第五話「事件の核心へ」

 コレットに自殺を強要していただなんて、もう完全に怒りました。

 死を与える瞬間だけではなく、ずっと恐怖を与えていただなんて、許せるわけがありません。

 わたくしは再び一日前の懺悔室に戻り、コレットの様子を伺います。


「そういえばコレット。マルセルちゃんはお元気ですの?」


「え? うん、元気だよ! 教会でいっしょに暮らせるようになってから、体調もいいみたいなの。今日も教会のお手伝いを頑張ってくれてるよ」


「それはよかったですわ。大切な妹さん。目を離してはいけませんことよ」


 話を聞く限り、この時点ではマルセルちゃんは誘拐されていないようです。

 誘拐されてコレットが脅されるのは、この後の出来事に間違いありません。

 懺悔室での密談を終えたわたくしは、ディロックにマルセルちゃんの監視をお願いすることにしました。



  ◇ ◇ ◇



「監視は分かりましたが……仮に誘拐が起こるとして、手出しせずに追うだけでいいのですか?」


 馬車を操りながら、ディロックが質問してきます。


「ええ、わざと泳がせておくのですわ。どこに連れ去られるか分かれば、犯人の正体に近づけるかもしれませんもの」


 それにマルセルちゃんが誘拐される事実があれば、パトリック王子やドミニエル様に助けを求めやすくなるというものです。説得力が増しますからね。

 マルセルちゃんに怖い思いをさせるのは心苦しいものの、我慢していただくしかありません。



  ◇ ◇ ◇



 ディロックと共に夜を徹して教会を見張っておりましたところ、マルセルちゃんは明け方に誘拐されていきました。

 敵は顔を隠しており、どこの誰かもわかりません。

 敵の馬車の追跡をディロックに任せ、わたくしは屋敷の者にお願いして王宮へと急ぎました。


 儀式が執り行われるのは日の入りの瞬間ですので、もうあと半日しか猶予はありません。

 王子にお会いするなら謁見えっけんのお願いをするのが筋ですが、未来予知しているなんて言えませんので、強引に押しかけます。

 こういう時に婚約者の立場とは便利なものですね。



 しかし城門を抜け、宮殿に向かう途中でわたくしの目に聖女のローブをまとった女性が映りました。

 広大な庭園の中でひとりたたずむコレット……。

 彼女は暗く沈み込んで、心ここにあらずというようです。

 わたくしは馬車を降り、彼女の元に駆け出しました。


「コレット!」

「エクレール! マルセルが……マルセルが……」


「皆まで言わずともわかっております。……マルセルちゃんがさらわれたのですね? そして、神の祝福を受けるつもりならば毒を飲め……とでも脅されているのですよね?」


 そう告げると、コレットは目を見開いて驚きました。


「なぜそれをっ?」

「理由なんてどうでもいいのです! 大事なのはコレットとマルセルちゃんの命。いったい誰に脅されているのです?」


「……わからないの。自分の元に来たのは、どこの誰ともわからない使いの者みたいで……」


 それは確かにそうなのでしょう。

 どうせ顔を隠していたのでしょうし、この一日を何度繰り返していても、敵は尻尾を見せませんでしたから。

 わたくしはコレットの肩を強くつかみ、彼女の瞳をまっすぐにみつめました。


「決して毒は飲まないで。マルセルちゃんはわたくしが必ず助け出して見せます。わたくしを信じて」



 その時、遠くから怒声が飛んできました。


「エクレール! なにをしているっ?」


 男性の苛立った声に振り向くと、パトリック王子が近づいています。

 その後方には教皇ドミニエル様もいらっしゃいました。


「これはこれはパトリック殿下、ごきげんよう。今日はお願いがあってまいりましたの。聖女様を偶然お見掛けしましたので、ご挨拶しておりましたのよ」


「ふん。挨拶とは聞いてあきれるわ。彼女は僕が招いているのだ。我が客人をいじめるなど、ほとほと愛想が尽き果てるわ!」


 ……困りましたわ。取りつく島がありません。

 今までのイジメの噂がアダとなっております。


「王族のしきたりとはいえ……、このような性悪なものをめとらねばならぬとはな。幼き日の純粋さはどこへやら。そなたも他の貴族と同じくけがれてしまいおって……。そなたに心の清らかさがあれば、何を捨ててでも愛そうと思えるものなのにな」


「心の清らかさ? それは例えばコレット様のような?」


「……まあ、確かに彼女は清らかと言えよう。彼女ほどの清廉さを持つのならば、この命を捨ててでも守って見せよう」


 パトリック王子はそう言って、尊大に胸をはりました。



 ……よく言えましてね。

 肝心な時には腰を抜かしているだけの臆病者ですのに。

 コレットが死にそうなとき、あなたは一度でも寄り添ってあげたのでしょうか。


 あの無様な姿を何度も見せつけられていると、いい加減ムカムカしてまいります。

 気が付くと、わたくしの手は王子の胸倉をつかんでおりました。


「この臆病者が、偉そうに言っているんじゃありません。命を捨ててでもなんて、言うことはたやすいですわ! 肝心な時には立ち上がれない腰抜けではありませんか!」

「こ……この……。無礼な!」


 その時、ドミニエル様がわたくしたちの間に割って入ってきました。


「まあまあ、エクレール様。公爵家の令嬢ともあろうお方が、そのような汚いお言葉を使うものではありません」


 穏やかな声で場を鎮めようとお思いなのでしょうが、何度も何度も頼りにならない姿を見せつけられているわたくしとしては、うんざりした気持ちが収まりません。

 わたくしは王子の鼻先に指を突きつけました。


「ふん。ドミニエル様がおっしゃりますので、このぐらいにいたします。いいですか、パトリック殿下。婚約破棄をお告げになるのは結構。わたくしとしても望むところですわ」

「なぜ……それを……?」


「わたくしの目をあなどらないでくださいませ。あなたがコレットにかれていることぐらい、お見通しですのよ! 彼女を大切になさりたいなら、全身全霊を持ってお守りなさい。いいですね!」

「は……はい……」


 王子は言葉が出なくなったようで、呆然としながら地面にへたり込みました。

 やっぱり腰抜けです。

 そんな情けない姿を尻目に、わたくしは王宮を後にすることにしました。



  ◇ ◇ ◇



「あああーっ! し、失敗しましたわ……。わたくしのお馬鹿!」


 屋敷へと戻る馬車の中、叫ばずにはいられませんでした。

 王子に協力を取り付けるつもりが、大変な暴言を吐いてしまいました。

 コレット、本当にごめんなさい……。

 せめて、がんばってマルセルちゃんを救い出すしかありません。



 その時、後方から大変な勢いで迫ってくる馬が見えました。

 馬上を見ればディロックの姿。

 おそらく敵の根城を見つけたのでしょう。

 わたくしは馬車を降りて、小声でディロックに問いかけます。


「ディロック、場所はわかりまして?」

「はい。山あいの王城跡でした」


 王城跡とは、この国の初代の王が戦乱の時代に使っていたお城です。

 戦乱で破壊された後は、無人となって打ち捨てられております。周囲には豊かな自然があふれておりますので、幼い頃には遊びに行ったものです。

 普段は無人のはずですので、確かに隠れるにはうってつけかもしれません。


「城門に入るところまでは確認できましたが、見張りが多く、救出は困難です……。俺一人なら侵入できるんですが、子供を連れて脱出するとなると、難しい……」


 ディロックは険しい顔で珍しく首を横に振りました。

 でも、わたくしには一つ心当たりがありました。


「わたくしにいい案がありますわよ。……あの王城は戦乱の世に使われていたもの。地下にいざというときの隠し通路があるのです。そこを使えば、城内に侵入できるはず」


「隠し通路? よく知ってましたね……」


「ええ。幼少時に王城跡で遊んでいた折、パトリック王子が使い方を教えてくれましたの。古い文献で見つけたとかで、二人だけの秘密基地でしたね。……あの頃はわたくしも彼も無邪気な子供でした……」


 そうつぶやきながら、背後にそびえる王宮を振り返ります。

 このことを思い出せたのも、先ほどパトリック王子に会ったからかもしれません。


 そう言えば彼……純粋さや清廉さがどうとか言っておりました。

 性悪とののしられたわたくしが言うのもなんですが、彼は幼い頃からあまり変わっていらっしゃらないのですね。

 毒蛇の巣のような王宮の中で純粋さを保てているなんて、案外、芯のある男性です。



 その時、ディロックがわたくしに熱い視線を投げかけてくれました。

 あら、どうしたのかしら?

 王子のことを考えているとバレたのかしら。

 ドキドキしていると、至極まじめな顔でおっしゃります。


「お嬢様、王城跡まで来てくれますか? ……隠し通路の入り方を教えて欲しい」


「あ……あら、そうね。……ええ、もちろんですわよ。お力になれることがあれば、なんでもおっしゃって!」


 ちょっとドキドキしたのに損をした気分です。

 ディロックはディロックで、ちょっと不真面目さを覚えていただきたいものですね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る