第17話 錬金術の師匠として<下>

昼食を伯爵夫妻とともにいただいて団欒する。

相変わらずうまいもの食ってるなと貧乏くさい思考をしながら、やっぱり店長のジャンクフードを懐かしく思う。


きっと舌が貧乏臭いのだろう。

美味しいけど腹にたまらない料理を胃袋に流しながらアリシアの部屋に戻る。


さて、今日中にポーション制作にまでこぎつけられるかな?

ゆくゆくは解毒剤……というか毒に対して抗体の作り方を教えていかなければいけないし、ポーションぐらいは楽々クリアしてもらおうか。


「よし、じゃあ次は乳鉢で薬草をすり潰そうか」


胸の前で手を合わせてアリシアの意識をこちらに向ける。

一拍置いて言われた事を理解したのか、部屋の片隅にある道具袋から乳鉢とすりこぎ棒を持ってきた。


「あ、ですが魔力水がありません」

「今回は形だけだから僕のを使うよ」

「トール様の魔力水ですか?」

「僕の、というよりは僕が好んで使っているやつだね。水との割合は6:4ぐらい。魔力が多過ぎてもダメなんだ。逆に少な過ぎても薬草となじまないんだ。ここ、メモ必須だよ?」


言われて真面目にメモする姿が可愛い。

やっぱり僕は普通に女の子に好意を抱くようだ。

エッチな気分にはならないけど、好ましいと思うのは女性の方が多い気がする。


「じゃあ次に乾燥させた葉っぱを擦ります」

「トール様の乳鉢はどうしましょう?」

「僕は結果をアリシアの前に出すから、アリシアはそうなるように努力して」

「……わかりました」


一緒に同じ事をやっても良いけど、それだと錬金術キット一式を買いそろえる必要がある。

平民が買うと高いんだよな、アレ。


僕は掌の上で風の魔法陣を展開して、薬草を切り刻んでいく。

それを見ながらアリシアは乾燥させた薬草をすり潰した。


「そうそう、良い感じだよ。薬草はね、乾燥させる事で中の水分が凝縮して粘り気を出すんだ。魔力水を足す前から少し粘り気を出し始める。今アリシアの乳鉢にもトロトロな薬草があるだろう?」

「はい、トロトロです」

「ここでようやく魔力水を継ぎ足す」

「はい」

「ただ僕の場合は40℃まで温めた魔力水を50cc注ぐだけに止める」

「えっ、えっ?」

「覚えられそうもなかったらメモメモ」

「はい!」


僕の理論では魔力水を冷水のまま継ぎ足すから失敗する。

魔力水は冷水のままだと魔力の巡りが悪いんだ。

そして50ccという量は、薬草を液状にさせ過ぎないギリギリの量。

トロトロでネバネバの液体にする黄金のレシピ。


「あ、でも温度とメモリはどうやって測れば良いですか?」

「うん、感覚を掴むまでは僕の魔道具を貸してあげるよ」

「ありがとうございます!」


僕はマジックバッグから触っても熱くないIHヒーターの魔道具とビーカーを取り出す。

上に魔力水のポットを置くと勝手に40℃まで上げてくれる優れものだ。

ちなみに魔力水の瓶を離せば普通に触ってもヤケドしない仕掛けが施してある。

大した温度じゃないけど触り続ければ低温火傷をしてしまうからね。

令嬢を傷物になんてしたら一生払えない賠償金の支払いを命じられてしまう。

商人としては今後この町でやっていくのにそういうアフターケアも気にしなければならない。


「この魔道具は僕が作って僕が調整したものだからレアだよ」

「そんなものお借りして良いんですか?」

「もちろんだ。僕はもう使わないからね。今後はアリシアの成長に役立ててくれ」

「大事に使わせていただきます!」

「そしてビーカーの使い方は分かるかな? 一番上まで入れると100ccで、このちょうど真ん中にある太い線が50ccだ。忘れると大変だからメモね?」

「はい!」


取り敢えずそのまま温めた魔力水を注いで混ぜる。

すると、


「うわぁ、キラキラ光って綺麗!」

「うん、この反応をよく覚えておいて」

「反応ですか?」

「そう、薬草が魔力水と繋がった時に見える反応がこれだ」

「キラキラ光ってお星様みたいです!」

「そうだね。でも時間が経つと消えちゃうから手早くね?」

「はいぃ!」


少し焦らせ過ぎただろうか?

アリシアは慌ててすりこぎ棒を回し始めた。

二回、三回と回したタイミングで僕はストップをかける。

アリシアはキョトンとしながら手を止めた。


「もう大丈夫だよ。すりこぎ棒から手を離して」

「はい」

「状態をよく見てご覧?」


僕の問いかけにアリシアはようやく気がついた。

先ほどまで散り散りと光っていた薬液が、今や一つの線となって渦を巻いているのを。


「なんだか不思議です。渦を巻いてキラキラしてて」

「このキラキラを維持したまま魔力水を100cc入れてみて?」

「温度は40℃です?」

「うん、僕はそうしてる」

「わかりました」


魔道具の上に乗せた魔力水のポットからビーカーに100cc注ぎ、それを乳鉢に注ぐとアリシアは楽しそうにかき回した。


「ゆっくり、ゆっくり。キラキラが解けないようにね?」

「はい」


そして何度か魔力水を注いで、ようやく完成する。


「出来ました!」

「うん。若干不純物が混ざってるけど、裏ごしを何度かすれば売り物になるよ」

「売りません、これは家宝にします」

「あはは、アリシアの好きにして良いよ。そして最後にチェックシートをあげるね」

「チェックシートです?」

「そうだよ。ポーションは出来上がりによってランクで分けられるんだ。最下級ポーションでも、売りに出せるのはCランクからと決まりがある」

「へぇ、そうなんですね」

「でも今日のは無理に調べなくても……」


ややいじけながら出来上がったポーションを大事そうに抱えるアリシアに僕の方が折れる。こんなことで言い争っても良いことなんて何もないからな。

別にここで無理して売り物にしなくても良いかと、そう考える。

本人が楽しく錬金術に触れてくれれば儲け物だ。


「じゃあ簡単にチェックできる魔道具を貸してあげようか?」

「それってトール様の作ったレア物です?」

「よくわかったね。この数値の出る上に一滴垂らすだけで下級から上級までのF~Aランクまで判定することが出来るんだよ」

「そんな凄いものをお借りしても?」

「うん、これは結構手間かかってるから大事に扱って欲しいけどね」

「大事に扱わせていただきます!」


こんな風に誰かと錬金術で語り合うのも楽しいものだな。

気がつけばとっぷりと日は暮れていて、夕食とお風呂をいただいて一夜を過ごした。朝にはアリシアに宿題を残して宿に帰宅した。


最下級ポーションのCランクを最低一個作ること。

ハードルとしてはちょっと高いかなと思うけど、彼女ならやってくれそうだという期待がどこかにあった。

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