第14話 兵士の思い
俺以外の誰もが全てが終わってしまったと思っていたため、俺と面識のある国王はもちろんのこと、カリーナやエリザベスの表情は驚きに満ちているのがわかる。
「あ、あんた! 一体なんなのよ!」
国王のナイフを俺が刀で受け止めてから、そこにはほんの少しの静寂が訪れていたが、そんな静寂の中でいち早く状況把握に努めようとしたエリザベスは、わなわなと震えながら俺に指を差して激昂した。
「俺はクララ王女を助けにきた」
当の俺はそんなエリザベスの感情的な口調に一切流されることなく冷静に答え、俺よりも一回りほど体の大きい国王の目を見つめた。
国王の目は左右上下に小さく震えており、その様子から明らかな動揺が窺える。
「貴様ァ! 邪魔をするな! 我が国の問題に貴様が首を突っ込む道理はなかろう!」
そりゃあもっともな意見だな。
俺は他国のEランク冒険者。現在敵対している国の王女を助ける義理などさらさらない。
「そうだな。でも、助けたくなっちゃったんだよ。あんだけ本心を曝け出して国民のため兵士のためにって必死に叫ぶ姿を見たらさ」
俺はより一層刀に力を込めて刀の角度を切り替えることで、国王との鍔迫り合いを解除した。
「グッ! くそ……ッ!」
おそらく戦闘経験がほとんどないであろう国王は尻餅をつくと同時にナイフを手放し、下からこちらを睨みつけてくる。
そしてナイフは勢いそのままにエリザベスとカリーナ、クララ王女がいる位置まで床を滑って飛んでいく。
それを使ってカリーナとエリザベスが完全に腰が抜けてしまったクララ王女のことを襲おうとしていたが、俺はギッと目を鋭くして睨むことで行動を制した。
「ひっぃ……た、助けてくれぇぇっ! わ、私は悪くないんだっ! お前を襲った兵士も命令を無視して勝手にやったことなんだ! だ、だ、だから頼むっ! 命だけは助けてくれぇ!」
俺はそんな国王にゆっくりと近づいていき、先程の仕返しとばかりに首元に刀を突きつけると、国王は涙と鼻水を垂らしながら無様に命乞いを始めた。
そんな姿には流石のカリーナとエリザベスも表情を曇らせ、静かに見ていることしかできなくなっていた。
まあ、実の父親がこんな姿を見せたら当然だな。
「……クララ王女、目を瞑っていてください」
俺は横目でクララ王女に目をやり声をかけたが、クララ王女は放心しており、俺の声が聞こえているかはわからない。
「あ……や、やめろ! 私はイグワイアの国王だぞ! 貴様一人ぐらい私の力でどうとにでもなるっ! 考え直せ!」
国王は膝をつき、頭を地面に擦り付け、国の王とは嘘でも呼べぬ姿で権力を誇示した。
俺はそんな言葉に一切惑わされることなく、時間の経過を待った。
俺が手を加えることなく、全てが丸く収まる可能性を見つけたからだ。
それに俺の刀をこんなやつの血で汚されたくはないしな。
「……わかった。お前のことは見逃そう。国王にこんなことをするのは流石にまずいからな」
俺は階段を駆け上がってくる複数の気配を探りながら、あえて国王を見逃した。
国王の首元から刀を離し、鞘の中へそっと収めた。
「は……ふははっ! そ、それで良い! そもそも貴様のような馬鹿で頭が固く、なんの役にも立てないゴミが私のような国のトップを殺していいわけがないだろう! 今すぐ謝罪しろ! さすればこの不敬を許してやらないこともない! 私の気分次第だがなっ! ふははははっ!!」
俺の言葉を聞いて一瞬間抜けな表情を浮かべた国王だったが、すぐに言葉の意味を理解したのか、意気揚々と立ち上がると、強がりの言葉と俺への悪口を吐き散らかした。
心底救えない男だ。本当にこいつが国王なのか?
その疑問は今更か。すぐに答えはわかるしな。
「……」
ここで俺は押し黙ることにした。
全ての準備が完了したからだ。
そんな俺を見て、クララ王女は何が何だかわからないと言った顔をしていたが、もう少し待ってほしい。
「何か言いなさいよ? どうせ弱くて何の役にも立たない兵士たちを倒して良い気になってたんでしょ? 今の気分はどう?」
逆にカリーナとエリザベスは形勢逆転をしたと本気で思っているのか、俺のことを煽るように余裕の笑みを浮かべている。
どうやら気がついていないらしい。
すぐそこまで来ている兵士たちの存在に。
「その通りだ! カリーナ! こいつはアノールドには到底及ばないゴミのような兵士たちを倒しただけで良い気なっていたんだ! 結局は権力に潰されることを恐れて降伏しおって! それにクララのような穢れた血を残すことなど——」
「——国王様。これはどういう状況ですか?」
国王が斜め下を向いて押し黙る俺を罵倒しているその時だった。
部屋の扉がゆっくりと開かれ、そこからは傷ついた鎧を見に纏う兵士たちの姿があった。
やっと来たか。
「へ……? ど、どうしてここに!?」
国王は見るからに動揺し、何が何だか分からないようだ。
当たり前だ。俺だってまさか兵士たちがこんなに早く目を覚ますとは思わなかったしな。
軽く気絶させただけだが朝までは起きないと思っていた。
クララ王女への敬愛の念がそうさせたのかもしれない。
「……あなた方は我々やクララ王女に対して、そのようなことを思っていたのですか?」
兵士たちは一斉に武器を構えた。
俺が押し黙り始めた時から扉の前にいたのだ。国王が言ったことは全て一言一句聞かれているに違いない。
「な、なんのことだ!? そ、そうだ! それよりもこの男を捕らえてくれ! 私を殺そうとした挙句、大切な娘であるクララまで取り込もうとしていたのだ! 早くしてくれ!」
「いえいえ。我々は役立たずの兵士ですので、残念ながらそのお願いは聞けません……皆のものッ! 国王と第一、第二王女を引っ捕らえ、クララ王女を保護せよ!」
先頭に立つ兵士の合図を起点に、国王とカリーナ、エリザベスの捕縛が始まった。
俺はカリーナとエリザベスの近くにいたクララ王女のもとへすぐに駆け寄り、部屋の隅の安全な場所へ向かい、目の前で起こる捕縛劇を見届けていく。
「や、やめろ! 悪いのは私ではない! そこの男を捕縛しろ!」
「そ、そうよ! ろくに命令も聞けないなんて本当に馬鹿ばっか……って! 早く離しなさいよ! こんなことをして許されるとでも思っているの!?」
武力を持たない三人は口では一丁前に抗ってはいたが、すぐに捕らえられ、力ずくで部屋の外へ連れて行かれた。
どこへ向かい、何をされるのかは俺にはわからないが、国のために働く兵士たちのことだ。おそらく大丈夫だろう。無論、三人は地獄を見る羽目になるだろうが。
「……クララ王女……? 大丈夫ですか?」
「ごめ……なさ……。私のせい……で……」
俺が心配の言葉をかけると、クララ王女は言葉を詰まらせながら涙を流した。
俺はそんなクララ王女を無言で見ていることしかできず、時間だけが流れていった。
その後、数人の兵士が俺とクララ王女のもとにやってきて、裏の扉から部屋の外へ連れ出したのだった。
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