第15話 急患と毒キノコ
あれからアルバイト料金は跳ね上がり、冷蔵庫の代金と合わせてそれなりの金額を稼げていた。
逆に僕がポーション作成で休む日は、比較にならないほど人足が減るらしい。
僕がいなくても自立できるくらい美味しいのに、おかしいな?
そんなポーション作りに励んでいた午後。
何故か僕の世話になってる宿屋に怪我人が運び込まれた。
偶然ポーションを扱っていたこともあり、緊急処置としてきたのだろう。
完全回復とか腕の欠損とかはポーションじゃ治せないからね。
そういうのは教会の仕事だよ。
ただその傷だらけの冒険者を担いでやってきたのが顔見知りだったというだけで、僕は今から嫌な予感がしている。
「嬢ちゃん、良かった居てくれたか。こいつを見てやってくれないか? 急に苦しみだしたんだ」
「いや、原因も何も……」
見るからに右腕の裂傷が原因じゃん。
大方無理をして自分より強いモンスターに挑戦したとかだろう。
「僕じゃなくて医者に見せなよ、流石に専門外だよ」
「本当はそうするつもりだったんだがよ、ちょうどタイミングよく街から出ててよ、戻ってくるのも早くて明後日なんだ。頼む!」
「まぁ、どこまで出来るかはわからないけど」
渋々と了承する。
部屋を一つ開けてもらって触診すると、どうも腕の傷近辺よりお腹周りが張っているように思えた。
押さえ込むと息苦しそうにしている。
一緒に見ててくれるアッシュにいくつか話を聞いてみることにした。
「取り敢えず腕の怪我とは別に、お腹の方が張ってるね。何か拾い食いした?」
「そう言えばきのこを……でもよく焼いたぜ?」
生のやつは焼けば食えるなんてのは最も原始的な考え方だ。
「ばか! 美味しくても死んじゃう猛毒キノコもあるんだ。きっとこれ中毒起こしてるよ。腕まわりの炎症より、こっちの方が重症だ! みなよ、顔色も悪くなってるじゃない。なんで気がつかないの?」
「なんとか治せないか? 解毒剤とか! そうだ、解毒剤を作ってくれ!」
「無茶言わないで。どんな毒かも知らずに作れるわけないでしょ? どんな毒にも効く解毒薬なんて万能薬クラスだよ。買えばきっと金貨50枚は下らないよ? 即金でポンと払えるの?」
僕の言葉を聞いてアッシュは自分がどれほど愚かしい事を言っていたのかようやく理解した。
「そんな、嬢ちゃんなら作れないか?」
「駆け出しの商人に何期待してるのさ。でも、どんなキノコか判明すれば打つ手はある」
「本当か?」
「あくまでその毒がどのタイプの毒か判明すればね? 僕だって本当はこんな割りに合わない仕事受けたくないんだ。それでも伯爵家には助けられてる」
「元、な?」
「元でもなんでも、それが原因でアリシアが悲しみに暮れてしまったら僕も困る。まだまだ教えてないこともいっぱいあるんだ。師匠としてはこれぐらい受けて立たなきゃだろ?」
「助かる。俺はキノコの特定を急ぐ。こいつの、ガイルの面倒は任せても?」
「メリンダさんに部屋借りてるから支払いだけお願い」
「ああ、頼むな?」
アッシュは僕とガイルを置いて慌てるように冒険者ギルドに戻った。
僕は脂汗をかき始めたガイルというなの冒険者を濡タオルで拭いていく。
「うぅ、俺ぁ、ここで死ぬのか?」
「死なせないよ。君は生きて元の生活に戻る。戻して見せるから」
「あぁ、天使様が見える」
誰が天使だ。お前の目は節穴か?
意識がぼやけているからそう見えてしまうのも仕方がないか。
「トール嬢ちゃん、替えのお湯を持ってきたよ」
「ありがとうございます」
「それで、その人は大丈夫そうなのかい?」
「どうもそこらへんに落ちてる毒キノコを食べて中毒を起こしてるらしいです」
「なんだい、意地汚い話だね」
さっきまで心配そうな顔をしていたメリンダさんが表情を顰めて苦笑する。ぶっちゃけその通りだからな。
食い意地の張った奴が手当たり次第になんでも食べて腹を下しただけだ。
「あはは、そういうことなんで、僕も毒の判別ができないと動けないんですよ」
「そうさね、あんたは凄腕だけど、だからってなんでもできるわけじゃないものね」
「そうですよ。切り口を変えてるだけでやれることなんて小細工が精一杯ですよ」
嘘である。万能薬ぐらいは作れるが、今は単純に素材がない。
それこそ揃えるのに金貨20枚は使う。
50枚相当になるのは作れる錬金術師が限られてるのと、素材が一年のうちに一度しか取れないという希少性もあってだ。
だから買おうとするだけでとても足元を見られる。
それこそ貴族じゃなければ金貨100枚以上取られかねない。それくらいの希少さだ。
だったら毒を特定して毒の抗体を作るほうが楽だったりする。
要は素材をどれだけ安く仕入れられるかなのだ。
それと僕一人でなんでもやってしまうと『もう困ったときはあいつ一人に任せればいい』になってしまうのでそれを回避する目的もあった。
それから数時間後、アッシュが原因であるキノコ型モンスターマタンゴを持ってきた時に僕は引きつりそうな笑みを浮かべることになった。
「……良くこれを食おうと思ったな」
「だってキノコだぜ?」
「キノコだけども。あー、取り敢えず了解したから部屋から出てって。チャチャっと抗体作るから」
「いや、俺もここに残るぜ?」
「え、無理。出て行かないんなら僕はこの仕事降りるよ?」
「どうしてそこまで秘匿しようとする? たかだか錬金術だろう?」
まるで何かを探るような視線。
初めからそれが目的だったのかと言う無神経さを見せる。
今そこでくたばりかけそうな患者はお前の大切な仲間じゃなかったのか?
どうも要領を得ない。
「誰だって知られたくないことの一つや二つあるでしょ! じゃあアッシュはなんで冒険者になったのさ。本当の意味も添えて言える?」
「いや……」
「だったら出てって! この人を助けたいんでしょう?」
「悪かった。今はお前を信じるよ」
そう言ってアッシュは出て行った。
まーた髪をぐしゃぐしゃと。
変な癖ついたら許さないからな?
邪魔者が出て行ったのを確認して結界を二重に張る。
防音結界と遮音結界だ。
まずは【錬成】でマタンゴをそのまま毒として抽出。
ポーションの材料と混ぜ合わせてマタンゴの毒を駆逐する成分を抽出。それをよく攪拌して希釈する。
あとはそれをミリンダさんの作るお粥に混ぜて食べさせれば取り敢えず大丈夫だろう。
若干土臭さが目立つが、七草粥を食べてると思ばセーフだろう。
この世界にあるかわからないが、貧乏人はよく食べられる草を毟って口にしていたのでイケるだろう。
僕は額の汗を拭いながら一応は完成したとアッシュに伝えた。
ただし完治する見込みはないと添えてお粥に混ぜて食べさせる事を促す。
治ってくれたら御の字、ガイルの生命力が高いから助かったと思ってくれた方が向こうも過剰に僕に付き纏ってこないだろう。
が……アッシュは諦めてくれたものの、薄ら残った意識で看病した僕になぜかお熱を上げてしまった男がいた。
「トールちゃん、ポーションある?」
その男の名はガイル。
屋台のアルバイト中にもかかわらず僕にポーションの買い付けをしにくるほどの暇人だ。
帰れ、僕は忙しいんだ。
そもそもこっちにポーションは持ってきてねぇ!
「宿のカウンターにあるのでそちらにどうぞ」
「えー、いいじゃん。俺はトールちゃんから直々に買いたいんだよ」
「仕事の邪魔ですのでおかえりください」
素っ気ない態度を取り続けるも、逆にそこがクールだそうだ。
僕はいったいどうすれば良かったんだろうか?
その日はスマイルを崩さないようにするので精一杯だった。
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