第15話 他国から難民がやってきた!
某国がどっかの国とドンパチやらかしたらしい。
リビアの街は物々しい雰囲気で、帝国では戦争で住む場所を失った人々を受け入れる方向で貴族にお触れを出していた。
もちろんリビアでも受け入れ体制をした。
ただ難民の中には人間とは違って動物の因子の混じったケモ耳尻尾を生やす種族が多くいた。
その屈強な体格を持ちながらもどうして戦に負けたのか理由が分からぬが、その者の多くは手や首に枷を嵌めていた。
──奴隷。
まず間違いなくそれだろう。
何日も食べさせてもらってない顔で目は虚、大きな体を縮こまらせて飢え切っていた。
僕はすぐさまそんな人達を差別することなく協力してもらえるよう昔のツテを辿って差別を無くそうとした。
リビアの街は治安がいいから難民もきっと気にいるはずだ。
そう思っていたんだけど……
「すいません、すいません、貴族様より先にご飯を頂いてすいませんでした!!!」
僕の前では猫耳の生えた女の子が僕の姿を見るなり表情を青ざめさせて平謝りし続けた。その異様な光景を見て、常連客も僕に同情した視線を送っている。
言いたいことは分かるさ。
きっとトラウマを受けるレベルで貴族に酷い思いをされてきたんだ。
僕が何かをしてやりたくても、きっとこの子はその手を受け取ってくれない。
こんなところで何もできないのは歯痒い気持ちになる。
力もあるし、お金も権力も自由もある。
それでも差別意識の前では無力だ。
「落ち着け、こいつは貴族だけど悪い奴じゃねぇから。むしろ俺たち寄りだ!」
話に割ってきたのは店長であるヘイワードさん。
それでも猫耳少女は謝るのをやめない。
これじゃあ埒があかないな。
僕はその子の説得を諦めて制服に着替えるなりいつも通りアルバイトを始める。
金には困ってないが、いい運動になるのだ。
特に労働の後のメンチカツは美味い!
トンカツも良いけど、毎日食べるなら僕はメンチカツを推す。
結局猫耳っ子は僕がアルバイト先で真面目に労働してる姿と、賄いのメンチカツを頬張る姿を見守ってから立ち上がった。
「本当に貴族が庶民に混ざって食事をしてるのね」
「ええ、珍しいかしら?」
「……ッ!」
貴族の言葉そのものに忌避感があるか。
ならば。
「ごめん、貴族になって三年も経つと勝手に出てくるんだ。僕はトール。元平民さ」
「平民、その姿で!?」
「この姿で平民に生まれたらどんな差別を受けるか君は分かるか?」
僕は意地悪な質問をした。
猫耳少女はしゅんとして俯いてしまう。
「いじめられた?」
「そうだね、影口は叩かれた。でも僕は生まれながらに高い魔力を持っていたからね。文句があるなら正々堂々名乗り出ろってボコボコにして回った」
「その髪と瞳は生まれつき?」
「生まれた時は違ったよ。でも魔法を扱い始めたらいつの間にかこんな風になってた」
「それじゃあ大変だったね」
「ま、終わったことさ。君はリビアに来てどう? これから働いていけそう」
少女は建物の隙間から空を見上げる。
「まだ不安が少しあるかな。でも街の人は気のいい人ばかりよ。あとは私たちの心の問題かな?」
そんな風にはにかむ少女の表情はどこか辛そうだった。
「そう言えばキミ、そのゴツいアクセサリーって君たちの種族のオシャレか何か?」
猫耳少女は答えられないのか、目を閉じて首を横に振った。
きっと奴隷に落とされた時に能力を奪うためにつけられた枷だろう。これがあるから本来の力を出せずに村を失った。
「必要ないなら僕が外してやろうか?」
「無理よ! これは高位の錬金術で組み上げられてるの。素人が無理に壊そうとしたら術者に知られて遠隔操作で呪いを受けるわ!」
この必死な形相を見るに、仲間の一人がそう言う目にあったのだろうな。
それともわかりやすく脅すために見せしめにされたかだ。
「問題ない。僕の名前はトール。トール・レオンハート。こと錬金術において僕の右に並ぶ者なし、そう自負している」
「レオンハート家の錬金術師……本当に、あなたはこの枷を解き放てるの?」
「キミが望むならば、だ。それにもちろん無料という訳ではない。錬金術には対価が必要だからね」
猫耳少女は息を飲み込み。
対価と聞いて、流石に自分たちに都合の良い話なんてないかと自嘲する。
「何、別に僕は君たちからお金を巻き上げるつもりはない。僕は女の子なのでキミの貞操にも興味はない。ただ、そうだな……」
勿体つけながら僕は間を置いて、口を開いた。
「名前を聞かせてくれるか?」
「え?」
そんなことだけでいいのかと逆に訝しんでいる。
たしかに疑わしいよなぁ。
「そんな事でいいの?」
「そんな事とはなんだ。親が必死に考えて付けてくれた名だぞ? 一生ものの名前だ。それ以上に価値のあるものなんてない」
「……シーラだ」
「シーラか、良い名だ」
「そんな風に言われたのは初めてよ。集落では個体名なんてあってないようなものだから。狩りの上手さか子守の上手さで役割が変わるもの」
「なるほどね。僕は君たちのような種族の習慣に疎い。では追加条件で君たちの好みを教えて貰おうか」
「ふふ、おっかしい」
猫耳少女は吹き出すように笑い出した。
完全に僕のことを貴族ではないと信じてくれたのだろうか?
それとも僕があまりに胡散臭いから貴族らしくないとか?
「どっちかと言えば後者じゃないか?」
「ヘイワードさん、心を読まないでください」
「つってもよぉ、嬢ちゃんの考えなんて手に取るようにわかるぜ?」
「馬鹿な! 僕はそんなわかりやすいか?」
「わかりやすいっていうか、単純?」
「ガーーーン!」
僕はショックを擬音で表現した。
すぐ横ではツボにはまったのかお腹を押さえて笑い転げるシーラ。
まぁ結果オーライと言うことで許してやるか。
「んじゃ、術式調べるからちょっと触るよ」
「変に扱わないでよ?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。触って発動するんなら日常生活も送れないじゃない?」
「それは、そうだけど……」
シーラが言葉を返したその時、彼女の頭の上にある耳はガチャリと言う音を拾い上げていただろう。
そして首回りの開放感。
僕に手には彼女が何年身に付けてたか分からないアクセサリーが握られている。
「うわ、こんな雑な術式初めて見る。これで高位錬金術師とかへそで茶を沸かしちゃうって」
「意味は分からんが、つまりどう言うことだ?」
「お遊戯レベルだよ。そんなビビること無かった。これなら【錬成】一つでまとめて潰してお釣りが来る」
手元の拘束具を金属片に変える僕に、シーラはその場でひれ伏すように土下座を披露した。
「なに? そんな畏まることでもないでしょ、これくらいで」
僕にとって児戯でも、彼女にとっては違うのか。
彼女の願いはきっとこうだ。見ず知らずの私なんかを助けてくれたお人好しだ。頼めば一族も助けてもらえるかもしれないと。
「いや、これくらいはさせてください。トール、いやトール様」
「なんだよ水臭い。僕はトールでいいよ。その代わり僕はキミをシーラと呼び捨てにするけど」
「ではトール、私の家族を助けてくれないか?」
「対価は?」
「トールへの忠誠を誓おう」
「弱いな」
「だが私たちには返せるものがこれしかない。トールは貴族だしお金にも困ってないのだろう?」
「ならばそうだな、僕の願いを一つだけ聞いてくれ。それだけでいい」
僕は対価としてそんな曖昧な条件をシーラに突き出した。
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