第四話「頼もしき味方」

 懺悔ざんげ室でのコレットとの密談を終え、ひとまず屋敷に戻ることにします。

 これからあと一日の間に、何ができるのでしょうか。

 結婚の儀の時に矢が放たれたわけなので、大聖堂の中に射手がいたに違いありません。

 その賊の対処が必要なわけですが、さて、どうしたものか……。



 揺れる馬車の中で考えあぐねていると、ディロックが馬車の御者ぎょしゃ台から振り返りました。


「お嬢様。そんなに手を握りしめて、何かあったんですか?」


 彼の視線はわたくしの左手に注がれています。

 まさかこんな小さな変化に気付かれるなんて、彼の観察眼には恐れ入ります。

 魔法陣が見られるだけで神罰が下ると分かったので、絶対に見られまいと、こぶしを握りしめていたのです。


「あ……、ええっと。……コレットからのろけ話を聞いたせいで、ついつい興奮してしまったんですの」


 少し苦しい言い訳と思いながら、わたくしは怪しまれないように手の力を抜きました。


「へぇ……。お嬢様も恋愛話に興味があったんですね。王子との婚約を断るつもりな上に、うわついた話も聞かないので、てっきり興味がないと思っていました」


「わ、わたくしだって興味ぐらいはございます!」


「そうですか……。王子でも無理なら、どんな相手がお嬢様にふさわしいのでしょうね」


 ディロックは一瞬だけ無表情になった後、前方を向きなおしました。

 その彼の横顔を見つめながら、言葉が続けられなくなってしまいます。



 だって本当の気持ちなんて、言えるわけ……ないじゃありませんか。

 ディロック、あなたをお慕いしているだなんて。

 素直に想いを伝えたとして、満足いく答えがもらえる気がしないのです。

 想いを拒絶されでもしたら死にたくなるでしょうし、もし受け入れられても、貴族と使用人の立場だから受け入れてくれたのかもしれません。

 なんの立場も関係ない『わたくし自身』を想ってくれている証拠なんて、手に入れられるわけがないのですから。

 こればっかりは、時戻しの魔法を使っても解決できない気がします。


 同じ身分違いの恋愛でも、堂々と行動できてしまうパトリック王子がうらやましい限りですね。



 するとディロックが思い出したようにつぶやきました。


「それにしても、ついに明日が結婚の儀なんですね。これまでお嬢様の計画を随分と手伝わされたので、終わると思うと肩の荷が下りる気持ちです」


 彼は清々したように肩を回します。

 確かにこれまで随分と頼りきりだったので、無理もありません。

 コレットとの密会の場を作ってくれるだけでなく、王子とコレットを結びつける計画のために王宮に忍び込んでくれたわけで、我ながら無茶ばかりを言ってしまいました。

 王宮への侵入は外壁をよじ登るという話ですので驚きですが、彼のたくましい体つきを想像するに、確かにやってやれないことはないかもしれません。



 そのとき、ふと一つのひらめきが浮かびました。


「あの……ディロック。明日の結婚の儀の時、大聖堂に忍び込むことはできますでしょうか? 怪しい賊がいたら取り押さえてほしいのです……」


「……おそらく近衛騎士団が待機するので、なかなか難しいですね……」

「そう……ですか」


「しかし、俺ならなんとかできると思います。王宮に忍び込んだこともありますからね」

「よかった! では……」


 ディロックの頼もしい言葉に身を乗り出したとき、彼は険しい表情で振り返りました。


「……そもそも、怪しい賊が心配なら、騎士団に依頼すればいいのでは? 俺がバレると、お嬢様まで疑われる。……明日でこういうことをしなくて済むようになるので、よかったと思っていたんです」


 そのディロックの反応は当然のもの。彼に嫌われたくないので、これ以上の頼みはすべきではないかもしれません。

 でもわたくしには不安がありました。


「騎士団には……頼れませんわ。もし……もし仮に王子がコレットを選ぶつもりだと周囲にバレているのなら、平民を王太子妃にしたくない者が動いてるかもしれないのです。それこそ、他の王族にしてみれば疎ましいことこの上ないでしょう。だから……」


「だから、王族の直属である近衛騎士団がそもそも信じられない。……そういうことでしょうか?」


 ディロックはわたくしが言いたかった言葉を放ちました。


「そ……その通りです!」


「なるほど。……しかし、それはお嬢様の予感でしかありません。そのために俺が動けば、さきほど言った通りにお嬢様が疑われることも……」


 あぁ、魔法のことを伝えられないことがもどかしい!

 わたくし自身は確かにこの目で見ていますので、コレットが襲われることに確信があるのです。

 証拠もないのに、どうすれば納得してもらえるのでしょうか……。



 わたくしが唸りながら頭を抱えていると、唐突に頭をポンポンと撫でられました。

 驚いて視線を上げると、ディロックが柔らかな表情で目を細めています。


「仕方ありませんね。……今回だけ、特別です」


「どういうこと……? だって、まだ説得できていませんわ」


「……聖女様が心配。その気持ちだけで十分です。でも、本当に最後にしてくださいね」


 そう言い放って、ディロックは笑います。

 その優しい笑顔がたまらなく愛おしくて、まともに直視できません。

 呪いのせいでまともに説明できなかったのに、理屈を抜きにして信じてくれた。

 あざむあざむかれることの多い貴族社会の中にあって、コレットやディロックの微笑みはなにものにも代えがたい宝石のようです。


「このお礼は、必ずいたしますわ!」


 ディロックの協力が得られれば百人力。

 わたくしの不安はすっかり消え去ってしまいました。



  ◇ ◇ ◇



 そうして訪れた結婚の儀。


「我が婚約者、エクレール・ルヴニールよ。そなたは神の祝福を受けるには相応しくない! 婚約を破棄し、今ここで聖女コレットを我が妃とする!」


 ……そんな、以前と寸分たがわないパトリック王子のセリフのあと、おとずれたのは悲劇でした。

 屋内にいる賊はディロックが取り押さえてくれる姿が見えたのですが、今度は窓の外から矢が飛んできたのです。

 賊が一人だけだと考えたのは誤算でしたので、わたくしは即座に時戻しの魔法でやり直しを決断いたします。



 そこから先の出来事は、本当に単調な物語でした。

 同じように懺悔室でコレットと会話をし、

 同じように馬車の中でディロックにお願いをし、

 同じように王子から婚約破棄を宣言され、

 同じようにコレットは死ぬ。

 毎回異なると言えば、それはコレットの死因でしょうか。

 知り得た死に方に対策するたびに、新たな死に方でコレットは殺されたのです。


 何人かいた賊を行動不能にしてもらっても、今度はシャンデリアが落下してきました。

 シャンデリアの落下位置を知ったわたくしは事前にコレットに注意を促しましたが、立ち位置が変わった後はシャンデリアは落下してこず、代わりに祭壇上の神像が倒れ込んできました。

 良すぎるタイミングで巨大な神像が倒れ込んできたときには、思わず笑ってしまいましたね。さすがのわたくしも、時を繰り返しすぎておかしくなっていたかもしれません。

 その後の繰り返しの際にディロックに祭壇を調べてもらいましたが、動くように細工がしてあったので、人為的な事故に違いがありません。


 次々と増える無理難題にさすがのディロックも頭を抱えていましたが、それでもすべて対策してくれたので感謝してもしきれません。

 何と言っても、コレットを殺そうとする者の決意の固さには感動すらおぼえるほどでした。

 ……絶対に許しませんが。



 そして繰り返すこと十度目の儀式において、死因はコレット自身の服毒自殺でした。

 ありとあらゆる外的要因を取り去ったのに、コレットは聖女のローブの中から小瓶を取り出し、自殺を図ったのです。

 わたくしは本当に訳が分からず、祭壇に駆け上りました。


「コレット……なぜ? どうしてあなたが自殺を選ぶのです? 昨日まで笑いあっていましたのに……!」


「ごめ……んね、エクレー……ル……。妹が捕らわれて……るの……」


「妹……? マルセルちゃんが捕まってるのですかっ?」


 コレットにはマルセルという名の幼い妹がいます。

 昔は貧しい暮らしのせいで病気がちで、コレットが治癒の魔術を身に着けたのも、妹さんを守るためだったと聞いたことがあります。

 コレットが聖女として認められたおかげで妹さんも教会の保護下に入れていたはずですが、まさか捕らわれていただなんて……。


「エクレールは……無茶をしないで、幸せに……」


 絞り出すように言葉を紡いだコレットは、笑顔を作り、そしてそのまま消えるように息を引き取りました。

 この笑顔は、せめてわたくしに罪悪感を抱かせないためのものなのでしょうか。

 彼女の瞳からは涙がこぼれ落ち、床を濡らしました。


 彼女が儀式に躊躇ちゅうちょしていたことを思い出します。

 ……魔法陣に向かってなかなか足を踏み出せなかったことを。

 ……その前から表情が暗かったことを。

 彼女はおそらく、自分の死の運命を知っていた。

 それなのに、わたくしは背中を押してしまっていた……。



「コレットを抹殺するために、ここまでやるのですか? わ……わたくし、絶対に許しません! 絶対に、絶対に!」


 どこにいるとも知れない敵に向かって叫びました。

 すると、慰めてくれるように教皇ドミニエル様が寄り添ってくれます。


「おぉ……。聖女コレットは我が教会でも貴重な魔術の使い手でしたのに、痛ましい……」


 そして息を引き取ったコレットへと祈りをささげてくれます。

 遠くを見ると、腰を抜かしてへたり込んでいるパトリック王子の姿もあります。

 そういえば、彼らに助けを願い出たことは一度もありません。

 わたくし自身が表向きにはコレットを虐げる悪女を演じておりましたので、できる限り彼らとの接触を避けておりました、

 しかしもう、背に腹は代えられません。

 大きな力を持つ二人の助けがあれば、コレットを救えるかもしれませんから……。



 そうこうしているうちに、左手がじんわりと熱く火照ほてりはじめました。

 これは魔法陣に魔力が満ちた合図。

 次こそ最後としましょう。

 必ずや黒幕を打倒し、コレットと共に明日を迎えるのです。


 ――時よ、お戻りなさい。

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