第20話 婚約者問題

妹の婚約者が決まった。

その報を受けたのはアリシアと話し合ってから10日も経たぬ内である。


父さんは箔付けだと言っていた。

その言葉から察するに侯爵か辺境伯、公爵で確定だろう。

どちらにせよ、破格の申し出である。錬金術師の婚約者としては異例だ。


だが本人の気持ちを察すれば余計な気遣いに他ならない。


「お姉様、わたくし……」


泣きそうな顔でアリシアは僕へと抱きついて来た。


「トールちゃん、アークはわたくしが面倒みます。アリシアのことは頼みましたよ?」

「はい」

「アリシア、深く考えなくていいんだぞ? 向こうは他の令嬢の露払い役としてアリシアを任命しただけだ」

「旦那様、それ以上はいけません」

「うむ、口が過ぎたか。私は父親失格だな。アリシアのためと思っての行動が裏目に出てしまう」


僕がアリシアを連れて扉を閉める時、父さんの懺悔するような言葉が聞こえて来た。

父親としての最適解なんてないのに、父さんは失敗する事を過剰に恐れている。

貴族として失敗できないプレッシャーに晒されて来たのだろう。


それはアリシアとて同じだ。僕ほど能天気に生きてない。


「少し横になろうか? 大丈夫一緒に寝てあげるよ。添い寝なんていつぶりかな?」


怯えるアリシアの背中を撫でてやりながら、気持ちを落ち着けさせている。怖いだろうな。

ここの生活圏に異性はいない。

父さんはいるけど、一緒にお風呂に入ることはないし、殆どが僕か母さん、メイド達がアリシアの周囲に居た。


錬金術教室に連れて来た学園生も令嬢ばかり。

きっと男と話すのも苦手だと思う。

唯一の近しい異性はアッシュおじさんぐらい。

でも僕がこの家にいついてから全然来なくなった。


あいつ逃げやがったな!

だからアリシアが僕に依存した。


「お姉様……婚約ってこんなにも息苦しいものなのですね。まるでわたくしの体が自分のものじゃなくなったようで、怖いです」

「そうだね。僕もアリシアの気持ちが痛いほどわかるよ。僕ももし婚約話が上がったら、恐怖で震え上がると思う。僕はさ、友達やビジネスパートナーとしてなら異性と接することはできるけど、恋愛関係ではまだ踏み出せない臆病者なんだよ」

「………お姉様はわたくしがお守りしますから。何処の馬の骨かわからぬ男には指一本触れさせません!」

「うん、安心した。ありがとうね」

「お姉様」


ベッドの上で密接しながら布団に包まる。

息が吹きかかるほどの至近距離。

でも不思議と安堵感が募って行く。

姉妹という絆か、それとも僕の心が女に寄ってるからか。

体から火が出そうなほどの熱が発した。


そのあと無茶苦茶睡眠した。







目を覚ますとアリシアの顔が近くにあった。マジマジと僕の顔を覗き込んでは何故か頬を染めている。まだ熱っぽいようだ。


「おはよ、アリシア」

「おはようございます、お姉様」

「アリシアはさ、やっぱり殿方は怖い?」

「少し。顔もよく知らぬ方で、地位も上と聞けばわたくしなんかで務まるのか恐怖を覚えます」

「格下だったらいいの?」

「そういうわけでもございませんが……お姉様はどんなお方なら合格ですの?」


意地の悪い質問に、意地の悪い質問が返ってくる。


「僕の基準は少し低いかな?」


基準は低い、しかしハードルは高い。


「まぁ、それは是非お聞かせ願いたいですわ」


ほら、僕の理想を聞いて妹が興奮してる。


「僕の理想はね、まず食の好みが合う事。そして僕を大事にしてくれる事。最後に錬金術をバカにしない人。これくらいだよ?」


まず最初の食の好みは高カロリー食品への妥協。

二つ目は女としてチンチクリンな僕を愛でてくれる人。でもロリコンはごめん被る。内面を見て、良きパートナーとなってくれる人なら間違いない。最後は錬金術をただのポーション製造機として見ずに、広くおおらかな心地で受け止めてくれる人。

ほら、錬金術って金食い虫だから。

巨万の富を築くにも、それ相応のお金がかかる。

販売ルートの確保だってあるし、いい事づくめと言うわけでもない。


でもそれを聞いてアリシアはうんうん頷いていた。


「なるほど。それならばわたくしは合格ですわね!」

「え、流石に同性はダメだよ。皇帝様が同性婚を認めてないし、それ以前に姉妹じゃない。血は繋がってないけど、同じ家同士での婚約を認めてくれるかな?」

「がーーーん、ですわ!」


僕が普段から使ってる驚いた時の表現でショックを受けるアリシア。そのちょっと不思議ちゃんなところも愛嬌があって可愛い。

この子は普段クールぶってる癖に、こうやって可愛い表現を見せてくるので油断ならない。


父さんは肩書きだけの婚約とは言ってたけど、アリシアからしたらレオンハート家から手放すと突き放された様なものである。

そりゃ怖いよな。仮初とはいえ後ろ盾を失い、単身で乗り込まねばならないのだ。

まさか婚約先に僕がついて行くわけにも行くまい。


「アリシアが僕を慕ってくれるのはうれしいけどね、僕だって出来れば嫁ぎたくないよ。アリシアがお嫁さんなら僕は楽できるし」

「え? お嫁さんはお姉様ですわよ?」

「えっ」

「えっ?」


違いましたか? と、オロオロしだす無防備な妹のおでこに、デコピンを一発お見舞いした。おでこを抑えて痛がる妹。

至近距離かつ、寝たままなので威力はお察しだが、構ったのが嬉しかったのだろう。


「痛いです、お姉様」


そう言いながらも口元は笑みの形を描いている。


「アリシアが変なこと言うからでしょー」


口を尖らせてジト目になる僕に、ふふっと吹き出したように笑った。この、揶揄ってたな?


僕はぽこぽこと布団の上から妹の体を叩いた。

アリシアは身を捩らせてやめてくださいましと訴えてたが、拳を納める事はなかった。



「お姉様、ありがとうございます。少しだけ、前向きに考えられるようになりました」

「それは良かった」


アリシアは起き上がって僕に何故か感謝していた。

どこか吹っ切れたような顔。それこそ余計な事を考えてしまったのだろう。この子って結構マリーみたいなところあるし。

なでりと頭を摩ると、くすぐったそうに身を捩らせていた。


こんな日々がいつか崩れてしまう。

それを恐れているのはきっと妹だけじゃなく、僕もだ。

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