第16話 錬金術の師匠として<上>
今日は伯爵家の屋敷にてアリシアへ錬金術を教える日だ。
納品分のポーションは卸してあるし、アルバイトは事前に休みを入れてある。ヘイワードさんは残念がってたが、結局僕が居なきゃそんなに売れないという事実に向き直るようにしたようだ。
どの道僕がいる需要で売上が倍増している事実。冷温機の貸し出しもそれが理由だった。
味はいいんだから早く僕の元から巣立って欲しいものだ。
「お待ちしておりました、トール様」
「うん、アリシア様お久しぶりです」
一応伯爵様の前では敬称を優先させる。多少の無礼講は許されてるけど、貴族は気まぐれだからね。
一応貴族の屋敷に向かう前提なのでこの前いただいたドレスに袖を通している。
流石に急な来訪以外で普段着はまずいでしょと世間体を気にしている。
それともう一つ。アッシュの探るような目だ。
冒険者仲間が死の淵にいたと言うのに僕の錬金術を見たがっていたのも謎だ。
伯爵家と縁は切っていると言っていたがどうも嘘くさい。
それかリード様から直接冒険者として雇われたか?
どちらにせよ油断しないようにしないと。
「トール様、お考え事ですか?」
「少し。この前何故か僕のところに猛毒に犯された患者が運び込まれてきてね。その事を考えていた」
「アッシュ伯父様から聞きました。なんでも物凄い解毒薬を作り出したとか!」
アリシアはキラキラと瞳を輝かせて胸の前で手を組んだ。
その仕草たるや恋する乙女のようである。
ちょっと待って。それを僕にする意味って……
いやいや、憧れかも知れないし。
早まるな、僕。
「凄くなんてないよ。毒の素があったから抗体を作り出すことができたんだ。むしろ必死に探し出してくれたアッシュおじさんやその仲間達が探してくれたから僕もそれを無駄にしないように頑張ったんだよ。回復するかどうかは五分五分だった。運が良かったんだ」
「そうなのですね! わたくしもいずれ解毒薬を作り出すことができるでしょうか?」
「出来るようになるよ」
「まあ!」
「その代わりしっかり授業を聞くこと」
「はーい」
最後の返事は年頃のあどけなさを感じさせた。
そして始める錬金術講座。
まだ初級だけど今回は軽く実技を混ぜ込んでいる。
何せ僕がいない間にアリシアは多くの実験を個人的にやっていたそうだ。危ないからまだ一人でやっちゃダメって言ったのに、慌てん坊さんだなぁ。
「まずは薬草をよく乾燥させます。アリシアは普段どのようにして乾燥させますか?」
「はい、お母様からお借りした魔道具を使ってます! トール様ほど効率よくとはいきませんが……」
「僕の真似はしなくていいよ。錬金術なんて人それぞれレシピがあるくらいなんだから。過程はともあれ、最終的にどこまで持っていくかを覚えておけばいい。例えば乾燥させる場合、葉脈がピンと伸びている状態。これぐらいが理想だ」
アリシアが自分の手元にあるシワシワな薬草を見て落ち込んだ。
明らかに乾燥させすぎであることに今気がついたのだろう。
若干泣き出しそうだ。
「初めてのうちは失敗はつきものだよ? 僕はあくまで理想系を言ってるだけだ。もちろんこの状態でもポーションは作れる。心配しなくていいよ」
「そうなのですね。でもやはりもう一度チャンスを下さい!」
「もちろんだとも。僕がいるうちにスケッチをしておくといい。色や艶なんかも大きく関わってくる。色彩インクは持っているかな?」
「お母様のお古のものでしたら」
取り出されたインクは年代物なのか少し固まっており、羽ペンもこびりついたインクが固まって変に滲んでしまっていた。
おそらく学園時代に使ったきりなのだろう。下級ポーションからの成果が見えずに諦めてしまったのだろう。勿体ない。
「これじゃあうまく書けないよね。今回は僕のを使いなよ。色彩インク自体はお手軽に手に入るしさ」
「では使わせて頂きますね」
アリシアは羽ペンを愛おしそうに握りしめてにやけていた。
喜んでくれるのは嬉しいけど、ちょっと調子狂うな。
スケッチをしているアリシアは嬉しそうだった。
結局午前中は色彩インクでのお絵かきと、世間話で時間は過ぎていった。
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