第53話 悪魔との契約者
先に攻撃を仕掛けたのは俺の方だった。
「……」
俺は長い草が生い茂る地面が抉れるほどの力を込めて右足を踏み込んだ。
そして、そのまま姿勢を低く保ちつつ、瞬間的にトップスピードを出して一瞬でシェイクジョーの懐に入り込む。
最後に敵が俺の圧倒的なスピードに驚嘆している隙に——刀を抜き出して横に一閃をお見舞いする。
「どうした? 私は一歩も動いていないぞ? その程度が?」
しかし、シェイクジョーは余裕綽々と言ったような態度で口元を歪めると、俺の攻撃を意図も簡単に弾いた。
シェイクジョーは文字通りその場から微動だにしなかった。
では、何がどうやって攻撃を止めたのか。
一旦距離を取って、視野を広くしてシェイクジョーの姿を観察するとその答えはすぐにわかった。
「……魔法か?」
仁王立ちをしているシェイクジョーの背中からは、それぞれ色が異なる七本の触手が生えているのがわかった。
俺の攻撃を弾いたのは、どうやらあの触手のようだ。
強大な魔力を孕んだ七本の触手は、少し掠るだけでも相当な威力がありそうだった。
「半分正解、半分ハズレだ。これは魔法における全ての属性を具現化したものだ。七属性を集めるのは大変だったよ」
シェイクジョーは狂気的な口調で自身の触手を一本一本眺めていたが、それ以上に俺は気になることがあった。
「……火、水、土、雷……そして風。他の二つの属性はどこで手に入れた?」
魔法というのは主に五属性に分類されると言われている。
というのも、通常の人類なら魔力やセンスにもよるが、五属性全てを使うことはそう難しくはないからだ。
もちろん、練度や込める魔力の量、元来持ち合わせていた知性などによって、魔法の形や威力などは人それぞれ大きく異なるものだ。
しかし、シェイクジョーの背後から顔を出す残り二本の触手は……おそらく、光と闇。
通常の人類が持ち合わせているものではない。
その二つの属性は限られたものしか操ることができないのだから。
「悪魔との契約によって手に入れた。私は伝説の種族である水精族のみが生み出せるという水の石を交渉の材料として一から成り上がったのだ」
シェイクジョーは見せつけるようにして、それぞれの触手から、それぞれの属性の上級魔法を星空へ向けて放っていた。
つまり姿形を変える前に口の中に流し込んでいたのは、全て魔道具だったということか。
「悪魔……」
俺は上級魔法が遥か上空で爆散する光景を、目を細めて見ながら呟いた。
まさかここで悪魔が出てくるとは……。
だが、これで戦う理由が余計明確になってきた。
聞きたいことは山ほどあるからな。
「驚かないのか? 悪魔が現存していたことに」
「……全てが片付いた後にたっぷり話を聞かせてもらうとするよ!」
俺は惚けた様子のシェイクジョーを目掛けて、再び攻撃を始めた。
あの触手の硬さと自由が利く性能は中々厄介なので、俺は森を作っている背の高い木々を利用してシェイクジョーとの間合いを図っていく。
無闇矢鱈に突進しても、おそらく簡単に防がれてしまうだろう。
今の俺のスピードとパワーでは、正面突破は無謀な策と言える。
「ちょこまかと動き回っても何も始まらんぞ! ただの人間が全てを手に入れた私に勝てると思うな!」
シェイクジョーは案の定というべきか、七本の触手を自在に操って俺に攻撃をしてくる。
攻撃力はそこそこだが、まるでタコの足のようにウネウネと軟らかい攻撃をしてくるので、中々パターンが読みづらい。
普通の人間と戦っているようなイメージで戦闘を続けていると、間違いなく追い込まれてしまう。
「……ふぅぅ……はぁぁぁ……」
相手は人間じゃない。モンスターだ。化け物だ。容赦はするな。確実に攻撃を当てろ。柔な一撃じゃなく、全力の一撃だ。
俺は集中力を切らさないように迫りくる多彩な攻撃を躱しつつも、自分の頭を洗脳するように言い聞かせていく。
「フハハっ! 貴様は徐々に追い込まれていることに気がついているか!? もう時間の問題だ! 今すぐに降伏するのなら一発で首を落としてやろう!」
シェイクジョーは木々を飛び回って逃げ続ける俺に向かって、明確な余裕を孕んだ高笑いを見せつけてきた。
俺の体には既に無数の細かい傷ができていた。
黒い袴がボロボロに綻び、布切れのようになっている。
躱しきれずに掠っただけなのだが、一つ一つの傷から出血していることもあって、あまり長期戦には持ち込ませたくないところだ。
「……もう少し……もう少しだ。まだ耐えろ……」
俺はタイミングを窺っていた。
全ての触手がほんの一瞬だけでも攻撃が止まるその時を。
絶対にどこかに隙があるはずだ。
見た目はモンスターでも心は人間。必ず慢心する。
「ええい! 小賢しい! 一瞬で消し炭にしてくれるわ!」
シェイクジョーは全ての触手を瞬時に自身の背中に戻すと、全身に力を込めて何か大きな魔法を放とうとしていた。
「今だ……!」
俺はかなりしなりのある木の枝を勢いよく蹴って、全速力でシェイクジョーの元へと向かった。
魔法が発動されるまで残り一秒未満。
俺がシェイクジョーの元に到達してから刀を振るうまでに間に合うか……!
いや、間に合わせる。このチャンスを逃せば、敗北が現実的になってくる。絶対に逃してはいけない。
「はぁっッ!」
「グゥッッッッ……!」
俺は魔法の発動まで残りコンマ数秒のところで刀を振るうことに成功した。
無防備な状態で胴体を晒していたシェイクジョーの体からは、黒い体液が溢れ出てくる。
「実体はあるのか……それなら……っ!」
俺はこれまでの仕返しと言わんばかりに縦横無尽に刀を振るった。
会話が困難にならない程度に顔面以外を適当に斬り刻んでいく。
「がはっ! ぐ……っ!! や、やめろぉ……! ぎざまァッ!」
シェイクジョーは刀で斬りつけられる度に情けない叫び声をあげていたが、俺は油断や慢心を心に宿したことで鬱憤が溜まり、感情を露わにするこの瞬間を待っていた。
何をどうしようと、ここで止める気は一切ない。
俺は一切の隙を許さずに斬り続けた。
すると、触手はピクリとも動かなくなり、シェイクジョーは血反吐を吐きながら手足を地面につけていた。
既に満身創痍。戦闘の続行は不可能に近いだろう。
「……お前の負けだ。全てを話してもらうぞ」
俺は懸命に全身を使いながら酸素を取り入れようと試みるシェイクジョーを見下ろしながら言った。
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