第8話 国外への物資流出を防ごう!
この度僕達はマリアンヌの子爵家へ家族揃ってお呼ばれする事になった。
表向きはお茶会として。しかし実態はもっと深刻なSOS信号だった。
事の経緯はこうだ。
ここ数日シルバーフォックスの領内で物資が他国へ流出していると報告が上がった。
報告を上げてくれたのは先々代からシルバーフォックス家に仕えてくれてるアキレス商会で、実力な確かな密偵を使って裏取りをしたそうだ。
流れた先はセーレ神教国。
この国はセーレ教という一つの宗派が母体で、国民全員がセーレ教徒というとんでもない国である。
国としてはまだ出来たばかりでありながら、年々国力を伸ばしており王国に迫るほどの国力を蓄えている。
そこにきて物資の流出だ。まず間違いなく──
「戦争か」
リード父さんが重々しく語った。
マリーの親父さんもちょび髭を擦りながら頷く。
「規模は?」
「分からない。だが裏の帳簿を見る限りではあの国の建国辺りから秘密裏に流れていたらしい」
「お前が気付かぬほどか?」
「ちょっとした手土産のような量だぞ? 咎めたところで家族をダシに使われて上手く躱してくる。目くじらを立てたこちらの器量の小ささを晒す事になる。狡っからいやり口だが、なかなか向こうは人身掌握に長けているようだ」
「そんなこと言ってる場合ではないだろう? 流れ出た分より、これ以上流れていかない為の策はあるのか?」
そんな真剣なやり取りを僕達はドーナツを食べながら聞いている。フレーバーとは名ばかりのダイエットポーションをお供に優雅なお茶会を堪能していた。
こんな時にマリーは馬鹿正直に自分の無力さを呪っている。
子供の出る幕じゃないって。親に任しとけばいいんだよ。そう言ったら膨れながら僕の手の甲をつねった。
どうやら怒らせてしまったらしい。
「お姉様、あれではマリーが可哀想です」
「だって本当のことだろう? マリー一人が出張ったところでなんの役にも立たない」
「そうですが、お姉様でもなんとか出来ないのですか?」
「僕は発明ぐらいしか脳のないお嬢様だし? それと僕がしゃしゃり出たところで父様達を納得させる材料がないよ」
「ではそれがあれば動いてくれるのですね?」
「うん、まぁ」
言質は頂きましたよ、とアリシアが微笑む。
凛々しい妹も可愛いなぁ。
しかし10歳児が出る幕じゃないと思うんだが。
「お父様、お話中に失礼いたしますわ」
「ああ、アリシアか。どうした?」
突如話に入ってきた妹に父さんは少し空気を読みなさいと言うように眉を下げ、マリーの親父さんはその表情を見て何か言いたいことがあるのであれば言ってみなさいと言葉を促した。
父さんは子供に何がわかると言いたげだが、自分たちでも手詰まりの内容、もしかしたら子供の柔軟な着想で挽回できるのではないかと藁にもすがるつもりで促していた。
「お父様、話を聞く限りセーレ神教国の教徒達は帝国内に入り込んでいるのでしょう?」
「そうだな。事は子爵家だけの問題ではない。我が伯爵家の領内からも物資が運び出されていると見ても良いだろう」
だろうな。リビアの街は平和だが、思えばヘイワードさんの店を改装した日、鉄鉱石だけやけに入手しづらい事があった。
一時的なものかと思ったが、今も高騰し続けている。
鉄製品は安価で、多くの住民が生活の一部に鉄を扱ってきた。
もし今後も入手が難しくなれば、生活のグレードを下げる必要がある。一度手にした硬くて軽い金属を、重く柔らかい銅に変えるのは住民全体に不満を募らせる事になる。
対して値下がりし続けてる銀は柔らかすぎて補強には仕えない。
なんとも困った状態に陥っている。
鉱脈があったのはあの豚男爵の領地か。
しかしあの領は今や昔と遣り手の指導者の元、産出量を増やし続けていると聞く。
だからリビアに鉄鉱石が入らないのは単純に横から掠め取ってるやつがいるという事だ。
アリシアが口を開く。
内容は聞こえてこない。どうやら周囲の音を消す魔道具を使ったようだ。用意周到な辺りアリシアの地頭は悪くないんだよね。
頭にメンチカツが詰まってる僕とは違い、あの子は普通に優秀なのだ。言ってたらメンチカツ食べたくなってきた。
あー、お腹すいた。
と、アリシアの話が終わったようだ。
父さんとマリーの親父さんが僕のことをマジマジ見てきている。
取り敢えず笑っておけば良いか。にこりとしておいた。
「トール、聞いていたか?」
「いえ、アリシアは消音の魔道具を使っていました。話の内容はわたくしには聞こえておりません」
「魔道具……そんな高価なものをその歳で買い与えているのか?」
あ、マリーの親父さんが勘違いしている。
父さんも普通はそう思うよなと苦笑いしていた。
「こうして顔を合わせるのは二度目ですね。子爵様」
「ダインだ。いつも娘が世話になっているね」
「いえ。遊んでもらってるのはこちらの方ですわ。それで、本題に入っても?」
「ああ……」
マリーの親父さん、ダインさんがやりづらそうな顔をした。
そっくりな顔をしたアリシアは聡明だが、僕は狡猾……そのように感じているかもしれない。けどその評価は何も間違ってない。
「確かにわたくしやアリシアは錬金術師です。ですがマジックキャスターより劣るという認識は持ち合わせておりませんわ」
三日月を思わせる笑みを浮かべる。
「トール、無礼だぞ。あまり子爵を揶揄うな」
「失礼、ダイン閣下。わたくし、マジックキャスターに劣らないと申しているだけで、マジックキャスターをこき下ろしているわけではありませんの。例えばこの杖、なんだと思います?」
「杖も何も、普通の子供用の杖だろう? このサイズだと集中力があまり高められず威力が出ないと言われている。違うか?」
「そうですわね、普通の杖であれば。アリシア、少し演舞をしましょう。ダイン閣下、ここでは手狭です。どこか開けた空間はありませんか?」
僕の意図を最初に汲み取ったのは父さんだった。
「ダイン、この子は今から魔道具を使って度肝を抜いてやると言っている。魔法の鍛錬場へ案内してやってくれ」
「なんだと? あんな杖でどうやって?」
「大丈夫だ。私も現物を見ている。何度見ても夢であってくれと願ったほどだ。だが事実だ」
「リード殿がそう言うのならわかった。今はこの小さなプリンセスの言い分を信じよう」
父さんナイス。心の中でグッジョブと唱えながら僕たちはシルバーフォックス家の魔法鍛錬場へと案内された。
「なんて事だ。魔法の詠唱もなしであの威力! 私は夢でも見ているのか!?」
的に向けて実に3度、杖型の魔道具を振るっただけでダイン閣下はアンビリーバボーと言いたげな顔をした。普通は信じられないけど、これが現実なのだよ。
「トール、満足したか?」
「ええ。少しスッキリしました」
「少しって君……いや、良い。君は前からそういう子だったね」
「ですわ」
ちょっと得意げになって胸を張る。
妹のアリシアだけがパチパチと手を叩いていた。
ちなみに魔道具の扱いはアリシアも大したものである。
しかしコントロール精度はまだまだ甘い。
僕が30個の的を粉砕している横で、アリシアは12個しか的を射抜けていない。そう言う意味での拍手だ。
ちょっとやる気出たと言う顔で僕を褒めちぎってくれている。
「降参だ……錬金術師の力が優れているのは認めよう、でもだからって彼女が参加しただけで何が変わる?」
言いたい事は分かる。今見せつけたのは錬金術師がマジックキャスターと能力が変わらないと言うところだけだからな。これから参加することと少しだけ話がずれている。
「それについてはわたくしからお話ししますわ。ダイン子爵閣下」
アリシアが僕とマリーの親父さんの間に割って入る。
僕と対峙してる時より若干ホッとしているのは気のせいか?
いいもん、いいもーん。どうせ僕は相手を怖がらせることしかできないですしー?
と、一人で拗ねてるとアリシアがいい感じに話をまとめてくれていたのだろう、マリーの親父さんがようやく納得いったように僕を見る。
「君なら、流出を抑えられると言うのは本当か? 期待させてもらっても良いんだな?」
「確約は出来ませんが、可能な限り対処してみせますわ」
僕の横で何故かアリシアが大船に乗ったつもりでいると良いですと言いたげにふんぞり返っている。
この子もちょっと僕に似てきたかな?
そう言うのはちょっと望んでないのだけど、可愛いから良いか。
◇
僕は取り敢えず現地に向かい、流出が激しい食料品庫を覗いた。
見る限りでは普通の倉庫だ。ただ鍵が安易な施錠タイプで、合鍵を持っていたら入りたい放題だった。
これは頂けない。
もし夜中に集団で中身を盗まれてたら目も当てられない。
今から炙り出してももう遅いだろうし、僕は簡単な鍵を作ってダイン閣下にお渡しした。
「これは?」
「一応通行証ですね」
「通行証?」
「この鍵はマジックキャスターである貴族の人間以外では開錠できず、それ以外の方が開けたらある仕掛けが発動します」
「その仕掛けについて詳しく聞こうか?」
「単純なものですよ、〝転送〟です。物資を盗りに入ったのに、全く違う場所に出た。見ず知らずのところの方がいいでしょうね。懲らしめると言う意味で空の上にでも設定しましょうか?」
マリーの親父さんはちんぷんかんぷんと言った顔だ。
「トール、一度見せた方が早いと思うぞ」
「そうですね。では父様、お入りください」
「ここで父親を実験台に使おうとする娘がいることに驚きを禁じ得ないのだが?」
「大丈夫ですよ。賊には容赦しませんが、父様はわたくしにとって大切な家族ですので」
真下にトランポリンぐらい跳ねる衝撃吸収マットを敷いといたので準備バッチリだ。
そして父さんが倉庫に入ったと同時に姿がかき消え、
「───ぁぁぁぁあああああああ!!」
と言う声と共に真上から落ちて来た。
設定した場所は入る直前の上空10メートルくらい。
下手に着地できなきゃ死ぬかもしれないけど、この世界には打撲程度なら直すポーションがあるから大丈夫だろう。
クソ高いけど。何度もやったら死人が出るかもしれないな。
まぁ賊にかけてやる情けは無いので大丈夫だろう。
衝撃吸収マットの上では恐怖に顔を染める父さんが肩で息をしながら鬼のような形相で僕を見つめていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ、痛いですわお父様~~~」
涙声で訴える僕に、こめかみを握った拳でぐりぐりと抉ってくる父さん。
スキンシップにしたって相当厳しいのではないですか?
ほら、アリシアが見ていますよ。
それ以上はやめてください。頭が割れてしまう~~~!
「君は、君は、君は、君は! なんてものを私に体験させたんだ! びっくりして心臓が口から出てくるところだったんだぞ!?」
「無事だったから良いではありませんか~~~~」
「そう言う問題ではない!」
結局なんやかんやあったが、それっぽっちの仕掛けで物資の国外流出は恐ろしいまでの効果で激減した。
その後のセーレ神教国のスパイは驚くほど簡単に見つかった。
何せ急に怪我をした人物を探ればいいだけだからだ。
それと高級なポーションの買い付けを行なった顧客リストの洗い出しで大体の主要人物が絞られた。
追い払ってもなかなか尻尾を掴ませない手合いは、一度痛い目を見たのが効いたのか、あっさりと領内から引き払ったと言う。
子爵様からはお礼状と共に、錬金術師の地位向上の打診を帝王様にしてみると言う心づけも頂いた。
僕はどうでもいいけど、アリシアの将来の味方が一人でも増えてくれたんなら嬉しいな。
マリーは既に味方だけど、その親まで引っ張ってくるとなるとそれなりの功績を上げなければいけないし、いい感じでチャンスが転がり込んできたよね。
ちなみに父さんはあの日以降、僕とは一週間まともに口を聞いてくれなかった。
だからごめんってば。
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