閑話 ランクB冒険者アッシュ

俺は兄貴からの情報を頼りに新たに現れた商人の少女の痕跡を追っていた。


兄貴曰く、どうもポーションの出来が普通とおかしいと言う。

メリア姉の作るポーションより効果が高いと聞いて、どんな錬金術師が街にやってきたのか俺自ら見定めることにした。


その少女は裏町の寂れた宿屋に滞在しながら日中は屋台の売り子のアルバイトをし、片手間でポーションを作っていると聞いた。

それも一晩で10個以上だと聞く。

メリア姉でさえそれだけ作るのに三日はかかると言う事実。


それなりの功績を収めた錬金術師を上回る錬金術師、それが未だ噂になってない事実に眉を潜めたものだ。


その日は姪のアリシアを無事に屋敷に送ってから噂の少女のもとに行く。


宿屋に入るとまずカウンター下のショーケースに雑に置かれたポーション瓶が目に入った。

件の少女は居らず、宿屋の女将がそれらの品を世間話しながら常連客や近所の住民に勧めていた。


リピーターを見るに、固定客がついてるようだ。

しかしぱっと見じゃそれほど高級そうなポーションには見えない。


「失礼」

「ああ、泊まりかい? 生憎満室でねぇ」


困ったように笑う女将。

それというのもサービス品にドリンクを出してからだと言う。

どんなものを出したのか聞くと、少しだけいいよどんだ。


「これは噂なんだけどね? その日の疲れがスッと抜ける気がするそうなんだよ。作ったのはこれくらいのちびっちゃい子なんだけどね、大したもんだよ。お陰でウチはいい思いさせてもらってるよ」


話好きなのか、聞いてないことまで語ってくれた。

しかし聞けば聞くほど疑わしくなる。


「そのドリンクを頂くことはできるか?」

「悪いねぇ、これは客用に出してるサービスなのさ、また部屋が空いたら来てくれるかい?」


あくまでも秘密を貫くようだ。

もしも兄貴の言う通り、それだけのものがあるなら見ておきたい。


「それじゃあポーションを買おうか」

「緊急用と日常用があるがどうする?」

「種類があるのか?」

「あたしは詳しくは知らないんだけどね、作った子が言うには用途に応じて使い分けできるようにと言っていたよ。緊急用は今すぐに動かない体を無理やり動かすためのもの。日常用は毎日飲むことで疲れの蓄積しない身体を作り上げるものだってさ」


効果を聞いて目を白黒とさせる。


流石にポーションの効果を逸脱し過ぎている。

肉体を作る?

傷を癒すだけではないのか?

ますます欲しくなる。


「ではひとつづつ頂こうか?」

「毎度あり。瓶の蓋に効果のついた紙がついてるから後で確かめておくれ」

「そんなものまでついているのか? 貴族の作るポーションよりも気が利くな」

「そうなのかい? あたしにとっちゃこれが普通だからこういうもんなのかと思ってたよ」


こんなのが普通であってたまるか!

ポーションとは消耗品だ。一本で銀貨10枚したって切り傷を癒す程度なんだぞ?


それが銅貨で売られているなんてプライドの高い貴族に知られたら……そこまで考えてようやく合点がいく。


この製作者は名前を打ち明けないことで貴族に喧嘩を売らないようにしているのだ。

兄貴に聞いた話じゃ廃嫡された貴族令嬢だと言う。

確かにその状態でこんなものをお披露目したら要らぬ喧嘩を売るか。

だが、どちらにせよ遅かれ早かれ。


「その製作者に会えないか?」

「良いけど、変なことに巻き込まないでおくれよ? あの子は悲しい過去を背負ってるんだ。普段気丈なのは寂しさの裏返しさ」

「もちろんだ。一応俺もこう見えてレオンハート家の一員だからな。今回は兄上からの報告も兼ねてここに来ているんだ。事前に事情を話さなかったのは申し訳ない」

「あら、だったら早く言っておくれよ。領主様にあんたみたいな色男の弟がいたなんてね!」


宿の女将はそれだけ言うと製作者の少女、トールを呼びにいき、連れてきた。



「それで、僕に用事って?」


第一印象は生意気そうなクソガキだった。

目上に対する態度も何もない、いけすかない性格をしている。


これを気丈で振る舞うと片付けるには無理があるだろう。

だが表面上は姪のアリシアに勝るとも劣らずの美貌。

綺麗と言うより可愛い方が目立つが、その瞳はどこまでも冷え込んでいた。

こんな目、一体どんな修羅場を潜り抜けてきたらできるんだよ。

宿の女将の言う通り、かわいそうな生い立ちなのかもしれない。


「ウチの実家と姪っ子が迷惑を掛けた。兄貴から話を聞き、こうして謝りに来たというわけだ」


一応きた目的も含めて探る。


「ああ、いや。その件はもう解決してるから頭は下げなくていいよ。僕も商人として貴族とパイプを取り付けられた。むしろ運命の巡り合わせに感謝すらしている」

「は?」


このガキ、言うに事欠いて姪っ子の事件を商機に繋げてやがった。

そう言えば兄貴はガキが商人と言っていたか。

なんの冗談だ。


錬金術師と商人の二足の草鞋。

普通はそんな道を選ばずとも良いように錬金術師という道が貴族に残されているのだが……どうも複雑な家庭の事情があるらしい。


「それに貴方は見た目だけで生まれを決めつける視野の狭い男ではないだろう?」


いつしか俺は殺気をむき出しにしてクソガキに叩きつけていた。

ランクB冒険者の殺気だ。格下なら腰を抜かして後退りする効果を持つそれを、まっすぐ睨み返して鼻で笑う余裕すら見せる。


このガキ、何者だ?

廃嫡された令嬢なんてチャチなもんじゃねぇ、もっと高位の存在が幼女の体に詰め込まれたと言った方がまだ説得力があるぜ?


「……俺の噂をどこで聞きつけた?」


思わず生唾を飲んで聞き返す。

冒険者なんてやってれば嫌でも手を汚さずにはいられない。

アリシアの手前、事実を隠しているが、それもいつまで隠し切れたものか。

しかし目の前の少女は全てを見切って断言した。


「言ったろう? 僕は商人だと。人の口に扉は立てられない様に、いろんな場所から情報が集まるのさ。僕は聞き上手でね。緩くなった上得意様は僕の前で聞いてもないことを饒舌に語り出すんだ」

「食えない嬢ちゃんだ。アリシアにそっくりじゃなかったら関わらなかっただろうよ」


本音だった。

殺気のぶつけ合いで負けたのは初めてだ。

こんなに小さい相手に本気でブルッちまってる俺がいる。


「それは褒め言葉として受け取っておくよ。それでその件のお嬢様は?」


アリシアの話が出た途端に雰囲気が柔らかくなる。

殺気が消えたのだ。

周囲もどこか冷や汗を掻く連中が多かったが、真正面から受け止めた俺は脂汗をかいていた。

しかしどうして急に雰囲気が変わった?

そう言えばビジネスチャンスを作った恩人だったか。


だがそれとは別に俺の足は今すぐここから離れろと警鐘を鳴らしている。こんなおっかない相手が静かにしてるときの方が怖いのだ。


「実は……その事で、嬢ちゃんに協力して欲しいんだ」

「ふむ、聞くだけ聞こうか」


乾き切った喉を唾で潤しながら言葉を捻り出す。

その内容はガキを兄貴の前に差し出す仕掛け。

ビジネスチャンスだと思ったのか、ガキは話に乗ってくれた。


あとは任せたぜ兄貴!

もうどうなっても知らないからな!

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