第15話 安寧のアノールド

 次の日。俺はふかふかの柔らかいベッドの上で静かな朝を迎えた。


「昨日は散々だったな」


 俺はベッドから起き上がり、眩しい晴天を見ながら昨日のことを想起する。

 元はと言えば、俺が勝手に首を突っ込んだのが悪いのだが、それにしても忙しい夜になった。

 兵士たちに連れていかれた国王や第一、第二王女が今後どうなるかは役目を終えた俺からすれば知ったことではないが、善良な心を持ったクララ王女とそれに従う兵士たちがいれば悪い方向には進まないだろう。


 俺が最も心配なのは——


「——クララ王女のメンタル面だな」


 クララ王女は素直で純情な性格なので、あんなことがあっても悲しみに暮れてしまいそうだ。

 俺に何かできるサポートがあればいいが、それも特に思いつかない。

 俺は所詮部外者。何をするにも制限がつきまとう。

 ここにずっといられるかも怪しいしな。


「これからどうするか」


 このまま居座って媚を売り続けて、あわよくばを狙っても良いのだが急に面倒になってきた。

 よくよく考えてみれば、俺の精一杯の媚が実を結ぶまでの労力がとてつもないものになりそうだしな。

 

「クララ王女の命も救ったし、元凶も懲らしめたし、兵士たちの誤解も解けたからなぁ……こっそり帰るか」


 これだけやれば十分な気もしている。

 ここは一旦手を引いて、アノールドに帰還するとしよう。


「っし……誰もいないな?」


 俺は窓を静かに開き、周囲に気配がないことを確認する。

 幸いなことに現在は日の入りしてすぐの時間なので、目が覚めている気配は召使いや夜勤の兵士のものしかない。


「……」


 俺は懐から紙を取り出し、さらさらと適当に書き置きを残し、窓のそばにあったテーブルの上に置いた。


「いくか」


 そして冷たい朝の風に吹かれながら窓を飛び出したのだった。


 “クララ王女へ またどこかで会いましょう ゲイルより”






「——あの。クエスト完了したので手続きお願いします」


 城を抜けてから走り続けること数時間。

 アノールドに到着した俺は一日ぶりに冒険者ギルドに訪れていた。

 昨日は休む暇も無く朝から晩まで動き回っていたので見た目はボロボロだが、先に報酬をもらう必要があったので我慢するしかない。


「あ……え? あ、あの……? ゲ、ゲイル……さん? ですか?」


 俺は適当に受付を選んだのだが、そこには偶然、出発時にクエストを受注してくれた受付嬢が立っていた。

 その表情は驚きに満ちている。

 俺の全身を眺め、顔を伺い、まるで死人にでも向けるような形容し難いような顔をしていた。


「……? はい。どうかしました?」


 何のことか分からないので、俺は素直に聞き返す。


「い、いえ……まさか生きているなんて……あっ! す、すみません!」


 そういうことか。俺が中々帰ってこないせいで死んだと思っていたのか。

 つまり死人にでも向ける顔なんかじゃなくて、本当に死人に向ける顔をしていたわけだ。

 だが気にする必要はない。死んだ扱いをされるのは二度目だ。特に驚くことはない。


「いえ、大丈夫です。これ、ギルドカードです。クエスト完了の手続きをお願いします」


 まだ時間が早いせいか、ギルド内にまともな冒険者はほとんどいない。

 いるのは併設された酒場で飲み明かして潰れている者たちだ。

 いい時間に来れたな。盗み聞きでもされて「Eランクのくせにィ!」とか適当な因縁でもつけられたら最悪だからな。


「……え? し、失礼ですが、本当に討伐したんですか……? それにクエスト以外のモンスターまで……とんでもない数ですけど……」


 受付嬢はギルドカードを魔道具に照合してモンスターの討伐履歴を確認すると、顔中に疑問符を浮かべた。

 あ、そういえばここに来る途中ですれ違うモンスターを全て討伐してきたんだったな。


「はい。ギルドカードは絶対ですからね……ってことで報奨金の中から少しだけいただけますか?」


 本当は詳しく説明するべきなのだろうが、俺はしれっと受け流すことにした。

 冒険者ギルドは冒険者として働くお礼として報奨金をくれる。そしてその金は冒険者でいる限り預かってくれるのだ。


「は、はい……こちらクエストの報奨金と……その……無数のモンスターを討伐した報奨金になります……残りは預金ということでよろしかったですか?」


 受付嬢は俺のギルドカードに訝しげな目を向けながらも、背後の頑強そうな棚の中から報奨金を取り出して俺の前に置いたので、俺はそれを慎重に懐に収める。


 それと討伐履歴がおかしい件はなんとかなったようだ。これ以上追求してはいけないとでも思ったのかもな。

 まあいい。説明する必要がなくなったわけだからな。


「残りは預けます」


 ギルドは冒険者の金を預かってくれるので、俺は残った分を預けることにした。


 今持っている額は報奨金の十分の一ほどしかないが、身なりを整える金と入国金を払うには十分すぎるくらいだ。

 おそらく余程豪勢な暮らしを求めなければ、ひと月は簡単に暮らせるだろう


「どうも」


 俺はぶるぶると手を振るわせてギルドカードを返還する受付嬢からギルドカードを受け取り、その場を後にした。


「あっ——」


 よし。これから温泉に行って……その後に入国金を返しにいくとするか。

 受付嬢が何かを言おうとしているが、俺はもう止まれない。

 四年ぶりの温泉にワクワクしているからな。

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