第52話 直接的過剰摂取

「っ……よくここがわかったな」


 シェイクジョーは眉を潜めて眉間に皺を作った。

 腰に差した剣に手をかけており、今にも戦闘を始めそうな勢いだ。

 いや、すでに戦闘を終えた後らしい。鎧には先ほどまでなかった小さな傷がいくつか付いているので、何者かとここに来る途中、あるいはここで戦闘を終えたばかりなのだろう。


「簡単だ。それより……どうやってここまで来た? それと、お前は王宮で何をした?」


 黒色をした石を二つ口に入れただけで、シェイクジョーの気配と姿は目の前から完全に消えたのだ。

 常人ができるものではない。上等な魔法使いならあり得るかもしれないが。


「それこそ簡単だ。魔道具っていうのはな、非常に価値のある代物なんだ。裏ルートから市場に流せば大金が手に入るし、物々交換をすることだって可能だ。私が何をしようと不思議ではないだろう?」


 俺の問いにシェイクジョーはカラカラと笑いながら答えた。

 ここまで明白に真実を教えてくれたのは、余裕の表れと受け取っていいのだろう。


「……つまり、お前はまだまだ力を見せていないと?」


 どうやら、ニーフェさんが渡した水の石はシェイクジョーの懐から裏ルートとやらに流れていたらしい。

 仮にその裏ルートを直近まで利用していた場合、まだまだ隠し玉を持っていそうだ。


「ふっ……私が何も練らずに行動していると思ったか?」


 シェイクジョーは誤魔化すように天を仰ぐと、ゴクリと喉を鳴らして何かを飲み込んだ。


 唾液? いや、緊迫したこの状況ではそれほどの唾液は出ないはず……。

 それに、お世辞にもシェイクジョーは戦況を有利に進めているとは言い難い。

 まさか……!?


「……また魔道具でおかしなことでもする気か? 体がぶっ壊れるぞ?」


 俺は瞳孔を広げて全身を小刻みに震わせているシェイクジョーに、警告の意思を込めて言った。


 本来、魔道具は使用者が微弱な魔力を魔道具に込めることで発動させるものだ。

 魔道具には製作者の多大な魔力が込められているが、元の魔法と比較すると、当然、発揮できる力は劣ってしまう。

 しかし、それを直接体内に摂取したらどうだろうか?

 普通に考えれば、自分の魔力のキャパを軽く超える量の魔力を体内に取り込むことで、普段は使えないであろう、魔道具に込められた魔法を使えるようになるのだろう。

 だが、人間には限界というものがある。

 俺が魔法を苦手とするように、ニーフェさんが地上だと完全に力を発揮できないように………生まれ持った力では及ばず、叶わない現実があるのだ。


「私は既に750日以上眠らずに活動を続け、長期に渡って魔道具を摂取することで、私自身の体はとうの昔に限界を超えている! 敵を心配する前に己と周りの心配をすると良い! 人智を超えた私の力を体感せよっ!」


 シェイクジョーは興奮した感情を露わにするように、額に血管を張り巡らせた。

 それと同時に、呆然と眺めている俺に見せつけるように腰から垂らした麻袋をちぎり取ると、中に入っていたものを口の中に流し込んだ。


「……また魔道具か」


 用済みになって投げ捨てられた麻袋が風に乗って俺の前に流されてきたが、中には何も入っておらず完全に空。

 おそらく麻袋に入っていたのは魔道具だろう。

 だとすると相当危険だ。死んでもおかしくはない。


「ァ、ァァァ……ァ……ぐる……じいィ……っっ……」


 シェイクジョーは自身の体を抱きかかえるようにして苦しみの声をあげた。

 死にかけの老人のように口元からヨダレを垂らし、開ききった瞳孔を小さく揺らしている。


「ァァ……私に力を……力を……力を……ッ!」


 が、しかし、それ以上の異変が体には顕著に現れていた。

 シェイクジョーの体は心臓の鼓動に合わせるかのように大きく跳ねており、その一つ一つを消化すると同時に、徐々に体が一回り、二回りと大きくなっていく。

 同時に。シェイクジョーは自身の周りに奇妙な現象を発生させていた。

 熱風や炎、水飛沫や氷、地割れや雷など……瞬きをするごとに、シェイクジョーの全身を覆うようにそれが現れていた。


「シェイクジョー……? お前なのか……?」  


 やがて全てが収まり、言葉では言い表すことのできないようなしんとした冷え切った空気が訪れた時、そこに立っていたのは、全身の影しか見えない深淵の闇を纏ったシェイクジョーだった。


「色と属性は塗れば塗るほど黒くなる。これはその結果だ。闇は全てを支配する。つまり私は無敵だ」


 シェイクジョーの口調や声に変化は見られなかったが、体は四回りほど大きくなっていた。

 全身に先の見えない黒ずんだ魔力を纏っており、俺はまるで悪魔と対面しているかのような気分に陥った。


「……」


 俺はそんなシェイクジョーを睨みながら、鞘の中から刀をゆっくりと抜いて、足元の草原を踏みしめてシェイクジョーに攻撃の照準を定めた。


 シェイクジョーの、その禍々しい姿は、もう人間と呼べるものではなかった。


 ただの醜いモンスターだ。

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