第16話 噛み付くペットにお仕置きを

シーラに連れられた先は、なんとメリンダさんの管理する宿の一つだった。


だよね、ここの宿安いし。

僕と業務提携してから店舗を増やして行ったらしく、今やリビアの街のほとんどの宿のオーナーはメリンダさんが担ってる。


そもそもこの人は働き者だし、噂話が大好きだった。

そんな噂はポーションを納品した時に大体僕の耳に入ってくる。


別に僕はお金を儲けたい訳じゃなく、販売ルートを確保したくてメリンダさんに声をかけていた。

宿屋って近所の人じゃなく外から来た人にも分け隔てなく声をかけるじゃない?


特に僕のような乞食ぽい格好の人でも助けてやりたいって意味で金にならなくても泊めちゃうんだよね、この人。

ヘイワードさんと一緒で損しやすい人で、僕にとって大切な人でもある。


そんなメリンダさんからの報告で、ここの人達は「貴族に怯えてるフリ」をあちこちでしているらしい。なんの目的があるか分からないけど、注意しとけと言われた。


彼女は僕をただの食いしん坊な女の子だとしか認識してないから仕方ないけどさ、酷くない?

全く、誰のポーションで宿を改築できたと思ってるのさ。

なんだか急に腹立たしくなってきたぞ。


そんなあれこれを考えてるうちに、シーラは目的の場所に到着したようだ。そこは大部屋らしく、中には30名近く詰め込まれていた。


「こっちだ」

「いや、詰め込みすぎでしょ。それと匂いもすごい」


お風呂入ってるの? と聞くと、水浴びで十分だと即答されてしまった。ここら辺の森、大体人の手が入ってるし水浴びするには不向きでしょ?


そう述べるとシーラは白状した。

彼女、単純に水浴びが嫌いだそうだ。お陰で部屋の匂いが動物園。

まさかおしっこやうんちまでここでしてないよね、って匂いだ。人を近づかせない為とはいえここまでやるかな?

まぁ僕には問題ない。


「シーラ、そのお方は一体どこのお貴族様だ。無礼は働いてないか?」


そんな動物園の巣窟からのそりと一歩前に出てきたのはこの部族で一番強いだろう男。

見上げるほどに大きく、ちょっと力を込めて殴れば樹木とかへし折りそうな骨格と筋力をしていた。


貴族に酷いことをされてるのは間違いないけど、こんな人達が負けて難民になる事が意味不明。そしてどこの国から流れてきたのかも不明。

どうやってリビアまできたんだよっつー、不明な点だらけの来客なのだ。


「大丈夫よ、長。この人平民だから」

「シーラ、お前呪具ペインはどうした?」


ペイン=呪いか。なんともチープなネーミングである。


「聞いて、長! この人ペインをあっさり外しちゃったの!」

「取り敢えず初めまして。ああ、そんな畏まらなくてもいいよ、僕はそんなに大した人間ではない。平民であるのも事実だ」

「本当に、貴族様ではないのか?」

「いいや、貴族さ。今はね? 生まれが平民というだけだよ」

「ちょっとトール、余計な事言わないで! 長がこんがらがっちゃうじゃない!」


シーラはシャー! と威嚇しながら尻尾を逆立てた。

ハイハイ、余計なことは言いませんよ。

両手を挙げて降参する僕に、シーラはそうしてて頂戴と憤っている。フレンドリーになりすぎるのも問題かな?


どうも僕程度ならいつでも勝てると思われてしまったらしい。

一応貴族様だから逆らわないようにはしてるけど、こんな見た目じゃなければ尻に引くタイプかもしれないね。

ほら、猫って勝手気ままな生き物だし。


「シーラ、この方は何者だ?」

「聞いて、長! この人は私達の一族を救ってくれるかもしれないの! 長も前々から呪具に身体を蝕まれて本気を出せないって言ってたでしょう?」


シーラの方は僕を信頼に値できる人物だと必死に説得してくれている。

けれど長と名乗った男はどこか胡散臭そうに僕を値踏みしている。まるで実力を測られてるような、そんな感じだ。


「シーラ、ペインを無効化できるというのは本当なのか?」


長の表情は胡乱げだ。無理もない。

僕にとって稚拙とは言え、外そうとすれば首から針が出て毒を流し込む仕掛け。

微量の毒で死にはしないが、本来の力を発揮することなく、狩れる獲物も狩れない。

そんな状況を体験してきたのなら疑い深くなるのも仕方ない。


「ではシーラ、全力で動いてみろ」

「そうしたら信じてくれる?」


長の質問に笑顔で答えるシーラ。

長は何かを測っているような、別のことを考えているのだろう。チラチラと僕を見ては警戒している素振りだ。


場所を変え、表に出る。

街の外に出る必要はないのか、裏町の広場に僕とシーラの長の三人でやってくる。他の人たちが来ないのが不思議だが、この長なりに何か考えがあるのだろう。


「では行きますよ!」


シーラはその場で軽くジャンプして、跳躍してみせた。

大体二メートルは飛んだか。人の身であればそこまで飛べたら達人だ。しかしシーラは非力。


あの細い腕ではゴブリンは狩れてもグリズリーは狩れないだろう。僕は獣人の能力をチェックしながらバッグから取り出したテーブルにテーブルクロスをかけ、椅子に座ってお茶を飲みながらメンチカツをつまみにシーラの体の調子を見学している。


ジャンプ力もそうだがスピードも素早い。冒険者になったらさぞかし優れた斥候になる事だろう。

そんな僕をおかしなものでも見る目で長が見下ろしている。


「……なに?」

「いや、どこから出したと思ってな。マジックバックであられるか?」

「そんな大層なもんじゃないよ。これは僕の部屋と空間を繋げてるだけの、そんな簡単な仕組みさ」


仕組みは簡単で魔法陣も一個。

でも他の錬金術師が誰一人として辿り着けてない方程式を用いている。

長は固まっていた。

そんな事が可能なのかと。


「高名な錬金術師様であるのですか? トール様は」

「どうかな? 僕は権力に興味はないけど、僕の作った商品は帝国内でも結構重宝されてると聞くよ」

「長、見ててくれたか!」


お互いに値踏みしてて全然見てなかったとは言い出せず、僕と長は取り敢えず頷くことにした。


「シーラは凄いですね。あのように動けたならさぞかし優秀な斥候役になる事でしょう」

「それは叶わぬ夢ですな。我ら亜人種は人間と認められておりませんから」

「ふーん」


奴隷だからとかじゃなくて、そもそも人間扱いされてなかったわけか。これで点と点が繋がったな。問題はリビアに入り込んだ理由……これは考えなくてもわかるか。


「それで君達はセーレ神教国からわざわざ帝国まで足を運んで来てくれた訳だね。難民のふりして」

「!!」

「?」


反応したのは長だけだった。シーラは特になんのことかわからないように首を傾げる。


「なにをそんなに驚いているの? 言ったじゃない、今の僕は貴族だって。まさかなんの裏取りもせずに難民受け入れなんてすると思った? 僕がこうして接触しにきた理由はもうわかってるよね?」


長の額から脂汗が滲む。

体が強張っているのがわかる。

纏うオーラは口封じに僕を殺すしかないという顔。


「あ、一応言っておくけど僕には手を出さない方がいいよ。こう見えて顔は広いんだ。シーラが通ってる定食屋は僕の行きつけでね、そして君達が宿泊してる宿の女将さんは僕の取引先だ。僕がいなくなったら直ぐに気がつく。やめておいた方がいい」

「長? 急にどうしたんだ? トールは我らを助けてくれる錬金術師様だ」


縋るシーラの背中からは手刀が生えた。

シーラは大量に血を吐き出しながらその場に昏倒する。


「あーあ。大義のためとはいえ、仲間を殺す?」

「知らなくていいことを知った。殺すのは当然だ」

「じゃあ僕も殺す?」

「無論!」

「やめておいた方がいいよ。君じゃ僕に勝てない」

「我らは負けられんのだ。ぬぉおおおおおおおおおおお!」


長は毒をわざと外そうとずらし、痛みを堪えながら筋肉を膨れ上げさせた。痛いし苦しいけど、それは過剰に肉体を活性化させるための副作用かよ!


ドーピング薬。それを備えた凶戦士と言ったところか。

これは放っておけばリビアの街もタダじゃ済まないな。

普通ならば。


「でもそれでもまだまだだ。そうそう、僕は錬金術師とはもう一つの顔を持つ」

「今更命乞いをしても無駄だ。お前は殺す!」

「最後まで話を聞けって。あんた、〝雷帝〟って知ってる?」

「王国の最速でSランクを達成した化け物だろう? お陰で王国は楽に落とせたわ!」

「そうなんだ。じゃあ帝国は落とせないね」

「何故そうなる? そんなのは脚色された伝説にすぎな……いやトールと言ったか? ……まさかお前は!?」

「あ、気がついちゃった? じゃあ一番軽いやつ行くね? はいどーーーん」


ピシャァアン!!

晴天の霹靂を3発かましたら動かなくなった。


今のうちにセリオと同等の記憶改竄を行っておき、ついでにシーラを蘇生した。蘇生というのは建前で、要は死ぬ前に命を繋いだというのが正解か。





「ん、んぅ……あれ? 私は?」

「おはよう、突然寝ちゃうからびっくりしたよ。ご飯食べる?」


差し出したのはメンチカツ。朝から食すには些か重いが、僕はこれを主食にしたい過激派である。異論は認めん。


「あ、ありがと。食べ物ならなんでも嬉しいよ」


猫舌なのか紅茶を啜ろうとして勢いよく離した。

舌を外に出して熱そうにしている。まんま猫だな、この子。


「ああ、熱いのはダメなのか。ジュースもあるがいいか? 一応冷やしてあるやつだから安心してくれ」


瓶に入っているのは酸味の少ないリンゴジュース。それをコップに注いでシーラの前に差し出した。ちなみにこのリンゴジュースはマリーのお気に入りである。あの子もよく動くからシーラ見てたらあの子を思い出すんだよね。


「美味しい。優しい味がする」

「そりゃ良かった」

「そういえば長は?」

「ああ、なんだか急用を思い出したとかで先に宿に帰ったよ。シーラを僕に預けて」


勝手だよね、と呆れて物を言うとシーラはそうだなとどこか同情するように笑った。


それからセーレ神教国のペットだった亜人種達は、各国にばらけていた仲間を何故かリビアに集め始めた。


あの長、マジで亜人種達の長だったようだ。

僕の正体を知ったからか、はたまた記憶を改竄したからか、今ではすっかりいい人になって各部族の長に「帝国に仇をなすのはやめろ〝雷帝〟がやってくるぞ」と脅しながら何故か僕の前に傅いた。


「あの、こう言うの困るんだけど。帰ってくれる?」

「そう言うわけには参りません。我ら亜人種は最も強い者に付き従う。その中でトール様は我らを束ねる長に最も相応しいと各部族内で答えが出た」

「僕が許してねーって言ってんの!」


それから亜人種達は、毎日僕の屋敷にやってきては、熱心に僕の銅像にお祈りする立派な参拝客になった。


家族からも敬っているらしいから門前払いどころか、わざわざここまでくるのも酷だろうと、裏町にもう一個銅像を置く計画を建てた。


無論、僕は寝込んだ。

亜人種なんて嫌いだ。

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