お弁当ファイト 7day

 1日目


 次の日の昼休み。

 やはり、俺と楓と雪瀬の三人で机を合わせ昼食をとっていた。

 急に決まった、謎の弁当勝負は七日間の日程で行われることとなった。

 昨日の入学式が月曜日に行われたため、今日火曜日からスタートになる。

 まず、今日から金曜日までの四日間、楓と雪瀬の作ってきた弁当を毎日食べる。

 なぜ交互ではなく、毎日どちらも作ってくるのかと突っ込んだら睨まれたので、毎日二つ弁当を食べる。

 次に土日には、土曜日の夕食を雪瀬が日曜日の夕食を楓が作り勝負することとなった。

 土日もやるなら弁当で勝負する必要なくない?と突っ込んだら、また睨まれたので、土日は二人の作った夕食を食べて判断することとなった。

 そして週を跨いだ月曜日の昼休みに勝敗を俺が決めるという流れになっているらしい。

「はい、今日の分だよ。雨戸くん」

 言葉の語尾にハートがついてそうな言い方で、今日も弁当を出してきた。

「お、おう。ありがとな」

 自慢でもなんでもないのだが、俺は雪瀬に弁当を作ってくれとは一言も頼んだ覚えはない。

 しかし、自分に行為を持ってくれている女子の思いを無下にできるはずもなく、俺は雪瀬の弁当をありがたくいただくしかないのだ。

「雪瀬の弁当は・・・」

 昨日、雪瀬が作ってきた弁当はLOVEの文字が書いてあり、とてもじゃないが教室では食べにくかった。結局は食べたのだが。

 そんなこともあり、恐る恐る弁当の蓋を開けると。

「おぉ!ぉお? すごい量だな・・・」

 弁当の中を見て驚きと不安が同時に襲ってきた。

 弁当を見たときの感情ではないことは俺も理解している。

 四角い正方形型の弁当箱は、中身が九つに仕切られていて色々な種類の料理を少しずつ詰められるようになっているのだが・・・。

「雪瀬さんこれは?」

「ふふ、雨戸くんは男の子だからこういうの好きかなって」

 弁当の中は茶色い揚げ物で埋め尽くされていた。

 唐揚げを筆頭に、コロッケ、カツ、天ぷら、ポテトなどで九つのスペース全てが埋め尽くされていた。

 野菜と呼ばれる緑色の食材はおろか、米などの主食と呼ばれる炭水化物すら見当たらない。 

 昨日の弁当を見た時点で、なんとなく思っていたことだが雪瀬さんてもしかしてずれてる?

「揚げ物は嫌いではないけれど・・・流石にこの量は・・・」

「嫌だった?」

 上目遣いで泣きそうな目を向けてくる。

 だからそれはダメだって! 抵抗できないでしょうが!!

 このレベルの美少女にこんなことをされて抵抗できる男子高校生はまずいないはずだ。

「いえ、大好物です! いただきます!!」

 もちろん俺も抵抗できずに、笑顔でいただくことにした。

 そんなやりとりをつまらなそうに見ていた、もう一人の美少女(男)は眩しすぎる笑顔で話に入ってきた。

「はい、日真! ぼくのお弁当はこれね」

 昨日の夜の怒りはどこへやら、あの恐ろしい地獄は引き連れていないようだ。

「それじゃあ、楓の弁当はっと」

 もう一つの弁当を開けると、茶色一色の弁当とは違い満遍なくたくさんの料理が入っていた。

「おぉ! 気合入ってんなぁ」

 煮物などの和食を中心としたおかずに竹の子の炊き込みご飯。弁当箱とは別に持ってきていた魔法瓶には豆腐の味噌汁までついていた。

 さすが、昨日ずっと仕込みをしていただけあって豪華だ。

 そして楓は俺の好きなものを的確についてきた。

 米農家だったこともあってか、うちの食事は朝食を抜けば和食が多かった。そのため、出汁などを使った日本食が一番舌にしっくりくるのだ。

 俺が、楓が作った弁当の蓋を開けると周りの男たちから歓声が上がった。

 昨日のやりとりを聞いていた奴らが勝手に観戦者として盛り上がっているらしい。雪瀬の弁当を開けたときに絶句の表情を見せていたが、雪瀬がそいつらを見ていなくて本当によかった。

「日真は和食が好きだもんね」

 楓がどこか勝ち誇った表情で雪瀬の方を見ている。

「ほんのちょっぴり、雨戸くんの好きな食べ物を知ってたからって調子に乗らないでよね」

「好きな食べ物を知らないからって、その弁当はちょっと」

 蔑んだ様子で雪瀬の弁当に目を向けた。

 楓ってこんなやつだったか?

 普段見せない楓の一面は新鮮な感じはするが、ちょっと怖い。

「これの何が悪いっていうの? いいじゃない揚げ物」

 雪瀬はやはり価値観がズレているらしい。

 いいという度合いを遥かに超えてきている量なんだが。

 二人はしばらく睨みあった後、息を合わせたかのようにこちらを向いた。

「「早く食べて!!」」

「い、いただきます」

 俺は今日も二人前の弁当を食べた。

 そして、一つの発見があった。

 揚げ物は適度に食べるから美味しいのであると・・・

 当たり前だ。



 2日目


 また次の日の昼休み。

 当たり前のように三人で机を並べ昼食をとっていた。

「はい、今日の弁当だよ、日真」

 今日は楓が先に弁当を取り出した。

「チッ」

 右にいた楓から弁当を受け取ると、左から舌打ちが聞こえた気がした。

 急いで左を向くが、笑顔の雪瀬がいるだけだった。

 まさかこんな美少女が舌打ちなんてな。

 おそらく俺の聞き間違いだろう。

「フッ」

 次は右から鼻で笑う声が聞こえた。

 急いで首を右に回すと、笑顔の楓がいるだけだった。

 まさかこんな美少女(男)が相手を馬鹿にしたように鼻で笑うなんて。

 おそらく俺の聞き間違いだろう。

 俺は怖くなって考えるのをやめた。

「よっし! 今日の楓の弁当は」

 蓋を開けると、なぜか俺より期待している周りの男集団から歓声が上がる。

 だから、お前らは一体なんなんだ。

 そんなことは置いておいて、今日の楓のお弁当は定番と言った感じだった。

 主食の白い米があって、おかずには卵焼きや唐揚げなどが入っていて、添えられたミニトマトなどで彩もバッチリだ。

「今日もうまそうだなぁ」

「えへへ、ありがと」

 嬉しそうに笑う楓はやっぱり可愛い。

 そんな楓を見て、周りの男連中の一人が気持ち悪い声を漏らしたのは聞き流すことにした。

 しかし、当然?のように完璧な弁当に不満を漏らす美少女がいた。

「ふん! 野菜が少なすぎるんじゃないかしら? もっと野菜を入れたら?」

 昨日の弁当作った人がそれ言っちゃうの? といったツッコミを周りの人間全員が心の中で入れると、ドヤ顔をした雪瀬が今日の弁当を取り出した。

「私の今日のお弁当はこれ、いっぱい食べてね」

 また語尾にハートがついたような言い方で俺の前に弁当を置いた。

 昨日の件もあり、もはや俺は爆弾処理班の気持ちだった。

 楓の弁当を嬉々として見物にきていた男連中も目線を逸らし始めやがった。

「わー嬉しいなー何が入ってるんだろー」

 俺は棒読みで弁当の蓋を開けた。

 嫌な予感というものは9割ほどの確率で当たるものだ。

「えっと・・・これはまた個性的で・・・」

 皮肉を混ぜて言ったつもりが雪瀬には全く響いていない。

「ありがと、雨戸くん」

 笑顔でめちゃくちゃ嬉しそうにしているが、褒めてないからな?

 今日の雪瀬の弁当は、昨日とは180度変わったのか360度回って一周したのかわからないが、緑一色だった。

 オールグリーン・・・

 大きな底の厚い弁当箱にレタスを敷き詰め、その上に千切りキャベツや茹でた小松菜やらほうれん草やら・・・とにかく緑色の野菜が大量に詰められていた。

 しかも、ノン・ドレッシングだ。

 やはり、どこか感覚がズレている。

「今日は健康に気を使ってみました! そこの野菜少なすぎの誰かさんが作った弁当とは違って栄養満点!」

 腰に手を当て誇らしげに楓を見下している。

 確かに栄養はあるかもしれないが、偏りすぎだろ!

 見た目が美少女だから最初は好印象なイメージだったが、だんだんそのイメージが崩れてきたぞ。

 なんで、この弁当で勝ち誇れるんだよ!!

 もはや、才能と言える感覚を誰も指摘できないでいたが、俺の右に座る美少女(男)は違った。

「雪瀬さんはバランスって言葉を知らないのかな?」

 煽っているようにしか聞こえない楓の言い草に、雪瀬も反論する。

「何を言ってるのかな? 井晴くん。 昨日は揚げ物だったから今日は野菜でバランスをとってるんじゃない」

 どうやら雪瀬は、一食区切りでは栄養を見ていないらしい。

「普通、食事の栄養は一食単位で見るものだと思うけど?」

 確かにそうだ。

「雨戸くんはそんな普通に囚われる男じゃないんです!」

 そうなのか?

「日真の何を知ってるの?」

 出会って三日目ぐらいか。

「全てよ!」

 大きく出たな。

 楓と雪瀬の言い争いは、楓が一言話すと周りも頷き、雪瀬が一言話すと周りは首を傾げていた。

 一見、雪瀬が不利に見えるが、雪瀬本人が気にしていないため勝敗がつくことはない。睨みあいはしばらく続いた。

 俺はこの二人の言い争いを仲裁できる気がしないので二人の気をそらす作戦に出た。

「いただきます!!」

 二人の言い合いを遮るような大声を出すと、一瞬驚いたようにこちらを見て両方黙り込んだ。俺はなんとか、教室がブリザードに襲われることを防ぐことに成功した。

 勢いのまま二つの弁当を食べ始めたが、野菜がきつすぎる。

 海外では、サラダにドレッシングをかけないで食べるという話を聞いたことがあるが、ここは日本だ。せめて、ドレッシングをかけて欲しかった。

「美味しい?」

「最高です!」

 素材の味を生かしまくった弁当を食べる俺を見て、嬉しそうな表情を浮かべこちらを見つめる雪瀬の手前、残すなんてことはできなかった。

 そして、その様子を哀れみの目で見てきた男集団を絶対に許さないと心に誓った。



 3日目


 俺は学校に行きたくなかった。

 善意であの強烈な弁当を食わされるのは正直キツすぎる。

 昨日の野菜などは後半は生命の危機を感じたほどだ。

 今日は一体何が出てくるのかと考えただけで、胃がいたくなってくる。

 しかし、昼休みはやってきた。

「おい、なんだあれ」

「今日こそ雨戸、死ぬのか」

 おいおい、俺に聞こえるように物騒なことをいうんじゃない!

 そんなことを言いたくなるのもわからなくはないが・・・

 3日目の昼休み、いつもより教室がざわついていた。

 昨日、一昨日までは少し多いと感じる量の弁当?を持ってきた雪瀬だったが、今日は比べ物にならないほどでかい。

 雪瀬は机の上に乗った鍋を前に不気味な笑みを浮かべている。

 鍋の下にカセットコンロが置いてあることは突っ込んだほうがいいのか?

 あまりに異様な光景に、昨日まで好戦的だった楓も流石に引いている。

「あのぉ今日は随分と大きいですね」

 俺はまた皮肉を込めて言ってみるが雪瀬には通じない。

「楽しみにしてた?」

 純粋すぎる眩しい笑顔を向けられた。

「あ、えっと、すごく楽しみでした!」

 自分の顔が引きつっているのがなんとなくわかる。

「ちなみに、今日のメニューは・・・」

 なんとなく、鍋から立ち上る湯気と香る匂いから、ある程度の想像はつくが一応聞いてみる。

「昨日と一昨日は水分と刺激が少したりない気がしたから、今日はチゲ鍋よ!」

 は!? チゲ鍋!? とクラス全員が思っただろう。

 当たり前だ!! 学校の弁当にチゲ鍋持ってくるやつがどこにいる!!

 残念ながら目の前にいる。

「そんな小さなお弁当じゃ雨戸くんたりないんじゃない? 男子高校生の食欲を舐めないほうがいいわ」

 そんなことを男子高校生に向かって申しております。

 いくら男子高校生の食欲がすごいとはいえ、学校の昼飯に鍋を食う高校生はいないだろ。

「それじゃあ、どうぞ。いっぱい食べてね」

 規格外の弁当、もはや弁当でもなんでもないそれは俺の机に君臨した。

「あ、あ、あ、あ」

 もはや、言葉が出てこない。何これ? どうすればいいの??

 あまりクラスの他の奴らとは話してはないが、一人ぐらい俺にも食わせろ的なノリで助けてくれるやつがいると信じて周りを見回した。

 あいつは、この前話しかけてきたやつ・・・

 スッ

 後ろの方に座ってるいかにも食いそうなガタイのでかいやつ・・・

 スッ

 俺が慈悲を求める視線を送ると、斜め下に視線を向ける。

 あいつら・・・

 面白そうなことには首を突っ込んできて、ヤバそうだと感じたら離れていきやがる。

 やはり、許さん。

 あいつらとはとても楽しい学校生活が送れそうだ、そんな気がした。

「食べないの?」

「い、いえ、いただきます」

 結局誰の助けももらえずに一人で食べ始めることになった。

 しかし、学校で鍋を食うとは、考えたこともなかったな。

「日真、これはぼくの分」

 今日の楓の弁当はオムそば弁当だった。

 めっちゃくちゃうまそうだったが、チゲ鍋のインパクトが強すぎた。

 そのせいもあってか、今日の楓は大人しい。

「大丈夫か?」

「なんともないよ」

 普段の笑顔で返事を返してきたが、どこか無理をしている感じかする。

「火つけるね」

「おう」

 おう、じゃねーよ!

 なんか流されるままに鍋温め始めちゃったんですけど。

 グツグツと音を立てて鍋が暖まってきた。

 なかなかに強烈な香りを教室中に漂わせ、廊下まで流れ出ている。

 何事かと隣のクラスの奴らまで廊下から見物にきてしまった。

 後に俺は、入学早々美少女二人に囲まれながらチゲ鍋を食べる男として学校の伝説となるのだが、それはまた別のお話。



 4日目


 むしろ、ここまで来ると何が出てくるのか楽しみになってきた。

 揚げ物の主菜、生野菜の副菜、チゲ鍋の汁。

 こう考えると、主食となる米とかがきていない気がする。

 昨日、鍋持ってきたからなぁ炊飯ジャーとか持ってくるのかなぁなどと考えて午前の授業を過ごしていると、すぐに昼休みはやってきた。

 俺は今日は炊飯ジャーで三合ぐらいの米オンリー弁当を予想していた。

 しかし、予想の遥か斜め上から4日目の弁当は襲いかかるのだった。

「今日は金曜日だし、デザートね」

 雪瀬は語尾にハートをたくさんつけた甘々な言い方で、甘々なケーキを出してきた。

「デザートですか・・・」

 いや、金曜日関係ないだろと言いたかったがこの四日間で分かった。

 この美少女には常識が通用しないことに。

 ド田舎からきたからと言って、俺と楓が世間の常識とかけ離れているとは考えにくい。

 今の時代テレビのドラマなどで見ていれば、俺たちが世間一般の行動をしていることはわかる。

 入学式で新入生代表を務め、この美貌を持っているのだ。ほとんどの人は、天が雪瀬 椿に多くを与えすぎていると羨ましがっているだろう。しかし、天は足した分はしっかりと引いていたのだ。

 そう考えなければこの常識のずれは納得がいかない。

「いやぁおいしそうだなぁ」

 それと、俺は本能的に雪瀬に逆らうことはできないということもわかっている。

「それにしても、今日はあまり量はないんだな」

 今日唯一の救いは、昨日のチゲ鍋のような馬鹿げた量はないということ。ケーキをワンホールで持ってこられていたら、胸焼けでぶっ倒れるところだった。

 なぜか今日はケーキが一切れ、よくケーキ屋などで見かける一人用サイズしかない。

「ケーキが美味しいのはわかるけど、砂糖の取りすぎはよくないからね」

 1日目に油の塊を押し付けてきた雪瀬に俺は注意されてしまった。

 なぜ、そこは世間と同じ尺度なの?

 もう、基準が全くわからないがひとまず今日は助かった。

「日真、その・・・ごめん・・・」

「ん?」

 なぜか楓が申し訳なさそうに今日の弁当を渡してきた。

 どうしてかわからないが、ひとまず蓋を開けてみることにした。

「おぉおう、そういうことか」

「まさかケーキが来るとは思わなくて・・・」

 今日楓が作ってきたのは、フルーツサンドだった。

 最後に替え玉弁当として作ってきたのだろうが、まさかケーキを持ってくるとは思わずに似たようなものになってしまったのだ。

「まぁ仕方ないな」

 楓が持ってきたコーヒーを飲みながら二人の弁当を食べていく。

 もはや、弁当とはかけ離れているのだが・・・

「ご馳走様でした」

 四日間の中で初めて余裕を持って昼食が終わった。

「井晴くんも、なかなかやるわね」

 机に肘をつき、顎を手に乗せて楓の方を見ている。

 雪瀬さんまさか、あの弁当で楓と互角だと思ってらっしゃる?

「雪瀬さんは個性的だね」

 おそらく皮肉たっぷりの笑顔で返すも、雪瀬には伝わっていない。

「ふふ、ありがと」

 だから、それは褒められてないぞ?

「ここまではほぼ互角といったところ? 決着は土日ね」

 本当に互角と思ってたのか。

 もう、明日の夕飯が不安すぎる。

 土日の勝負本当にいるか? 

 というか、なんでこの勝負って始まったんだっけ?

 んー?? まじで、なんでこんなことしてんだ?

「なんで、この勝負してんだっけ?」

 二人に向けて聞いてみると、二人ともしばらく考え同じ答えが帰ってきた。

「さあ?」

 誰も勝負が始まった理由を知らないなんて、俺はなんのために昨日のチゲ鍋を平らげたんだ。

「土日の勝負ってやる必要ある?」

「「ある!!」」

 勝負に理由はなくてもお互いに負けるのは嫌なようで、勝負は最後まで続くこととなった。




楓の苦悩②

 

 楓は夜の露天風呂でぷかぷかと浮いていた。

 今日も海に向かって、誰にも言えない愚痴をこぼす。

「あの女、本当におかしいんじゃないの?」

 この四日間の出来事を思い出すだけで怒りが込み上げてくる。

 いく宛のないその怒りは、やはりお湯にぶつけられるのだった。

「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ!」

 お湯に浮かんだまま、両手を交互にお湯に叩きつける。

「はぁ・・・・・・日真と一緒にいていいのはなのに・・・」

「どうにかしてあの女を日真から離さないと」

 右親指の爪を噛むようにして、何かを考え始める。

 楓が一人の時に見せる本人も気づかない癖だった。

 蒼い月明かりに照らされながら考え続ける。

 しばらくして、不敵な笑みを浮かべた。

「でも、一緒に暮らしてるぐらいだから、日真だってぼくのことが好きだよね」

 お湯に浮かんだまま、胸の前で祈るように両手を握った。

 とても幸せそうな表情で目を瞑る。

「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる・・・・・・。」

 静かな夜の空間に波の音だけが聞こえてくる。

「愛してるよ日真」





椿の悩み①


 金曜日、学校が終わり家に帰ると雪瀬 椿は台所に立った。

「雨戸くんが好きなものは・・・」

 スマートフォンを取り出し、写真フォルダーをスクロールしていく。


 雨戸くん 夕食 4/5

 雨戸くん 夕食 4/6

 雨戸くん 夕食 4/7

 雨戸くん 夕食 4/8

 雨戸くん 夕食 4/9


 上から順番にフォルダを開き、大量の写真を眺めている。

「んー、あまり参考にはならないかも」

 スマホを持っていない左手の人差し指を顎に当て、あざとく首を傾けてみる。

 その間も大量の写真は高速で上から下にスクロールされていく。

 どんどん上に流れていく写真には全て雨戸日真が映り込んでいた。

「はぁぁ、どんな角度でもかっこいいわぁ 雨戸くぅん」

 顔をほんのりと赤く染め、持っていたスマートフォンを胸に抱きしめる。

 息を荒くして床に座り込んだ。

「でも、何が好きなんだろう?」

 誰もいない台所で自分に問いかける。

「私の作ったものだったらなんでも喜んでくれるよね」

 冷蔵庫から食材を取り出し、明日に向けて準備を始めた。

 リズムよく野菜を切りボウルに入れていく。

「ふんふふん、ふふふんふん」

 鼻歌まじりに手際よく下準備を行う。

「これなら雨戸くんも大喜びね」

 準備は深夜まで続いた。


 



 

 

 

 

 



 

 

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