第13話 よく頑張った
そうと決まれば急がないといけない。
考える時間も惜しいので、俺は頭をこれ以上にないくらい回転させていく。
階段だと全力で向かっても最上階までは少しかかるか……それなら……。
俺は窓から外を見やった。
あぁ。この手があったな。
できるかわからないけどやるしかないか。
「っ!!」
俺は体を丸めて勢いよく窓に突っ込み、空中に飛び出した。
そしてすぐに外につけられた窓枠を片手で掴み、壁に足をかける。
王女の部屋ということで城の中でもそこそこの高さに設けられており、吹き付ける夜風が俺の体の重心を揺さぶってくる。
だがしかし、俺は過酷なダンジョンで四年もの間鍛えぬいた男だ。
そんなことで怯むことはない。
一歩、また一歩と足を踏み出し、次第に足を回転する速度を上げていく。
重力なんて知ったことか。垂直の壁をまるで空を駆けるように走っていく。
「……よし……初めからこうしておけば良かったな」
初めからこれができるとわかっていたらどれだけ楽だったか。
気配を頼りに城の中を走り回っていたのが馬鹿みたいだ。
出せる速度に限界のある階段とは違って、外は自由が利くため何倍も早く到着することができる。
「もっとスピードを上げるか」
まだまだ余裕があったので俺はスピードを上げた。
この分だとすぐに到着できそうだな。
どうか無事でいてくれよ。クララ王女。
○
「——お父様、カリーナ姉様。私です。エリザベスです。クララを連れて参りました」
「お父様? お姉様方? こんな時間にどうかしましたか?」
俺が窓に顔を張り付けて閉められたカーテンの隙間から部屋を見ていると、エリザベスと名乗る赤髪の女性がクララ王女の手を引いて部屋に入ってきた。
やはりクララ王女を部屋から連れて行ったのはクララ王女の姉だったようだ。
この様子だとカリーナと呼ばれた青髪の女性もおそらく姉なのだろう。
「っしょっと……相変わらずゴージャスな部屋だな」
そして俺が今覗いている部屋は国王に色々と言及した部屋だ。
昨日ぶりに来たが、まさか昨日適当に眺めていた窓がこんなに部屋を見渡せる場所だったとはな。
っと、そんなことよりも聞き漏らしがないように耳を済ませないとな。
「なぜ呼ばれたかわからんか?」
国王はヌッと玉座から立ち上がると、クララ王女の前まで足を運んだ。
それを見た二人の姉はサッと横に移動し、不吉な笑みを浮かべた。
「え、ええ。あ、もしかしてゲイルさんのことでしょうか? 私が勝手に泊めたせいで……」
クララ王女は目に見えてしゅんと項垂れていた。
「呼ばれた理由もわからないなんて、本当に出来損ないね」
陽気そうな見た目をした次女——カリーナが挑発的な口調で言った。
「それもあるが具体的には違うな。では、ヒントをやろう。お前は自分の立場を理解しているか?」
「立場……ですか?」
国王の言葉をクララ王女はいまいち理解しきれていないようだ。
その言葉を聞いた二人の姉は馬鹿にするように笑っており、特に悪びれもないことから普段からこんな感じなのだとわかる。
あー、胸糞が悪い。
こんなの権力を利用したただのいじめじゃないか。
「ああ、そうだ。お前は第三王女。序列をつけるなら長女のカリーナ、次女のエリザベス、次いで末っ子のお前ということになる。この意味がわかるか?」
国王が言いたいことを簡単に言うなら、第三王女の分際で粋がるな、ということだろう。
クララ王女本人は素直で純情な性格なのでそんなつもりは全くないのだが、同じような立場の国王や姉からすれば悪く見えてしまうのかもしれない。
俺のことを厚意で泊まらせたこと以外にも何かそう言われる原因があるはずだ。
もっともそれがなんであれ権力を利用して良い理由にはならないがな。
「す、すみません。私にはさっぱりです……。そ、それよりも! さっき下の方からすっごい物音がしたんです! 兵士さん達の宿舎が何か大変なことになっているかもしれません! 大丈夫でしょうか!?」
クララ王女は先程の暗い様子から一変して、あわあわと心配めいた口調で国王に説明した。
下の方からすごい音がしたというのは、俺がいた部屋の扉と窓が破壊された音だろう。
複数人の兵士があんなことしたんだ。当然そうなる。
「そんなことはどうでもいい。私は——」
「——どうでもよくないですよ! 私たちが雇っている大切な兵士さん達ですよ!? 彼らにも家族はいるのに、いつもイグワイアを命をかけて守ってくださっているんですよ!? お父様やお姉様方はいつもいつも国の民や兵士さん達のことをぞんざいに扱いすぎです!」
クララ王女が息継ぎする余裕もないほどに捲し立てると、国王とエリザベスは驚きと怒りが入り混じったような表情になり、グッと強く拳を握っているのがわかる。
ここで俺は理解した。兵士たちがあれだけクララ王女のために尽力していた理由を。
こういう部分に惹かれていたんだろう。
普通の権力者では持っていない”人を思いやるの心だ”。
こいつらがクララ王女を必死になって殺そうとしていた理由。
それは”国の民や兵士たちの人望がクララ王女に奪われそうだから”に違いない。
そうなれば相対的に自分たちの評価が下がってしまい、今後の国政に影響するのだろう。
なんともまあ、自分勝手な連中だ。
「クララ。いつもそうだけどあんまり勝手なことを言わない方が良くってよ。国の民や兵士たちの扱いはお父様に委ねられているしね」
ここまで静観していた長女カリーナが挑発的な口調でクララ王女を咎めた。
感情的な国王やエリザベスと違い、カリーナは冷静な性格らしい。
裏を返せば、ネチネチしているということだ。
普段からこういう態度なのが容易に窺える。
「で、ですが! アノールドと揉めた理由も本当は私たちが——」
「——黙れッ! あの国の名前を出すでない! そもそもあそこは我々の領土だ! だからこそお前には下見に行かせたというのに、馬車も護衛も失い、なんの成果を上げずに帰ってきおって! 恥を知れ!」
国王は激昂した。
自身の胸くらいまでの身長しかないクララ王女に詰め寄っていき、今にも手を出しそうな勢いで怒りの声を上げた。
その態度に加えて、言っていることもめちゃくちゃだ。
どうせ「調査してこい」とか適当なことを言って、大したことのない冒険者を金で雇って、帰り際に偶然死んだことにしようとしていたんだろう。
ひどい話だ。
「そうよ! あんたのせいで大切な領地が奪われたらどうするのよ!」
追い討ちをかけるようにエリザベスが詰め寄った。
「そ、そんな! わ、私だって……まさかあんなことになるなんて……」
「もうこれでわかったでしょ? あなたはいらない子なの。だからここでお別れよ。お父様、あとはお願いします」
ここまで強気に出ていたクララ王女だったが、ついに瞳からは小さな涙を流れてきてしまった。
「うむ……」
国王はクララ王女の髪の毛を掴み強引に引き寄せ、懐からナイフを取り出した。
「キャァッ! や、やめてください! お父様!」
はぁ……もう見てられねぇな。
俺は片手で窓に捕まりながら鞘から刀を引き抜き、窓を割り押し入る準備を整えた。
「ではな。クララ……達者でな——ッ!? き、貴様ァァッ!!!」
「——クララ王女。ご無事ですか?」
俺は国王が翳したナイフがクララ王女の首を切り裂く直前で間に刀を入れ込んだ。
「あ……ああ……ゲ……ゲイル……さん……?」
俺の顔を見たクララ王女は完全に脱力してしまい、その場に尻をついてへたり込んでしまった。
なんとか間に合った。さあ、ここからは悪者退治といこうか。
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