第二話「奇跡の代償は」
魔法とは、本当に奇跡なのですね。
矢で射抜かれたはずのコレットが生きている。
……この嬉しさは、いったいどう例えればいいのでしょう。
涙せずにはいられません。
そしてようやく暗さに目が慣れてきて、自分が今どこにいるのかもわかってきました。
ここはコレットが聖女としてお勤めする教会の、
わたくしはコレットに秘密の相談があるとき、罪の告白を装ってこの場所を訪れておりました。
……ここであれば誰が会話したのかも聞かれませんし、秘密も守られますから。
特にわたくしは幼い頃からいたずら
ちょうどいいので、コレットとの密談に利用させていただいていたのです。
暗い小部屋の中ですので、コレットの顔が見えません。
本当はこの懺悔室を飛び出して彼女を抱きしめたいところですが、表向きのわたくしは彼女をイジメぬいている悪役令嬢ということになっていますので、必死に衝動を押さえます。
「コレット、よかったですわ! 助かったのですね?」
今の状況はよくわかりませんが、コレットが生きているなら、他の事は取るに足らない
しかしコレットが返した言葉は予想外のものでした。
「助かったって……どういうことなのかな? 私はいつも通りに元気だよ。……それよりも、明日の結婚の儀の相談が途中なのに、エクレールが急に黙っちゃって……」
「ちょ、ちょっとコレット。今なんと? 明日の結婚の……儀? 誰と……誰の?」
「えっと……もちろん、エクレールとパトリック殿下の結婚の儀だよ。エクレールが言ってた通りに殿下から求愛を受けてしまって、どうすればいいのか相談してたところ……」
……コレットの言葉を聞いて、ようやく思い出しました。
今は結婚の儀の、ちょうど一日前。
そろそろ王子がコレットに自分の気持ちを伝えている頃だと踏んだので、こうしてコレットと密会していたのです。
ちょっと待って。
ちょっと待ってくださいね。
これはまるで、事件の一日前に戻ったようではありませんか?
間違いなく、これは魔法の結果です。
まさか過去にさかのぼれるとは!
コレットの死の運命を
わたくしの欲望が元になっているわけですから当然かもしれませんが、本当に都合のいい力を授かったものです。
コレットと軽くお話をしたところ、矢を刺された記憶があるわけでもなさそうです。
時を戻す前の記憶が残っているのはわたくしぐらいと考えて問題ないかもしれません。
……ということは、人間関係で失敗してしまったとしても気軽にやり直せるわけです。
ちょっとした未来予知だって可能ということ。
あら、あらあらあら。
なんだかとっても心躍るではありませんか!
ちなみに、何百年も昔まで戻れるのかしら?
……いえ、それはきっと難しいでしょうね。
今回は懺悔室の中に座っている状態で戻ったわけですから、過去の時点のわたくしに戻れるだけの魔法と考える方がよさそうです。
「あの……エクレール? ずっと黙ってるけど、大丈夫……かな?」
わたくしがあれこれと考え事をしていたところ、コレットがおずおずと話しかけてきました。
「え? ……あぁコレット、ごめんなさいね。問題なくってよ」
「もし体の具合が悪ければ、私が診ようか? 癒しの魔術は得意だから……」
「わたくしはいつも通り、元気にあふれていますわよ。……それよりコレット! わたくし、素晴らしい魔法を身に着けたみたいなのです!」
「魔法……? 魔術ではなく、魔法?」
コレットがいぶかしむのも無理はありません。
わが国では魔法と魔術は明確に区別されており、魔法は王族のみに伝わる別格の物と位置付けられているからです。
――まず『魔術』とは、生命力や自然の力の流れに関与して超常的な結果をもたらすもの。
すでにその場にある力以上の奇跡は引き起こせません。
――それに対して『魔法』とは、神に授かった魔力を行使して、現実には起きえない本当の奇跡を起こせるもののようなのです。
魔法はあまりに強大で特別なため、王族以外には存在自体を
知り得るとすれば、神の祝福の儀式に関わる一部の聖職者と、王族との結婚を目前にした貴族のみなのです。
とにかく未来を知っている身としては、コレットに起こる悲劇を伝えないわけにはいられません。
「大切なお話があるのです。明日の結婚の儀で事件が起こり、コレット……あなたが殺されてしまうのです。犯人が誰なのかはわかりませんが、どうにか回避しなくては……」
「えっと……どういうこと、なのかな?」
「事件の時にわたくし、うっかりと魔法を授かってしまいまして……。どうやら過去に戻れる魔法が使えるようになったようなのです!」
そのように説明した時、再び落雷のような激痛が全身を襲いました。
同時に懺悔室の仕切りの向こう側でドサリという物音がし、苦しそうなうめき声が聞こえてきます。
わたくしは何が起こったのか訳も分からないまま、不安に駆りたてられて問いかけます。
「……コレット? コレット、どう……なさったの?」
問いかけても、返事はありません。
懺悔室の小部屋同士を仕切る窓をのぞいても、向こうの部屋は暗くて何も見えませんでした。
「……しかた……ありませんわ」
密会していることがバレる危険がありますが、隣の小部屋に行くしかありません。
激しい頭痛で意識が
……しかし目の前の光景に、わたくしは息をのみました。
「誰ですの?」
意味が解りません。
……そこには見知らぬ老婆の姿だけがありました。
シワだらけのお顔や指。衣服はコレットと同じ聖女のローブですが、肝心のコレットの姿はどこにもありません。
「ここに……わたくしと同い年の聖女がいたはずですが、どこに行ったの……です?」
そう問いかけても、老婆はしわがれた声で、うわごとのように何かをつぶやくだけです。
その時、彼女の首元にありえないものを見つけてしまいました。
「……その首飾り、わたくしがコレットに贈った手作りのもの……。どうして……なぜあなたが……それを……!」
そんな風に言葉を紡ぎながら、頭の中ではもう答えが出ています。
信じたくない。
そんな、まさか。……ありえない。
よく見れば、その老婆の顔立ちにはコレットの面影がありました。
「……コレット? ……う、嘘。なんでこんな……?」
――その時、神の声が聞こえました。
『我が奇跡の秘密をもらした者には罰を。――罰を』
――罰?
魔法の秘密をもらしてはならないなんて、聞いた覚えはありません。
事が過ぎたあとに伝えてくるなんて、神はなんと理不尽なのでしょうか……。
あぁ、コレット。
わたくしは何も知らなかったのです。
魔法にこんな呪いがこめられていただなんて……。
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