。
「美味しかったわ、井晴くん」
「どうも」
そう言うと、小動物のようにマグカップを両手で包むように持ちお茶を飲む。
その行動はどこか照れ隠しにも見える。
今日は二人の空気は悪くはないが、特にこれといった話題はないみたいだ。
「そうだ、日真。結局どっちがよかった?」
おそらく楓は何気なく俺に聞いただけだったのだろう。
しかし、雪瀬の雰囲気は明らかに重くなる。
「そうね、勝負の結果が気になるわ」
雪瀬も持っていたマグカップを置いてこちらを覗き込んでくる。
「結果発表は明日じゃなかった?」
当初の予定では結果を決めるのは明日の昼となっていたはずだが。
「よく考えたら明日まで待つ必要もないしね。ねぇ井晴くん」
「そうだねぇ、もう決めるための勝負は全部終わったんだし、今すぐにでも聞きたいなぁ」
二人が俺に迫ってくるように感じる。
実際にはその場から動いてはいないのだが、オーラみたいなのが体に巻きついてくる感じがする。
ホラー映画で悪霊に追いかけ回される主人公の気分は今の状況と同じ気がする。
「でも、その、考える時間というか、もっと悩まなきゃというか・・・」
俺は必死に言い訳を探した。
今どちらかを選んだら確実にこの後の空気が最悪になり、二人のマウントの取り合いがまた始まってしまう。
それだけはなんとか回避しなければいけない。
「三十秒時間をあげるわ」
「さ、三十秒!? それはなんでもみじか・・・」
「1」
三十秒の地獄のカウントダウンが始まった。
「2」
まずいまずい、どうすればいいか考えろ
「3」
そりゃどっちも美味しかったし、グルメライターでもない俺に優劣をつけるのは・・・
「7」
好意を持ってくれてる雪瀬を選べば、今後の楓との生活が気まずくなる気がする。最悪ご飯を作ってくれなくなるのかも。
「15」
でもでも楓を選べば、せっかく俺のためにアピールしてくれている雪瀬に申し訳ないし、俺だって雪瀬のことはもう少し知ってみたいし。
「22」
あああああ!! わからん。 究極の選択だ。
初恋の美少女(男)との同居生活を守るか。
告白してくれた美少女(天然)と今後の関係をとるか。
どちらかを選べばどちらかと気まずくなるのは確かだ。
「27」
あぁもう時間がぁ
「28」
ごめんなさい、なんでもしますから助けてください
「29」
神様ぁぁぁ命だけは、どうかお助けください
「30」
「はい、結果をどうぞ!」
カウントダウンが終わりもう俺は逃げられない。
思考は全くまとまっていないがひとまず頭の中に浮かんだことを叫んでみた。
「ど、どっちも永遠に食べていたいくらい美味しかったです!
こ、こ、これからも末長くよろしくお願いします!!!」
全力で叫びながら椅子から飛ぶように立ち、綺麗な九十度で頭を下げていた。
「「は?」」
「あ、」
とてつもなく意味不明なことを叫んだかもしれないと、だんだん冷や汗が出てきて体の血が引いていくのがわかった。
結局どっちも選んでいない。
優柔不断な性格が最悪な場面で出てしまった。
「日真がそう言うなら、まぁそれでもいいのかな」
俺が顔を上げると、顔を赤くした楓が人差し指で頬を掻きながら俯いている。
ん? 楓は怒ってないぞ?
「私もそれでいいかな・・・」
雪瀬も同じように赤い顔でもじもじし始めた。
なんだ? どっちも怒ってないぞ?
その後、どちらも全く話さなくなりその場は自然と解散となってしまった。
楓の喜び①
謎の結末を迎えた日曜日の夜、楓はいつもより早く風呂に入っていた。
「わかってるよ、日真あれはぼくのことを選んでくれたんだよね」
独り言を呟きながら、白く細い体を泡で洗っていく。
触れれば簡単に折れてしまいそうなほど細く綺麗な手足。
体の上から汚れを落としていく様子はどこか嬉しそうだ。
「優しい日真だからあの女に気を使ったんだよね、そのぐらいわかってるさ」
腕や首回りを洗い終わると次は脚を洗い始める。
鼻歌まじりに一日の汚れを綺麗に落としていく。
体が洗い終わるとシャワーで一気に泡を落とし湯船に向かう。
「うぅさむいなぁ。なんでこの家は室内に浴槽がないんだろ」
露天風呂へと繋がる扉を開けると冷たい空気が流れ込み、体を急激に冷やしてくる。
早歩きで湯船に向かうと急いで肩まで浸かった。
そして、小さな声で呟いた。
「また日真の告白が聞けてよかった。 もうぼくに興味がなくなってたのかと心配したよ。 ずっと一緒だよ日真」
小さな小さな呟きは冷たい海の風にかき消された。
椿の歓喜①
家に帰宅して急いで入浴を済ませ部屋着に着替えると、すぐにベットに入った。
部屋の電気を消し自分だけの空間を作ると手に持つスマホの画面をつけた。
雨戸くん 夕食 4/10
雨戸くん 夕食 4/11
光る画面には写真フォルダが映し出された。
たくさんある写真を上から下へと忙しなくスクロールしていく。
「雨戸くんが私と永遠に一緒にいたいって」
写真を眺めながらだんだんと息が荒くなっていく。
「私もよ雨戸くん」
写真に映る少年に向かって話しかける。
「永遠にそばにいるし、欲しいものはなんでも用意するからなんでも言ってね。 私も雨戸くんが幸せになれるように頑張るから」
スマホを抱きしめたり眺めたり、くらい部屋の中で何度も繰り返す。
「最初はあの子が邪魔だと思っていたけど、よく考えたら男だしただ一緒に住んでるだけよね。私と雨戸くんの間には決して入れないわ」
自分に言い聞かせるように話す。
「心配しなくても大丈夫よ、私が幸せにしてあげるからね雨戸くん」
写真フォルダにある写真を一つずつ表示しては眺め、別の写真に移るたびに歓喜の声を上げる、
フォルダの写真すべてを開き終えた頃、部屋は少し明るくなっていた。
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