第3話 誰かと間違えてませんか?

そんなささやかな商談を終えたあと、背後から僕を囲む男たちの影があった。

あからさまに不躾な態度。

こちらの事情なんて後回しする様に男は僕の容姿を見て呟いた。


「あの、何かご用でしょうか?」

「髪色、背格好。確かに」

「ねぇ聞いて」


ダメだ。本人達で盛り上がってて僕の言葉なんて聞いちゃくれない。


「ついて来い、お父様がお待ちだ」


グイと手を引っ張られた。


「何故? 付かぬことをお聞きするが、誰かと間違えてはいないか? 僕の父は王国で健やかに老後を過ごしている」

「何? ではお前はアリシアではないのか?」


男の顔が引きつる。どうやら人間違いらしい。


「僕はトール。今日この街にやってきたばかりの駆け出し商人さ!」


へへんと無い胸を張ると、少し考えた後に男はこう述べた。

どうも疑われてるようだ。


「その証拠はあるか?」

「宿を取ってある。そこの女将さんが証言してくれるよ」

「だがここで諦めるという選択肢は俺たちには残されてない。そっちの言い分がそうだと、オレ達の依頼人に証明して見てくれないか?」


男はどうあっても依頼を遂行したいらしい。

探していたものがようやく見つかったのに、諦めろと言われて諦めきれないという顔をしている。

そっちにも事情があるんだろうけど、僕には関係ない。


しかし僕はこれを商機と捉えた。

この男達、もしくは雇い主と顔をつなげておけるチャンス。

それをむざむざ見過ごすことはないと思ったのだ。


「わかりました。僕がその娘さんではない証拠を揃えて提示します。おじさん達もそれで良いですか?」

「おじさんと言われる年齢ではない」

「それは僕も同じです。おじさん達は一歩間違えれば誘拐犯として憲兵に突き出されてもおかしくない行為をしようとしてたんですよ?」


僕が口を尖らせて嫌味を言うと、男達は自分の職業となぜこんな人攫いまがいの事をしたのか語ってくれた。


彼らはこの町では結構顔の売れてる冒険者で、この度貴族との繋がりを持ってその依頼を受けたと言う。

それが行方不明である貴族令嬢の捜索。

僕の顔、と言うか身なりや背格好がその貴族令嬢とそっくりだったらしい。


そんな偶然ってある?


確かに冒険者としては報酬に目がくらんで僕を捕まえておきたいところだけど、こちらとしても大人しく捕まってやるのも癪だ。

重要参考人として宿の女将さんとアルバイトの取り付けをした店主に頼み込んで僕たちは問題の貴族、このリビアの街を取り仕切る領主様のお屋敷へと連れて行かれた。



そして領主様にことのあらましを話したところ、領主様自らが謝罪の言葉を添えてくれた。


「この度は私の依頼が原因でそちらにはご迷惑をかけたようだ」

「いえ、ぼ、私の見た目が偶然そちらの娘さんと似通っていたのも問題だったのです、領主様に非はありません」

「ありがたい言葉だ。それで、こう見えて私は社交の場に見識があってね。君の顔は帝国では見たことがない。何処の家の者かな?」


貴族の証である黄金を溶かし込んだ髪にエメラルドグリーンの瞳は非常によく目立つのか、領主様は僕を貴族と信じて疑ってないようだ。

しかし平民の生まれですと答えたらどうなってしまうだろうか?

ここは勘違いしてもらったままの方がいいだろう。


「実は私、王国の生まれで父に破門されて家を出てきているので家名は無いのです」

「ふむ、ならば護衛も雇わずに一人で歩いていたことにも説明がつくか」


嘘は言ってない。

実家から出てきたのは本当だけど、それは食い扶持を減らすための措置だし、別に僕の親が貴族とは言ってない。


「家督は継げませんでしたが、錬金術は得意です。ですのでそれを武器に今後商売していこうと帝国領に」

「王国領ではダメだったのかね?」

「ええ、世間の風は厳しいものです」


もし僕が貴族なら、廃嫡された令嬢が貴族の独占している錬金術の縄張りに入っていって波風立たないわけがない。

それが平民ならなおさらだ。

王国とは貴族が偉くて平民は搾取され続ける場所。

それが嫌で出て来たと言うのもあった。


「良いだろう、こちらも迷惑を掛けた礼も兼ねて私の方から商業ギルドにかけあってやろう」

「ありがとうございます!」


勢いよく頭を下げて内心ガッツポーズ。

心強い後ろ盾を得られてのスタートは幸先がいい。

しかし貴族じゃないとバレた後が怖いな。

何処かで帳尻を合わせないと。


と、思っていたのも束の間。


「今日はもう遅い。いくら廃嫡された身とは言え夜遅くに追い出してはレオンハート家当主の名が泣く。今日は泊まって行きなさい。もちろん、証人の方達もご一緒に」


窓の外はとっぷりと夜の帳が落ち切っており、確かに暗くて危険だ。

僕は宿があるけど、宿の女将さんを連れ出して来てしまっているので帰る意味を成さない。

ちなみにホットサンドの店主さんは仕込みがあるからと帰って行った。冒険者のおじさん達も一緒に。


それで豪華な食事をして、今後の商売に繋げる関係を開いたのは良いものの……僕の瞳は死んだ魚のように光を宿していない。

それと言うのも……


「んまぁ! よく似合うわトールちゃん! 次はこのドレスも着てみて?」


僕は今伯爵夫人のメリアさんに捕まっており、着せ替え人形の如く数時間にも及ぶファッションショーを体験していた。

魔が差した、と言うのも仕方ない。

僕のポーションはほとんどが貴族向けの値段設定のものが多く、御婦人にも売り込もうとしたのが運の尽き。


行方不明の娘がいない寂しさに暮れていたところに、娘と背格好の似た僕がやって来た。

だからこそロックオンされた。


寂しさを紛らわすように僕の体を娘に見立ててドレスで飾り立てるのだ。お風呂上がりとは言え、手入れされてなかった髪も艶々になり、婦人曰く何処に出しても恥ずかしくない令嬢にしたてあげられたわけである。うん、墓穴を掘った気分だ。


女物の衣装には慣れたつもりでいたけど、こうも着飾られると姿見を直視できない。


「あの、奥方様?」


着慣れないドレスの裾をちょこんと持ち上げて、上目遣いで見上げる僕を見たメリアさんはそれはもう鼻息を荒くしていた。


「奥方様だなんて寂しいわ。私の事はメリアさんと呼んで頂戴」

「ではメリアさん?」

「なぁに? トールちゃん」

「ちゃん呼びはやめて下さい。ぼ、私こう見えて17です。大人です」

「あら、そうなの? アリシアと同じ背格好だから同じくらいかと思っていたわ。それじゃあこの色合いは派手よね? 私ったら気がつかないでごめんなさいね?」

「そうではなく!」


僕は終始向こうのペースであるのを自分に取り戻すべく、語気を強めて語った。


「ぼ、私は商人としてこの街にきました」

「主人から聞いているわ」

「なので私はこのように着飾ることを望んでません」

「それは、ごめんなさい。実を言うとアリシアもね、こうやって着飾るのが苦手な子だったの」


語る夫人の頬に滴が一つこぼれ落ちる。

墓穴を掘ってしまったか、と慌てるが急に抱き竦められた。

寂しい思いもあるのだろう、今日くらいは彼女のために付き合ってやるのも悪くないか。


しかしその後がもう逃さないぞとばかりに手に力が込められる。


「でもね、娘ができたらドレスについて語り合うことが夢だったの。だから娘には嫌がられたけど、トールちゃんには是非着飾ることの素晴らしさを知ってほしいのよ。せっかくこんな美貌を持って生まれたんだもの。少しくらい付き合ってくれても良いでしょう?」


僕はその瞳の奥にある淀みを見てゾッとした。


もしかしなくても、アリシアちゃんが行方不明になったのは奥方様からの逃亡じゃないのか?

そんなふうに思ってしまうのはきっと僕だけじゃないはずだ。

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