伯爵令嬢トール・レオンハート
第1話 中濃ソースを作ろう!
貴族になったからと言って、リード様……なるべく父上と呼んで欲しいと言われているが、なかなか難しい問題だよね。
向こうは娘として接してくれているからいつかは心を開きたいんだけど、まだまだ時間がかかりそうだった。
「で、お嬢様はなんでまだアルバイトに来てるんですかい?」
ヘイワードさんの口調がおかしいのも仕方ない。
僕は伯爵家公認の令嬢になったのだ。
街の住民には知らされてないが、関係者であるヘイワードさんとメリンダさんには従者より口頭で伝えられていた。
だと言うのに僕が未だアルバイトをしに来ている理由が理解できないと本気で疑わしげだ。
「言ったでしょ? 帰る家が変わっただけで僕の本質は変わらないって。むしろ衣食住が安定したからこそ商売をしやすくなった。そう思わない?」
「思いませんね。衣食住を安定させたらもうゴールみたいなもんです。俺たちはそのためにこうやってあくせく働いてるんだ。お嬢様がアルバイトに来てくれて嬉しい反面、いつもどおりに接して良いのか困ってますよ」
「良いよ、普段通りで」
「じゃあ堅苦しい口調はやめるぜ?」
「そうそう、そっちの方が店長らしいよ」
「まったく、とんでもねーのを引き入れちまったぜ」
呆れたようにぼやく。でも表情はどこかまんざらでもなさそうだ。
「そういや嬢ちゃん、新作ができたんだ。食べてくか?」
「もちろん!」
二つ返事で了承し、僕は新商品にかぶり付く。
フライなので表面はカリッとサクサク、しかし中身がいつもと違う。肉が変わったのか、普段よりジューシーに感じた。
鶏肉のさっぱり感ではない、もっと旨味の強いミノタウロスかオーク肉特有の臭みを感じた。
「お肉変えた? それとも部位かな?」
「流石にわかるか。部位の方をな、別の肉を混ぜてミンチにしたのをカリッと揚げたのよ」
料理の事になると本当にこの人嬉しそうに語るよな。
もしかして、語れる相手が僕以外にいないのだろうか?
無理もないか。商売とは金儲けだ。定石から外れたら儲けが減るから売れるかどうか賭けになる。
でも店長は採算度外視で旨いものを見つける人なのだ。
そしてこのフライは食感こそ違うが、メンチカツに酷似していた。だが着想はあるものの、ソースが合ってない気がする。
それを指摘したら妙に納得した顔をする。
「そうか、なんか足りないと思ったら野菜の旨みか。嬢ちゃんはすげーな。そんなことまでわかるのか」
「あくまで僕の好みを押し付けてるだけだよ? これが正解って訳じゃない」
「いや、嬢ちゃんの舌は確かだからな。あの白いソースも絶賛してるんだぜ? 生の野菜につけても旨い。揚げ物にも合う。まさしく魔法のソースだよ。同業者からも分けてくれってせがまれてるんだが秘蔵のソースだって誤魔化してるよ」
羨ましかったら真似してみろと言うと相手は黙りこくると言う。
商売人は損失を恐れる。簡単に真似して利益アップできるなら頭でもなんでも下げるが、損失になるようだったら撤退も素早い。
僕のアルバイト先がこの人で本当によかった。
利益を優先に考える人だったら高値で売り付けてるものだろうし、周囲の店で〝マヨネーズ〟に該当するソースは未だ見てない。
だから提案した中濃ソースも安心して卸せると確信した。
僕は別にこれで儲けるつもりはない。
好きな味が優先的に食べれる環境を求めているだけにすぎない。その条件をパーフェクトで満たしてくれてるヘイワードさんには貴族になっても頭が上がらない状態だ。
「ねぇ、この新作いくつか貰える?」
「いいぞ。ある程度形は決まってるが決め手がなくてな」
「じゃあそれに見合うソースを作ってくるね」
「良いのかい? 魔法のホワイトソースの他に受け負っちまって?」
「良いの良いの店長と同じで好きでやってるもの。それに伯爵家の一員になったから卸しの部分が緩和されたし、暇なくらいだよ」
「そう言えるのは嬢ちゃんくらいだぜ? 普通は緊張してあんな豪邸じゃ寝たきしねぇよ」
「慣れだよ、慣れ」
本日分の作業を終わらせて帰宅する。
一応僕の借宿は継続中で、その部屋を中継にして転送の魔法陣を敷いている。
伯爵邸から宿屋まで馬車で三十分ほどだが、歩いたり荷物を運ぶのは苦労するので転送装置を使ってポーションを送り届けていた。
ちなみにその転送装置は人も運べる。
僕はアルバイト帰りにメリンダさんの宿に帰ると、一旦部屋に戻ってから事前に送っていたポーションの納品なんかをした。
転送装置は僕の魔力にしか反応しない仕掛けで、魔力を継続して流さないと扱えない。
送る分の魔力は少なくて良いが、人を運ぶとなるとそれなりに魔力を食ってしまう。
ちなみにこの宿は僕の研究室と兼ねている。
ソースの匂いって結構キツいからな。流石に伯爵邸でそんな実験は出来ない。
じゃあここでなら良いのかって?
良い訳ないだろう?
単純に伯爵家に僕の趣味まで詮索されないためだよ。
ポーションと調味料作りはまったくの別物なのだ。
趣味と言って仕舞えば良いのかな?
商売とはまた別のものだ。
僕はジャンクフードにその技術を注ぎ込んでいる。
別に異世界の料理や貴族メシがまずいと言うわけではないんだけどね。これは転生者あるあるというか、体に悪い脂っこいものを前世の知識のままかぶり付きたいんだよ。
それだけだ。そんなわがままに新しい家族を巻き込むわけにはいかないだろう?
「さて、素材はだいたい染み渡ったか」
全ての素材を【錬成】で液状化させて煮込むこと十数分。
そこに幾つかの香辛料と、前世の記憶を思い出して味を整えていく。
そして時間停止バッグに入れていたメンチカツを取り出し、そこにソースをちょいと垂らす。
見た目は完璧だが、果たしてつけた時の味わいはどうだろうか?
まず最初に噛み締めるようなザックリ感。
ついで溢れる肉汁と濃厚なソースが絡み合う。
ソースはもう少し粘り気があった方がいいかな?
そこは要検証だが、味は前世のメンチカツに酷似していた。
「これだよ、これ。このチープな味が堪らなく腹を空かせるんだ」
気がつけば時間停止バッグに入っていたメンチカツが五個も消えていた。
恐ろしい……これは明日の運動量は倍以上にしないとまずい事になるぞ。最近妹が抱きついて来てはお腹周りをチェックして来ているからな。
気をつけなきゃ。
後日、堂々デビューしたメンチカツサンドは瞬く間に人気を博し、僕がいなくても飛ぶように売れる人気メニューとなった。
真似をする屋台も増えたが、どうやっても中濃ソースと魔法のホワイトソースの真似はできず、ヘイワードさんの一人勝ちになった事は言うまでもないだろう。
だが、
「お姉様、少しお腹周りが……」
「なんでもない、なんでもないよアリシア」
やはり妹の目は欺けない僕だった。
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