第2話 浴室を魔改造しよう!
「お姉様、何をしてらっしゃいますの?」
「ん? ああ、今魔道具の設計をしていてね。どうにかして半永久的に水が湧き出る仕組みを作りたいんだ。あらかた設計は出来ているんだけど、やはり魔力を継続させる術を知らなくてね、詰まってる」
僕の話を聞いた妹がギョッとしながらその場で佇んでいる。
何かおかしなことを言っただろうか?
「お姉様、もしそれが完成し、世に出回ればパニックが起きますすわ」
「だろうね」
「ではなぜそんな物を作ろうと?」
「んー、アリシアに言って理解してもらえるかわからないけど、お風呂で頭を洗うじゃない?」
「はい」
「洗髪をした後桶に溜めたお湯を頭にかけるよね?」
「ええ、口を閉じてないと泡が入ってしまうアレですね?」
「うん、あれ」
一緒に体を洗う関係上、アリシアはよく目や口に泡を入れて慌てふためくことが多かった。
なぜか入浴中も僕を見ていて気が緩んでいるのが原因らしいが、僕なんて別に見ることないだろうに。
「それがどうしてそんな大発明につながるんです?」
「大発明かな?」
「大発明ですよ! お姉様の常識は常に貴族界を揺らし続けてます!」
ぶっちゃけ自覚はない。
けれど本当のことらしく、ポーションのアレンジも加えたレシピ本は10万部のベストセラーとして世に羽ばたいた。
一冊金貨100枚だぞ、アレ。
あんな物にそんな価値はないと思っているが、世界はそれを認めてくれない。
だから答え合わせをする。
「けどもしさ、空から降ってくる雨が、自分の頭の上にピンポイントで降って来たら?」
「それは困ります。せっかくのドレスも台無しですし、なんでわたくしばかりがこんな目にと思ってしまうでしょう」
平時ならな。
「じゃあお風呂の時、泡を落とすときにそんな状態になったら。想像してみて? 柔らかい雨がアリシアの髪に付着した泡を洗い流すの」
「それは……すごく助かりますね。一気にバシャーと来ないのですよね?」
「うん。さーっと泡だけ流しちゃう」
「それは是非とも欲しいです!」
「じゃあ僕はアリシアのためにも頑張ってこれを完成させないと」
「でも完成できるのでしょうか? 魔石も使わずにずっと動き続けると言うことですよね?」
「最終形はね。別に魔石を使えば簡単なんだけど……あ、そうだ。一度おy……お父様に相談してからで良いかな?」
うっかり親父と言いそうになるのを訂正した。
心の中で思ってる声をついいいそうになるのは僕の悪い癖だな。
お父様とはすぐ出てこないのでこういう時に困るのだ。
「その方が良さそうですね。お姉様のことですもの、きっととんでもない大発明を考えついたのでしょう?」
うふふと笑う妹には悪いが、単純に浴槽に満たすお湯も魔道具で管理して、そこからシャワーに引っ張ってくるような大掛かりになる仕掛けになるから許可が欲しいだけと言うか。
「なるほど、大掛かりな仕掛けになるのかな?」
親父……もといリード様は大変興味深そうに顎に手を置いて唸った。
「やはりすぐには実装できませんか」
「いや、可能だ。設置にはどれくらいの期間がかかる?」
「人払いをしてくれるなら30分ほどで」
「分かった。世に出せない技術というやつだね?」
「ご理解いただけて助かります」
「受け入れたのはこちらだよ? 今更かしこまらないで欲しいな」
「そうでした」
「お姉様、わたくしもダメでしょうか?」
僕は少しだけ考える。
錬金術とは大きく離れてるからなー。これを真似したいと言われても困る。流石にポーションほど楽な過程はない。
「ごめんね、今回は僕だけにやらせて。すぐに快適にしてくるから」
「それでしたら仕方ありませんわね」
そんなわけで僕は伯爵邸のお風呂を大改造した。
浴槽のすぐ脇にはお湯が湧き出るライオンの顔。その奥には魔石が嵌め込まれており、ライオンのたてがみの下を引っ張ると湯が出る仕組みか。意外と機能性は高いのだ。
見た目も文句なし。
でも容量があっという間に尽きる消耗品もいいところなのでちょちょいと弄る。
壁の向こう側がデッドスペースになってるので持ち込んだアルミニウムとガラスを三重にして覆い、その上をスチームで囲う。
これは湯を貯めるタンクだ。
時間停止の魔道具もくっつけて大盤振る舞い。
これで湯船に溜まる以外の湯はタンクに溜まり続けるだろう。
続いて取手付きのシャワーヘッドを作る。
コードは必要ない。湯の底に張った転移の魔法陣をノズルを回すことで転送する湯の量を調整することができるようにしたためだ。
ついでに壁にいろんな景色を見ることができる窓を設置する。別に手を伸ばしてもその景色に通じるわけではないが、絶景を見ながらの風呂は心を落ち着かせる効果もある。
かーちゃ、メリア様も外出する余裕もなく執務を続けられている。
これは僕なりの恩返しなのだ。
大改造という割に室内の景色はあまり変わらない。
湯に浸かった時に人の重さを感じて景色が変わる仕組みだからだ。
それと脱衣室の出入り口に上から叩きつけるタイプのエアコンを設置しておいた。
センサーをつけたので人が通れば勝手に反応する。出入りしない限りは稼働しないので、魔石の消費も抑えられる仕組みだ。
ちなみに魔石の交換は湯の出るライオンの口一個で全て賄っている。王国もそうだけど帝国も魔道具の魔力効率が悪すぎるんだよな。ソーラーシステムまで完備してる魔道具製作者は今のところ僕しかいないと言うことだ。
空気中に含まれるマナは、太陽光にも夜の闇にも宿る。
流石に夜の受け皿は想像できないが、太陽の方は現代知識でなんとかなった。
いつか闇も支配すればそれこそ魔石要らずの魔道具が完成するだろう。世に出すかどうかは親父次第だ。
なんたって貴族の定義が崩れるからな。僕の意識は平民でも扱える魔道具を……が前提にあるのでどうしても貴族に喧嘩を売りやすい状態になってしまう。
だいたい三十分経っただろうか? 改造よりも調整の方に時間をかけているのは自分がこれから使う事を予測して手入れをしているからだ。
脱衣所の入り口あたりが騒がしくなってくる。
きっと心配してアリシアが見に来たのだろう。
そう思って受け入れ作業を始めていたらリード様やメリア様も揃っていた。
「何やってるんですか、お父様? お母様も」
「それは娘の考案した研究結果だ。親としては気になるだろう?」
「そうよ、トールちゃん。アリシアのためと言うけれど、お母様も楽しみにしていました」
「お姉様、どのように変わられたのですか?」
「それはお風呂の時のお楽しみだよ。まずはメイドさんに説明をしなくちゃいけないからね」
「そんなぁ……」
妹のがっかり具合ときたら、過去最大だった。
しかし家族でお風呂に入ったら一瞬で機嫌が治った。
僕の開発したシャワーなら、重い湯を溜めた桶を持たなくて良いし、メイドさんの苦労もなくなったほどである。
そして妹はあろうことか、僕の頭を流そうとシャワーを手に取って流し始める。
「お姉様、流しますよー?」
「うん、お願い」
シャー、とやや弱い細い雨のようなお湯が髪の隙間を縫って泡をきれいに落としていく。
僕は目をつぶってるだけなので状況を掴めない。
アリシアの気持ち一つで悪戯されかねないのだ。
そんなことしないって分かってるけど。
「終わりました」
「もう?」
「バッチリです。ねぇ、お母様?」
振り返り、湯船で浸かるメリア様が微笑む。
アリシアに呼ばれるまで山の景色にうつつを抜かしていたのが丸わかりでしたよ?
でも無理もないか。こうして風景を見ることもできないくらい屋敷に缶詰だっただろうし。
「バッチリよ。一緒に湯船に浸かりましょう。良い風が流れて来てるの」
別に夜風が流れているわけではなく、外から取り込んだ外気をフィルターを通して埃などを除外しガラスの隙間から流しているだけだ。それでも大層喜ばれていたので僕も嬉しい。
「本当に、気持ちいいです」
貴族はむやみに肌を晒したりしない。平民の時とは違うのだ。
それを身をもって知った僕は今から夏に備えて準備を進めていた。
室内にもエアコン、完備しようかなー。
妹と一緒に顔全体で風を受け止めて、ぼんやりとそんなことを考えていた。
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