第6話 劇的!バイト先ビフォーアフター

「おう嬢ちゃん、今日もアルバイトしに来てくれたか」

「勿論。て言うか僕はこの店のファンとして食べに来てるし宣伝してるんだけどね?」

「初耳だぜ」

「そりゃ言ってないし。それで、今日は屋台借りれなかったの?」


屋敷を拠点にしてからも、僕は懲りずにアルバイトを続けている。

だが僕を待ち受けていたヘイワードさんは、屋台も材料も持たずに声をかけてきた。


「いや、実は嬢ちゃんに頼みがあって待ってたんだ。今日店を休んでるのは別の理由だ」


「頼み? 内容によっては断るけど」


僕は今やお嬢様。ずっと出入りしてるわけにもいくまい。

本当は毎日のように食べていたいけど、最近妹の目が厳しくてな。しかし別の理由も気になるな。


「大したもんじゃねぇよ。今度俺はこの通りに店を構えようと思っててよ。そこで店に合わせた氷温機を作ってもらえないかと思ってさ」

「へぇ、これで店長も一国一城の主になるわけだ」

「そんな大それたもんじゃねぇよ。ま、野望の第一歩ってとこか」


満更でもない顔で喜んでいる。

そして氷温機の依頼。それは今まで貸し出していたレベルでのお願い。確かにそれは僕にしかできない事だ。


店長も薄々気がつき始めたのだろう、僕の貸し出してる氷温機が普通ではないと。

今まではギルドで借りていたのだろうが、どれだけ店を回ろうと僕以上の氷温機を見つけられなかったはずだ。それでこうして待ち伏せしていたのだろう。


「いいじゃんいいじゃん。それで氷温機だっけ? そりゃ勿論可能だよ。サイズはどれくらい?」

「先に間取りを見せた方がいいだろう。また作ったはいいが入りませんでしたは苦笑いしかできないからな」

「それが懸命だね」


店長も弁えてるようで、僕の早とちりを制してくる。


いつも屋台を出してる場所を離れ、中央通りにある丁度角にあるお店に足を運ぶ。

この一見おしゃれなカフェっぽいお店に揚げ物専門のお店が入るとは誰が思うだろう。

しかしホットサンドは今や軽食ブームの火種になりつつある。

軸にあるのは独自のマヨネーズソースと中濃ソースの二本柱。

これが決め手になってヘイワードさんは売上トップをキープし続けた。


「へぇ、いい店じゃない。でも雰囲気良すぎて常連さん、入りずらいんじゃない?」

「だから角の立地にしたんだよ。入り口は表通りに面しているが、裏口は裏通りにあるだろう?」

「うん」

「表通りは女性客を中心にヘルシーなドリンクとサラダを中心に売り上げを出す。勿論人を雇うし俺は表にでねぇ」

「それ、店長いる意味あるの?」

「それを言われちゃおしまいだが、俺はそれでも構わねぇんだ。何せ裏口でやる商売の方が本命だからな。こっちだ」


案内されたのはおしゃれなラウンジから厨房を抜けて食料の冷暗所がある古ぼけた倉庫だ。


「ここ?」

「ここだ。今日からここが俺の新しい戦場になる。悪くねぇだろ?」


古ぼけた木造の倉庫はそれなりに雰囲気がある。

しかし揚げ物をするのに木造は流石に心許ない。


「ここの壁を一部ぶっ壊してカウンターを作るんだ」


ヘイワードさんは裏町に面した壁に向かって手をかざした。既に頭の中で設計図が出来上がってるようだった。ふんふんと頷き、僕も頭の中で検討していく。


「氷温機はこっちに置いて欲しい。あくまで揚げるのは俺一人だからな。奥のスペースは空いちまうが、まぁそれは仕方ねぇ」


ヘイワードさんなりに思うところはあるのだろう。

揚げ物を扱う部屋は手狭に限る。広すぎればいつもの調子で揚げられず、コストパフォーマンスが落ちるからだ。


「氷温機に入れるようにしちゃダメなの?」

「あん? そんなこともできんのか?」

「可能だよワンフロアの氷温機も構想の中にあるし。あ、でも……」

「でも、なんだ? 金がすげーかかるとかか?」

「そこらへんは心配しなくていいよ。ちょっと僕の理論を使う都合上、他人には見せられない仕掛けをするから人払いをしときたいなって」

「そりゃ構わんが」

「なら僕に任せておくといいよ。それと今の内に店長の考える店の雰囲気を教えてくれる? 僕なりに整えておくから」

「おう、そのくらいならいいぞ」


ヘイワードさんは一度商業ギルドによって表の店で働くスタッフの募集をしにいくようだ。その間に僕はこの縦に無駄に長い間取りを改装すべく動き出す。

大体の間取りは把握した。材料を集めに行くかと言うところで帰ってきたヘイワードさんと顔を合わせる。


「おう嬢ちゃん、どっか行くのか?」

「素材の買い出しだよ」

「俺も付き合っていいか?」

「良いけど、鉱石とか見てわかるの?」

「わかんねーけど、俺の店のものになるんだし、どんな材料が使われてるのか見ておきてぇ」

「物好きだね。別に良いけど」


こうやって錬金術に興味を示してくれるのは非常にありがたいことだ。錬金術って貴族からも平民からもなんでか嫌われてるからね。そして僕は馴染みのバザーに顔を出す。


「おじさん、今日は鉄鉱石入ってないの?」

「お、トールちゃん。悪いね、ここ最近急にレートが上がっておじさんのところに入ってこないんだよ」

「そっかー残念。でも加工品は普通の値段なんだ。どうしてだろ?」

「それはわかんないなー」

「よし、じゃあ今日はブロンズとミスリルの板を五個づつもらうね?」

「毎度あり。支払いはいつも通りでいいぜ」

「やった。じゃあポーションも多めにつけちゃう」

「いつも悪いねぇ。一度あれに世話になるとなかなか手放せなくてね」

「こちらこそ、お駄賃浮いて助かるよー」


僕はこうしてポーションを対価に支払うお金を安くしてもらっていた。宿に泊まれば振る舞われる薄めたポーションだが、部屋の数が少なく、欲しくても手に入らない人も少なくない。

そこでポーションの作り手を名乗り、対価で銅貨の代わりに交渉して安く仕入れ値を抑えているというわけだ。

僕も嬉しいしおじさんも嬉しい。まさしくwin-winの関係である。


それから顔馴染みのバザーを数件回るも、やはり鉄鉱石だけが手に入らなかった。

どこかの鉱脈が枯れてしまったのだろうか?


別になきゃないでフルプレートでも買えばいいんだけど、実践用の鎧は高くつくからなー。できれば手付かずの素材を仕入れたいところだ。

銀鉱石の方が安いまである辺り、どこかで買い漁ってるやつが居るな。全く迷惑なことだ。


「なあ、嬢ちゃん」

「なに、店長」

「今支払ってたポーションてあのポーションか?」

「んなわけ無いじゃん。それを薄めたやつだよ。父様用のだと思った?」

「だよなぁ、ってすっかり父様呼びも板についたな」

「おかしいかな?」

「いや、いいんじゃねぇの? 嬢ちゃんくらいの年齢ならもっと親に甘えててもいいと思うぜ?」

「いや、僕もう大人なんだけど」

「そういやそうだったなぁ、悪い悪い」


冗談だよ、と背中をバンバンと叩かれる。

別に痛く無いけど赤くなるからやめてよ。

妹が過剰に心配するじゃん。


あらかた店を回って材料を買い揃えて店に戻る。

取り敢えずこのよく燃えそうな木造の倉庫を補強することから始めるか。


「そういやフルプレートアーマーとかなんに使うんだ?」

「素材」

「錬金術ってなんでもありなのな」

「よく言われることだけど、素材加工のスペシャリストだからね。でも鍛治師と違うのはあくまで形状変化までで鍛え上げることはできないんだ」

「全部が全部うまくはいかねぇのな」

「そりゃそうだよ。日々の切磋琢磨が決め手なの。店長の揚げ物だってそうでしょ?」

「だな。そう考えれば納得がいくわ」


ヘイワードさんの目の前で持ってきてもらったフルプレートを一枚の鉄板に分解する。

取り敢えず【錬成】ぐらいは見せても構わないか。


「すげーな、あの鉄の塊が錬金術の前では首を切られた鶏のようだぜ」


買い込んだスチールメイルとスチールプレートを溶かしてくっつける。

その他に銀鉱石もくっつけて混ぜ合わせた。

それを見ていたヘイワードさんは謎理論でチャチャを入れる。


「スチールはわかるけど、今なんでシルバーも混ぜたんだ?」

「そりゃ軽くするためだよ。シルバーって衝撃に弱くてすぐ凹むイメージがあるけど、あれは単にそう言う作りだからだよ。構造というか、衝撃を外に逃がす作りになってるんだ。僕の場合は硬く、それでいて軽い素材にするためだね」

「へぇ、錬金術ってポーション作るだけのものだと思ってたけど全然違うのな」

「逆に言わせてもらうけど、もし料理って焼くだけじゃないんだねって聞かれたら店長はなんて答える?」

「そいつは人生の半分以上は損してるぜっていうに決まってらぁ」

「じゃあ僕からも同じ言葉を提供してあげる。一度しかやらないから、この事は他言無用だよ?」

「おう」


その日、僕はヘイワードさんに隠していた実力の片鱗を垣間見せた。全力とは言い切れないけど、みるみるただの木造の倉庫が塗り替えられていく様は仰天の一言では言い表せられないだろう興奮に満ちている。


「なあ嬢ちゃん」

「なに?」

「錬金術ってみんなあんなこと出来んのか?」

「さぁ?」

「さぁって……」

「じゃあ逆に聞くけど、料理人ならみんながみんな、店長みたいに完璧な仕上がりに鶏肉を揚げることが出来るの? 出来ないでしょ?」

「そりゃ、なぁ。日々の鍛錬の賜物だし……ってそういう事か。つまり嬢ちゃんにとっての当たり前は一般錬金術の常識には当てはまらない。そう言いたいんだな?」

「そんな感じ。僕の技術は見せた。だから店長の本気も見せて?」

「こいつは負けられねぇ挑戦を受けちまったな。こりゃ立派な氷温機に負けないくらい、いや、使い潰してやるくらいにフル稼働してみせるぜ!」

「そうこなくちゃ!」


その翌週オープンした喫茶店は瞬く間に住民の興味を引くことになった。

表通りに面したドリンクとサラダのお店はデートスポットの一つとして。

裏通りに面した揚げ物屋は労働帰りの住民から絶賛をうけた。


そんな荒くれ者が集うお店の一角では、貴族のお嬢様が揚げ物を嬉しそうに頬張っている風景が見られたとかなんとか。

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