第54話 最後の足掻きは空に散る

「わ、わかった! 全て話す! だから、殺すのは勘弁してくれ!」


 シェイクジョーは先程の威勢はどこにいったのやら、みっともなく頭を地面に擦り付け始めた。

 俺が出す明確な殺意と怒りから全身が震えていることがわかる。

 また、完全に力を失ったのか、漆黒の闇を纏っていた先程の姿からは一変して、弱々しい人間の姿に戻っていた。

 触手もそれ相応のサイズ感になっており、全く驚異というものは感じない。


「……今から俺が出す質問に答えろ。お前はさっき悪魔と契約したと言ったな?」


 俺は全身を震わせるシェイクジョーの首に刀を突きつけた。

 一歩でも動いたら殺すということだ。


「あ、ああ」


「マクロスって名前を知っているか?」


 俺はずっと聞きたいことを聞いた。

 俺のことを追放した張本人であるマクロスと悪魔の関係性は定かではないが、ドウグラスと悪魔の一件の時に姿を現したということはそういうことなのだろう。

 絶対に何か関係があるはずだ。


「っ!? ど、どうしてお前がその名前を——」


「——いいから答えろ!」


「ひぃっ!」


 俺はそんなシェイクジョーの真横に刀を振り下ろした。

 あと二ミリずれていたら耳が削がれていただろう。


「それで、どうなんだ? 早く言わないと……」


「わ、わかった! 言う! 言うから命だけは助けてくれ!」


 シェイクジョーはズルズルと体を引きずりながら俺から距離を取ると、小さな木陰に背中を預けて脱力した。

 大量の出血によって顔は青褪めており、自身の限界以上の魔力を消費したせいで、全く覇気を感じない。

 無茶をしたツケがここにきて回ってきているのだろう。


 それにしても先ほどもそうだが、ここにきてわざわざこれほどの命乞いをするだろうか?

 裏にかなりの大きな存在が隠れているのなら、大人しく諦めて殺された方が幾分か楽だろう。

 もしも、俺が拷問することが大好きな人間だったら、情報を吐き出した挙句、尚も苦痛を味わうことになるからな。

 仮にその裏で手を貸した存在がそんなペラペラと情報を喋ったやつを見逃すはずがないのだ。

 シェイクジョーは間違いなく


「……マクロスとはどういう関係だ?」


 俺は木陰で苦しそうに倒れ込むシェイクジョーに一歩ずつ近寄った。


「あ、あいつは悪魔だ! 水の石を使った取引について意見をくれたのもあいつだ!」


 シェイクジョーは睨みつけるような目で俺のことを見てきた。

 まだ諦めていないような、裏がありそうな顔をしている。


「それは比喩か? それとも本当に悪魔なのか?」


「ち、違う! マクロスはおそらく人間だ!」


 マクロスは人間か……となると、マクロスは悪魔との契約者なのか? 

 マクロスが悪魔側に程近い人間だと仮定すると辻褄が合うが、その考えは安直すぎるか?


「マクロスは悪魔と契約しているのか?」


「おそらくな……だが、あいつは私たちのような普通の人間とは格が違う! 何らかの犠牲を払うことで圧倒的な力を手にしている! もちろん、貴様なんかよりもよっぽど優れた力だ! フハハハッ!!」


 俺は思わず眉を顰めた。

 ケタケタと俺のことを馬鹿にするように笑っているシェイクジョーのことなど、今は心底どうでもよかった。

 問題はマクロスが払った”犠牲”だ。

 俺が追放されるまでに、何人もの女性をパーティーに引き入れていたと言っていたが……まさか……いや……考えすぎか……。

 まだこれは仮設の段階だ。確証が掴めるまでは頭の片隅に入れておくとしよう。


「そうか。では、最後の質問だ。お前が結んだ悪魔との契約の内容はなんだ?」


 これが文字通りだ。

 俺にとってもこいつにとっても……。


「……よくぞ聞いてくれたっ……はぁはぁ……っはぁぁ……」


 シェイクジョーは太く逞しい大木に手を添えながら、ゆっくりとその場に立ち上がった。

 それと同時にシェイクジョーの体内から、初級魔法すら撃つことのできないような微弱な魔力が発される。

 まるで「その質問を待っていた」とでも言わんばかりに……。


「で、どうなんだ?」


 俺は刀を右手で、再度強く握りしめた。

 最後の仕上げだ。

 ここまでシェイクジョーな素直に従って質問に答えていたのにも、絶対に理由があるはずだ。

 俺の予想が正しければ……。


「私は……悪魔と、ある契約を交わした」


 シェイクジョーは覚悟を決めるかのような、ゆったりとした口調だった。

 言葉を噛み締めて、一音一音丁寧に発音していた。


「……早く言え。時間が惜しい」


 俺はそんなシェイクジョーの姿を見据え、気を集中させて刀を構えた。


「それは——ぅぅッッッ!! グゥッ! さ……さらばだ……! クソッタレ……ッ! 私に……私に楯突いたことを後悔しろ!」


 シェイクジョーが息を吸い込んでから言葉を紡いだその時だった。

 途端にシェイクジョーは頭を押さえて膝をつき、同時に体がゆっくりと膨張を始めた。

 体からはどこから湧いて出てきたのか、膨大な魔力が溢れ出てきており、シェイクジョー本人の力ではなく、その様子からは他者の干渉を感じる。


 予想通りだ。これは——。


「——契約破棄による強制自爆か」


 契約の内容を他者にバラそうとした時、自動的に体を滅ぼされてしまうのだ。

 この魔力の量や体の膨張具合からすると、かなりの規模の大爆発が起きるだろう。

 それこそ半径数百メートル単位だ。


 命乞いをしていた時から怪しいとは思っていたが、やはり最後にはとっておきの企みがあったわけだ。

 まあ、それを予め察することができた俺からすれば問題はないがな。


「斬ってしまえばお終いだ」


 俺はどんどんと膨張し続けるシェイクジョーの腹に刀を据えて一気に引いた。


「フハハハッ! 何をしようと無駄だ! 爆発まで後五秒足らず! 貴様は私と一緒に死ぬ運命なんだ!」


 が、しかし、シェイクジョーの体には傷一つついていなかった。

 まるで人間じゃないような感触だ。

 こんなものも斬れないようじゃ俺はまだまだだな。


「五秒あれば十分だ……はぁっっ! 吹っ飛べッ!」


 俺はすぐに刀を鞘に収めて、上空に吹っ飛ばすようにシェイクジョーのことを下から蹴り上げた。

 斬れないなら斬る必要はない。

 斬った時の感覚で分かったが、おそらくどれだけ傍聴しても質量は変わらないのだろう。

 魔力そのものに重さはないので、シェイクジョーを吹き飛ばすことは容易いのだ。


「グゥッ! 無駄だ! このような高さでは何も意味がない!」


「……ならもっと上に行け! おらァッ!」


 シェイクジョーは宙に浮きながら余裕の笑みを浮かべていたが、俺は追撃とばかりに二度三度四度……と遥か上空へ向けて蹴り飛ばしていった。


「なにぃっ!? 空を歩くなんて人間のすることか!」


 シェイクジョーは痛覚はあるのか、蹴られるたびに痛々しい声をあげていた。


「触手を生やしたやつに言われたかねぇよ! じゃあ……なっ! そこで砕け散れ!」


 俺はそんなシェイクジョーの悲痛な声を無視して、最後に後ろ向きに回りながらシェイクジョーのことを全力で上に蹴り飛ばした。


 そしてすぐに重力を味方につけて直下していく。

 

「……終わったか」


 俺が地面に足をつけてから、僅か一秒後。

 真っ暗な星空を破壊するような巨大な爆発が起きた。

 半径およそ二百メートルにも及ぶその爆発は、月明かりを遮るように周囲をほんの一瞬だけ照らしたのだった。


「……後は報告だけだ」


 俺は疲労で倒れてしまいそうな体を無理やり覚醒させて、ウォーブルへ向かって足を動かし始めたが、柔らかな草原の上で意識を手放してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る