時をかける悪役令嬢 ~腰抜け王子に婚約破棄されたくて聖女と共謀したのですが、聖女がどうあっても死んでしまうので【時戻しの魔法】で気が済むまでやり直します~
宮城こはく
第一話「婚約破棄は計画的に」
「我が婚約者、エクレール・ルヴニールよ。そなたとの婚約を破棄し、今ここで聖女コレットを我が妃とする!」
結婚の儀の真っただ中。
大聖堂に響き渡るパトリック王子の言葉に、儀式に参列する方々からどよめきが広がりました。
王や教皇もあっけにとられたように、わたくしたちを見つめています。
わたくし――公爵令嬢エクレールが王太子妃となる未来を断たれたのですから、皆さまの驚きも当然のものです。
でも、わたくしは内心でほくそ笑みました。
やった。やりました!
パトリック王子から見事にその言葉を引き出させてみせました!
すべてはわたくしが王子から解放されるための計画だなんて、誰もが思いもよらないでしょうね。
王子が婚約破棄を宣言し、聖女コレットを選んでくれた。
これで計画は完璧です。
とにかくわたくしは、身分違いの恋が許されない現実にうんざりしておりました。
本人の気持ちを無視して行われる婚姻に、昔から大いに不満だったのです。
わたくしは我がルヴニール家につかえるイケメン執事ディロックのことをひそかにお慕いしていますし、平民出身である聖女コレットは王子をひそかにお慕いしておりました。
でも、あまりにも身分の異なる想いは実るわけもなく、あきらめざるを得ない……。
そんな現実を
わざと王子に嫌われるために悪役令嬢エクレールを演じてきたのも、すべてはこの日のためでした。
「エクレール……ずいぶんと余裕のようだな。そなたが聖女コレットに行った嫉妬に満ちた数々の所業、すべて聞き及んでおるぞ。申し開きの言葉もないのか?」
怒りの形相で追及してくる王子に、わたくしはうやうやしく頭を下げます。
「いいえ、何も返す言葉はございません。……すべてはパトリック殿下の
ちなみに嫉妬に満ちた数々の所業とやらは、全てわたくしが広めた『嘘』です。
王子がわたくしを見限ってコレットを選ぶように、裏で色々動いておりました。
純情で感情的なパトリック王子だからこそ、平民のコレットを勢いで妃に選んでくれる。
王子もどうやらコレットに想いを寄せていると分かっていたからこそ、今回の計画を思いついたのです。
ちなみに、結婚の儀式さえ行えば王太子妃になれることは確認済みです。
我が国の王家のしきたりとして、この儀式で『神の祝福』を受けたものを守る義務があると聞きました。
神の祝福とは『魔法』のこと。
魔法によって自らを栄えさせてきた王族は、神に祝福された者なら身内に引き込むしかありません。
すでに儀式は最終段階ですので、魔法陣の中にコレットが入るだけで儀式は終わるわけなのです。
わたくしがしおらしいことに満足したのか、パトリック王子は祭壇の傍らに立つ男性に呼びかけました。
「……教皇様、お騒がせしてしまった。では、改めて詠唱の続きをお願いしたい」
「う……うむ。殿下がおっしゃるならば……」
おひげの豊かな教皇ドミニエル様は、王子にうながされるままに再び聖典を唱えはじめます。
すると祭壇の上に描かれた魔法陣が徐々にまばゆい光を放ち始めました。
あとはコレットがほんの数歩を歩むだけで、新たな王太子妃の誕生を迎えるのです。
……ところが、彼女はなかなか一歩を踏み出してくれません。
これまでに散々相談してきましたし、覚悟も決まっているはずですのに、表情は重く暗いままです。
このままですと皆の動揺が収まり、王も儀式の中止を言い出しかねません。
「あ……あの、その。わ、私に妃が務まるのでしょうか? ……それに、この魔法陣はエクレール様のために開いたもの……」
そう
「聖女コレットよ。そなたの
なかなかに酷い言い草ですけれど、そう仕向けたのはわたくしですので、甘んじて言葉を受け入れます。
わたくしも祭壇を見あげ、壇上に立つコレットに呼びかけました。
「コレット様。パトリック殿下のご判断とあらば、わたくしは身を引くしかございません。どうぞ、魔法陣の中央へ……」
そんな言葉と共に、強い視線でコレットの背を押します。
ようやく覚悟を決めてくれたのか、コレットも大きくうなづいてくれました。
「……で、では」
そう言って、コレットは緊張の面持ちのまま魔法陣へと歩み始めます。
心なしか手が震えているようですが、王族の仲間入りをするのですから緊張は無理もありません。
彼女が王太子妃になった暁には、わたくしがあらゆる手段で彼女を守りましょう。
あと少し。……あと少し。
期待に心臓が高鳴ります。
その時、空気を切り裂くような音が聞こえ、コレットの歩みが止まりました。
そして……コレットは、崩れ落ちるように、床へ……。
え?
な……なに?
なにが起こったの?
わたくしは何がなんだかわからないまま、祭壇の上に横たわるコレットに目を向けました。
その胸には矢が刺さっており、純白のローブがみるみると赤く染まっていく……。
「コレット!」
嘘よ。
嘘、嘘……。
大聖堂の、それも儀式の最中に矢が飛んでくるなんて、あり得るわけがない!
わたくしは無我夢中で祭壇に駆け上がり、血に濡れたコレットの傍らにうずくまります。
矢は……ああ、なんてこと。
彼女の胸の真ん中に……突き刺さっておりました。
弱々しく開くまぶたの奥で、可愛らしい瞳はわたくしを見つめます。
「エクレール、ごめ……んね……」
……そして、その後にはなんの言葉も……続くことはありませんでした。
「コレット……コレットォォ! そんな……なぜ? ……なぜっ?」
……何度呼びかけても、もう彼女は動かない。
……私の親友の目は虚空を見つめたまま、瞬きひとつすることがない。
目の前の事実を受け入れることなんてできるはずもなく、わたくしは首を横に振り続けます。
「エクレール様、どうかお下がりくだされ! そ……そこは危ない。賊の侵入かもしれませぬ!」
祭壇の下では教皇ドミニエル様が取り乱しております。
大聖堂の真っただ中……ましてや王族の結婚の儀でこのような惨劇が起るなど、前代未聞なのでしょう。
祭壇の上ではパトリック王子が腰を抜かして無様に倒れております。
妃に選んだ女性が大変なことになっているのに、駆けつけもせずに腰を抜かしているなど、やはり昔から変わらぬ臆病者……。
こんなことだから、わたくしは彼に愛想をつかしたのです。
「パトリック殿下、エクレール様。早くお下がりくだされ! 聖女コレットは……もう、お亡くなりに……」
ドミニエル様は必死に叫び、手招きします。
でも、その言葉を受け入れるなんて、できるわけがありませんでした。
コレットが亡くなっただなんて――そんなこと、認めるわけにはいかないのです。
だってコレットはほんの少し前まで、わたくしと語らいあっていたのですよ?
昨日だって、この儀式のための打ち合わせをしたばかり。
幸せを願って送り出した彼女が死んでしまうなんて、そんなことを受け入れるわけにはいかないのです。
「……エクレール……様?」
困惑した表情のドミニエル様を見据え、わたくしは立ち上がります。
「認めない。……コレットが死んだなんてこと、わたくしは認めません!」
そう言い放った瞬間、周囲がまばゆい光に包まれました。
驚いて足元に視線を落とすと、魔法陣が光り輝いています。
その時になって、ようやくわたくしは気付きました。
――自分自身が魔法陣の中に入っていたことに。
コレットの傍らにうずくまった、まさにその場所こそが神の祝福を受ける魔法陣の真っただ中だったのです。
驚きのままに周囲を見渡すと、魔法陣の外の風景が止まっておりました。
逃げまどう参列者たちが片足を上げたまま止まっている。
間近に立つドミニエル様やパトリック王子、そして王も、瞬きひとつせずに硬直しておりました。
『――
どこからともなく、唐突に声が響きました。
――これは神の声。
前もって結婚の儀の手順を知らされておりましたので、そう確信しました。
この国に伝わる『神の祝福の儀式』は、この国を守る『神』との問答によって執り行われます。
神の前では偽れず、ありのままの欲望がさらけ出される……。
欲望は力となり、それぞれに特別な『魔法』となって
「わたくしの欲するもの……そんなもの、決まっております! このような理不尽の拒絶。わたくしはコレットの死など認めないのです!」
――そう言い切りました。
罪なき者が理不尽に奪われる世界など、あってはならないのだから。
その時、全身を激痛が襲いました。
この身に落雷を受けたと錯覚するほどの猛烈な痛みが全身を駆け巡り、その痛みは左手の内側に収束していきます。
神経が焼き切れたかと思う激痛に耐えながら左手を広げると、手のひらの中央に小さな魔法陣が刻まれておりました。
『我が祝福を与える。魔法陣に魔力が満ちし時、願えば望みは叶えられよう』
「願え……ば? だったら……今です。コレットに訪れた……理不尽の回避を!」
かすれる声を振り絞り、天を仰いで叫びます。
すると同時に左手の魔法陣はまばゆく輝き、やがてすべてを真っ白に染めてしまいました。
◇ ◇ ◇
「――――……っ!」
まるで目が見えなくなったかのように真っ白な世界。
しかしそのあと、唐突に周囲が暗闇に包まれました。
何が起こったのかもわからず動揺していると、すぐ近くから女性の声が聞こえます。
「エクレール? エクレール、どうしたの?」
……その柔らかい声は、聞き覚えがあるどころではありません。
長く親しんできたコレットの声。
何が起こったのかわかりませんが、一つだけ確かなことがあります。
矢で射抜かれ、息を引き取ったはずのコレット。
しかし、今は変わらず可愛らしい声でわたくしを呼んでくれている。
その奇跡に、涙せずにはいられませんでした――。
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