第14話 家族からのサプライズ!
「トールちゃん、綺麗に作ってもらって良かったわね~」
にこやかな表情ではにかむ母メリアの横で、トールは顔を引き攣らせていた。
その日はトールが貴族になって三年目。
家族が祝ってくれる日だった。
しかし三年経った今ではトールは伯爵家の大黒柱。
普通のプレゼントでは恩返ししたりないと数日前から何かとコソコソ動いていた家族が、満を辞してトールにお披露目したプレゼントがある。
それは誕生日プレゼントとしては余りにも重すぎる。
そのプレゼントはトールを模した銅像だった。
しかもこの銅像、ただの銅像ではない。
動くのだ。いろんなポージングをしては見るものを魅了させた。
そこにはトールが今まで取った覚えのないものまで混じっている。
きっとアリシアの仕業だろう。
魔道具の知識をこんなくだらないものに何を考えているのか。
トールは怒り心頭だが、アリシアは取り付く島もなく自分の仕事にうっとりとしていた。
もしかしてこれはイジメではないか?
そう思ってしまうのは無理もない。
だがタチの悪いことにこれらは家族からの善意で作られている。
本人が受け入れられるかどうかは問題ではないのだ。
「母様、これは一体何ですか!? どうしてわたくしが銅像になってるんです!?」
「何、と言われてもわたくし達でよく話し合ってどんなプレゼントがいいか話し合った結果よ?」
家族公認かよ。ただあの家族ならノリノリでやりそうだと確かに腑に落ちる。トールが散々振り回してきたおかげで肝っ玉が太くなった結果である。思えば自業自得だった。
「見てお姉様。この銅像を見たものはお姉様の愛らしさを心に留めてお帰りになられることでしょう」
「いや、とどめなくて良いし」
うっとりとした妹の言葉とは裏腹に、トールはこの世の終わりみたいな顔だ。もう誰も信じられない。鬱々とした気配を匂わせている。
「トールちゃんは恥ずかしがり屋さんだから、人の目が気になるのよね?」
「まぁ、そうでしたのね」
母の言葉に納得する娘。だがそれはないと言い切れる。
トールはどこまでも自分勝手であり、他人の視線は気にしない人物だ。
特に食事中はそれが顕著で、口の周りにいっぱい食べかすをつけて美味しそうに咀嚼するし、ゲップも厭わない豪胆さも併せ持つ。
ただ自分を女として見られた時、恥ずかしくて死にたくなることはままあった。
そういう意味では恥ずかしがり屋という言葉は当てはまるのかもしれない。
「それにいつもは禁止しているオーク肉のカツも用意したのよ」
「それは本当ですの?」
「ええ、ヘイワード様でしたかしら? トールちゃんが懇意にしているシェフを呼んで直々に作っていただいたの」
「それは、楽しみですわ!」
色気より食い気を優先する二十歳児はチョロかった。
簡単に食事で釣れる。それも安上がりの庶民メシでだ。
だがトールはその巧みな誘いを断りきれない。
嫌なことがあれば食って忘れる簡単な体の作りをしていた為だ。
ここで母の誘惑を振り切らねば自らの汚点がいつまでも玄関に残り続ける危惧はあるが、自宅でカツが食べられる事を優先した。
「お父様、この黒いソースをかけていただくのが通の頂き方ですのよ!」
「なるほど、それは良い事を聞いた。早速いただこう」
普段落ち着いた食事の時間は暴走するトールによってとても賑やかなものになった。傍らには今はなくてはならないダイエットポーションにサプリメントの万全体制。
大きく口を開いて豪快に食べるトールの横で、アリシアはナイフで小さく切って口に運んでいた。
サクッ、ジュワァ!
衣を噛み切ると衣の内側に閉じ込められていた肉汁が溢れ出す。
姉の好物と聞いてぜひ口にして見たいと思っていたアリシアだったが、その油の多さに胃もたれしそうな心地になる。
「アリシアにはまだ早いかもしれませんわね。脂が気になるのでしたらこの茹でた卵を使ったソースをつけて見たら?」
それはタルタルソース。
ソースをつけただけであの油のくどさが消えるのだろうかと疑心暗鬼のアリシアだったが、尊敬する姉からの言葉を受けて、言われた通り白いソースをディップしてから口に運んだ。
すると最初に感じたのは卵のとろっとした甘味と玉ねぎのシャキシャキ感とほんのりとした酸味だった。
今まで口にした事のない味わいに驚き、次にカツの脂身が口の中で一つの調和をもたらした。それはきっと初めての克服。
今まで合わないと思った食事がソースひとつでここまで変わるものかと姉の言うことは間違い無かったのだとアリシアは食を進めた。
「ね、美味しいでしょう?」
「ええ、お姉さまは色んな事を知っておいでですのね。もっとわたくしに教えていただけませんか?」
「良いわよ。でもわたくしの指導は厳しいわよ。ヘイワード様、いつものアレをお出ししてちょうだい」
パンパンと手を叩き、すっかり主人気分のトール。
厨房からは無茶言うな、材料持ってきてねーよ苦言が上がった。
急いで外に連絡を取り付けて屋敷に持ってきてもらったトールはヘイワードに例の肉の暴力、もといハンバーグをつくらせて食卓に運ばせた。
普通こう言う場ではステーキを出すものだが、残念なことに、舌がお子ちゃまのトールにとってはこっちがご馳走だったのだ。
「トールちゃん、これは一体何かしら?」
「お母様、これはハンバーグと呼ばれる肉料理ですの。今わたくしが切り分けますわ」
「まぁ、今日の主役のトールちゃんに切り分けてもらえるなんてお母さんは幸せ者ね。ねぇ、あなた?」
「そうだねぇ、トール。そのハンバーグとやらの美味しい食べ方をぜひ教えてくれないか?」
「わたくしもききたいですぅ!」
家族からの猛攻にトールはいい気分になった。
なんなら家族に肉料理の魅力を伝えようと邁進した。
翌朝。
トールは奥底に封印していた記憶を否が応でも目覚めさせられた。それは外に出ようと一歩玄関を出た時のことだった。
『おはようございます。トール・レオンハートですわ。朝も早くからご苦労様です。いってらっしゃいまし』
いつの間に録音されていたのだろうか。
いや、こんな挨拶トール自身言った覚えはない。
その言葉を発していたのは自分ではなく、サプライズプレゼントとして庭先に飾られて銅像であった。
着飾ったドレスをたなびかせ、通りゆく人々に声をかけ続けている。
ただの銅像でさえ恥ずかしいのに、まさかのセンサーで人を感知して挨拶する機能付き。無駄に高性能で季節によって装いを変える仕組みだ。
音声パターンはいくつかあるのか、しかしそのどれもが相手の気を遣うような言葉でまとめられている。
これが家族から見たトール像の集大成。
反吐が出そうだった。
トールの内面はもっとドロドロしてるし、ここまで清廉潔白ではない。周囲からそう見られてる気はしてたけど、まさかここまで酷いとはトール自身思っても見なかった。
トールはその日から一週間寝込んだ。
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