第7話 悪者を改心させよう!

どうして僕はこんな所にいるんだろうか?


そう言えば店長のお店に寄った帰り道から記憶がない。

知らない天井の下でぼんやりとして居ると、いかにも悪人と行った風情の男がナイフを舐めてこちらを見下ろしていた。


「へへへ、いい子にしてなお嬢ちゃん。もうすぐ新しい旦那様の元に着くからなぁ?」


新しい旦那様? もちろん心当たりはない。

もしかして誰かと間違えられてるのだろうか?


この姿で彷徨き始めたのはリビアの街でのみ。

なのに誰と間違える?

ああ、一応候補は居るな。双子の妹のアリシアだ。

言う程似てるか? と思わなくもないが、マリーの奴は信じていたし、割と似て居るのだろう。

アッシュにも間違えられたし。


しかしわからないのはどうしてアリシアを誘拐しようと思ったかと言う事だ。

娘を溺愛してるうちの父さんがアリシアに手を出したらどんな報復行為に出るのか知らないのか?


きっと笑顔で賊を消し炭にするぞ?

あの人は普段ニコニコしてるけど、怒らせたらおっかないんだ。


「旦那様?」

「そうだ、リーデフィル男爵様が新しい旦那様になるんだよ」

「嫌、おうちに返して!」


ちょっと演技をしてみた。

案の定と言うか、暴れないように手は拘束されて、そのロープで体をぐるぐる巻きにされていた。

こんなのじゃすぐ逃げられちまうぞ。

いや、きっとアリシアの魔力が低いことを知っててこの程度の対処で済ませたんだ。


だが今のアリシアなら平気で抜け出してしまうな。

普段抱き抱えてるクマの人形は魔道具で動くオートマタだ。

簡単な命令なら実行してくれるし、紐を結ぶ、解くのもお手の物。出し抜かれる心配はない。


じゃあなんで僕がおとなしく捕まって居るのかと言えば、うちの妹に手を出したバカをとっちめて二度と逆らえないようにけちょんけちょんにしてやる為だ。


「おっと、魔力がないのは知ってるんだぜ? 痛い目には会いたくなかったら大人しくしてるんだ!」


月明かりでナイフを光らせながら脅してくるごろつき。

素人か? あまりにも隙だらけで頭の中でシュミレーションした結果5回は無力化できるビジョンが浮かんだぞ?


それからもごろつきは変わる変わる違う人員を配置して僕を逃さないよう見張りをつけた。

それでようやく今回の首謀者の男と面会する。


その男はでっぷりと太っており、一目で病んでるなと思わせる陰キャの男。ちなみに年はアリシアより二つくらい上だろうか?

鼻息を荒くしてブヒブヒ言っていた。


「よく来たね、アリシア。今日から君は僕のお嫁さんになるんだ」

「誰?」

「……ぐっ、君もそうやって周囲の大人達の様に僕を居ない扱いするつもりかっ! どうせ言うこと聞かないなら無理矢理に手籠にするつもりだった! 僕の魔力で人形になれ!」


感情が溢れ出す。確かこの魔力は闇属性!?

そんなものを扱える貴族がまだいたのか。それともこいつが余裕ぶってる理由もそこが理由か?


煙の様に薄く伸ばされた魔力が染み込む様に僕の肌に……入っていかない。反発する様に周囲に撒き散らされ、先程まで余裕ぶってた男の表情が狼狽する。


「どうして! どうして僕の闇魔法が効かない!?」

「なんの話ですの?」


ここは敢えてわからない様にキョトン顔でお答えした。


「チッ、魔力が低い筈なのに、どうして抵抗されるんだ?」

「そんなに魔力の多さが重要なのですか?」

「当たり前だ! 僕たち貴族は魔力量の多さで優劣が決まる、僕のお嫁さんになるのはそれ程凄いことなんだぞ! 分かったら従えよ! 従って僕の従順なお嫁さんになれよぉ!」


言ってることはただのガキの我儘だ。

当然、言うことを聞いてやる義理はない。

けどそのお痛は一歩間違えれば妹に向けられていたわけで、とても許せるものではなかった。


ピシャァアン!


室内に突如雷が落ちる。

帯電した髪がふわりと宙にまった。


「なんだ、何が起きている? アリシア、説明しろ! お前は一体なんなんだ!」

「わたくしはアリシアではありませんわ」

「なにぃ? おい、どう言うことだ。僕はアリシアを捕まえてこいと言ったんだ! ヘマしてるんじゃねぇぞ! 次期レオンハート家の跡取りの僕の言う事が聞けないのか!?」


いやいやいや。男爵の分際で妹に手を出すだけじゃなく、お家乗っ取りまで考えていたと?

思わず深く笑みを刻んでしまう。

無理もない事だ。分かっていたことだ。

唯一の子が娘で、魔力の才能が無ければ侮られる。

この豚はデビュタントで鮮烈デビューした妹に目をつけて、自分の傀儡にしようとした。

はあ? 舐めているのか?

思えば妹が僕を太らせない様にしていた理由はそこにあったのかもしれない。

目の前のこいつのニチャッとした笑みを思い出すだけで身震いさせてしまったのだろう。

そう思えば合点がいった。


「ごめんあそばせ、男爵様は炙りと焼き、どちらがお好みですか?」

「あ?」


僕の手の内にバチバチと電流が集まる。


「死に方を選ばせてあげようと言うのです。わたくしからのせめてもの手向けですわ」

「ひぃいいいいいああああ!! 嫌だ、死にたくない! 僕はこんなところで死ぬ男じゃない! 助けて、たすけろ! そうだ、金か? 金が欲しいのか?」


尻餅を突いてみっともなく慌てふためく子供のオークが情けなく命乞いを始める。

生憎とオーク言語は履修してないのでなんと言ってるのか全然わからない。


「あの世で反省なさいまし!」

「ほんげぇええええええええ!!」


室内に雷が落ちた。

僕の周りから、室内に帯電していた雷が一斉に豚を丸焦げにする。しかし脂肪の多さに助けられたのか、中までこんがりとはいかなかった。やはり室内じゃ威力は抑えられてしまうか。

だったら何度でもやってやる。やった。

僕の前にはこんがり焼けたオーク肉が転がった。


しかし爵位の低い男爵家と言えど、明るみに出れば問題になる。

確かに誘拐されたとはいえ、殺しはご法度だ。過剰防衛もいい所だ。


取り巻きのごろつきはいつのまにか居なくなっていた。

闇魔法は対象の意識を誤魔化して傀儡にする禁呪の一つ。

因みに雷魔法は伝えはあるものの使い手がいなくなって久しい口伝奥義の一つに分類される。


ちなみに電気というのは身体を動かす命令する際に脳から微弱に発生させられるものである。

僕はこの生きててもなんの取り柄もない豚を蘇生させ、意識がないのを良いことに弄り倒した。


結果、



「なんだか生まれ変わった気分です」


綺麗な豚が誕生した。

今までしてきたことなんて忘れてしまったかの様な澄み切った瞳をしている。

とはいえだ、どう見繕っても豚は豚だ。


アリシアの前に出せば内面は変わったとしてもきっと恐れ慄くだろう。お姉ちゃんとしてそれは見過ごせない。


そこで取り出しまするはダイエットフレーバー。

ここまで成長したのはきっと食生活が悪かったのもあるけど、家庭環境も最悪だったのだろうと容易に想像できる。


「それはようございました。これ、よければ使ってくださいまし」

「これは?」

「今きっとお悩みであろう中性脂肪を消化してくれる魔法のお薬ですの」

「なんと! 本当にいいのかい?」

「はい。ですがわたくしと今日ここで出会った事はお忘れください」

「名前も教えてくれずに忘れろっていうの?」

「それがわたくし達にとっての幸せなのでございますわ」


綺麗な豚は濁りひとつない瞳で僕の後ろ姿を見送った。

だが途中で言葉をかけてくる。


「僕はセリオ、セリオ・リーデフィル。この名前を覚えておいてください。今はまだ何も成し遂げてないけど、きっといつか大物になって、今日の御恩をお返ししたいとおもいます!」

「名前だけ覚えておきます」


片手だけ上げて答え、そして雷と共に屋敷に帰った。

魔法陣がなくてもこんな芸当ができてしまうのが雷魔法の利点である。

取り敢えず多方面に波風立たず処理出来たのでよしとしよう。妹に手を出す奴は取っちめてやる!

そんな風にはやる僕だった。







その日から二年後。

セリオ・リーデフィルは過酷なダイエットを乗り越え、白豚だった当時を思わせないすっきりとした顔立ちの少年へと変貌していた。

あの日トールから賜った魔法のフレーバーで大好きな脂っこい料理を食べても太らなくなったのだ。

そして今まで自分を無能と蔑んでいた人物達も、一心に打ち込むセリオの姿を見てその評価を払拭する。


持って生まれた魔法は闇属性の使役系。決して貴族として誇れるものはない。けれど考え方一つなのだ。


リーデフィル男爵家の領地は作物の育ちにくい荒れ果てた大地が延々と続く荒野地帯。唯一近隣に鉱脈があり、そこから出土する鉄鉱石が資源の一つになっていた。


セリオはその作業内容にメスを入れた。

唯一の資源だからこそ、炭鉱夫達を厚遇した。

そして休息の制度も取り、給料の値上げと税の免除を実施し炭鉱夫達のやる気を引き起こした。


今や領内でセリオの名を知らない領民は居ない。

確かにマジックキャスターとしての資質は低いが、領主として同年代よりも何歩も前を歩く姿に社交界でも注目の的になっていた。


そんなセリオもお年頃。

婚約者の一人はできていてもおかしくない実績を積んでいる。

しかし彼の脳内では二年前の出会いが忘れられず、いまだに独り身を貫いていた。


「名も知らぬ貴方は、今頃同じ空を見ているのでしょうか?」


物憂げな瞳とこぼれそうな唇からはため息と共に熱のこもった感情が吐き出され、空気の中に溶けて消えた。


思春期の男の子に多大なる勘違いをさせたトールはその頃、リビアの街角で美味しそうにメンチカツを頬張っていたことなどセリオは知る良しもなかった。

もし知ったとしても、彼の中で美化されまくってきっと補完されるであろう事は語るまでもないが。

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