第12話 兵士と王女
現在の時刻は深夜二時。
俺はあてがわれた部屋で一人国王が仕掛けてくるのをじっと待っていた。
「……きたか」
その時は突然訪れた。
部屋の扉が木っ端微塵に破壊され、それと同時に曇りのない窓が全て割られた。
そこからはイグワイアの紋章が記された鎧を装備した複数人の兵士がゾロゾロと雪崩れ込んでくる。
もう少し隠密に仕掛けてくるかと思っていたんだがな……。
「——貴様を捕縛しにきた。大人しく捕まってもらおうか。我らがクララ第三王女に取り入ろうとした罪は重いぞ!」
複数人いる兵士の中でも群を抜いて体が大きい男が言った。
だが捕まえるにしてはあまりにも物騒な装備だ。
剣や槍を構え、全身に一切隙のない鎧を見に纏い、ビンビンと殺意を感じる。
殺しても構わないとでも命令されているのだろう。
「やだね」
俺は挑発的に断った。
特に悪いことをしたつもりもないのに、どうしてここまでやられないといけないのか。
娘を躊躇なく殺そうとする国王を失脚させるとともに、クララ王女が狙われていた原因を暴き、国に最大限の媚を売る気でいたがもういい。
悪人は問答無用で処すことにしよう。
「我らでクララ第三王女をお守りするぞ!」
俺が断るとわかっていたのか、兵士たちは気合を入れ直すように一斉に武器を構え直して攻撃を始める体勢を整えた。
そっちがその気なら俺もやってやるよ。
そもそもクララ王女を守りたい気持ちなら俺だって一緒だしな。
とりあえず戦うにしても、今は囲まれてるし撹乱させてからだな。
「——ほら!」
俺はベッドに付けられた真白いシーツを上に放り投げた。
これでそっちに意識が少しでもいってくれればかなり動きやすいんだが……どうだろうか?
「っ!?」
よし。俺の思惑通り兵士たちは若干ではあるが驚いているようだ。
その隙に乗じて俺は重心を低くすることで地面スレスレを這うようにして、広い部屋を右回りに走り出した。
今の兵士たちの意識はおそらく上のベッドのシーツにいっているので、その落差を利用して視界に入らない下からの攻撃を仕掛ける作戦だ。
思いつきなので成功するかは不明だが、やってみるに越したことはない。
「なっ……ッ!」
俺は走りながら兵士一人一人の脇腹を目掛けて、横薙ぎに鞘に収めたままの刀を振るっていき、一人、二人、三人と順調に意識を奪っていく。
そして兵士たちは的当てのように順番にバタバタと地面に倒れていき、ものの数秒で最後の一人になってしまった。
「軽く気絶するだけだ。安心しろ」
俺は兵士の男の顎を掠めるように下から上へと拳を振るった。
「ぐっ……っ……クララ……王……女……ご……な……さい」
先程まで威勢の良かった兵士の男は驚嘆の声を漏らすと膝から崩れ落ちた。
そして意識を失う間際にクララ王女の名前を呼び何かを呟いた。
「悪いな」
俺は破壊された扉から廊下へ出て、気配を察知し、明確な敵意を感じる方向へ軽い気持ちで走り出した。
俺からすれば無知な兵士たちに特に強い恨みはないので、取り敢えず全員をゴタゴタが終わる頃には目が覚めるように軽く気絶させていくことにした。
○
「——これで最後……っと……ふぅ……」
俺は生ぬるい剣筋で攻撃してきた兵士の腹を蹴り飛ばし、小さく息を吐いた。
城の中の敵意のある者を探し回り意識を奪うこと数十分。
国王とその他数名の知らない気配を除けば、今の兵士で最後だ。
皆が「クララ第三王女の敵討ち」のようなことを言いながら戦闘に臨んでいた。
どうやら国王はクララ王女をダシに使って兵士の士気をあげていたらしい。
それほどクララ王女は兵士にとって信頼に足る人物ということなのだろうか。
「あとは……一、二、三人か……?」
ついに残された敵意のある気配はおそらく三人だけとなった。
「というか何も知らない人から見たら俺が悪者だよな……」
今更気がついた。
順を追って整理していけば俺は人助けをしただけなので悪い点はそんなにないはずだが、この場面とこの行動と攻撃的な態度を見れば明らかな悪は俺の方だ。
「最後くらいはビシッと締めるか」
うん。そうしよう。
これから俺は静かに眠るクララ王女を拾ったついでに国王と他二名が待つ城の最上階へと向かう。
そこでは仕方がないので次は道理に沿って行動していこうと思う。
「というか急がないとな」
俺は廊下へ飛び出してクララ王女が眠る部屋へ走り出した。
部屋の場所は数時間前にクララ王女から「私の部屋でお茶でもしませんか?」と誘われて部屋にお邪魔していたので覚えている。
お邪魔したといっても数十分ほどだけだが。
というのも、クララ王女は俺と一緒にいないほうが都合が良かったからだ。
万が一俺とクララ王女が一緒にいる時に兵士が奇襲をしかけてきた場合、ますます俺の怪しさに磨きがかかってしまう。
ましてや、国王から命令されて襲いにくるような従順な連中のことだ。
純情なクララ王女のことを丸め込んでしまう可能性も考えられる。
だからこそ俺は単独で迎え撃つことにしたのだ。
そして俺が今クララ王女を迎えに行っている理由。
それはこの国の黒さを教えるためだ。
クララ王女は良くも悪くも純情すぎる。
馬車が襲われたことに一切の疑問を持たず、国王がつけた護衛の冒険者が易々と殺されたことにすら不思議に思っていない。
これは余計なお世話かもしれないがクララ王女は国王の元にいると必ず損をするだろう。
まだ理由ははっきりしないが、俺が助けに入らなければあの時殺されていたし、今後もそういう目に合うことは容易にわかる。
「……ここだな」
と、そんなことを考えているうちにクララ王女が眠る部屋に到着した。
数回ほど軽くノックをして気がついた。
「扉が開いている……? まさか!?」
ノックに手応えがないことで部屋の扉が薄らと開いていることに気がついた。
俺は急いで部屋の中を確認するが既にクララ王女の姿はなく、そこにあるのは静まり返った寂しげな空間だけだった。
「油断した……。だが、ベッドは少し暖かい」
俺は明らかに油断していた。
途中まで大雑把にやりつつも「俺なら上手くいく」と心の中で思ってしまい、クララ王女の気配を探るのを忘れてしまっていた。
現にクララ王女の気配は城の最上階にあり、俺に敵意のある国王を含めた三人とともにいることが確認できる。
「まさか城の中で仕掛けるとはな」
俺は国王がクララ王女に対して城の中で何か行動を起こす可能性をあまり考えていなかった。
何も知らない兵士たちを差し置いて単独行動をすることはあまりにも危険だからだ。
だがそれはクララ王女を殺そうと企んでいるのが国王一人だけだったらという仮定のもと成り立つ話。
クララ王女の立場。二人いる姉。国王の態度。兵士の言葉と信頼。そして最後に城の最上階から感じる三つの敵意……これは……。
「ああ……そういうことか」
ここで全ての謎が解けたのだった。
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